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救世戦記  作者: 四角 嶺都
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五頁 決闘試合

最初の一撃。食らってしまえば流れを掴まれて、一気に不利な状況になる。

レイはランの両手にすばやく目を走らせた。ランは左利きだ。初撃は利き手か、それとも右か。

ランの左手の指に力がこもるのを見たレイは、盾を構えた。


(まずは左…!)


その瞬間ランは右の上半身を前方へと向け、左腕を後方へと向けた。


「はあぁぁ…!」


体を軸として、全身を捻るようにして繰り出される斬撃。腕を振りぬく勢いで横に薙ぐ剣の一撃は、盾を通して左腕にすさまじい衝撃を与える。左の剣が振り抜かれると、すぐさま右手の剣が鋭く突き出されてきた。騎士の剣術〈双剣の型〉不断の連撃。速攻で勝負を決めようとする、ランが最も得意とする型だ。開戦と同時に絶え間ない連撃で、戦いの主導権を握る戦法である。休む間もなく、両の剣が次々と攻撃を仕掛けてくる。観客は大いに盛り上がり、大きな歓声が聞こえる。

レイは盾と剣で攻撃を受け続けるが、じりじりと後退させられている。


「まだまだぁ!!」


ランは大きく飛び上がると、両方の剣を一度に振り下ろす。全体重のこもった強力な一撃だ。


(さっそく仕掛けてきた!)


レイは思い切り地面を蹴ると、ランの体の下をくぐるようにすり抜けた。今までは後ろにかわしていたのだが、意表をついて攻めに転じるため思い切って前へと踏み込んだのだ。右足に力を込めて体に歯止めを効かせると、振り向きざまにそのまま体重を左足に移動させ剣を振り下ろす。


「はぁ!」


ガキィィィンン! と金属同士のぶつかる音が激しく響く。ランは二本の剣を交差させ、レイの剣を受け止めていた。だが一撃目がすんなり通るとは、始めから思っていない。


「今度はこっちだ!!」


剣を戻すと見せかけて、レイは右腕の肘に力を入れて剣を握る拳を前へと叩きつけた。体重をかけた剣の柄頭を、交差したランの剣の腹に思い切りぶつける。


「なっ…!?」


見たこともない戦法に、観客は大いに盛り上がる。これはレイが自ら編み出した、二刀流の防御の崩し方だ。

想定外の衝撃にランは体勢を崩した。思わず右手を下ろしてしまう。その隙を見逃さず、レイはランの右側に回り込んだ。二刀流の守りの構えは汎用性が高く守りも堅い。様々な方向からの剣戟を少ない動きで防ぐことが出来るが、相手が予想できない手段で崩してしまえばこっちのものだ。

下方から狙って剣を斬り上げる。ランは左の剣で受け止めるが、レイはそのまま勢いをのせ振り下ろした。返す刃で胴を狙っての斜め切り、そのまま面に向けての一文字斬り。朝に稽古場で練習していた〈剣闘の型〉攻勢の構え、レイの改良型だ。横に剣を薙ぎながら、さらに右へと回り込む。叩き込む連撃はランに防御されこそするが、レイが優位に立っていることにカイルは気づいていた。


「はて。騎士の剣術にあんな型あったかのう?」


隣に座るツギノ老人が不思議そうな声を出した。心配そうに試合を見ていたカイルに尋ねる。


「あの子はお主の弟子じゃろう? 一体どんな育て方をしたのじゃ」

「いえ、お恥ずかしい限りです…。私の指導不足ゆえに…」


カイルは気まずそうに眼を伏せるが、ツギノ老人はにこにこと笑った。


「結構結構。あれを自分で編み出したというか。面白い見習いじゃ」


ほっほっほっと笑うツギノ老人だったが、少しばかり真剣な顔つきになると剣を交わす二人を見やった。


「…して、どう見る? この戦い」


ツギノ老人の様子を見たカイルは決闘場へと向き直った。


「…ランは流れを崩されたせいで、防御が利き手の左一辺倒になっています。両の剣を流れに乗せなければ、このままレイが押し切るやもしれません」

「そうじゃのう。しかし、二刀流のあやつはそう簡単に折れるであろうか?」


ちらりとツギノの方を見ると、彼はにやりと笑ってすぐに決闘場へと視線を戻した。ツギノの言う通り、こんなところでランが負けるはずがないことは二人の戦績が物語っている。


(レイもこのまま押し切れるとは思っているまい。どう戦うつもりだ? レイ…)


カイルが見抜いた通りランの防御は左手中心になっており、右手の剣が上手く活用しきれていない。それはレイの狙い通りで、レイはランの右側を狙うようにして攻撃を仕掛けていく。


(流れは崩した! このまま…!)


