二十五話 異形と終わり
お気に入りが100件超えていました。心の底から感謝します。
えー、今回は自分なりにかなりグロいので注意です。
楽しんでいただければ幸いです。
今しがた倒したはずなのに立ち上がり、異様な姿へと変貌して雄叫びを上げる黒鬼暴君に俺は困惑する。
黒鬼暴君は先ほどまでとはまるで違った姿をしていた。先ほどまでの黒鬼暴君が〝悪〟だとするならば、今のアレは……〝邪〟だ。
先ほどまでの何倍にも膨張した肉体。今にもはち切れんばかりにうごめく筋肉の鎧で覆われた胴体に、まるで巨木のような腕が左右二本ずつ、計四本付いている。
白目はなく、完全に紫色に染まり輝く両眼は八つにまで増え、縦一列に並んでいる。そのすぐ側には額の中心から太いものが一つ、王冠のように八つのねじれ曲がった角が生えており、一つとして長さは揃っていない。
唇はなく、不揃いな何十もの牙が飛び出ていて、下側にも同様に剣山のような牙山がある。当然のごとく全く噛み合っておらず、チロチロと五本の舌が口内から見え隠れしていた。
さらに、背中にはまるでヒレのように一直線に頭部にあるような突起が生えており、その両側面からも細かい突起が鋭く生えている。両肩、肘、膝にも同じようなものが生えていた。
肌は全体的にひび割れていて、そこから目と同じような紫色の光が漏れ出ている。その光は先ほど俺のつけた胸の傷からより一層強く燐光が漏れていた。
見るからにおぞましい、もはや生き物とは呼べない狂気を体現したかのような異形。武器はあの突起と、六本になった手足の長い爪だろうか。
……なんだ、あれは。もはや生き物だとか兵器だとか、そんな次元の話じゃない。あれは存在しちゃいけないモノだ。
更にその体から漏れ出る禍々しい魔力は、今もなお黒鬼暴君だったものを巨大化させていた。全身に怖気が走り、鳥肌が立つ。
《まさかこんなものがいるとは……運が悪いとしか言いようがありませんね。検索した中で最もあれに該当するスキルを表示いたします》
シリルラの声とともに頭の中に表示された情報を見て……俺は深い絶望を覚えた。
……【狂化Lv–】
暴君の名を冠する魔物がごく稀に発現する禁忌のスキル。ヒュリスの歴史においてこのスキルを持つものが現れた時代、多くの命が滅んでいった。
スキルを所有している魔物が死亡した際、それまでに蓄積した戦闘の記憶に比例してステータスを加算、増幅し、それまでに戦った相手の能力をコピーし理性を犠牲にして復活させる。
最低でも全てのステータスが十倍に増幅し、時間経過によってどんどん高まっていく。限界はその魔物の魔力が枯渇するまで。
魔物の闘争本能の強さによってスキルが発動した時の初期戦闘能力が決定され、鬼種など特定の魔物によっては比類なき戦闘力を誇る。
また、このスキルのレベルが最終段階に達していた際、スキル所有者は擬似的な不死性を獲得する。限界はその魔物の魔力が枯渇するまで。
……は、はは。こんなの、どうやって勝てって言うんだよ。さっきまででようやく互角のステータスだったのに、それが一瞬で覆されたら…為すすべなんてないだろ。
それにそれまで戦った相手の能力をコピーするってことは、これまで俺がこいつに対して使った攻撃手段は全て吸収されたってことだ。こんな化け物に技術まで加わったら…その先は考えたくもない。
『……すまない、主人』
エクセイザー……?
