第一話 覚醒
しばらくは登場人物の説明になります。
――れいにぃ。……れいにぃ、れいにぃってばあ!
眠い、だのにうるさい。とても不快だ。
願ってもいないのに、意識が覚醒に向かおうとしている事が不快だ。
俺としては、まどろみに身を任せていたいというのに。
「れいにぃってば、起きて!」
誰かが俺の体を揺すりながら呼んでいる。
れいにぃ、と呼ぶのは妹の莉亜だけだ。
そうか、莉亜が起こしに来てくれたんだな。
こういう時はあと5分は粘るに限る。
莉亜に言わせれば、この5分は織り込み済みなのだそうだ。流石です我が妹。
それに粘り強いのは男の人生には大事だとオヤジも言っていた。
「……そういうワケでオヤスミ」
俺は再び覚醒しつつあった意識を閉じようとする。
ん?そうだよ、今日は日曜じゃないか?
日曜は俺に予定がない限り莉亜は起こしに来ることはない、ということはこれは夢。
そうだな、夢です。そういう夢もあるだろうさ。
俺は意識を眠りの深海へと沈めていく。
ああ、なんという快感。睡眠とは人間の三大欲求の一つというが実に納得だ。
さらば不快な夢よ。ありがとう日曜日……。
「お~い、※%*君よ、起きろーおきないとマズイよー」
また誰か呼んでいる。男の声だ、聞き覚えがあるが……。
一体だれを呼んでいるのか、名前を言っているらしいが認識できない。
やはり夢だね。
「どうしよう、れいにぃ起きないよ」
「妹ちゃんよ、いつも彼は寝起きがわるいのかね?」
「れいにぃから聞いてないの?予定された一週間の体内サイクルに俺は忠実だー、って前に言ってたよ。明日は日曜だから身体が眠ると決めているんじゃないかな」
「なんとまあ、うらやまな体質だなあ」
莉亜と誰かが話している。相手は男だ。
ミョーに高い声というオタクによくある特徴をした男と妹が話している。誰だよ!?変な奴じゃないだろうな?
ただ、会話の内容から顔見知りだと推察できる。
声も知った人間のものだ。
「めんどくせえ、チマチマやっててもしょうがないだろう。妹さんよ、悪いがコイツぶん殴るぞ」
「ちょ、ちょっとやめて、脳筋バカがさらに加速しちゃうよ!」
もう一人男がいるようだ。コイツの声も聞き覚えがある。
「わ、わたしは殴って起こすのは反対だ。無抵抗の人間にすることではない」
若い女性の声だ。こちらも知った声だ。
「タケコちゃん、じゃあどうやって起こすの?」
「ふむ、水かなにか冷たいものをかけて起こすのはどうだろう?」
「いい案だが、そういうの見当たらないな。どっかに川とか沢でもあればいいんだが」
「めんどくせえ、チマッと殴って起こそうぜ。安心しろ、後遺症のないやり方で……」
「だ、だめだ!そんなのはかわいそうだ!わたしは反対、ぜったい反対!!やっぱり水をかけよう!それが平和的じゃないか」
とりあえず、四人いるというのは分かった。
しかし夢の中の出来事としては、今までにないパターンだな。
ここまでやかましいとは。
しかし、俺は抵抗する。反攻する。
意地でも寝てやる。
外界の雑音をシャットアウトするため、俺は意識を無へといざなうべく努力する。
ただ眠るのに何故そこまでしなきゃならんのか。
「ふーむ、これは俺が一肌脱ぐしかあるまいて」
「えーと、れいにぃの友達のなんていいましたっけ?オヤジなんとかさん?」
「オヤジウスだ。オヤジウス・オッサンディア」
「えっとオヤジウスさん。それ以上脱げるものが無い思うのですが」
「望んでいたツッコミだ。ありがとう妹ちゃんよ」
「いえ別に、で?どうやって起こすの?」
「ふひっ、王子様を目覚めさせるのはキスと相場がキマっているだろう?いや、この場合はお姫様か」
「ひ、ひどい絵面だな……。キモいおっさんが美少女に接吻するというのは……。い、いやダメだ!強制わいせつ罪だ!そんなこと許せん!そ、それに本質的には男同士で接吻するということじゃないか!」
「人工呼吸と思えばいいさ、なぁに耐性がつく」
「な、なんの耐性だ!なんの!」
何やら不穏な会話が聞こえてくる、王子様とは俺の事か?いやお姫様とはなんだ?美少女?!わからん!まーったくわからん。話の内容が理解できん。
「さて、オヤジウス・オッサンディアいきまーす」
まて、何処にいくんだ?何をするつもりだ?
