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救世戦記  作者: 四角 嶺都
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一頁 始まりの朝

世界の変革は唐突に訪れる。

創造、発見、改革、喪失、そして出現。

一体誰が想像していたであろうか。

人の世の終わり、世界の破滅など。



辺りに響く無数の剣戟。

矢が飛び交い、刃が煌めき、怒号が響き渡った後、鮮血が散った。

崩れ始めた街頭には炎と砂埃が舞っていた。


「くそっ! 何なんだあいつらは!?」


かつては宿屋として数多くの旅人で賑わっていた瓦礫の山の陰に、一人の青年が転がるようにして飛び込んだ。そのすぐ横を邪悪な気配をまとった紫色の炎が飛んでいく。

なめした皮で作られた簡素な鎧は切り裂かれ、手にした青銅製の剣はほとんど刃こぼれしている。盾はとっくに消し炭にされていた。


「どうして…! 何が起こったっていうんだよ…!」


聴こえる足音。動物の蹄。野獣のような唸り声に悪魔のごとき笑い声。

足音は近づいているのか? いや、遠ざかっているようにも聞こえる…。すぐ背の後ろで聞こえているのか、それとも遥か彼方なのか…。

…いや、確かに奴らは近づいている!

震える体を押さえようと肩を抱く手に力を込める。青年は剣を握りしめた。


「この…世界は…」


足音が止まった。目の前の石畳に異形の影が落ちる。


「…終わるのか…?」




窓から差し込む陽の光が暖かい。鳥のさえずりが心地よく聞こえてくる。

木組みの少々散らかった部屋の寝床で、青年は静かに目を覚ました。

枕元には剣術の指南書が投げ出されている。寝転がりながら読んでいるうちに、いつの間にか眠ってしまっていたのだろう。

青年は部屋を満たす日光から顔をそむけるように寝返りをうつと、毛布をかぶった。

コン、コン、と部屋の扉をたたく音がした。扉が静かに開くと一人の女性が青年のもとに近づいてきた。暖かい毛布にくるまった背中を優しくゆする。


「レイ? もう朝よ。起きなさい?」


眠そうなうめき声を出して毛布に潜り込もうとする息子の背中に、母は声をかける。


「レイ? 隊長さんが来てるわよ」


がばっと勢いよく毛布を飛ばして、青年は起き上がった。


「カ、カイルさんが?」


一瞬で目が覚めたような表情のレイに、母親のシスカは笑いかけた。


「えぇ。おはよう」

「お、おはよう!」


レイと呼ばれた青年は壁に掛けられていた服を手に取ると慌てたように着替え始める。

足元に投げ出されていた青銅の剣と木製の盾を担ぐと、母の脇をすり抜けるように部屋を出た。


「朝ごはんはきちんと食べるのよー」

「でも時間が…」


そう言いながら階段を駆け下りたレイは食卓に着いていた顔に驚いて足を止めた。


「朝食はきちんととった方がいい。体力をつけておかないと、一日の鍛錬に耐えられないぞ」

「カイルさん…どうしてうちで朝ごはんを…」


食卓にはレイの剣の指南役、カイルが座っていた。手には小さなナイフと剥きかけの果物がある。器は綺麗に空だった。


「こ、これはだな。お前に用があったのだが、シスカ様に是非と勧められて…」

「隊長さんもおっしゃってることだし、ちゃんと食べるのよ?」

「うん。分かってるけどさ…」

「そうだぞ。こんなに美味しい朝食を毎日食べられるお前は幸せ者だ」

「まぁ。お上手ね♪」

「いえ、お上手などと…! 非常に美味な朝食、ごちそうさまでした!」


レイは椅子に座るとかごに盛られたとうもろこしのパンに手を伸ばす。


「レイ」

「はい!」


カイルの声にレイの手が止まる。


「いただきます、を忘れている」

「…い、いただきます」


こうしてレイは奇妙な空間で朝食をとるのだった。



「シスカ様、ごちそうさまでした」

「いえいえ。お口にあったようでなによりですわ」


朝食をとったレイはカイルと共に玄関で出かける準備をしていた。日は少し高くなっており、通りにも人通りが見え始めている。


「じゃあ母さん、行ってきます」

「えぇ、いってらっしゃい。私も準備が出来たらすぐに見にいくから。カイルさん、息子をよろしくお願いします」

「もちろんです。それでは後程」


シスカに見送られ、二人は街の中心部へと歩き出した。

東の大陸のほぼ中心に位置するこの街は、大規模な山間地帯にあることから〈渓谷街〉と呼ばれている。

大陸中の街道はそのほとんどがこの街を経由しており、人も物資も自然と集まるこの街は大陸でも屈指の賑わいを見せていた。様々な物を取り扱う店が立ち並ぶ商店街と、レンガと木で作られた民家が立ち並ぶ町民街、そしてなにより東の大陸を治める王国直属の騎士養成所が街の大きな目玉となっている。レイはその騎士養成所に通う騎士見習いの一人だった。