『どうやら奴の発している魔力……あれによって人型になることができぬ。危なくなったら妾がやろうと思ったが…どうやら無理なようじゃ』
そん…な……。
……終わりだ。どうやったって、どんな策を用意したって確実に死ぬ。黒龍と力を合わせても、アリと象じゃ最初から比べる意味がないのだから。
……けど。
「だからどうした……!」
震える両足に力を込める。恐怖にうるさいくらい鳴る心臓の埋まった胸元を握りめ、ガチガチと噛み合わない歯を噛み締めて、黒龍から手を離して自分で立つ。
同じように圧倒的な力を前に怯えていた黒龍が、訝しげに俺を見た。それに構わず、先ほどの一撃でベルトの千切れた鞘に収まったエクセイザーを拾い引き抜く。
表面の三層目が粉々になった以外はかろうじて無事だった鞘をアイテムポーチに押し込むと、同じように落ちていたシールドを拾い上げて装備し、体に霊力を纏って【龍鱗】と【超身体能力強化】を発動した。
……圧倒的ステータス差がある。体格差がある。けど、それがどうした。何をしても勝てないのなら、最初から死を覚悟していけばいい。
もとより一度終わった命、もう一度失っても惜しくはない。それに俺は、エクセイザーに彼女の代わりに彼女が守ってきたものを守ると誓ったのだ。そのために死ねるのなら、むしろ本望だろう。
ならばせめて、少しでも長くこいつをここで食い止める。今もシリルラが操作しているであろう式神たちが、崩壊した都市内にいるすべての住民を避難させるまで、一分一秒でも時間を稼いでやる。
そう決死の覚悟を新たに武具を構えると、不意にエクセイザーが仄かに発光した。すると俺の霊力に重ねがけされて、これまで見た中で最も堅牢な結界が体表面を覆う。
加えてエクセイザーの魔力に反応したのか、コートのミスリル装甲が移動して変形し、みぞおちから上、背中は腎臓や肩甲骨を守るような形状に変化する。驚いて思わずエクセイザーを見た。
『……このバカ主人が。お主が死んだら悲しむ者は大勢いる。妾だってそうじゃ。一年にも満たぬ関係ではあるが…それでもお主も、妾にとって大切な〝仲間〟なのじゃ』
……エクセイザー。
『だから、死ぬ気で勝ちに行け。妾も全力でサポートする……どんなに惨めでも生き抜くのじゃ』
《私も、龍人様に死んでもらっては困りますね。できる範囲で支援いたしますので、生きるために戦ってください》
……二人の言葉を聞いて、ふと心が軽くなっていく気がした。同時に、先ほどまでの自分がバカらしくなる。
確かに元から俺は命への執着が薄い。でもそれは常に死と隣り合わせの陰陽師の端くれだからというのもあるが、地球にほとんど近しい人がいなかったからだ。
あいつや爺ちゃん以外、信頼できる人物も、心の底から友と呼べる存在もほとんどいなかった。俺が死んでも悲しむ人間なんていないと考えたら、いつの間にか自分の命なんてどうでもよくなっていたのだ。
けど、今は違う。エクセイザーやシリルラやリィス、レイ……周りに自分に笑いかけてくれる仲間がいる。守りたいものが、それに対する覚悟がある。
それならば、俺が今抱くのは死の覚悟ではなく……生きるための覚悟だ。どんなに傷つこうとも、四肢を失おうとも、這いずってでも生き残ってやる。
ちょろいと言えばそれまでだ。でも逆に、たった二人の言葉で簡単に覆る程度の死の覚悟など、最初からあってないようなものだろう。
「クルルルル!」
すると、不意に鳴き声をあげながら黒龍が俺の隣に並んだ。黒龍を見れば、俺を横目で見て不敵な笑みを浮かべている……ように見える。
どうやら、一緒に戦ってくれるらしい。さきほとまで俺と同じように怯えていたのにな。さすがはこの世界で戦いの化身と呼ばれるドラゴンだ。