「え、やるの?れいにぃもしかしてファーストキス経験しちゃうの?!」
「ま、まて!どうせやるならわたしが!外見的には女同士だし緊急措置ということでぇ!!」
「いや、キスする意味がわからんのだが。やっぱここはチマッと一発殴ってだな……」
これは夢だ。そうだろう。
だが、一抹の不安がよぎる。
俺はうっすらと眼を開くことにする。
目の前に映った光景、それは二重あごのスキンヘッドのおっさんがアヒル口をしながら俺に迫っているという地獄絵図だった。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!なにしやがる!」
俺は防衛本能から力任せでおっさんの顔面に拳を叩きこむ。
ばちっ、というイマイチ迫力の無い音がして、おっさんは後ずさりする。
「おお、起きたじゃないか。おはようマイフレンド」
球体のような体型をしたデブハゲおっさんが友達よばわりしてくる。誓って言うがこんなおっさんは友人にはいない。
過去に遡っても現在もこんなヤツを友人にした覚えはない。
「れいにぃ?!起きたぁーよかったよぉ……」
れいにぃ、俺の妹である莉亜だけが呼ぶハズなのに……これはどういうことだ?
俺の視界を遮るように横から顔を出し、眼に涙をうっすらと浮かべ心配そうな表情を作り、寄ってくる妹と同じ声の少女。
その姿は俺の知っている妹ではなかった。
ひとことで言おう、美少女だ。
年齢は十代中盤くらいのミドルティーン、ちょっと幼い感じがする。
目は二重で大きく開いており、彫りは深く鼻筋もキレイに通っている。
かと言ってキツイまでに濃い顔立ちではなく、日本人が好む傾向があると言われている北欧系の特徴と言えばわかりやすい。
瑞々しい黄緑色の長いストレートヘアに、
淡い桃色の唇、小柄だがスラリと手足は長い。
彼女は体格に似合わぬほどの豊かな胸を強調したワンピースに似た服を着ていて、それは華やかな装飾品で彩られている。
装飾品が気になり、まじまじと見てみる。
ちなみに誓って言うが、胸の辺りが大きく開いたデザインの服だからと言って、ついでに谷間をガン見しようとは思っていない。
そうだ、これは……。服というよりは防具に近い印象を受ける。
俺の嫌いな中世ファンタジーRPGとやらの類でよくあるデザインではなく、サイバーパンクというかSF的なやつだ。
いや、これは……。
俺には見覚えがあった。
さかのぼること一年ほど前まで、俺たち四人は【CULO】(カオス・ユニバース・ライヴ・オンライン)というゲームを楽しんでいた。
SVRという新技術が投入されたVRデバイスに対応し。それと同時にリリースされたMMORPGだった。
従来には皆無の体感、体験がウリであり、5年前にリリースされた直後より世界的な人気を獲得。一時は隆盛を極めるほどだったのが……。
そのCULOにおいて俺の妹、莉亜が作成したキャラクターが目の前にいる。それだけでなく、妹と同じ声で喋りかけてくるという事態が俺を混乱させる。
俺はおもむろに立ち上がる、目前に広がる光景はとても信じがたいものだった。
目の前にいる4人の男女。
全員の容貌に俺は心当りがあった。
まずは左端に位置する背の高いゴツイ男。
体をすっぽりと大きなクロークが覆っているのが特徴だ。
魔法職とは思えないほどのガチムチキャラであり、クロークの生地が薄い為なのか、その上からわかるほど筋肉が盛り上がっている。キモい。
俺のしんゆ……いや友人その1、高場裕次郎が作成したキャラだ。
キャラの名前はなんだっけか?すっごい中二病なネーミングだった気がする。
忘れた。まあ、いい。
ガチムチの隣に位置するのは、寝起きの俺におぞましいキモキスをぶちかまそうとしたハゲデブ男。
全体的な印象は、体幹の中央から風船のように膨らんだかのように丸い。
特にたっぷりもっちりぶっくりと突き出た腹は圧巻である。
そして記憶が曖昧だが神聖系のというか、神に仕えるという設定の職業だったような……そういった設定にもかかわらず、恐ろしく露出度が高い。
小さいケープと下着みたいなのしか着ていない。いや、靴は履いているけど。
にしても、なんなんだそのザブリガは!?いやTバッグなのか?!申し訳程度の面積しかない前垂れがヒラヒラとはためき、チラチラと何かが見える。
見たくない。
神に使える職業なのに、ハッキリ言って完全にバチ当たりな格好をしている。神職らしい高潔さはどうした?!
