第三話
ご飯を彼女と一緒に食べた後、俺はいつも通りに風呂に入った。色々な事が起こりすぎて、息をつく暇もなかった俺の体は思っていた以上に疲れを蓄積しているた。何というか、風呂の中に疲れが滲み出ていく感じだ。そして、風呂から出て、それほど時間も経たない間にテレビを見ながら眠りに落ちてしまった。
そして今、俺の横にはエルフの彼女が正座を少し崩した感じで座って真剣にテレビを見ている。寝た時に俺の手元にあったリモコンはすでに彼女の手にあり、チャンネルの主導権を握っている。
「お、おはようございます」
え? 今なんて言った? おはようございますって言ったのか?
いつも彼女は俺を驚かせる行動を見せてくれる、そしてこれがその一つだ。彼女は流暢に俺に向かって挨拶をしていたのだ。そして、昨日の威嚇的な緊張感とは違い、子供が発表会に出るときのような可愛らしい緊張感を放っている様子だった。
「今の時刻は八時! 八時になりました」
テレビにはニュース番組が映っていて、彼女が何故日本語をいきなり話せるようになったのかが何となくだが理解できた。
「おはよう。テレビずっと見てたの?」
「テレビ…?」
彼女は片言で首をかしげながら俺の言葉を言い返した。
そうか、まだ知らない単語がたくさんあるんだ。たしかに、テレビって言葉はあんまり番組とかからは聞かないから無理もないか。
「そう、これがテレビ」
俺はそう言いながらテレビを指をさして彼女に伝えた。彼女はスッキリとした顔頷いく。その分かりやすい反応で俺は彼女が何がテレビなのかを理解したことを安易に読み取ることができた。
「あの、昨日は、あの、迷惑すいませんでした……」
彼女は必死に彼女が知っている言葉を使って昨日の事について謝っていた。迷惑とだけ言っていたので、何について謝っているのかは正直言うと分からない。だが、彼女の丁寧な口調と優しい喋り方で昨日の威嚇をしていた時の彼女が本当の性格ではないことは察しがついく。そして、俺の目の前で申し訳なさそうに謝っている優しい彼女が本当の彼女の性格だという事も理解ができた。
それよりも気になったのは彼女の言語力と学力の高さだ。俺が思うところだと彼女が起きたのは数時間前だ。そして、その数時間の間で彼女は一言も知らなかった言語を少しづつだけど話せるようになってきている。エルフだからなのか、それとも彼女だけなのか、俺には分からなかった。
「いや、全然大丈夫ですよ。何よりも元気になってもらえて良かったです」
俺も話なれていない敬語を彼女につられて話していた。
「あ、ありがとうございます…」
彼女がそう言うと、俺達はまた黙ってしまった。聞きたいことは山ほどある。どこから来たのか、何で来たのか、何で倒れるまで疲れていたのか。だけど、俺はこの状況で聞いていいのかは分からなかった。
「あの、私、行かないといけない、と思う……。あなたに、迷惑するから……」
彼女は俺に申し訳なさそうに言うと、テレビの電源を切るとともに立ち上がり、俺の部屋から出ていこうとしていた。まだ歩く姿には疲れが見える。このまま俺は何もなかったように彼女を送り出すのか。そんなことは俺にはできなかった。
「すいません、朝ご飯食べていきませんか?」
俺が彼女を呼び止めるために出た言葉はご飯を一緒に食べませんか?という訳の分からないものだった。咄嗟の事と朝ということもあって頭が回っていなかったんだろう。
そんな意味のない言葉だったが、彼女にとっては意味があるものだった。その言葉は彼女の表情をさっ
きまで暗闇の中で歩く彼女の前にいくつもの街頭が道を照らすように明るくしていたからだ。
「はい! 喜んで!」
「良かった……。じゃあ今から作るんで待っててください。あ、その間にシャワーでも浴びますか?」
「シャワーって何ですか?」
俺はシャワーを教えるとともに家にある彼女がわからない物を一通り教えてあげた。冷蔵庫に電子レンジ、その他の電化製品は今まで見たことのなかったようで驚いた様子だった。
シャワーから温かい水が出てきた時は金色に輝く二つの瞳をより輝かせて見つめていた。
「すごい!」
「人間は昔からものを作ることを得意としていたからね。外に出ると他にも色んな物があると思うよ」
俺が少し調子に乗って長く話すと、彼女は訳の分からない話をしないでくださいと言わんばかりに眉をひそめる。
「ごめん、まだ難しかったか」
そりゃあ、そうか……。テレビを数時間見ただけだからな。
俺は自分の思いやる力の無さに少し落ち込みはしたが、それと同時に嬉しさもあった。昨日まで話が通じなかった彼女とこんなにも話ができて、仲良くなれている気がするからだ。彼女が俺の事をどう思っているかは分からないが、少なくとも警戒心は完全に説いてくれたことが仲良くなれていると感じた理由だ。
今日の朝ご飯は大したものじゃない。白米にインスタントの味噌汁。一人暮らしの高校生にとってはちゃんとした朝ごはんだと俺は思う。
だから、準備するのには時間がかからなかった。作っている間にシャワーでも浴びてきたらと言ったが、彼女がシャワーに入っていた時間の方が圧倒的に長かった。