俺は黒龍の頭を指で撫でると、コクリと頷いた。それだけで意図を察した黒龍は獰猛に笑い…多分…これからが本番だというように金色の鱗に魔力の炎を纏う。
そうしてこちらの準備と覚悟が終わったのと同時に、それまで増加の一途を辿っていた異形の魔力がぴたりを止まった。
そちらを振り向いて、思わず口もとを引攣らせる。異形は最初に見たときのゆうに二・五倍、約5メートル強にまで巨大化していた。もはや巨人だ。
しかし、今更戦意を失うことはない。盾と剣を構え、半身を引くと異形を睨み据えた。
「さあ、かかってこい!」
「グォォオオオオオォオオォオオオ!!!」
今、命をかけた戦いがーー始まる。
●◯●
「ァァァアアァァァァアアァアアァアアアァアアア!!!」
雄叫びをあげて異形がこちらに突撃してくる。同時に、視界にまるでゲームのように様々なパネルが表示された。どうやらこれがシリルラのサポートらしい。
そのパネルに従い、俺と黒龍は異形と凄まじい戦闘を繰り広げ始めた。直撃など食らっては体が消し飛ぶので、回避とカウンターを重視して攻撃を重ねていく。
超速で縦横無尽に振るわれる合計二十本の長剣のような爪をシリルラの軌道予測パネルを頼りに回避、あるいはいなして斬撃を叩き込むが、ことごとく何十倍にも硬化した皮膚を浅く切り裂くにとどまる。
肘に魔法陣を展開、霊力で加速させて5連続で刺突を放つが、余裕で対応され四腕で防御された。同時に視界の端に飛んでくる異形の膝が映り込む。
顎にかする寸前のところで膝蹴りを回避すると、その膝にシールドを叩きつけて内部に記憶された魔力を模倣、雷撃を食らわせる。が、効果はなし。
今度はエクセイザーが無詠唱でファイアボールの上位魔法、ヘルファイアを10個ほど作り出してくれたのでそれをエクセイザーをふるって射出するがことごとく外皮に弾かれた。
魔法は効かないとすぐに悟り、腐食能力を付与した斬撃を放つ。が、いくら皮膚を溶かしてもそれ以上の速度で再生してしまい、何事もないように異形は右の二つの拳を放ってきた。
こちらに迫ってくる右側の二腕に、シールドを手元に引き寄せると霊力を込めて地面に叩きつける。すると地面の岩が盛り上がって壁になった。が、刹那の時間で破壊される。
その一瞬の隙をついて、下から潜り込んで振り切られたままの腕に対して腐食能力を全開にしたエクセイザーを振り上げた。が、下についた小さい方の腕は切り落とせたが上の腕は筋肉で止められる。
すぐさま手を引いてエクセイザーを離すと、こちらを掴もうとする異形から【空歩】を使い空中に逃げ、その拍子に空中を蹴って体を回転させ頭部の角に斬撃を繰り出した。
体より柔らかいのか、八本あるうちの二角を破壊することに成功した。だが同時に、脇腹にドッ!という衝撃が走る。
見てみれば、異形の左腕の爪が伸びて脇腹を斜めに貫通していた。傷口から血が吹き出て激痛が走るが、歯を食いしばって【空歩】で上空に逃げる。
それと同時に、黒龍が異形の股下に加速魔力で忍び寄り、内股に思い切り噛み付いた。金色の炎で覆われた牙は強固な皮膚を爛れさせて牙を食い込ませる。
だが異形は太ももの筋肉に力を込め膨張させることで無理やり黒龍の牙を体内から排除し、いつの間にか再生していた右下腕で黒龍の首根っこを掴むと地面に叩きつけた。
「ギャッ!?」
「ァァァアアァ!」
黒龍に意識が向いているうちに、片足に霊力を込めて【空歩】によるサマーソルトキックを頭部に叩き込んだ。あまりの硬度に、筋肉が断裂する感覚がするがまた一本角を破壊した。
そのままエクセイザーを頚椎に突き刺そうとするが、ギョロリと目玉の一つがこちらを向いたかと思うと光線を発射して肩を貫いた。おそらく俺のオールスの射撃の模倣だろう。
「ぎっ……!?」