俺の友人その2、桜野圭一が作成したキャラだ。
一度見たら本人が望まずとも脳裏に焼き付いてしまう強烈な姿をしている。
キャラの名前は……たしかオヤジなんとかだ。
無理に思い出す必要もないだろう。
その風船キモデブの右隣にいるのはオレンジ色の髪をしたポニーテールが眩しい少女だ。
年齢はティーンくらいか?もちろん美人。
黄緑色の髪の女のコよりは年齢も身長も高く体格もいい。更に特定の部分が豊満だ。特に胸部!服装はといえば、他の連中と比べるとどうも野暮ったいカンジだ。
良くも悪くもだが、先のトランジスタグラマーもガチムチもキモデブもドコか洗練されているというか、自分好みのコーディネートが感じられた。
だが、このオレンジポニテ娘は誰かに適当に装備品を着せられている感じがするのだ。
このキャラクターも見覚えがある。
俺の知人毒島武子が作ったキャラクターだった。
毒島は妹の友人だ。妹とは趣味で通っている手芸教室で知り合ったとか。
そういや毒島は、このオレンジポニテのキャラの名前に本名をそのまま使った気がする。
そして、俺のすぐそばで不安げながらも笑顔を作っている黄緑色の少女。
笑みを浮かべているものの、何処か不安の入り混じった瞳を俺に向けている。
俺の妹、新瀬莉亜が作成したキャラクターだ。
キャラ名はそのままでリアだったはず。
俺は目の前の光景に何度も横に視点を走査させる。なんども確認した。
ありえない光景だった。
超美麗なCGグラフィック!新開発エンジン搭載!などというレベルの話ではない。完全に実写!とか脅威のVR技術!どころの話じゃない。
かすかに聞こえる息遣い、僅かに聞こえる衣擦れの音、ほのかに漂ってくる体臭。
完全に実体がある。俺の目の前には生きている存在がそこにいる。
俺たちは夜の森の中にいるらしい。
雲ひとつない澄み切った空は、冴えた月光をなにひとつ遮ることなく盛んに地を照らしている。
草木の香り、土と風の匂いが鼻孔をくすぐる。
「夢だな……いや、夢だよこれは」
口では否定しても身体が肯定する。
これは現実だ、と。
そして何よりも俺を困惑させた感覚。
大気に混り世界満たし、歴史を支えた力。
それが体内を駆け回り丹田へと集約していく感覚を長く忘れかけていたことに気付く。
この俺、新瀬零司が日本という国に生を受ける十七年前にはごく当然と感じていた感覚。
「なんなんだよ……いったい……」
俺はそれといった理由もなく、ハゲデブオヤジの姿をした友人らしき存在に視線を投げる。
思わず目が合った。
「見とれてちゃ、ダ・メ・ダ・ゾ♪」
しなをつくりながら身をよじらせるハゲデブオヤジ。
「みっ……見とれてねえええええええ!!!」
ボケをかましてくれている桜野。
恐らく俺は相当狼狽しているのだろう。俺を落ち着かようとしてくれているのだ、きっと。いい友人だとおもう。
キモいけど。
(……。……?!)
ふいに俺は背後に何かの気配を感じ、背筋に寒気が走る。それは何か大きく強大なエネルギーを感じさせ俺に敵意らしきものを向けているようだった。
「あ、アタシのご主人様を扇情的な目で見ないでよおっ!!」
男性の声だ。しかも裏声で高めの声で喋っているようだ。
ぞわり。
背筋の寒気が一層強くなる。ぴりぴりとした空気が背中にあたり、うぶげが逆立つのを感じた。
恐る恐る俺は振り向く。
(……え)
思わず言葉を失ってしまった。
なんとなくだが、気配で大柄な人物でないかとアタリはつけていたつもりだった。それと声がした位置が俺の後頭部より上から聞こえたのも判断の決め手だ。
背の高い男性、身体はなんとなくだが全体的に筋肉質。これが俺の予想。
しかし、予想というものは大概現実を上回ることはないのだということを、俺は思い知らされた。現実とは予想の遥か斜め上を飛んでいくのだと。
目の前にいたのはカタそうな肉の壁。そう錯覚するほど大きな男。2メートル以上は確実にあるようにみえた。
大男の第一印象は半裸。しかし半裸というのは錯覚であり、正しくは全裸に対して、申し訳程度の面積しか無い衣で隠していると表現したほうが適切だろう。なお申し訳程度の面積しかない衣というのは非常にキワドく、えぐいピンク色のハイレグパンツだ。あとケープストールを羽織っている。
その為、全身の鍛え上げられ盛り上がった筋肉が、これ見よがしに主張しているのが容易に見てとれる。
だが、なにより特徴的なのは顔だ。頭部の殆どがピンク色のラバー製らしきボンテージマスクで覆われており、露出しているのは口元だけだ。ちなみに唇の色はキレイなピンク色だ。
いや、詳しくないためわからないが、ボンテージマスクではなく拘束マスクなのかもしれない。何故なら目元もアイマスクのようなもので隠されているからだ。視界はゼロの筈だ。どうやって視界を確保しているのだろう?
あ、口元からヨダレが垂れてる。
大男が吠える。
「ご主人様のセクシーボディを見ていいのはアタシだけなんだからっ!立場をわきまえなさいよねっ!!」
巨体をくねらせプリプリしながら憤る大男。
俺は願った。夢であってほしいと。
目を覚ましたら異常な事態に巻き込まれ、変態という言葉じゃ表現できないほどの生物が目の前にいるという現実に、俺の心は耐えられなかったのかもしれない。
やがて俺の意識は薄くなり、遠くなって…………。
ならなかった……。
頼む、夢なら覚めてくれ……。