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トランスセル  作者: 降魔 威織
2/5

一話 『天国か地獄か』

 小鳥が囀るある朝、一人の少年が天井を見つめていた。


「ふぁ~ よく寝たー」

そう言って彼は少し気だるそうに上体を起こした。


「ん!? 涙?」

驚いた表情で唖然としていたがすぐに正気に戻り目尻に浮かんだ涙を袖で拭った。


 彼の名は、神楽かぐら 光音らいと。ごく普通のどこにでもいるような少年だ。


 あの涙は何だったのかと考えていると、一階から何か音が聞こえてきた。


「何だ!?」

光音は、布団から飛び出し急いで階段を駆け下りた。


「あ、らい君!やっと起きた」

そう言いながらその少女は、少し茶色がかったセミロングの髪の毛を靡かせ光音の方を向いた。


聞き覚えのある声だ。


「なんだ、花月かげつか」

ほっとした顔で光音がそう言うと


「なんだってなによ!せっかく可愛い幼馴染が、朝ごはん作ってあげてるってのに」

屈託のない笑顔でそう言った。


「ずいぶんとテンプレートな幼馴染の台詞だな」

呆れた顔をすると


「まぁね」

と自慢げな顔をしながら、胸の前で腕を組んで言った


「早くご飯食べちゃお!」


「そうだな!」

と言って椅子に座った。


 他愛もない話をしながら食事をしていたその時、不意に花月が


「ねぇ、らい君さ...」


「なんだ?」

顔を上げ花月の方に視線を向けると、たまに見せる寂しげな表情をしていた。


「!?」

光音が何も言えずにいると、いつの間にか花月の顔はいつもの表情に戻っていて


「なんでもなーい」

と笑顔で言った。


 さっきの表情は何だったのだろうか。光音は少し考えたが、すぐに考えるのを止めた。


「私、家にカバン取りに行ってそのまま学校行くね!」


「おう!」


「それじゃ、また学校でね!」

そう言って花月は先に出ていった。



 花月が家を出て少し後、光音も学校に行くことにした。晴天の下、満開に咲いた桜が連なっている道を歩きながら花月のさっきの表情を思い出していると


「ドーン!!」

遠くの方で何かが落下したような大きな音が聞こえた。


「!?」

数秒間の地響きと共に、衝撃で周囲の車の警告音が鳴り響く。


 隕石だ。隕石が落下したというのに住民たちは、やけに落ち着いている。そう隕石の落下というのは9年前のあの日(...)から世界中で起きており、さほど珍しいものでもないのだ。


 光音は、あることに気づいた。「...」両方の手が震えていたのだ。そのことに気づいた光音はズボンのポケットに手を入れ学校に向かった。


 学校に着くころ光音の手の震えは止まっていた。


「また落ちたってよ」

クラスでは今朝落ちた隕石の話題で持ち切りだった。


「おぉ、光音!おはよう!」

「神楽おはよー!」

クラスメイトの何人かが挨拶をしてきたので


「おはよう!」

の一言を得意の作り笑いと共に言った。


 人見知りの彼は『嘘』を用いることで、相手と自分の距離を一定に保ちなんとか接していた。前に友人と話していたとき、「光音の考えかたって普通と違う」と言われたのが原因で他人と『本音』で話すことを避けているのだ。そんなことをしているうちに、嘘ばかりが得意になっていき自分の本当の気持ちというものが分からなくなっていた。


「はい!これで今日の授業は終わりです。皆さん早めに帰りましょう。」

先生がそう言いクラス中は歓喜の声で包まれた。


 隕石が近くで落ちたことで学校が早めに終わったのだ。たくさんの人々が被害にあっているというのに

よく喜んでいられるものだ。光音がそんなことを考えていると


「らい君、かえろー」

満面の笑みでそう言ってきたのは花月だ。その能天気さにつられて帰りそうになったが用事を思い出して踏みとどまった。


「悪い、用事があるから先に帰っててくれ!」

申し訳なさそうにそう言った。


「え?なに私もついて行くよ?」

少し心配そうにそう言う花月。


「あ、いや...一人で行きたいんだ」


「あ!そっか、あそこに行くのか」

何かを察したような表情でそう言う花月。


「うん」


「じゃあ、よろしく伝えといてね!」

いつもの笑顔でそう言ったが、その笑顔はどこか光音を心配しているような表情にもみえた。


 程なくして光音が向かった先は病院である。


 光音は神楽かぐら ゆかりと書かれた病室の前に立っていた。病室の扉を開けようとした時、隣の病室から「本当によっかたー」や「うっ...うっ...」などといった泣いて喜んでいるような声が聞こえた。その声を聞き光音は、切ない表情になり「ギリッ...」と歯を鳴らし拳を強く握りしめた。

しばらくして光音は、高ぶった気持ちを落ち着かせるように大きく深い呼吸をして神楽 縁と書かれた病室に入っていった。


「よう!縁!元気か?」

さっきの表情は嘘だったかのような笑顔でそういう光音。


 普段は可愛らしい大きな目をしているのに

「元気なわけないじゃん。元気だったらこんな所いないよ。」

と鋭い眼光で睨まれた。


 神楽かぐら ゆかり彼女は光音の妹で唯一の肉親だ。なぜか今日は、ご機嫌斜めらしい。機嫌が悪いときはヘタに会話をせず黙って隣にいてやるのが一番良い。などと考えていると