《非常に危険性の高い攻撃と判断。第二撃が来る前に逃げてくださいね》
一瞬腕から力が抜け、狙いがそれて首筋に突き刺さるエクセイザー。俺は苦し紛れに目玉にシールドの縁を叩きつけて潰し、異形から離れた。
黒龍が片翼だけに加速魔力を込めてきりもみ回転し、逆立った鱗で異形の腕をズタズタに切り裂くと脱出して地面に降り立った。
最初の位置に戻って異形を見れば、潰したばかりの目が煙を上げて再生した。どうやら復活の際エネルギー生成器官も再生され、治癒力が増しているようだ。
再生の終わった異形が咆哮する。すると背中にある突起が分離すると魔力を推進剤としてまるでミサイルのようにこちらに飛んできた。その圧倒的多数の前では、シールド一つによる防御など無意味。
即座に木札を三枚ホルスターから引き抜き、防御魔法陣を重複展開する。飛来してくる突起ミサイルは一つ一つは軽い衝撃しか来ないが、三つ、六つとどんどん増えていき連鎖爆発のようなものを起こし始めた。
そして、ミサイルのほかに大きな影が爆風の中から現れる。異形だ。異形がミドルキックを結界に叩き込むと、いともたやすくガラスの割れるような音とともに粉砕する結界。
そのままこちらに迫る異形の足にシールドの上に五枚ほど魔法陣を展開、自分で後ろに飛ぶことで被害を抑えようとした。黒龍は上に飛翔して逃げる。
しかし異形の圧倒的な攻撃力の前では俺の魔法陣など紙同然だったようで、シールドが凹むとともに腕の骨が折れる感覚がした。抗いきれずに吹き飛ばされる。
背後にあった燃えかけの家屋に叩きつけられ、そのまま壁を突き破ってさらに向こう側の壁に穴を開けたところでようやく止まった。
立ち上がろうとすると、頭上に気配を察知した。咄嗟に横に転がり、攻撃を回避する。するとジャンプしてきた異形の拳が地面にめり込み、盛大にえぐれた。大きめの破片が額や肩にぶつかる。
「ぐっ……がっ…」
破片の嵐が止むと痛む足に力を込めて起き上がり、折れた腕にエクセイザーを手放した右手を添えて真ん中がへこんだ盾で岩を防ぐ。
《……っ! 龍人様、後ろに気をつけーー》
ヒュッ……ドゴォッ!!!!
シリルラが言い終わる前に、追い討ちをかけるように背中に異形の気配が一瞬で移動し、全力のスマッシュが背中に叩き込まれた。
「がはっ!?」
《龍人様!》
『主人!』
ミスリル装甲により背骨を折ることは免れたが、頭から地面に叩きつけられ、さらに足が地面を離れ浮いた体の胴体に凄まじいラッシュが打ち込まれる。俺はそれを折れていない右腕で防ぐので精一杯だった。
一撃一撃に必殺の威力があり、確実に内臓に衝撃が響く。我武者羅に折れているはずの左手でパンチを繰り出そうとするが、手を掴まれて肘打ちで二の腕の半ばからへし折られた。それにとどまらず、両脇腹にチョップが炸裂する。
やがて、無慈悲な超連続攻撃が止むと、胸の中心に蹴りが叩き込まれて体がくの字に折れ曲がる。同時に吹っ飛ばされた。
蹴りにより吹き飛ばされた俺は、大きな建物の壁に激突し、石の壁をやすやすと破壊して内部まで到達する。
瓦礫とともにゴロゴロと地面を転がり、やがて止まった頃には俺はボロ雑巾のようになっていた。全身がグシャグシャになっている。
「げぼっ……ごぼぁっ……!」
内臓をやられたのか、口から大量に血を吐き出した。仰向けに倒れたのか、朦朧とした視界には石造りの天井が映る。立ち上がろうにも、もはやどこが痛いのかもわからないくらい全身が痛くて力が入らない。
しかし諦めずに気功術で体内から内臓を応急処置をして上体をもたげると、壁の穴からエクセイザーが飛んできた。かろうじて折れていない右腕でキャッチし、杖にして立ち上がる。
「ぐっ……ったく、散々やってくれやがって……げほっ、ごぼっ」
