プロローグ
これは異界のストーリー。
鶴舞う形のその地には、異形、怪異、無知蒙昧な土民、山の民が群れ集い苛烈なる領地争いが数百年続き暗黒の時代を築いていた。
民は疲弊し、地はやせ細り、この地に住む者どもはいつしかこの戦乱に終止符を穿つ者の到来を待ちわびるようになった。
それは、外界より来る。人は変革をもたらす者を勇者と呼んだ。
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合皮製の刀袋を背負った少年は薬局のビニール袋をぶら下げ道を足早に歩いていた。
マスクとワークキャップを目深にかぶり鼻をグズグズさせ涙目になっているのは重度の花粉症のせいである。
気候的には過ごしやすいこの季節が少年は一番嫌いだった。
杉なんぞ全てぶった切ってしまえと考えていると、商店街の往来から悲鳴が起こった。
若い女性の金切り声だった。
通行人は一瞬ぎょっとして悲鳴の主を探した。
少年は見た。
肉屋の前で黒いジャージを着た背の高い大男が女性の手を掴みナイフで切りかかろうとしていた瞬間だった。
一回二回と切り付けられる刃を掌を向けて防ぎ女性の手は血だらけになっている。
周囲の人間はその様子を呆気にとられたように見ている。残念なことに大男の周りには老婆や子供連れのお母さんしかおらず、やめなさいと叫ぶ老人はいても割って入るような人間はいなかった。
少年は犯行を見た瞬間駆け出していた。大男は見た感じ百キロ以上はありそうだった。
身長も10センチは違うしまともにやりあっても勝てはしないだろうが、まともにやらなければいいことだとも少年は思っていた。
そのために俺は今まで、と背負った刀袋に手をやった。
だが、刀袋から居合用の模擬刀を出す暇はなく少年はナイフを振り上げた大男の懐に体当たりをかけた。
虚を突かれた男は女性の手を放したが女性はそのままへたり込んでしまった。
走りこんでくるまでに何回切られたかはわからなかったが早く手当てをしなければまずいという出血の仕方だった。
少年は叫んだ、
「タントーナイフなんか使ってんじゃねー!」
大男が使っていたナイフは直線的に刃の付いたタントーナイフと言われるものでブレードの背中の部分が
厚く頑丈なので人に使えば殺傷性が極めて高い。
少年は女性を助けたいと思う心よりもナイフが犯罪に使われることが嫌だった。
ナイフの販売に規制がかかるような事件は二度と起こしてはならないと決めていた。
初めての刃傷沙汰で足は震え呼吸は荒く、思うような動きはできないが切られてしまった女性のためにも犯人が手にしたナイフのためにも絶対に引く事はならないと薩摩隼人の様な心持ちで大男の前に立ちふさがった。
大男は小柄な少年に割って入られたのが気に食わないのか怒声を上げてナイフを振りかぶって襲ってきた。たぶんこのまま避ければ背にした女性をそのまま襲うことはわかっていた。
誰かを守る戦いは不便なもんだなと思いながら少年は刀袋の柄頭を思いっきり男の胸に突き入れた。
そのまま畳みかけようとしたが足が前に進まなかった。
大男は怯んだが少年に掴みかかってもつれあうように地に転げた。
少年は柔術の心得も多少はあったがナイフを持った大男の手は容易に抑えきれず手や顔に傷を負った。
とにかく三分。日本の警察は優秀だから三分しのげば駆け付けてくれるのではと考えがよぎった。
大男とやりあっている間、昼間だと言うのに辺りは暗くなり周りも見えていなかったがやっと周囲の状況に気付いたとき景色が一変してしまっていることに少年は気づいた。
地面は舗装されていない土の道路で周りの人間は自分たちを取り囲んで「喧嘩だ!喧嘩だ!」とかやっちまえー」、「いいぞ、いいぞ」と息を弾ませ応援している輩もいる。
血だらけで、うずくまっていた女性もいなくなっている。
少年は大男に腕ひしぎ逆十字を掛けようとしていたのをあきらめ、転がって距離を取り起き上がった。
二人を囲んでいた人間は薄汚い民族衣装の様な服を着て口汚くヤジを飛ばし多くの者が腰に剣や鉈をぶら下げている。
状況は全く理解はできなかったがジャージの大男はお構いなしで迫って来る。
刀袋は手を離れ地面に転がっている。
少年はゾッとした。ここで自分は死ぬという恐怖が身の内を支配しようとしていた。
そこに、三尺はあろうかという湾刀が弧を描き飛んできて地面に刺さった。
投げた男は屈強そうな体躯で川の鎧の様な服を着ている。
「見ちゃらんねえ、小僧かしてやる」
少年は地に突き立った刀を両手で引き抜き上段に構えた。鉄の湾刀はずしりと重く扱いづらいが目の前の敵を打ち破る強さを感じさせた。
大男は少年が刀を持ったとみるやなんと、すぐに逃走を図ろうとした。
しかし、周りを囲う群衆は道を開けず、逆に腰に差した剣や鉈を抜いて槍衾のように道を塞ぎ戦いを続けるようにけしかけた。
「きえええええええ」
戦意が失せた大男に構わず少年は奇声をあげ上段に構えた湾刀を大きく踏み込みながら容赦なく打ち下ろした。