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タイムトラベルの終わり  作者: 毎留
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再会

2015年に執筆したものです。

本文中に阪神淡路大震災や東日本大震災の頃の描写がありますが、これらの予知を伝えることは未来人にとってタイムトラベルの動機になりえるか論じることが主な目的です。

震災で被害にあわれた方々に心よりお悔やみ・お見舞い申し上げます。

 仕事帰りと思われるスーツ姿の若い父親が小さな娘の手を引いて歩いて行った。

 おとなしそうな女子高生二人が小声で談笑しながら駅の入り口へと消えて行った。

 夕食の材料を買いに来たのだろうか。背を丸めた老婆がエコバッグを左ひじに吊るし、右手で杖をついていた。その生気に乏しい表情と小刻みな歩行を見ていると、脳裏にパーキンソン病という言葉がちらつく。これが僕の職業病だ。

 顔を上げると、駅のシンボルである時計塔が僕を睥睨へいげいしていた。時計の針は午後六時半を指している。都心部から少し離れたこの小さな駅前広場が最も活気づく時間帯であり、僕の周りを多くの人が足早に通り過ぎて行った。

 僕が大学を卒業してから十九年が経った。我ながら歳をとったものだと思う。最近ではとみに若いころの想い出が懐かしい輝きを放ち始めるようになった。こうなってくると自分の年齢を否応なしに自覚させられる。

 僕はこの日、大学の部活で多くの時を共に過ごした旧友と久しぶりに会う約束をしていた。きっとあいつも時の流れに抗うことはできず、それなりに年輪を刻んだ顔になっているだろう。それでも不思議なもので、再会した瞬間に昔の面影と現在の顔立ちが同化し、精神だけはあのころに立ち返ったつもりになれる。若い頃を一緒に過ごした人間は、いつまで経ってもその面影を残しており、どれだけ時間がたっても一目見れば昔の面影を思い出すのだ。

 ――そしてそれは先方にとっても同じだったのだろう。

「よう、毎留まいる

 時計塔を見上げる僕の横顔に、聞き覚えのある声がかけられた。振り返ると、黒いスラックスと紺のジャンパーを着た北原章夫きたはらあきおが立っている。学生時代の日焼けした精悍な顔と比べると白くふっくらしてしまったが、それは紛れもなく僕の旧友だった。

「おう、久しぶり」

 いつになく気安い声をかけ、僕からも歩み寄った。北原は現在、神奈川県の病院で外科医をしている。僕たちが通っていたのは福井県の医科大学で、当時は医学部医学科しかなかったので、大学の同級生と言えばみな医者である。一方の僕は名古屋市内で神経内科医をしており、勤務地も診療科も違うので普段会うことはない。しかし北原が名古屋市内で行われている研究会に参加することを顔見しりのMR(製薬会社の医薬情報提供者)からたまたま聞きつけ、こうして今晩一緒に飲む約束をしたのだった。

 僕たちが向かったのは駅前にある安い居酒屋である。医者同士であればそれほど予算をけちる必要もないのだが、若い頃に安い酒を飲みながら部活の運営方針や将来のことについて語りあった奴と一緒に酒を飲むのであれば、あのころの金銭感覚に戻ることが何よりも心地よかった。

「いらっしゃいませー」

 僕たちが暖簾のれんをくぐると同時に、バイトとおぼしき若い男性店員が威勢の良い声を張り上げた。彼に案内され、奥まった場所にある小さなテーブルに向かい合う形で腰を下ろした。

「最近、どうだ?」

「それがさあ、今回の研究会は締め切り間際になって急きょ演題を出すように教授に言われたから、今日の発表まで大変だったよ。それに一昨日の夜にはパンペリ(汎発性腹膜炎)の緊急オペが入ったし、もう勘弁してくれ」

 ふと口を開くと、出てくるのは医者同士の会話である。よく見れば北原の髪にも白いものが混じるようになり、あの無知で無謀で楽しかった学生時代とは違うことを思い知らされた。ふと、僕の心に一片の寂しさが去来する。