俺は彼女を待っている間決めていた。ご飯を食べている間に色々と気になっていることを聞こうと。思ってみれば俺はまだ彼女の名前も知らないし、彼女は俺の名前も知らない。
「あの〜、すいません。もう少し大きいの、ありませんか?」
「あ、少し小さ……って何してるんですか!?」
リビングで座っていた俺の目の前に立っていたのは上半身が裸の彼女だった。小さかったと思われるTシャツを片手で持ち、恥ずかしがる仕草は一切見せないで俺に話しかけてきていた。当然、俺は興奮する余裕なんてものは全くなく、見てはいけないものを見てしまったという気持ちが俺の目を彼女から背けていた。
「え? なにかあったんですか?」
「何かあったって、何かで隠してから出てきてくださいよ。その、えーと、何というか、すぐに服持っていくから、ちょっとあっちで待っててください!」
一瞬だったから彼女がスタイルがいいという事と真っ白な雪のようにきめ細やかな肌以外は全く目に入らなかった。もう少し見るんだった……と後悔する気持ちもあったが、そんな事よりもこの世界の事について無知で純粋な彼女の裸を見たという事が俺を罪悪感が包み込んでいた。
「これ、もう少し大きい服です……」
俺は閉まっていた洗面所に続くドアの隙間から彼女に服を渡した。もちろん、彼女の裸は見てはいない。
「服…。ありがとうございます!」
彼女は十秒も経たない間に服を着て、ご飯のあるリビングへと歩いてきた。
ズボンは大きめのスウェットパンツで、上着はさっき渡したTシャツ姿だ。昨日の神聖そうな白色の服を着ている時とは雰囲気が大いに変わっていた。また、彼女の金色の瞳でファンタジーを連想させる彼女と現実的な服装は見事なまでに似合っていない。
「いただきます」
「い、いただきます…」
彼女は俺が両手を合わせながら言っているのを真似した。きっと彼女の世界にも食事の前には何かあるのかもしれないが、日本の文化とは違うんだろう。
「スカエラ……」
「あ、スプーンね」
スカエラ。俺もなんだか彼女の言葉が喋れるような気がした。きっと、彼女のように一日では喋れるようにはなれないと思うが……。
「ありがとう」
俺が彼女にスプーンを渡すと彼女は何の違和感もなく俺にお礼を言ってくれた。
テレビからは土曜の朝、恒例のアニメが始まっていた。子供向けアニメの楽しく、明るい声がテレビから聞こえてくるというのに俺たちは話せないままだった。
いや、話さないと駄目だ。話すってさっき決めたんだから。よし、話すぞ……。
「あの」 「あの」
俺が話そうとした瞬間に彼女と声が重なってしまった。なんとも気まずい。
彼女はここから何を言い出せばいいのか分からないようだった。しょうがない、俺が後に聞くか。
「先にいいですよ」
「あ、ありがとうございます。あの、その、名前って何ですか? 私には名前がなくって…」
偶然にも彼女が聞いてきてくれたことは俺が聞こうとしていたことと似ていた。俺が聞きたかったのは彼女の名前だったんだけど、彼女の質問からすると彼女の世界には名前自体がないらしい。まったく不思議な世界だ……。
「名前っていうのは…えーと、名前ってなんて説明すればいいんだ」
聞かれてみると分からなかった。コードネーム? それは名前と同じだろうし。
彼女を見ると不安そうな顔をして俺を見つめていた。そして、その顔が俺を焦らせる。
「名前っていうのは…俺達の言葉っていうのかな?例えば、これはスカエラとかスプーンだよね? その言葉が俺達にもあるんですよ。俺の名前は恭祐っていうんです」
彼女は理解していないようで理解したというような複雑な表情をしていた。しかし、必死に理解しようという事はすぐに分かる。
「恭祐…。あなたの名前は恭祐。私は、私は名前ない」
問題はそこだ。彼女には名前がない。そして、このまま彼女と呼ぶのも何だか変だ。
「俺がつけてあげましょうか? あなたの名前」
何言ってるんだ俺は? 彼女がいいって言うわけ…。
「え、いいんですか? 嬉しいです!」
え、いいの? 本当に俺が名前つけちゃっても?
「ちょっと待っててくださいね。今考えるから」
彼女の予想外の反応に俺は少し焦っていた。
俺は左手を口元に持っていき、彼女の名前を考え始めた。出来れば彼女の外見がいい。金色の瞳、長い耳……。
いくら考えても、彼女の外見にあった名前は考えつかなかった。
何かいい名前はないか…。
まさか名前を付けるのがここまで難しいとは思ってなかったな…。名前つけましょうかなんて言った俺だったが、あまりの難しさに少し自信を失っていた。
そんな事を考えながら、ふと窓から外を見ると一枚の落ち葉が宙に舞い、ゆっくりと地面に近づいていくのが見えた。
そうか、秋。俺と彼女があった季節。一つの時が終わり、一つの時が始まる、そんな季節。
「き、決まりましたよ……」
彼女は掴んでいたスプーンを一旦机の上に置き、子供がクリスマスプレゼントを開ける時のように俺が彼女の名前を言うのを今か今かと待っていた。
「秋葉ってのどうですか?」
気に入ってくれるか心配だった俺を彼女の反応はいい意味で裏切ってくれた。
「秋葉、秋葉ですか……。凄く嬉しいです! 恭祐、ありがとうございます!」




