第九話 確認
フード付きのローブを着たフォルティスマギカの男は居なくなった。あの少女を追ったのだろう。
俺とオヤジウスは殺された男たちのそばに寄り、現場を調べていた。
「うう……ひでえな。これはひでえ」
オヤジウスは悲痛な表情をしながら嗚咽しないよう耐えていた。
そこにはいつもの冗談を飛ばす少年の余裕は無かった。
フォルティスマギカの男が作り出した殺害現場は、肉が焦げた匂いと血の匂いが辺りを覆っていた。
ファイアランスで殺された男の死体はまだ燃え続けていて、頭を吹き飛ばされた二人の男の死体の周りには肉片が飛び散っていた。
「これは間違いなくゲームじゃないな。こんな残酷描写は無いし、人やモンスターの死体は僅かな時間経過と共に消失する。ああ……こいつはゲームじゃねえ」
俺は特に言わなくていい事、オヤジウスなら当然分かっていることをあえて口にしていた。その胸の奥にあるのは怒りだ。あの男はプレイヤーは何故こんなことをしたのか。
一人の命を救おうとどうにかしている一方、あっさりと命を奪う奴がいる。腹立たしかった。
いや、俺もオオカミ4匹殺してしまったが……あれは正当防衛か。
「なあジスよ、この2人を爆発させた技【混沌の炸裂】だよな?スキル作動時のエフェクト無かったんだが?どうなってる?」
「俺に聞くなよ、俺の返答を分かってて言ってるだろ?動揺してるのはわかるけどさ。あと、フォは付けないのか?」
「つ、わ、わかってる。つけるフォ」
あのフードを被った男、プレイヤーだろう。俺たちと同じくこの世界来たばかりで、なんてことないとばかりに人を殺しやがった。
つい先ほどこの世界に来て何故こんなことができるのか。いくら何でもおかしい……
いや、俺の前提が違うのか?あのフード男の異様な落ち着きは『つい、先程この世界にやってきました』といった様子ではなかった。
来た時間が違う?もっと前に来た?
つい己の中で沸いた疑問に思考が囚われそうになった時、オヤジウスの呼びかけが俺を引き戻す。
「な、なあジス、ジスよう!」
「あ、あ?どうした?」
「な、なあ、アイツ何故あんな簡単に人を殺せるんだよ……俺たちと同じくこの世界に来た人間だろ?どうして……」
「さあな、俺たちと同じ境遇なんだろうが、同じ時間に来たわけではないのかもな」
「そ、それって、どういう……」
「……」
「お、おれさあ。人の死体初めて見たよ……あんなにひどいものだったなんて……」
オヤジウスは動揺しているみたいだ。無理もないな、日本で平和に暮らしている17歳が、頭が吹っ飛んだ死体やバラバラになって燃え尽きようとしている死体を見て、平静でいられるはずもない。
「あ、あんな酷いことを平然とするやつと戦うんだよな……これから……大丈夫かなあ……」
「……なあ、オヤジウス」
「……な、なんだよ」
俺は深く息を吸い込み、そして吐くとオヤジウスに向いて告げる。
「どうする?やっぱあの娘助けるのをやめて誰か別の人間探すか?あの娘は見捨てることになるけど」
「ふ、ふざけんなよ!そんなことできるか!異世界モノの主人公はそんなことしないんだ!」
「そうか、だが今のお前はダメだ。まともに戦えるか怪しいね」
「な、何……なにい?!」
俺はオヤジウスこと桜野を見つめた。オヤジウスの瞳を覗き込み、その奥に隠された意図を推察する。
俺の妹、莉亜がケガを負ってからというもの、ずっとオヤジウスに感じていた違和感……。
「オヤジウス、お前な力が入り過ぎている。眼に迷いがあるんだよ。それじゃあムリ、これから殺し合いをする人間の顔じゃない」
「なっ、なんでそんなことわかるんだ?!偉そうに!ランクマの上位ランカーだからって!ゲームの話とは違うのだぞ!そんなこと……」
「いいか、殺すということに抵抗がないヤツは恐ろしいのだよ。遠慮がないから判断が早いし、えげつない手も平然と使うだろう」
「なんで、そんな……こ、ことが……」
「……わかるんだよ」
オヤジウスは俺の放つ圧力に黙ってしまう。俺はオヤジウスにあることを告げる。
「お前、アイツに気付かれないよう、どっかに隠れて俺が戦うのを見てろ」
「え?な、なんで?協力したほうがいいじゃないか?」
「これから殺し合いするかもしれんのだ。なにかよくわからん負い目を持ったやつがいたら目障りだ。二人とも死ぬのはカンベンしてほしいからな」
「俺が一緒に来た意味がないだろそれじゃ!」
「いや、あるさ」
「え?」
「俺がやられて死んだら、莉亜のところに戻ってそのことを伝えろ。莉亜を動かさないほうがいいとは言っていたがそうなればしゃあない。莉亜を連れて治療できる人を探せ。
間違ってもアイツを皆の所に連れてくるんじゃないぞ?ま、俺がやられるとしても時間だけは稼いでやるよ」
「そ、そんなことできるわけが……」
「やってもらわなければ困るんだ。推測だがアイツと戦うってことはリアルなランクマだ。それも自分で育成したプレイヤーキャラを使用してだ。アイツが廃人プレイヤーだったら、勝算は更に低くなる」
「だからこそ二人でやらないと……」
「いいか?もう一度言う。変な負い目を持ったやつと一緒には戦えない。以上だ。あ、アイツと接触したら全ての補助スキル使用を止めるからな。ちゃんと隠れていろよ」
「……」
俺はオヤジウスに背を向け歩き出す。振り返らなかった。アイツの後を追う為に。
「お、おれが……俺が皆を誘わなかったら……こんな事にはなってなかったんじゃないかって……さっきから考えてた。妹さんがああいう事になったのは俺のせいじゃないか!」