 しばしお互いの近況について話し合った後、北原がその話題を振ってきた。

「そう言えば、お前は学生時代に阪神大震災を予言したことがあったな。それが本当に的中したものだから、俺もびっくりしたんだ。お前はあの時なにも理由を言わなかったが、あれからもう二十年経った。そろそろ時効だろ? お前があの地震を言い当てた理由を教えてくれ」

 僕は思わず顔をしかめた。あまり誰かに話したくない、というか話しても信じてもらえそうにない過去である。できることなら触れられたくなかった。

しかし僕はあの大震災が起きる二日前、その日時と震源地、地震規模を北原に予言して見せた。これは紛れもない事実だった。

「うん、まあ、そういう気がしただけだよ」

「おい、ごまかすなよ」

 顔を上げると、北原の眼が座っていた。その眼を見ているうちに、今のこいつになら話してもいいかという気になってくる。酒の席での与太話と笑いとばされるもよし、信じてもらって秘密を共有するもよし。いずれにせよ僕自身、酒が入って口が軽くなっていたこともあり、長年一人で抱え込んだあの話を北原に語って聞かせたい気分だった。

「でもまあ、話しても信じないだろうし、あまり言いふらされたくもないし」

 それでも予防線を張ることは忘れなかった。

「分かった。信じるか信じないかはともかく、誰にも言ったりしない」

 ついさっきまで精彩を欠いていた北原の目が真剣モードに変わっていた。

 こいつになら話してもいいだろうと僕は思う。それにできれば一度、他人の意見を聞いてみたかった。

「うん、これから言うことはオフレコで頼むぞ」

「分かっている」北原の上半身が興味深そうににじり寄ってきた。

「信じてもらえないだろうけど、僕はあの時、自称・未来から来たタイムトラベラーという人に会ったんだ」

 ――しばしの沈黙。

それから「はあ?」と北原が不可解そうな表情を浮かべた。

「その人が阪神大震災を予言し、僕はそれをそのままお前に伝えただけなんだよ」

「いや、待て。さすがにタイムトラベラーはないだろ」

「だからあくまで本人の自称だって。でもその人が持っていた電化製品は絶対にあの当時の技術では作れなかったものだ。それだけは間違いない。数年前からようやくタブレット型の携帯端末が主流になり、それが発展を続けた先に、あの人が持っていた端末があるんだと理解できるようになったんだ」

「ふーん」北原は顎に手を当てて何やら考え込んでいるようだった。

「もしそんな端末を持っていて実際に地震を予知したのであれば、すぐに嘘だと否定するのも難しいな」

「うん、同感だ」

「よし、今日は是非その話を聞かせてくれよ」

 北原の目が興味のあまり爛々《らんらん》と輝いていた。どうやら今晩は長い夜になりそうだ。



 僕がその人と初めて出会ったのは西暦1995年1月のことだった。僕は当時、雪に閉ざされた福井の片田舎で医学生をしていた。

病院での実習を終え、大学の近くにあるアパートに帰る道中のことである。

「すみません。もしかして毎留さんですか?」

 自分の名前を呼ばれ、僕は思わず振り返った。そこにはサイズの合わない既成のスーツを着た男性が立っていた。髪はすでに真っ白になっており、知的な印象を与える顔立ちとよれたスーツがちぐはぐな印象を与えている。歳はきっと七十歳近いだろう。

「はい、あの、どなたですか?」

 一定の警戒心を抱きつつ、僕は戸惑った声を出した。

「良かった」男性は一瞬だけ安堵あんどの表情を浮かべた。

「ああ、すみません。私は園村次郎そのむらじろうという者です。昔、あなたにお世話になったことがあって、つい声をかけてしまいました。」

え?

