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陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜  作者: 月輪熊1200
二.五章 友の軌跡
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06.もう一度

 

「……ん」


  小さく声を漏らしながら、雫は目を開ける。


  まどろむ意識の中でゆっくりと体を起こし、緩慢な動きで目をこすった。そうするとググッと伸びをする。


「ん〜、っはぁ。よく寝た」


  少し痛む背骨を揉みほぐしながら、雫はそうひとりごちた。それに答えるように、サァッと暖かい風が吹き抜けていく。


  黒々とした木々に囲まれた、穏やかな草原。仮の住処である小屋以外何一つ存在しないそこで、雫はいつも通り昼寝から目覚めた。


  ここに来てから、はや一週間。当初は気分を入れ替えるために外に出ていたものが、いつのまにか寝ており、そして習慣のようなものになった。


  無用心ではないか、という心配はいらない。瑠璃が結界を張っているので魔物は入ってこないし、それに……


「ブルルッ」

「メェ〜」


  雫のすぐ近くで黒い牛?と、金角の羊がたむろしていた。まるで会話をするように鳴き声を上げる獣たちは、雫を守るように円を描いている。


  シュウの槍のナナシに聞いてわかったことだが、この二匹は聖獣……この世界で言えば亜神であり、並みの魔物など一切敵にならない。


  なぜそのような存在がこの島にいるのかは、瑠璃もわからないらしい。最も有力な説は、あの迷宮を守るためだろうか。

 

