四頁 決闘の火蓋
「勝負あり!」
審判の声がすると同時に、地鳴りのような歓声が巻き起こる。
準決勝はどうやら西側が勝ったようだ。片腕を押さえながら、控室へと騎士見習いが戻ってきた。
悔しそうな顔をしながらも、笑顔が見える。悔いはないようだ。控室の皆が次々と駆け寄る。レイも労いの言葉をかけようと立ち上がった。
「お疲れさま」
「もう少しだったな」
「ありがとう。けど、悪い! 負けちまったよ」
「いいんだよ。いい試合だった」
「皆の応援の声聞こえたぜ。でも、勝ち点は同点だ…」
決闘試合では個人の順位の他に、東西どちらの班が多く勝利をおさめるかも競われている。勝ち点が多かった班には、養成所からささやかながら賞品がもらえるということで、見習いたちは自分が負けてしまっても、熱気を失うことなく試合を応援していた。
今の試合で西側が勝ち点を一つ増やしたので、二つの班は並んでしまった。
つまりレイが決勝戦で勝利すれば、東の勝利が決まる。
「最後の決勝! 勝てば勝ち点はこっちが上なんだ。な、レイ!」
「あぁ、そうだな」
なんだかすっかり負けられない雰囲気になってしまった。無論負ける気はさらさらないのだが、自分には少し重すぎるものを背負ってしまった気分で、緊張が増していた。
「調子はどう?」
「調子は良いけど、相手が悪いよ」
「負けたらレイ、全員の剣研いでもらうからな!」
「いいね、それ!」
「え!? 勘弁してくれよ!」
「研ぎたくなければ、」
「勝てばいい」
「な? 簡単だろ?」
「さらっと言いやがって…」
「なんだよレイ弱気か?」
ちょっとは気を使えよ、と心の中で愚痴る。ますます緊張してきてしまう。
「そんなんじゃマレナちゃんに嫌われるぞー」
「マ、マレナは関係ないだろ」
「あーあー、可愛い幼馴染うらやましいなー」
「レイ嫌われないかなー」
「マレナちゃん今日期待してるんだろうなー」
「くぅ…」
弱気なレイにつけこんで、言いたい放題である。マレナのことになると、レイは弱いのだ。
観念したレイは声を張り上げた。
「あー、もう! 分かったよ、約束する。だけど絶対負けないからな! 優勝したら露店の食べ物全部奢れよー!」
「よっしゃ! 言ったな!」
「いいぞ! レイ!」
一人が突然腰の剣を抜いて叫んだ。
「決闘宣誓!」
その声に全員が反応して、宣誓の構えをとる。体が勝手に反応してしまうようだ。
「我ら、大陸を守る剣とならん!」
続けて他の一人が付け足す。
「そして約束を守る友と誓わん!」
剣を下ろすと顔を見合わせて、誰からともなく笑い出した。決闘試合の期間が始まってから数か月。見習いたちの絆は以前よりも確かに強いものとなっていた。
「これより決勝試合を始めます! 東西の一位通過者は決闘場へ!」
審判の声が会場に響いた。いよいよレイの番だ。
「レイ! 出番みたいだ」
「頑張れよ!」
「死ぬほど応援するからな!」
「あぁ! 必ず勝つ!」
レイは盾を左手に装備すると、腰に剣をさげて入り口に立った。決勝戦ともなると少しだけ豪華で、前口上が述べられるらしい。自分の名前が呼ばれたら、いよいよ決闘場へと出る時だ。
「レイ!」
仲間の声に振り返ると、皆がレイを見つめていた。
いつの間にか緊張を忘れている自分に気づく。負ける気がしない。絶対勝てる。これは、もしかして。
「緊張。ほぐれたか?」
「皆…」
緊張しているレイを察して、皆が気を利かせてくれていたのだ。
「感謝しろよ!」
「…よく言うよ」
思わず笑みがこぼれる。
皆が笑顔になったとき、審判の前口上が始まった。
「皆さん、お待たせいたしました! 王立騎士養成所・決闘試合、決勝戦を始めます!」
観衆から大歓声が上がる。会場は十分すぎるほど温まっていた。
「それでは、東西の一位通過者の登場です。まずは西! 二刀流のラン!」
西の出口からランが現れる。大きくなった歓声に応えるように、観覧席へ手を挙げている。
「騎士の名門出身のラン選手! 二本の剣を巧みに操り、対戦相手をことごとくねじ伏せてきました! その美しい、見事な騎士の剣術は必見です!」
ランはこれでもかと見せつけるようにお辞儀をした。会場は盛り上がっているが、背中の後ろからはちょっとした悪口が聞こえる。苦笑いしていると、レイの紹介が始まった。
「さぁ、もう一人の決勝進出者の登場です! 東の一位通過者は、我流のレイ!」
我流のレイと聞いて今度は後ろから笑い声が上がる。けれど、一番戸惑っているのはレイ自身だった。変な気分になりつつも、決闘場へと歩き出す。レイの姿が現れると、歓声は一層大きくなった。我流と聞いて、観衆も興味をひかれているようだ。
「町民街出身のレイ選手! 騎士の剣術に加え、なんと我流の剣技の使い手! 予測不可能な太刀筋の前に、対戦相手は皆一瞬で倒れるといいます! 一体どんな剣術を見せてくれるのでしょうか!」
レイは決闘場の前まで静かに歩を進めると、剣を抜いて頭上に高く掲げた。その仕草に、会場は大いに盛り上がる。その反応にほっと息をついたレイは、ちらりと後ろを見やった。控室の仲間たちはうんうんと大きくうなずいている。ランが気障な仕草を披露すると予想して、レイのために考えてくれたのだ。
「レイー! 頑張れー!」
歓声の中に聴き慣れた声を聞いたレイは、とっさに声のした方を向いた。闘技場のすぐ近く、特別席から
叫ぶマレナと母の姿を見つける。
「応援してるわよー!」
「レイなら絶対勝てるよ! いっぱい応援するから!」
普段は見せないような必死な表情で声を出す母と、特別席から身を乗り出して応援するマレナの姿に、レイは思わず駆け寄りたくなったが、すぐにその感情は自信へと変わった。皆が応援してくれている。僕は勝つ。必ず…!
「さぁ! 今ここに立っているのは、ともに頂点を目指す若き騎士! しかしその頂に立てるのはどちらか一人! 勝利の女神が手にするのは、どちらの剣なのでしょうか!」
レイとランは向かい合った。
「随分ちやほやされているじゃないか、我流のレイ」
「僕は君みたいな気障な真似は苦手でね」
「…勝つのは俺だ」
「それはどうかな」
睨み合う二人を見た会場は、ただならぬ雰囲気に包まれた。間違いなく一番白熱する決闘になる。誰もがそう確信していた。
「それでは始めます! 二人とも準備はいいかい?」
「いつでも」
「どうぞ」
息を吸い込んだ審判が片手を掲げ、これまでにないほどに声を張り上げる。
「決闘宣誓!」
剣を構える二人。勝つのはランか、それともレイか。
審判が勢いよく手を振り下ろした。力強く鳴らされる銅鑼。
「…始めっ!!」
開場から巻き起こる歓声と共に、二人の騎士は相手めがけて勢いよく走りだした。