斜めに振った剣を防御した瞬間、ランの左手の剣が上方へと大きく弾かれた。


「そこだっ!!」


レイは胴へと盾を装備した左腕を打ち込んだ。このまま死角からの突きを決めれば…。そう思ったのもつかの間、胴へと打ち込んだ盾から腕に伝わってきたのは革製の鎧ではなくまるで金属を叩いたような感触だった。


「調子に乗るなあっ!!」

「くっ…!」


踵で地面を蹴って、大きく距離をとる。寸での所でランの剣が空を斬った。舌打ちをするラン。右の剣を腹の前に構え、レイの盾を防いでいたのだ。


(防がれた…! 剣での防御は難しいと思っていたけど…甘かったか!)


ランは一気に距離を詰めると、再び素早い連撃で攻め始めた。両方の剣を重ねて真横に薙ぐと、右手の剣を左手より大きく振る。そうして間に生じた距離を利用して今度は挟み込むように二本の剣を左右から同時に、レイの胴体へ目がけて叩きつけた。レイは盾で攻撃を受け止めるが、盾はランの剣にがっちりと挟み込まれ身動きが取れない。


「それが自己流の剣術か? 所詮お遊びだな!」

「僕だって本気だ!」

「まともに指南書も守れないような…結局お前は二流見習いなんだよ!」

「…言わせておけば…!」

「事実だろう!?」


ランはレイの盾を挟む剣に力を込めると、思い切り上へと突き上げた。盾は革紐で腕に固定されているため、簡単には外れない。盾と一緒に腕を捻り上げられるようにされる痛みにレイは思わずうめき声をあげた。がら空きとなる胴を守るよう、とっさに剣を構える。


「甘いっ!!」


ランは右手の剣の真っすぐに突き出すと、左手を大きく後ろに掲げるように構えた。弓矢を引く姿勢のようなその構えにレイは見覚えがなかった。


(型を変えてきた…! 新技か!?)


両方の剣が同時に突きを繰り出してくる。剣では受けられない…! 痛む左腕を必死に引き寄せ、盾を構える。が、一瞬早くランの二本の剣がレイの懐へと潜り込んでいた。


「終わりだっ!」

(やられる…!?)


とっさにレイは右足へと全体重を移動させた。胴体へと剣がめり込む直前、レイは倒れるようにランの左脇へとすり抜ける。直撃は避けた! そう思ったのもつかの間、突き出された剣は左右へと空を斬り拓くように振られていた。体勢を直そうとしていた無防備な状態の左腕に、凄まじい衝撃が響く。


「ちょこまかと逃げやがって…!」

「見切ってると言ってほしいな…!」


口では強がりを言いながらも、レイは必死に頭を回転させて考えていた。見切るどころか、今の一撃がかわせたのはまぐれのようなものだ。けれど、体勢さえ保てば防御できないことはないだろう。問題は、今の型がどういった剣術なのか分からないことだった。


(…こんなことになるなら、指南書をしっかり読んでおけばよかったな)


レイが姿勢を戻す間もなく、再びランの剣は同時に突きを放ってくる。距離をとろうと右へと移動したレイを見ると、ランは突き出した二つの剣をそのまま右へと振り払った。剣を立てて受け止めるが、遠心力で威力を増した双剣の重みはいとも簡単に防御の構えを崩す。


「くそっ!」


すぐさまランの二本の剣は同時の突きへと流れを繋ぐ。盾で防いで攻撃に転じようとしても、突き放たれた剣は同時に、あるいは二本に別れて確実にレイを狙ってくる。

突きをかわし地面を蹴って左後方へと跳ぶが、やはり二本の剣はレイの胴へと目がけ、追うように迫ってくる。


(動きを読まれている!? いや、これは…)


再び双剣の突きが繰り出される。盾で受けとめ剣を振ろうとした右腕を狙うように、ランの左手の剣が振りかぶられる。


(誘導してるのか! 僕の動きを…!?)