  のんびりとした黒牛たちに和んでいると、ふと雫は自分の手を見た。


「……懐かしい夢を見たわね」


  自分の手を見つめ、雫は泡沫の夢を思い返す。


  あの日、二人はたしかに龍人との絆をつなぎ直した。ほんの一年と半年ほど前の話だ。それなのに、遠く昔のことに思える。


  あの日のことは、こうして夢を見るほどに雫の中に残っていた。紡いだ言葉も、差し伸べた手も、決して忘れはしない。


  共に歩むと決意し、瑠璃とシュウと三人で寄り添い、さらにはこうして偶然にも、異世界まで追いかけてきた。


  本来ならば起ころうはずもない、ありえない奇跡。


「……それなのに、私は」


  雫は立ち上がり、ゆっくりとした足取りで森の手前まで歩いていった。そして、その向こうにある迷宮に思いを馳せる。


  試練に負けたあの日から、雫の心は立ち止まっていた。この草原に閉じこもり、まるで幼い少女のように震えてうずくまっている。


  そんな自分を情けなく感じるものの、雫の足は前に進むことを拒んでいた。どうしようもないもどかしさに、雫は顔を歪める。


「ブルッ」

「……?」


  雫が思いつめていると、黒牛がそれまでとは違う鳴き声を発した。つられて雫は顔を上げ、黒牛の見ている方に目線を移す。


  すると、森の中から誰かが来るのがわかった。即座に立ち上がり、警戒する雫。心が弱っていてもその反応速度は、流石と言うべきか。


  しかし、その警戒はすぐに解かれることになった。


「よっこらせっと……」


  なぜなら茂みの向こうから出てきたのは、弓と頭のない鹿のような魔物を背負ったシュウだったからだ。すぐに体から力を抜く雫。


「シュウ」

「おお、雫か。また昼寝してたのか?」

「ええ、まあ」

「そうか。あ、今日の晩飯は期待してくれ。いい肉付きの鹿が獲れたんだ」

「ええ、そうみたいね」


  丸々と太った首なしの鹿を見て、クスリと微笑む雫。当初に比べればだいぶマシになったその顔に、シュウは内心ホッとした。


  運ぶのを手伝おうか、と雫は申し出たが、迷宮の試練で何十倍にもなったシュウの身体能力なら鹿一匹運ぶことくらい容易い。


  ならばと弓を預かり、二人は並んで歩く。すると途中で黒牛たちが通せんぼし、シュウに近寄った。


「おう、お前らもただいま」

「ブルルルっ」

「メェ〜、メェ〜」


  黒牛はペロペロと大きな舌で頬を舐め、金角羊はスリスリと鼻先を足に擦り付ける。どういうわけか、シュウは昔から動物に好かれた。


  今度は二人と二匹で並んで、小屋に向かった。扉の前まで来ると、雫がトントンと軽く叩く。


「おかえりなさい。今日は何が獲れましたかね?」


  少し軋んだ音を立てながら扉が開いて、エプロン姿の瑠璃が姿を現した。


  手には木製のおたま、金角羊の毛で作ったゴムでまとめた髪。すっかり異世界に馴染んでいる女神である。


「ふっふっふっ、今日は大物だぜ」

「それは楽しみですね。さあ、中へ。あなたたちは裏に食事を用意しておきました」

「ブルルッ」

「メェ〜!」


  人語を解する亜神たちは食べ物と聞くや否や、地鳴りのような音ともに小屋の裏へと走っていった。


  三人はぷっと吹き出しながら、家の中に入る。この世界の家と化した小屋の中は、一週間前より少しだけ物が増えていた。


「よっと」


  シュウが鹿をテーブルの上に置く。それを見て早速瑠璃は今日の献立を考え、雫は弓を壁に立てかけてから二人に近づいた。


「なかなか良い肉ですね……炒め煮にでもしましょうか」

「そうだな。まだパンはあったっけ」

「今朝新しく焼いたので、十分にありますね。シュウさん、捌いてきてくれますか?」

「おうよ、任せな瑠璃」

「雫さんは下準備を」

「わかったわ」


  解体用の大包丁を手に、一旦外へと出ていくシュウ。残る二人は調味料や、魔法で火などを用意した。


  ちなみに先の会話でわかる通り、三人は互いを名前で呼んでいる。これから見知らぬ世界で生きていくのに、いつまでも他人行儀では……となったのだ。


  瑠璃はさん付けはそのままに名前で、シュウは「瑠璃」、雫は「瑠璃ちゃん」という具合だ。この一週間で三人はさらに親密になっていた。


「雫さん」


  雫が呪符で出した火を調整していると、肉の臭みを取る用意をしていた瑠璃が名前を呼ぶ。


「何?瑠璃ちゃん」

「《《心の調子は》》どうですかね?」


  ピタリ、と一瞬雫の手が止まった。それによって呪符の効力が途切れ、炎が消えてしまう。雫はすぐに新しい札を出した。


「……唐突ね」

「それほどでもありませんね。もう一週間。そろそろ何かあったのでは、と思いましてね」

「そう……まあ、あったといえばあったかしら」

「というと?」


  火から目を離さず、雫はあの日の夢を見たことを瑠璃に話すことにする。


「覚えてる?あなたが私たちの学校に入学した日のこと」

「忘れるはずがありませんね。ですが、それが何か?」

「その時のことを、夢に見たの。もう一度龍人くんと話せた、あの日を」

「それはまた……ピンポイントですね」


  ええ、そうねと雫は笑う。いくらそのことで悩んでいるからといって、都合よくそのような夢を見るとは。


  しかしすぐに神妙な顔に戻ると、話を続けた。


「あの時、私たちは誓った。二度と見捨てない。誰にも傷つけさせない。何もできなかった十年分、一緒にいようって」

「ええ。お二人といる時のセンパイは、とても楽しそうでしたね。その思いは届いていたと、私は思います」

「ありがと……そう決意したはずなのに、私は止まってる。後ろばかりみてビクビクしてる」


  まったく情けないわ、と雫は半ば吐き捨てるように言った。


  乗り越えたはずの過去。あの時乗り越えようと思った過去。それにがんじがらめにされて、雫の心は身動きが取れていない。