『喋るな、傷に響く。黒龍が抑えているうちに回復するぞ……〝恵みよ我に集え。慈愛深き神よ、大いなる癒しの力よ、どうか戦士の傷を癒したまえ〟……〝グレーターヒール〟』
エクセイザーが詠唱すると緑色の魔力が体を覆い、折れた腕や筋肉の断裂した脚、ヒビの入っているであろう肋骨の痛みが引いていった。
数秒もすると、外傷があらかた痛まなくなった。血を吸って重くなったシャツを破って脱ぎ捨てる。流れ出た血や消耗した体力はそのままだが、ダメージ自体は大体癒えた。
ある程度回復したところで、使い物にならなくなったシールドを腕から外すとアイテムポーチに押し込み、代わりにドラゴエッジを取り出して左手に持った。
手に力を込めて剣を握ることができるのを確認すると、一つ息を吐いて思考を巡らせた。
……今の攻防で、相手との大体の差は理解できた。
まず攻撃力だが、俺が一だとするなら相手は万だ。比べるべくもない。張り合っても一瞬すら持たないだろう。
次に防御力、これも俺は紙で相手はガッチガチのフルプレートアーマーってとこか。先ほどあの堅牢さを突破して腕を切り落とせたのは、エクセイザーの切れ味あってこそだ。次はないだろう。
スピードはギリギリ互角か、相手が上。反応速度はなんとかついていけてるって感じか。
能力の数は……もはや論外である。これまで見ただけでも目からビーム、突起ミサイル、高速再生、卓越した爪撃、体術……おそらく黒龍のブレスなども模倣されているだろう。
……改めて分析してみると、これ勝てる要素一つもないな。思った通り、勝率はゼロに等しい。
でも、諦めるわけにはいかない。何か、何か勝てる作戦は……ッ!
「そうだ……」
そして俺は……この状況を打破する一つの方法を見出した。
●◯●
俺がこの世界に来てほんの少しの頃。水源を探しに行って、川にたどり着き……そこで魔物状態のエクセイザーに会った。いや、遭遇したと言うべきか。
その時俺は、【空歩】や【身体能力強化】、そして……全力に近い霊力を込めて作った武器を使い、意識の外からの攻撃でエクセイザーを倒したのだ。
そして、今の俺は鍛練の成果で【固有剣奥義・龍ノ一太刀】というスキルがある。これは剣に相当量の霊力を込め、俺ができる最高の斬撃を繰り出すスキル。
つまり、このスキルを使えばあの時と同じようなことができる。すなわち、亜神すら殺した、あの一撃を。
あの異形がいくら絶望的な力の持ち主でも、それでも亜神と同等レベルとは考えにくい。実際、攻撃は通っている。
それなら……倒せる見込みは、ある。ただ、それには全てを費やさなくてはいけない。俺の持っている力、技術、スキル、武器……命。文字通り全てを。
そうした時、もし生き残れるとしても……おそらくエクセイザー以外の全ての武具は、壊れる。数ヶ月とはいえ、愛着のあるものたちだ。
でも、エクセイザーとシリルラに約束した。必ず生きると。それなら…心苦しいが、やる他に道はない。
手の中に握ったドラゴエッジと、腰の壊れかけたホルスターに収まるオールスを見る。ドラゴエッジは、ガルスさんが俺のために鍛え上げてくれたものだ。オールスは、俺が初めて作り上げた武器。
未練はある。それでも……やらなければいけないことがある。そのためならば、きっとこいつらも納得してくれるだろう。いや、それは俺の勝手な願望か。
「……今まで、ありがとな」
そう一言呟くと、轟音の聞こえる建物の外をきっと睨む。
《……龍人様、お知らせを。全ての住民の避難が完了しました》
サンキュー、シリルラ。これで存分に暴れられる。
『……行くのか』
……ああ。生きるために。
《……ご武運をお祈りしていますね》
……ありがとう。二人とも、最後まで付き合ってくれ。