僕の頭の中をクエスチョンマークが駆け巡った。当時まだ二十代前半だった僕が、目の前にいる老人の世話をしたという状況が思い浮かばなかったのだ。病院実習で担当した患者さんかとも考えてみたが、僕の記憶の中にこの人の顔や名前はなかった。

「あのう、恐縮ですがどこでお会いしましたか?」

 おずおずと切り返すと、園村さんは少し困ったような表情を浮かべてこう言った。

「あ、これは失礼。あなたが私の世話をするのは未来のことです」

「……」

僕は余計に訳が分からなくなってしまった。園村さんが世話になったのは昔で、僕が園村さんの世話をするのは未来だという。

「混乱させてしまいましたね。ごめんなさい。でもその説明をする前にこれを見てください」

 園村さんは上着の内ポケットから文庫本サイズの物体を取り出した。そしてふたを開けると、そこに精細なカラー画面が表示される。当時のカラー液晶と言えば、ギザギザの荒い画面で何十万円もする代物しろものだった。まだウィンドウズ95の発売前で、黒い画面に白い文字でMS―DOSのコマンドを打ち込んでいた時代である。

そんな時代にはありえない、目が覚めるような美しい画面だった。しかもそこでは精緻せいちな3Dグラフィックがグリグリと動いており、この処理速度が当時のスーパーコンピューター級であることはすぐに見て取れた。

「すごい……」

 僕は思わず息をのんだ。そのタイミングを見計らったかのように、園村さんがとんでもないことを言う。

「これが現代の技術では到底作れないことは分かってもらえたと思います。実は私、未来から来たタイムトラベラーなんですよ」

 とたんに僕の顔の筋肉がこわばった。

やばい、この人には変な妄想癖もうそうへきでもあるのだろうか?

 そんなことを考えてしまうが、園村さんが持っている板状の端末はどう考えてもその当時の技術では作りえないものだった。その事実をいたずらや妄想で説明することはできない。

 どう答えたらいいか迷いあぐねている僕に、園村さんが提案してきた。

「もちろんこんなことを言って、すぐに信じてくれるとは思っていません。まずは話だけでも聞いてくれませんか? お金は私が払うから、すぐそこにあるカフェに行きましょう。タイムトラベルに関する理論を説明しますよ」

 僕の目がきらりと輝いた、と思う。

僕は子供の頃からその手の話が大好きだったのだ。野球選手の名前よりもボーズ粒子やフェルミ粒子という名前に興味があったし、スーパーカーの排気量よりも原子力発電におけるウラン235と238の比率に関心があった。そんな小学生だった。

そして中学時代にSFショートショートを書き、旺文社主催の中学生向け小説コンクールで受賞し、副賞としてもらった図書券で最初に買ったのが相対性理論の本だった。

アルバート・アインシュタインが生み出した相対性理論の公式は地球上の何物よりも美しく、大いに僕を魅了みりょうした。しかし手に職をつけろと親に言われ、そして何よりもアインシュタイン自身が「物理学者になりたければ靴屋になれ」と言っていた。僕はそれを「本当に好きなことは趣味としてとっておけ」という意味だと解釈し、靴屋ではないが医者を目指すことにした。もっとも僕は医師免許さえ取得できればそれで十分だったので、一生懸命勉強して、できるだけ難関大学を目指したいという気持ちはなかった。

そんなかわいげのなかった子供時代の憧憬どうけいが、僕の心の中で首をもたげた。

「まずはタイムトラベルの際にタイムパラドックスが生じる原因だけでも説明させてください。きっとあなたはこういう話が好きなはずです」

 園村さんの言葉は、僕にとってあらがいがたい魅力をたたえていた。しかしその一方で疑念も浮かび上がる。

これまであまりこのような話を誰かとしたことはなかったのに、なぜこの人は僕の嗜好しこうを詳しく知っているのだろうか?

 ともあれ、素性も目的も分からない人ではあるが、近くのカフェで話を聞くだけならさほど危険はなさそうだ。

それに言葉では表現しにくいが、園村さんの雰囲気は僕に危機感を抱かせないものだった。この人は僕に危害を加えるつもりはない、という根拠のない直観が働いていた。

「ちょっと話を聞くだけなら構いませんよ」

表向きは控えめに答えておく。でも実際にはかなり話を聞いてみたかった。

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