オヤジウスが告白するかのように言う。なるほど、そういうことか。
何となくだが……。いつもと様子が違うというか、違和感があったのだが……合点がいった。
振り返らず俺は言葉を発する。
「それは違うな。お前の誘いを了承したのは俺だ。俺が承認したからリアとブスジマが巻き込まれた。俺は妹の保護者代理に当たるだろうからな。責任は俺にある。
あ、高場は自己責任で」
「そんな、おかしいだろ。お前らはとっくの昔に引退していたんだ!いつまでも未練がましく毎日ログインボーナス受け取って、いつかまた皆でって俺はそう考えて……どう考えても俺が誘わなきゃ……」
「いいんだ、オヤジウス。気にすらしてない。」
「…………。……ッツ!くっ!」
「じゃあな。あとは頼むぞ……」
俺は笑みを浮かべるとオヤジウスに向かって軽く手を上げ、再び前を向き歩こうとする。が、再び呼び止められた。
「……勝つプランはあるのか?」
オヤジウスの言葉には真剣さを感じさせた。
「あるさ、言っておくがランクマでの階級はマスターだぜ?一年前のだが」
「今はグランドマスターとかいうのまであるんだぞ?」
「相手が下の階級であることを祈るさ」
「まてマテ待て!!フォルティスマギカがヤバイことくらいランクマたいしてやってない俺でもわかるぞ!」
【フォルティスマギカ】CULOにおける攻撃魔法職に分類される上位職の内の一つ。
蔑称は【厨房職】元々、このゲームにおける攻撃魔法職はかなり強めの調整がされていた。はじめに選ぶ下位職【フォルティスキャスター】中位職【フォルティスソーサラー】も基本的に職業ランクではどのシーズンでも上位を争っていた。
レベル90上限解放のアップデートがされ上位職が実装された時に【フォルティスマギカ】は追加された。元から攻撃魔法職そのものは非難されることの多かった職業だったが【フォルティスマギカ】の場合、内包するスペックが知られていくうちに、一番叩かれる職業となってしまった。
特にランクマッチにおいては。
【フォルティスマギカ】の特徴として、一つは以前より火力の高かったスキルが更に凶悪度を増した事。二つ目は他の職業にはありえないほどの強力なEFスキルの連発、いわゆる魔法による弾幕に近いことができる。ちなみに他の職がそれを真似ると、あっというまにEFゲージが空になる。
何故【フォルティスマギカ】だけがそれを可能にするのか?それが【EFスキル効率化】というスキルの存在だ。
【EFスキル効率化】とはEFスキルを使用する際に画面上に表示される魔法陣のようなものに、いくつかの動き回る光点が発生する。
その光点の動作パターンは毎回ランダムで発生する。その光点をカーソルでなぞる作業をすることにより、EFゲージの消費が他の職業のスキル消費よりも、格段に抑えられるのである。
無論、そのカーソルをなぞる作業はある程度のテクニックが要求されるのだが……。
CULOは基本的にEFゲージの回復は、自動回復かアイテムでしかできない為、そのスキルを持っているといないでは戦闘力に差が出るのは想像するに難くない。
なおランクマッチは基本的にレベルやステータス数値が固定化された職業を選びアイテムの使用は対戦のたびに支給されるものだけだ。
当然、装備はデフォルトで固定。予め職業が装備しているもので戦わなくてならない。
そんな条件で【EFスキル効率化】が基本として戦術に組み込まれている【フォルティスマギカ】が最強職業認定されるのは自明の理であろう。
CULOにおいてスキルの使用回数が増えるということは、非常に有利に働く。
ちなみに最終バージョンのランクマッチにおける使用職業率は【フォルティスマギカ】が全体の四割強だ。ランキングの上位10位の使用職業も全てそれだったりする。
オヤジウスは近づいてくると、俺の肩をつかみ無理やり振り向かせた。
至近距離でちょうど見つめ合う形になる。
「なんだ?いくら俺が女の身体だからってロマンスには発展しないぞ?」
「くだらん冗談はよせ」
「いつもと立場が逆だな」
「うっ……そうだ……フォフォ!!俺にいいプランがあるフォ。俺が先行して戦う必要があるフォだが」
「……変な責任を感じてはいないのだな?冷静にやれるか?」
「……まかせるフォ。俺は……おワタクシはやれるフォ!デブキモヲタ界のジョン・コルトレーンと呼ばれた呼ばれたおワタシクシにおまかせフォ!!」
また良く分からない異名を勝手に名乗り、自信満々に宣言するオヤジウス。
オヤジウスの眼に心の乱れは無かった。
どうやら気持ちを切り替えることができたようだ。
これなら連れていける。
「そうだ、それなら一緒に戦える。メンタルの調子は大事だからな」
「しつこいようだけど、まかせろフォ」
「ところでだが?いいプランがあるようだが、何だ?『プランBで行こう』とか抜かしたらコロスからな」
「違うフォ、ヒントはこの世界におけるCULOの仕様変更だフォ」
何?どういうことだ?ニコニコとキモい笑顔のオヤジウスを至近距離で見上げる。
改めて至近距離で見るとキモイ、やっぱりキモイ。痴漢される女性の気持ちが分かった気がする。許せんな、痴漢め。
「フフフォ……。ジスが以前【ギャラクシーハンター】のスキルの話題で。運営がアナウンスしている最強スキルが使えないと言っていたけど……
それがホントに本当か、試すフォ。ぶっつけ本番で」
ニヤリ、と笑うオヤジウスだった。