『当然』
《それが私の役目ですからね》
…そっか。
二人の言葉に答えると、今一度覚悟を決める。そのまま歩き出し、ここに来たときに空いた穴に近づくと瓦礫を足場にして【空歩】を使った。
溶岩と災火に沈んだ都市の上を、【空歩】を使い移動する。やがて禍々しい魔力の持ち主と弱まった魔力の持ち主のいる場所に行き着くと【空歩】を弱めて降り立つ。
俺が降り立った場所は……奇しくも最初に黒鬼暴君がいたあの広場だった。そして黒鬼暴君の代わりに、広場の中央に立つのは……血濡れの黒龍を片手に持った、異形。
背を向けていた異形はぴくり、と体を震わせて俺を振り返る。そうすると元々剥き出しの牙をギリギリと鳴らせ、弱々しい鳴き声をだす黒龍を手放した。
俺はそんな異形をまっすぐに見て、右半身を引く。左手のドラゴエッジを正眼に、右手のエクセイザーを肩と水平に構えた。
「さあ……決着をつけようか」
「ゴロズ……ゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズ!!!ガァアアアァァァアアァアアァアアァァァアアァァァァアアァッ!!!!」
この局面に来て初めて、異形が汚い声で言葉を発しながらこちらに突進して来た。
突進する異形は四腕全ての爪を揃えて、こちらをバラバラに切り刻もうとしているのが一目瞭然だ。あれを食らえばひとたまりもない。
そんな異形に対して俺は……静かに深く息を吐き、目を閉じてブーツの裏に霊力を込める。そして持ちうる全ての戦闘系スキルを起動させた。
全て起動し、目を開けたとき……目の前に、異形の姿があった。そして爪も。命の危機を前にして、俺は……驚くほど冷静になっていた。
まず、俺は……【身体能力超強化】を使ったフルパワーでドラゴエッジを異形に向けまっすぐに投擲した。驚く異形だが、すぐに右上腕を使ってドラゴエッジを粉々に破壊する。
一瞬で、ガルスさんとの絆の証とも言えるドラゴエッジが壊れた。だがその稼いだ一瞬は、絶対に無駄じゃない。
次に、【瞬歩】と【超身体能力強化】を併用して自分から異形の懐に潜り込む。右上腕はまだ振り切られたまま、異形は仕方がなく右下腕を俺に振るった。
振るわれた右下腕に、刹那の瞬間で引き抜いたオールスを向け、つまみを一番右……レベル〝伍〟に合わせて霊力を充填、発砲。
ドッパァァァァンッ!!!
ミサイルに匹敵するであろう威力を放ったオールスは右下腕を右上腕もろとも跡形もなく消しとばした代わりに、威力に耐えきれず自壊した。
ドラゴエッジで稼いだ一瞬が過ぎ、また一瞬時が作られる。
あと俺の手に残ったのはエクセイザーだけ。対して異形は数秒もすれば再生すると分かっており、その醜悪な顔を歪めて左の腕二本を振るって来た。
それに構わず、【気配遮断】と【瞬歩】を使用。異形の背中に回り、その間に左手の中にストックしていた木札全てを掴むと突起だらけの異形の背中に押し当てた。
オールスで稼いだ一瞬。それを使って左手に霊力を木札が耐え切れる何倍にも込めて、木札を暴発させた。
ドガァァァンッ!!
「ギァアァァァアアァッ!?」
異形が初めて苦悶に叫ぶ。木札の暴発により、背中の突起は綺麗に皮膚ごと消え去っていた。代わりに、俺の左手は肩口まで炭化している。もはや感覚はほぼない。
背後に俺がいると理解した異形が右足で後ろ蹴りを放ってくる。それを見て左手の状態にかかわらず、ほとんど黒焦げになった神経に霊力を通し、迫る右足に刹那の間で手のひらを押し当てた。
そのまま右足の押し出す力に逆らわず、ただその一瞬で【気功法】を使って異形の魔力を乱す。その代償に、最後まで押し出された右足に押され根元から左腕は千切れ飛んだ。
パァンッ!!!
