第五話
秋葉の瞳の奥には覚悟が燃え上がっていた。それは彼女がただ優しく、純粋なだけではなく、精神的に強い女性であることも伝えていた。
日本中で噂になっている都市伝説の真相を、そして秋葉がどんな人生を送ってきたのかを知れる。そう思うと、額からは汗が少し流れ、心臓の鼓動が早くなっているのを感じられた。
ーー
まだ日本語を上手く話せない、というよりも言葉を知らない秋葉は必死に自分が何者なにかを語ってくれた。俺は話の途中で秋葉が言葉に困っている様子だと手伝ってあげ、なんとか秋葉の話は終わったようだった。
短くまとめるとこんな話だ。秋葉はこの世界の住人ではなく、秋葉の世界には高層ビルや工場なんかが一つもない緑にあふれた世界らしい。その世界には多くの動物が住み、その中には秋葉の一族とコミュニケーションをとれる動物もいるという。
そして、その世界に住む秋葉の一族にはある伝統があった。毎年、その伝統を祝う祭りが開催され、十七歳になる男女は一族の守り神とされる巨大樹の根元にある「ゲート」というものを通ることだった。しかし、そのゲートがどこに繋がっているのかは誰にも分からないらしい。不思議な話だと俺も思った。だが、それには理由がある。何故誰もゲートの先に何があるのかを知らないのは、ゲートの先での記憶は元の世界に戻るとともになくなってしまうからだという。
この話を聞いた俺は信じられなかった。都市伝説でエルフが異世界から来ていることは予想ができたが、それでも開いた口を閉じることを忘れてしまうほどの話だった。
しかし、話はこれで終わりではない。
秋葉が十七歳になった年、つまり今年の祭りで問題は起きた。いつも通りならゲートを抜けた人達はすぐに戻ってくる。だが、その年は誰もすぐに戻ってこなかったという。また、秋葉の前に行った人の何人かは戻らず、秋葉は伝統を守るためにその人達を待たずにゲートを通ったという。
そして、その先で見たのは秋葉にとって衝撃的なものだった。秋葉の目の前には黒い服に身を包み、ヘルメットを被った二人が秋葉に向けて銃口を向けていた。さらに、その二人の向こうには秋葉の先にゲートを通ったはずの人達が他の黒服に捕まっていた。その状況から姿を消したりして必死に逃げ、俺に出会ったらしい。そこまで秋葉は何も考える余裕はなく、捕まった人達がどうなったかも分からない。しかも、そのゲートのあった場所も木が多くあったこと以外は覚えていないらしい……。
正直言うと、話を聞けば聞くほど謎は深まった。秋葉達については分かったが、秋葉に銃口を向けた者たちが何者で、何故秋葉達がゲートから出てくるというのを分かったのかが理解できない。
たしかに、そのゲートが元々日本に繋がっていたかもしれないが、それだったら伝統になるくらいの長い間気付かれないはずがない。考えれば考えるほどに頭が痛くなる話に俺は考えるのをやめた。
「わ、分かってくれた? 恭祐?」
秋葉が不安そうに聞いてきた。
「う、うん。何となくだけど……」
そう言うと俺達は一言も喋らなくなった。喋れなくなったといった方が良いのかもしれない。何というか、秋葉の体験してきた事は壮大で、十七年間何も守らずに生きてきた俺にとってはまさに考えられない、別世界の話だったからだ。
窓からは太陽の光が通り、電気を点けなくても部屋は光に満ちていた。この日本のどこかには異世界と繋がっていて、秋葉の故郷がそこにはある。そして、秋葉の家族もそこにはいる。そんな秋葉を俺は好きになってしまったことに、この家に留まらせていることに少し罪悪感を感じた。
「秋葉、帰りたいか?」
もちろん帰っては欲しくない。だから俺は恐る恐る、しかし、はっきりと秋葉に聞いた。
「帰る?」
「うん。その自分の世界に帰れるとするなら」
秋葉は黙ってしまい、下を向いた。
「帰りたいよ……。私、帰りたい」
「そうか……そうだよな」
心の中では分かっていた。でも、聞かずにはいられなかった。まだ出会って一日しか経っていない。それでも、ピンチを乗り越え、お互いに何者なのかを知ることが出来た。だから、もしかしたら秋葉は一緒にこの世界に残ってくれるかもしれないと期待をしていた。そんな期待は裏切られると分かっていた。でも、そんな事を思わずにいられないのは秋葉が俺が初めて一目惚れをした相手で、初めて守ることの出来た女性だったからだ。
行かないでくれ! 恋愛映画のイケメン主人公ならそんなことを言うだろう。少し自己中心的になってでも、俺と一緒にいてくれと言うだろう。しかし、俺はそんな事出来なかった。格好をつけて、自分の気持ちは後回しにしてしまう。そんな素直になれない俺を俺はいつまでも好きにはなれなかった。