右手を後ろへと引き、籠手を狙っての攻撃を避ける。続いて右足、左足と強く地面を蹴って大きく後ろへ下がる。それを見たランは様子を見るように、再び右の剣を前方へ向け左の剣を後ろに構えた。深追いしてこない所を見ると、自分の優勢を確信しているようだ。


(思い出した…! あの弓矢みたいな構え!)


二本の剣を同時に突き出し、相手の動きに合わせ二つの剣の片方、または両方をそのまま攻撃の流れに乗せる。攻撃の後は再び二本を合わせ突きを繰り出すことで流れを途切れさせることなく確実に追い詰めていく…。


(名前は確か…〈双剣の型〉一矢の剣花…!)


二本の剣がまるで花が花弁を開くような形で攻撃することからそう名付けられた、二刀流の中でも特に難しいとされている型だ。剣の流れを一瞬でも途絶えさせてしまえば型は成り立たなくなる上、体力の消耗も激しい。一気に畳みかけるつもりのようだ。


(基本の形は二本同時の突き…。そこから僕の動きに合わせて一本か二本か決めてくるのか…。指南書ではどう捌いてたっけ…)


激しい剣劇は一旦休幕となり、二人は睨み合いながら円を描くように決闘場をじりじりと動いている。距離が大きく開いたため、お互いに相手の出方をうかがっているようだ。

なんとか凌いでいるものの、レイが押されていることはマレナにも分かっていた。


「レイ…大丈夫かな…」


思わずこぼれ出た言葉に答えるように、シスカが言った。


「大丈夫。レイは負けないわ。最後まであきらめないところが、あの子のいいところだもの」


前をしっかりと見据えながらの言葉に、マレナは思わず見とれてしまった。美しいシスカの横顔から不安な感情は感じられなかった。


「そうですよね…。私たちが信じてあげなきゃ…!」


不利なのはレイ自身よく分かっているはずだ。見ている者たちには信じ、応援することしかできない。


「一矢の剣花か! 金髪のあやつはそうとうやりよるのう」


それは普段は厳格な表情しか見せないあの男も同じだ。ツギノの言葉も耳に入らないほど、カイルは不安そうな面持ちで決闘場を見つめていた。あまりに心配そうな顔に、ツギノは思わず笑ってしまった。


「ほっほっほっ。あの見習いが今のお前を見たらどんな顔をするかの」

「し、所長…」

「なぁに、ちょっとからかっただけじゃ。それにのう、お主が思っておるほどあの見習いは柔じゃない。それとも何じゃ。自分の弟子を、師匠が信じられぬと申すか?」


その言葉にカイルは、はっとしたようにツギノを見やった。ツギノは前を向いたまま続けた。


「そうじゃそうじゃ。己が鍛えた剣を信じられぬようで、何が剣術指南役よ。ほれ、お前の弟子が、また何やら企んでおるようじゃぞ」


ツギノは楽しそうに、椅子から身を乗り出した。その言葉通り決闘場では思わぬ事態が起こり、観客席からざわざわと声がし始めていた。

なんと、突然レイが剣術の構えを解いたのだ。剣を盾を持つ両腕をだらんと下げ、目をつむる。完全な無防備だ。

カイルやマレナ、観客からも驚きの声が上がる。


「レイ!? どうした! 諦めるのか!?」

「どうしちゃったの!? レイが…。シスカさま!」


さすがのシスカもレイの考えが理解できずに困惑していたが、それでもマレナに言った。


「…大丈夫よ。今はマレナちゃんも信じてあげて」


それはマレナに言っているようであり、自分自身にも言い聞かせているようであった。


(あの子のことだもの…。何か、考えがあるんだわ…)


観客席からは次第に、レイに対する罵声もちらほらと聞こえ始めている。


「なんだよ…やる気あるのかよー!?」

「金髪の兄ちゃん! さっさとやっちまえよ!」


それでもレイは目をつむったまま、精神を集中させていた。今更指南書の戦い方を思い出そうとしても仕方がない。自分だっていつも思っていたはずだ。本のやり方は窮屈過ぎる。自分は自分の剣術で…。


(対策が分からないなら…自分で考えるしかないだろ…! ちょうどいいじゃないか。あれを試すのに…。でも、あの型に対応し切れるのか? いや、し切れるように、今仕上げる…! それしかない!)