代わりに、逆流した魔力に耐えきれずに異形の右足も内側から吹き飛ぶ。内側からの痛みは耐えられなかったのか、異形がよろめいた。
左腕を犠牲に、また一瞬。
異形がよろめいたその一瞬……その時間を使い、【皇ノ技】が三段、〝断脚〟を使った蹴りを残った左足に叩き込んだ。
左足が地面から離れてバランスを崩した異形が宙に浮かび、蹴りを放った俺の右足の膝から下がグチャグチャにねじれ曲がる。
だが、宙に浮かせたのがまずかった。わずかに異形の体の正面側がこちらに向いたのだ。つまり目の付いている頭部が。
異形の目が光り、光線を放つ。が、突如宙に浮いた異形の陰から【影舞】で呼び出した俺のコピーが出現し、頭を引っ張った。
ビシュッ!!
「ぐっ……」
狙いがそれて、脇腹を貫通する光線。異形は苛立たしげに吠え、禍々しい魔力を纏った左腕二本で影を叩き潰した。つまり一瞬、俺から影に意識が向く。
右足と影を代償に、一瞬。
意識がそれている間に再び【空歩】で異形に向かって前方に跳躍、そしてもう一度下ではなく横の空間に【空歩】で空間を蹴ると、斜めに回転してエクセイザーで伸びきったままの左腕二本を斬りとばす。
ここでようやく、異形が俺の存在に意識を戻し、自分の左足以外の両腕両足全てが奪われたことに気がついた。複数の目を全て俺に向け、憎しみのこもった目で見てくる。
そうするとガパリと口を開ける。口の奥には炎が見えた。やはり黒龍のブレスもコピーしていたようだ。それで俺を焼き殺すつもりなのだろう。
そんな異形に俺は……異形の口に膝から先がねじれ曲がった右足をねじ込んだ。剥き出しの牙が吹き飛び、視界から太ももの半ばまで足が消える。代わりに尋常でない熱が皮膚を焼いた。
ゴバッ!!!
しかしそれも一瞬のこと。外まで到達できなかったブレスが逆流して、異形の下顎が内側から吹き飛び胸板から下が破裂した。同時に、思い切りブレスに突き立てていた俺の右足も消し飛ぶ。
右足を犠牲に、異形の体を破壊して一瞬……いや、それ以上。
俺が【空歩】を残った左足で使って後方に飛ぼうとすると、異形は額の角に魔力を込めて伸ばした。俺は【空歩】を諦め、左足を角に突き出す。
ズブジュッ!!
ブーツを履いていた足裏から角の先が侵入し、そのまま内部を突き進んで太ももの付け根まで到達した。当然、骨や神経、筋肉は貫かれ破壊された。
しかし、失くした左腕と右足の傷口を霊力で無理に治癒力を促進し止血したためかすでに痛覚が死んでいるために、痛みを感じなくなった俺はどこか冷めた思考の中エクセイザーを振るい、自分で左足を根元から切り離した。
それに異形はニィイと笑い、なんと牙を射出してきた。が、俺はそれをエクセイザーを握る手の中に隠し持っていた〝結界〟の木札を起動、展開して弾き返す。
だがいくつかの牙は結界を貫通し、体をかすめていく。その過程でアイテムポーチが破け、効力を失いアイテムポーチ中にあったものが空中にばらまかれた。
さらに駄目押しと言わんばかりに、異形は全ての目で光線を放ってくる。
もはや木札もない俺はそれを避けることができずに、心臓を貫かれ死亡ーーしたかのように見えた。
「ギギャギャギャギャ……ギ!?」
空中から地面にどさりと落ち、笑いをあげていた異形の驚く声が聞こえる。それもそうだろう、貫いたと思ったら、それは真っ黒な影法師だったのだから。
では本物の俺はどこにいるかと言われれば……
「ーーここだよ、化け物野郎!」
「!?」
異形が上を見る。そこにはーー空中から落ちてくる俺の姿があった。
俺はフリューゲルを使い、影法師と入れ替わりになって異形の光線から逃れていた。もはや両足はないので、口でくわえて霊力を流し込み浮かせ、上空に避難したのだ。
そして今、俺の唯一残った右手の中には……灰色の澄んだ輝きを放つ、エクセイザーがあった。戦っている間、ずっと霊力をチャージしていたのだ。
そのエクセイザーを見て本能的にまずいと感じたのか、再び光線を放とうとするが……目に集まっていたわずかな魔力は霧散した。当たり前だ、先ほどのでエネルギー生成器官は吹き飛んでいる。魔力も打ち止めだ。
つまり異形にできるのは……大人しく、全てを犠牲にして作り出した俺の一撃を受けることだけ!