「なんで今日来たのよ...」

縁がそう小さな声で言い、うつむいていた。


 うまく聞き取れなかったので光音が聞きなおそうとした時


「コン、コン」

と病室の扉をノックする音が聞こえた。


「ピクッ...」

縁の体が少し動いたように見えたが、相変わらずうつむいたままなので


「はーい!」

と光音が代わりに返事をした。


「おーう、光音君来てるなー」

ヒョロっとした怪しいおっさんがそう言った。


 彼の名は、郡山 姫ノこおりやま ひめのすけ。縁の主治医で糸目の適当な男だ。


「ちょっ、先生!先生が、おにぃ呼んだんですか!?」

激しく動揺した様子で縁が聞いた。


「そだよー

」縁の動揺なんて気にもせず軽く答えた。


「なんで!!」


「だって縁ちゃん自分で話さないでしょ?」

いつも適当な郡山が低い声でそう言うと


「...」

縁は何も言い返せなかった。


「まぁまぁ先生、そんなキツく言わないでやって下さい」

光音は場を和ませようと引きつる顔を抑え、必死な笑顔でそう言った。


 すると「そうだねー」

と再び軽い雰囲気に戻った。


「ところで先生、話しって言うのは...」

光音がそう言うと


「ここじゃなんだから僕のデスクで話そうか」

そう言うと郡山は病室から出て行った。


 先生に怒られてからまたうつむいてしまった縁に一言「じゃ、ちょっと行ってくる」

そう言い光音は郡山の背中を追った。


 郡山の部屋は大学の教授室の様な部屋だった。あの適当な雰囲気とは裏腹に、しっかり整理整頓されている綺麗な部屋だった。


 光音は目を見開き驚いていたところ、郡山の「ここ座っていいよー」の一言で正気に戻った。


「それじゃ失礼します」

と言い椅子に腰を掛けた。すると郡山は光音の向かいに座り、細い目を開き真面目な顔をして言った。


「良い方の話と悪いほうの話、どっちから聞きたい?」


「い、良い方の話で...」

見たことも無いような郡山の真面目な姿に、光音は息を呑んでそう答えた。


すると「いや、悪い方からいこうか」

相変わらず緊張した雰囲気が続く。


 光音は半目で睨み『じゃあ、何で聞いた!』と思ったが、それは口に出さず無言で続きを促した。


「実は、縁ちゃんの病状が悪化してしまってね...」

申し訳なさそうにそうに言う郡山。


「縁はまだ大丈夫なのか?...」

自分の無力さに静かに怒りながらそう聞くと


「今のところまだ命に別状は無いよ」

といつもの適当な雰囲気で笑顔をみせた。


 とりあえず縁は大丈夫ということを聞いて一息つく光音「ふぅー」続けて郡山に質問した


「なんとか治す方法ないのか?」

光音がそう聞くと、郡山は指を「パッチン」と鳴らし不敵な笑みをうかべ


「良い質問だ!こっからが良い話でね。 海外で何人かこの病気を治したっていう患者がいてね、僕の周りの人間はデマだと疑っていたが僕は気になって調べていたんだよ。」


「それじゃ縁は!」

嬉しそうに聞くと


 間髪いれずに郡山が「いや、まぁ。調べてはいたんだけど...その組織、消えちゃったんだよ...」


「あんた何が良い知らせなんだ?てか消えた?言葉おかしいぞ、そこは潰れたとか解散したとかじゃないのか?」


「いや、言葉通りだよ!消えたんだ。何の痕跡も残さずに、まるで元々存在しなかったみたいにね。」


「それは不自然だが、そんな消えた組織の話なんかしてどうすんだ?しかも良い話って。」

ジト目で睨む


「そぉ睨まないでくれよ、その消えた組織の名前が分ったんだよ」


「へぇー、なんて名前なんだ?」


「BCLって名前さ」

ドヤ顔でそう言うと、光音は本当に不思議そうな顔で


「BCL?なんだそれ?」


「んもぉー、鈍いな光音君は...Biochemical laboratoriesの略だよ」


「直訳で...!?」

何かに気づいたのか驚いた表情をする光音


「そう、生物化学研究所だ!」

再びドヤ顔をする郡山


 やっと掴みかけたチャンスで喜んだが「でも、消えたんじゃどうしようもなくないか?」

と落胆の表情を浮かべる光音。


「まぁ、僕もこれから少し探ってみようと思うから、何か気づいたことがあったら光音君も教えてよ」


「わかりました」


 縁が煩っている病気は『後天性細胞変形症』と言い、今世界で一番問題視されている病である。後天性細胞変形症とは9年前に落ちてきた隕石に付着してたとされるトランスセルウイルスという新種のウイルスが原因で発症する病気である。

 その後天性細胞変形症にはいくつかのタイプがある。一つ目は全身の細胞が死滅または変化し、いずれ死に至るまたは別の生物に変化してしまうタイプ。二つ目は脳細胞のみが変化し腐肉体に変化してしまうタイプ。三つ目が一部の細胞が変化して、運動能力や身体機能などが上昇し超能力のようなものが備わる、または逆に運動能力や身体機能が低下するタイプである。

 まだ正確にこの病気のことを解明できていない為、詳しくは分っていないのである。


 この病気のおかげで苦しんでいる人もいれば、幸せになっている人もいる。実際この病気に世界中が対策を強いられているおかげで戦争は無くなった。だがこの病気は戦争よりも多くの人を苦しめている。

 でもその組織さえ協力してくれれば、この病気を根絶することができるかもしれない。


 そんなことを考えながら「うん。大丈夫だ...きっと」

と言うものの、わずかな不安感が光音を襲うのであった。

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