観客たちの声は段々と増していく。けれど、レイの様子が一番癪に触っていたのは無論ランだった。


「レイ…舐めた真似を…!」


客席からの声もあり、ついに痺れを切らしたランは大きく叫ぶとレイ目がけて走り出した。


「潰してやるっ!!!」


客席の喧騒の中、地面からランの足音を感じ取ったレイはついに目を見開いた。

ランの姿はすぐ目の前まで迫っていた。


「次で終わりだっ!」


突き出される二本の剣。レイが構えた盾にぶつかった剣が激しい金属音を鳴らす―――――――――



はずだった。



代わりに響いたのは、ランの革製の鎧に青銅の剣が叩き込まれる音だった。

嗚咽と共に思わず口を押えるラン。決闘場はしんと静まり返ったが、すぐに怒号にも似た歓声が巻き起こった。レイが剣を振り下ろす。

こみあげてくるものをなんとか飲み込んだランは、腹部を押さえながらレイに叫んだ。


「な…なんなんだ! その型は!!? どの指南書だ!?」


一瞬の間にレイが構えた姿勢。それはランが呼んできたどの指南書にも載っていない。初めて見るものだった。レイは盾の正面を見せつけるように構え、剣を持った右手を横に薙ぐ直前のように大きく後方に構えていた。前に出した左足に体重をかけ、少し前傾の姿勢でランに向き直った。盾を前方、剣を後方に構える。それは騎士の剣術で最も普及している〈剣闘の型〉攻勢の構えとはまるで真逆の構えであった。


「これ? 君に言わせてみれば“お遊び”ってやつだよ」


顔を真っ赤にしたランはすぐに一矢の剣花の構えをとると、レイへと走り出した。


「どうせ…まぐれだ!」


レイが盾を構え直す。鋭く突き放たれた二本の剣が再びぶつかるように見えたが、響いたのはまたもや鎧に当たる剣の音だった。


「ぐぅっ…!」

「…さすがに二回は食らわないか…!」


危険を感じたランはとっさに剣を交差させて、胴体を守るように防御の構えをとっていた。それでも反応し切れずに、威力を殺し切れなかった二本の剣は腹部へと強く押し付けられていた。


(さっきまでとは違う…! 最初は攻勢の構えをいじったやつだった…。でもこんな型は知らないぞ…!)


既存の型に改良を加えたのなら、指南書で読んできたものに近いものがあるはずだ。だが、剣を相手ではなく後ろに向ける型などは騎士の剣術には存在しなかった。そうなれば、結論は一つしかなかった。


「騎士の剣術じゃない…!? 全部…我流の剣術だっていうのか…!?」

「そうだよ。…指南書を読むのは苦手だからね」


凄まじい歓声が巻き起こる客席で、マレナとシスカはほっと息をついていた。


「すごい! すごいわシスカさま! レイの剣!」

「本当…! 相手の見習いさんもびっくりしてるみたいね!」


だが、観客席で最も興奮していたのはこの老人であろう。


「たまげた! こりゃたまげた! お主の弟子は一から剣術の型を作り上げたというか! 大手柄じゃ!」

「し、しかし所長…。騎士見習いが決闘試合で自己流を披露するなど…!」

「んなことはいいんじゃよ! それにあの戦い方、おそらく養成所で習うた複数の型を参考にしておるようじゃの。お主たちの指南を無視しておるわけでもあるまい」

「ですが…」

「ええい! わしがいいと言っておるのだからいいのじゃ! お主の弟子であろう!?」

「は、はい…」

「分かったのならとくと見ておけ! ここからは…」


ツギノ老人はごくりと唾を飲み込んだ。


「あやつの独壇場じゃ」

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