「二人が何も言わないでくれるのに甘んじて、この一週間逃げてきた。あの夢を見たのは、いい加減この現状を打開しなきゃって、心のどこかで思ってるからだと思う」

「……私たちのことは気にしないでくださいね。雫さんが立ち直れるまで、いくらでも待ちますから」


  真剣な声音でいう瑠璃。その言葉は本当であり、二人は雫が回復するまではいつまでも待とう、と話し合っていたのだ。


  そんな瑠璃に雫は本当にいい彼氏と友達を持ったな、と思いつつ首を横に振った。どうして?と問いかける瑠璃。


「私、知ってるの。シュウが毎晩、槍を振ってること。いつもは万全の体調でいるために、ちゃんと寝るのに」

「それは……」

「自分の決めたことにまっすぐなシュウが、生活サイクルを崩すほど龍人くんのことを気にしてる。でも私のせいで動けない。こんなのってないわ」


  男に甘えてばかりの女は、ダメな女。それが雫の持論である。


  適度に甘え、適度に頼る。適度に厳しく、適度に優しく。持ちつ持たれつ、それが雫の理想だ。


  今の雫は、彼女の感覚からいえばまさしく〝ダメな女〟だった。そんな自分をいつまでも許すほど、雫は自分に甘くない。


「だから私は、もう逃げない。明日、もう一度迷宮に挑戦するわ」

「……本気、ですかね?」


  心配と、決意がないまぜになった目で見る瑠璃。もし無理をしてでも行くというのなら、絶対に止める。そう目が言っていた。


「自棄やその場の勢いで言ってるわけじゃないわ。私はもう一度あの日を克服する。そのために行く」

「本当に、いいんですね?」

「霧咲の女に二言はないわ」


  ジッと雫の目を見つめる瑠璃。全てを見通す……文字通り女神の瞳に、雫は強い意志を込めて見返した。


  見つめ合うこと、10秒。瑠璃がふっと微笑み、先に視線を外した。雫も微笑んで、しっかりと首肯する。


「シュウさんには?」

「自分で言うわ。待たせたことも一緒に謝らなきゃ」

「そうですか。なら、私は見守りましょう」

「ええ、そうして」

「おーい、解体終わったぞー」


  そこでタイミング良く、シュウがバラした肉を入れた袋を持って入ってきた。二人は返事をして、肉を受け取ると調理を始めた。


  まず、瑠璃があらかじめ用意していた赤ワインや塩などを使って、肉の臭みを取る。その手つきは非常に丁寧で、かつ慣れていた。


「相変わらず、すげえ腕だな」

「私、女神ですので」


  ちょっと得意げに言う瑠璃。はぁ〜、と感心している二人だが、実際瑠璃の言葉は一部見栄のようなものだったりする。


  超越存在であり、食事による生命維持を必要としない神の一人である瑠璃は、当然料理などしたことがない。


  ではなぜ料理ができるのかといえば、龍人のためだ。ある時手作り弁当を作ろうと思ったはいいものの、あまりにも悲惨になったのが発端である。


「ん……臭みは取れましたね。では次に……」


  おろしたニンニクもどきと塩を揉み込み、ローズマリーをふりかけ、雫が風の札で密閉状態にし、さらに瑠璃が神力で一日寝かせた状態に。


「便利だな、神力」

「このような使い方をするのは、一部の酔狂な神くらいですけどね」

「じゃあ、瑠璃もその一人ってわけね」

「そうとも言いますね」


  術を解くと、三人の好きな大きさの平均でブロック状に切り、表面の繊維をほぐすために包丁で叩くと、塩胡椒をふりかけて下拵えは終わりだ。


「では、いきましょう」


  フライパンに油を敷き、肉を入れる。その瞬間ジュウ、と言う音ともに、肉に染み込んだ様々な調味料のにおいが空気に漏れ出した。


  食欲を刺激するその匂いに、シュウと雫はごくりと喉を鳴らす。瑠璃は均一に熱が通るよう、目を凝らしてよく肉の状態を確認する。


  最後の味付けに赤ワイン、ザラメもどき、醤油もどきなどを加え、酒気が飛ぶまで焼き続ける。その間、二人は食器を用意した。


「ん……このくらいでいいでしょうね」


  良い具合に焼けたと判断した瑠璃が、フライパンから皿に肉を移す。それを料理の並ぶテーブルに持っていき、真ん中に置いた。


「いただきますね」

「いただきますっと」

「いただきます」


  三人揃って手を合わせ、食事を始める。最初に手を付けたのはやはり、メインディッシュの鹿肉の炒め煮だ。


「ん〜、ジューシーで美味い」

「ほんと、噛めば噛むほど味が出てくるわ」

「美味具合に、味が出ていますね。無事成功、といったところですかね」


  三人でワイワイと雑談しながら、食事をする。もしここに龍人がいれば昔のように騒がしく、そして賑やかになっていたことだろう。


「ああ、そうだシュウ」

「ん?どした雫?」


  話がひと段落ついたところで、雫が切り出した。シュウはそちらを向き、瑠璃はあの件だと察して静かになる。


「私、明日また迷宮に行くわ」

「……本気か?」


  それまでの柔和な顔から一転、真剣な顔で聞くシュウ。先ほどの瑠璃同様、一時の勢いなら何が何でも止めるという顔だ。


「ええ、本気も本気。次は、負けないわ」

「……………そっか。なら今日はいっぱい食って英気を養って、早めに寝なきゃな」

「ええ、そうね。あなたも《《夜更かし》》はほどほどにね」


  自分が毎夜鍛錬をしていたことを見抜かれていただと知って、一瞬目を見開くシュウ。


  しかしすぐに元の柔らかい顔に戻った。そして、それなら俺は問題ない、と言う。


「瑠璃は聞いてたのか?」

「はい、先ほど」

「そっか……よし、今日はめいいっぱい食うぞ!」

「ええ、はい」

「ふふ、そうね」


  仕切り直し、とでも言うように立ち上がってジョッキを掲げるシュウに、二人は顔を見合わせてクスリと笑った後、同じように立ち上がるのだった。



 

読んでいただき、ありがとうございます。

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