「それで、僕に用って何だったんですか? こんな朝早くから」

「もちろん今日の試合のことだ。お前の対戦相手が分かった」

「対戦相手…」


この日は年に一度の特別な日。騎士養成所の騎士見習いたちによって決闘形式の試合が行われるのだ。もともとは養成所で行われる訓練の一つに過ぎなかったのだが、数年前に観衆の立ち入りが許可されるようになってからいつしか渓谷街あげての一大行事となっている。普段とは比べようもない数の見物客や旅人が訪れるうえに露店や土産物屋が街道にも立ち並び街中がお祭り騒ぎとなるため、今では“騎士祭”と呼ばれていた。


「あぁ。レイ、お前の対戦相手はランだ」

「ラン? 僕とランがやるんですか?」

「そうだ。勝てるな?」

「やってみます」

「お前なら必ず勝てる。一昨日渡した指南書は読んだだろう」


その言葉にどきりとしたレイは思わず身を固くした。


「…はい」

「…お前」


カイルは立ち止まるとレイの顔を覗き込んだ。


「読んでないのか…」

「に、二刀筋の見切りは読みました」

「それは対二刀流の初歩中の初歩だ! 読んでおけとあれほど言っていたのに!」

「すみません…。どうしても本のやり方は合わなくて…」


それを聞いたカイルはため息をついた。


「全く…。まぁいい。お前の剣は俺もよく分かっているさ。感覚で剣を振るうお前には、指南書のやり方は窮屈すぎるのだろうな…」

「ははは…」


感覚で剣を振るう。レイの太刀筋は確かにそのほとんどが自己流のものだった。素行に問題はなくとも時に型を無視するような動きのレイの剣術は、養成所において少々問題児なのだ。


「とにかく、油断だけはするな。お前はこのカイルに教えをうけた騎士見習い。必ず優勝できる。…それに優勝賞品は鍛冶屋街一の名匠が打った特製の剣だそうだ。お前もそろそろ新しい剣が欲しいだろう?」


特製の剣という響きは確かにレイの心に響いたが、彼には他に望むものがあった。


「僕は養成所でもらったやつで十分です。剣よりも…賞金の方が欲しいかな」


その言葉を聞いてカイルは少し表情を曇らせた。剣よりも金が欲しい。それは卑しい響きではあったが、レイには並々ならぬ理由があったのだ。カイルももちろんそれを分かっていた。


「…アルクが行方不明になってもう七年か」

「はい…」


レイの父親、アルクはカイルとも旧知の仲であった。自分が生まれる以前から、両親とカイルの三人は親しい仲だったという話をレイは母のシスカから聞いたことがあったが、どんな関係だったのかまではレイも知らなかった。大陸を治める東の王国関係ではあったようなのだが、母はあまり話したがらない。それは七年前にアルクが行方不明になってからだったかもしれない。


「…今でも母さんは、夜更けになっても玄関の灯を絶やさないんです。父さんが帰って来た時、我が家が暗かったら寂しいでしょって。いつあの人が帰ってきてもいいように…と」

「そうか…」


アルクが行方不明になった後、シスカは女手一人でレイを育てるため小さな裁縫屋を開いて生計を立てている。最初は苦しかった生活も、店が近所で評判になった今では少しずつ良くなっている。それでも決して豊かとはいえない生活だったが、レイは何不自由なく育てられてきた。


「優勝賞金の金貨百枚で、母さんに何か買ってあげたいんです。新しい裁縫道具が欲しいって言ってたんですよ」


優しく微笑むレイの顔を見てカイルは思わず目頭が熱くなった。いたずらばかりしていた小さな少年は、いつしか立派な騎士へと成長しようとしていた。


「…お前は本当に母親思いだな。立派だ」


カイルは立ち止まるとレイの頭にぽん、と手を乗せた。


「な、なんですか。急に…」


しかし、すぐに厳しい顔つきになると声を張り上げて言った。


「だがな、レイ! 剣も金貨も優勝してはじめて手に入れられるのだ。型通りの剣術も出来ないお前に、優勝できるか?」


カイルの大きな声に通りを歩いていた民衆が立ち止まる。その言葉に少しむっとしたレイは、腰に帯びていた青銅の剣をすらりと抜いて大きく一振りすると顔の前に構えた。騎士の剣術〈礼節の型〉決闘宣誓の構えである。


「勝ちます、必ず。僕の剣で」


様子を見ていた民衆から、おおーと小さな歓声が上がる。

カイルはにやりと笑った。


「よし。その意気だ」


通りの人々に見送られながら二人は養成所へと歩き出した。

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