四話 『片鱗』
郡山の話を思い出していた最中、海斗の呼びかけで現実に引き戻される光音。二人の目の前にいたのは、鋭い牙と爪それに狂気に満ちた目を持った四足歩行の動物だった。
「あ、あれは犬? いや狐、狼か?」
「いやいや、明らかに違うっす」
犬、狐、狼。それらの動物に譬えるには、あまりにも尋常ならぬ容姿だった。そこで二人は様々な考えを巡らせたが『恐怖心』それが彼らの思考を遮った。
「ひゃー、やばいっす。こっち見てるっす」
そう言って光音の背中に隠れる海斗
「あ、あれって狂獣じゃないか?」
さっきまで、郡山の話を思い出していた光音はそう言った
「あ、あぁ郡山先生が言ってたやつすか?」
海斗も思い出したようだ
「でもここは安全地帯だから大丈夫なんじゃ......」
海斗が引きつった顔でそう言う
「先生は基本的にって言ってなかったか?」
「えー、そうでしたっけ......」
海斗がそう言った。それと同時に狂獣が二人に向かって走り出す。
「うわ! なんかきたぞ!」
「に、逃げるっす先輩」
そう言って逃げようとする二人。だが路上の段差に足を取られ尻餅をつく光音。そしてそんな光音に飛び掛る狂獣。
「ぐっ......くそー!」
決死の覚悟で拳を握り狂獣に振りかざそうとしたその瞬間......「バチッチ..チリチ..チチチ」
光音の手から出た青白い閃光がその場を包み込む。電撃だ。
「キャン」
狂獣が悲鳴のように鳴いた。痺れたのか体の自由が利かないように逃げて行く。
自分の体の異変に気付いていた光音は意外にもすごく冷静だった。そんな光音とは反対に海斗は得体の知れない現象に驚きと恐怖を感じているような表情をしていた。
「安心しろ海斗。これは先生の言っていた後天性細胞変形症の症状だろ。」
郡山から後天性細胞変形症の話を聞いた時から薄々気づいていた光音は、何かを悟ったようにそう言った。
「え......先輩、発症してたんです......か?」
恐怖心が消え去り驚きの表情だけに変わった海斗がそう言う。
「縁だってこの病なんだ。俺が発症してもなんの疑問もない。」
淡々と話す光音。
この状況で冷静さを保ち続ける光音に異常さを感じながらも極めて明るく務める海斗
「で、でもなんかカッケーっす」
「そうだな。バトル漫画の主人公みたいだな。」
いつもの光音に戻り軽くジョークをいれた。
「道場での稽古が終わったら、先生に話にいきましょう」
光音の様子が戻り安堵の表情を見せながら海斗が言う。
「そうだな」
しばらく歩くと平安時代を思わせるような風情ある木造建築の寺が見えてきた。
「あれが俺の通ってる道場だ」
「うひょー。すげーっす......忍者でも出てきそうっすね」
そう言いながら笑う海斗の横で光音は『ニヤッ』と笑みを浮かべる。
すると寺の奥の方から人影が見え
「な、な、な、なんかいるっすよ先輩」
と激しく慌てた様子で光音を見る海斗。
光音を見ていた海斗は再び人影のあった方へ視線を向ける
「あれ?消えたっす......」
人影が消えていたのだ。
そんな状況に混乱の色を隠せない海斗。すると海斗の右肩を何かが叩いた。
「なんすか、先輩」
そう言いながら光音の方へ視線を向ける海斗。
「ん?なんだ?」
「先輩、今俺の肩はたいたっしょ?」
「え?俺はそんなことしてないぞ」
不敵な笑みを浮かべる光音。
「こっちだ」
後方から野太い声が聞こえる。
その声に反応し振り返る海斗。
「うわっ!」
思わず驚きの声を出す。
海斗が振り返った先には忍装束を着た短髪の爽やかな印象をあたえる男が立っていた。
「くっ..ふ..ははは、俺も最初にやられた」
堪えるように笑い光音がそう言う。
「この人は誰なんすか。あ、さっきの人影はおっさんすか」
恥ずかしかったのか少しムッとして言った。
「うむ。そう怒るでない。拙者の名は75代目 朧」
そう名乗る男性は古風な喋り方でそう言った。
「75代目?なにかの家元っすか?」
「お前、さっき言っただろ。」
光音が答えた。
「ん?」
そう言いしばらく考える海斗。
「......あ!忍者っすか!」
子供のように目を輝かせながらそう言った。
「うむ。」
朧が一言。
「ほー!すげーっすね。75代も続いてるなんて。」
本気で感心した様子の海斗
「75代っつっても子孫じゃなくて、弟子に技を伝える感じだからな。」
自分がその弟子だといわんばかりの表情で言う光音。
「そんなことより、術とかみたいっす。」
再び目を輝かせる海斗
「ぐっ......そんなこと......」
悔しがる光音
「今から稽古だ。それを見ているといい。」
相変わらず無表情な朧
「うっす!」
「そんなこと......」
「いつまで気にしてんすか!早く稽古見せてください!」
「まぁ、それもそうだな」
気持ちを切り替えそう言う光音。
光音と朧は向かい合い二人の表情と共に周りの空気が変わった。
これから文字どおり『真剣』勝負でも始まるのではないかと思わせるような
空気だった。
この後光音の身に災難が起きようとは、まだ誰も知る由がない。