「はああぁああぁあぁぁぁああぁああぁああぁあぁぁああああぁあぁぁぁああぁぁぁぁああぁああぁあぁぁぁああぁあっ!!!!」
雄叫びをあげながら、エクセイザーを振り上げる。そのまま異形めがけて一直線に落ちていき、エクセイザーを振り下ろすッ!
《ッ!? ダメです、龍人様!!!》
「オ……オノレェェェエエエエエエェェエエエエエエエエェェェェエエエエエエェェエエエエエエエエエェエエエエエエエエエエエエエェェエエッッッッ!!!!!!」
ザシュッ………
全てをかけた一閃は、断末魔の叫び声をあげる異形の頭頂部から入り、そして……異形の体を一刀両断した。
もはや何もバランスを取る手段がない俺は力の抜けた右手からエクセイザーが離れてすっ飛んでいき、地面に顔面から着地する。
右腕一本ではどうやったって減速できず、先程からの先頭でえぐれた大きな破片にボロボロになったコートの裾が引っかかってようやく止まった。
そのまま逆さの状態でぶらんぶらんと揺れて、五体不満足な体が回転する。すると異形の落ちていた方が見えた。
視界の先で、もはや再生することもできない左右真っ二つになった異形がサラサラと砂になっていき、熱風でどこかへとさらわれていった。
「ああ……よかった……倒せた。俺の戦いは、無駄じゃなかった……」
「主人ッ!」
もはや掠れ声にすらならない声で呟いていると、体を誰かに抱えられる感覚があった。俺を抱えた誰かはそのまま破片から飛び降りる。
軽い衝撃とともに、地面が視界に移った。かと思えば反転して仰向けに寝かされる。おいおい、こちとら五体不満足なんだ、勘弁してくれ。
そう思っていると、俺を移動させた主……人間態になったエクセイザーの顔がアップで写り込んだ。なんだ、お前だったのか。
エクセイザーは俺に手をかざすと、治癒魔法を唱え始めた。だが体を欠損しすぎたためか、入ってくる力より抜けていく力の方が圧倒的に多い。
「主人、聞こえるか!主人ッ!」
涙目でエクセイザーが呼びかけてくる。あまりにも必死なその様子に、少しだけ体に活力が戻ってきた。
「エク……セイ……ザー…」
「主人!よかった…! 待っていろ、すぐに治療する」
「ああ…頼む…」
俺の言葉に頷いたエクセイザーが、治癒魔法にさらに魔力を込めていく。それに身を委ねると、先ほどの一撃を繰り出した際に霊力が枯渇して止血できなくなった四肢の欠損部分の流血が止まっていく感覚を覚えた。
それと同時に、突然ひどく眠くなってきた。無茶をしすぎたためか、ほぼ達磨状態の体がひどくだるい。大量の失血のせいか、とても寒くなった。もともと流血で片目しか空いていなかった瞼が、だんだんと下がり始める。
このままでは眠りに落ちる。そう自覚した俺は、必死に意識をつなぎとめてエクセイザーの顔を見上げた。するとエクセイザーは不思議そうな顔をする。
「どうしたのじゃ、主人?」
「ああ……なんか、すごい眠くてさ…少し、眠ってもいいか……?」
「ふふ…そうか。まあれだけの大立ち回りをやってのけたのだ、疲れもするじゃろう。ゆっくりと眠るがよい」
ああ…ありがとう……。
感謝の言葉を伝える前に、俺の瞼は完全に閉じた。眠気に逆らうことをやめると、暗闇に意識が落ちていく。今日は少し頑張りすぎた、しばらく休もう。
「……え?」
完全に意識がなくなる直前、エクセイザーの呆然としたつぶやきを聞いた気がしたが……
ブヅッ。
……ここで、俺の意識は途絶えた。
読んでくださり、ありがとうございます。
感想をいただけると嬉しいです。




