プロローグ前編
今日も朝が来た。朝の光と鳥の声が強制的に俺を起こそうとする。光を遮ろうと俺は布団に深く潜る。
ーピピピッピピピッー
「寝んなよ」目覚まし時計が追い討ちをかける。仕方なく体を起こすと
「おはよう」
ーーーと言う声は聞こえない。
1人暮らしを始めて 1年3カ月。親と反抗ばかりしていた俺がまさか親の声が聞きたいと心から願うなんてなんでだ?
反抗する相手が居ないからか?
いいや、家族というギアボックスから出て行ったからだ。
「人間は社会的存在である」中学の公民に書かれていた一文だ。
人間は家族(=社会)を動かす存在だ。そうギアのように。
高校に通うようになってから俺は家族というギアボックスから抜け出し、新たなギアボックスでの生活を始めた。でもそのギアボックスには歯車が1つしかなくて、ただ孤独に回っている。何もかもただ一つのギアが担う。ほかのギアから助けられる事もない。同様に助ける事もない。ただ寂しく回る。今の俺はそんな状況だ。近所との社会形成もせず、ただ1つの社会で回り続ける。だから寂しい。
だから親が恋しくなると俺は思っている。しかし、親の声を聞きたいと心から願う自分がいる。しかしそれは叶わない。ここは実家から車で10時間、そう簡単には帰れない。電話という手もあるが何か物足りない。何か足りない。
テーブルを見る。テーブルの上にはスーパーの値段80%offの芋天がただ一つ。
「ーー母ちゃんのあの味が食べたい」
マンションの一室に寂しく声が響く。
俺は津川 洸。関東の高校に通うスポーツが出来ない系男子だ。足は速いがボールを使うとうとすぐに奪われたり、明後日の方向に飛んでいってしまう。まるでボールに嫌われているかのようにだ。ついでに顔は不細工。そんな俺に女などいるはずがない。
ー愛人は出来るのかな ー芋天を口に咥えながら考える。
「考えても仕方ないか」
芋天を口に放り込む。
味とかそういうのを感じずに。
毎日毎日同じ回転をしている。何も変化がない日常。食事、洗顔、トイレ、着替え。俺は朝の日常を終わらせて自転車にまたがった。
自転車とはいい。足の反射に任せて体が前に進む。風が吹いていく。その風が俺の寂しい生活を一時的に忘れさせてくれる。今だけは現実逃避してもいい。風はどこに流れて行くのかでも宝くじが当たったらとかでも最悪エロいことでもいい。今だけは何を考えても何も言われない。この時間は俺の聖域だ。周囲に縛られない時間。今なら空を飛べるかもしれないと錯覚させるほどに素晴らしい時間。この素ーーおっと、もう最後の曲がり角に来てしまった。急に現実に引き戻される。今日も校門が俺を出迎える。いつもの労役の始まりだ。
俺は教室前でいつものデブ集団と話しをしていた。
「どうやりゃ彼女ができんだよぉ?津川みたいに高身長の方がいいのか?」
「憲二ィ〜お前の方が羨ましいよ。俺はさ〜身長が高いせいで運動能力期待されてよ〜いじめられてるんだぜ?」
「いじめられてるのはみんな同じだぜ。俺たち「弱者の集い」はなぁー‼︎」
「そうだそうだ‼︎」
あっそうだった。俺にも1つ忘れてはいけない大切なギアボックスがあった。それは「弱者の集い」だ。俺は「弱者の集い」を結成したリーダーだ。「弱者の集い」は太っていたり、いじめられて友がいないもの達が入って来れるようにしている。この集いには法がある。
第1条 困っている時は仲間に相談せよ
第2条 イベントには参加せよ
第3条 メンバーを貶してはいけない
という3条だけだ。このような集いのおかげで何人かが自殺寸前から戻ってきた。
意外と俺は感謝される人間だ。今の専門1年の先輩も俺に頭を下げる程だ。
「どきなさいよあんたらがいると臭いのよ」
「へいへい。みんなあっち行くぞ」
「またアイツかよ」「こっちはこっちで楽しくやってるのに」
クソ!あいつがいなけりゃもっと楽しくなるのに。なんでどかなきゃいけねーんだ。アイツは宮城 由花。いつも俺たちの集会を邪魔するんだ。
「やっぱりアイツが来ると雰囲気ダメになるな」
「そうだな。リーダーやっぱり集会別の場所にしませんか?」
「じゃあどこかあるのか?いい場所は」
「1組はあれだし、図書室前はガリ勉組の目が痛いし」
「校舎の端っこはいつも不良がいるし、どこもないっすね」
「だろ?俺たちはやっぱりここで集会をする定めにあるのだ‼︎」
「「「あるのだ」」」
我ながらすげー。自分の言葉がここまで復唱されると逆にこえーな。
「とりあえず今日はこれで解散!今日も心が折れないように」
「「「イエッサー」」」
これで今日の集会は終わりだな。
ー津川さん。津川さん。至急校長室に来てください。集いの活動費について相談がありますー
ああ今日は活動費の支給日だったか。今月もメンバーが楽しめるイベント考えなきゃな。ここで不思議に思う人がいると思う。なぜ生徒会室に行かないのかと。アイツらもダメなんだ。 せっかく校長から活動費をだそうと言ってくれたのに、生徒会に行ったら 1カ月ワンコインで活動しろとか言ってやがるんだ。それを校長に相談したら、活動金は校長から直接になった。その時は校長が神に見えたよ。あっもう校長室だ。
「ようこそ。津川くん。じゃあ集いの夏休みの活動計画について教えてください」
「ええっとまず市民プールの貸し切りと駅周りの清掃そしてテニス大会ですね」
「わかった。後一週間までに予算を報告してください」
「はいそれでは」
いつもこんないい加減な計画で金出してくれるなんて。ありがたや〜ありがたや〜「弱者の集い」は運営できるんや〜
校長への感謝?を言いながら教室に帰る道を走って
「コラァー廊下を走るなー‼︎」
歩いて戻っていった。
この後何が起きるか分からずに、、、。