第4話:噂
やがて魔術協会に到着した女性はリセを抱きかかえながら、受付の男性へと事情を説明する。
受付は女性の説明を受けると、手元の書類をめくりながら返事を返した。
「迷子ねぇ。今のところ捜索願とかは出てないなぁ。あんたがナンバー持ちの魔術士なら、人を割いて親の捜索とかもできるんだけどね」
まあ、ナンバー持ちの魔術士が迷子を預かったりしないか! と言葉を続けた受付は、大口を開けて笑い声を響かせる。
そんな受付の言葉を聞いていたリセは、女性に向かって質問した。
「おねーさん。“ナンバー持ちの魔術士”ってなに?」
リセは首を傾げながら頭に疑問符を浮かべ、女性に向かって言葉を紡ぐ。
そんなリセに対し、女性はにっこりと微笑みながら返事を返した。
「そうですね。魔術協会というのは全世界の9割以上の魔術士が所属する集団のことなのですが、その中でも特に優秀な11人にはナンバーが振られているんです」
「ナンバー? 一番強い人が0の番号を持ってるってこと?」
リセは首を傾げながら、さらに言葉を続ける。
そんなリセの言葉を聞いた女性は花咲くような笑顔を見せると、うんうんと頷いて言葉を紡いだ。
「そうです! リセさんは本当に頭が良いですね。確かにナンバーゼロが最上位の魔術士とされていますが、それは―――」
「そんなもんは夢物語だよ。ナンバー1を持つ魔術士だって化け物じみた強さなんだ。ナンバーゼロなんているわけねえ」
受付はナンバー持ちの魔術士が載っている書類に目を通しながら、少しつまらなそうに言葉を落とす。
しかしそんな受付の反応を尻目に、レウスは1枚の新聞記事を見つけて声を荒げた。
「あっ! でもほら、この新聞には“ナンバーゼロ出現か!?”とか書いてあるじゃん! やっぱいるんじゃねーの、ナンバーゼロ!」
レウスは壁に貼られていた新聞を指差し、受付に向かって声を荒げる。
そんなレウスの言葉を聞いた受付は、相変わらずやさぐれた様子で返事を返した。
「へっ。新聞の言う事だって信用できねえよ。この前のモンスター騒ぎだってデマだったし、どうせその記事も嘘っぱちだろ」
受付はがっかりした様子で肩を落としながら、レウスに向かって返事を返す。
そんな受付の言葉を受けたレウスは「なんだ嘘かよ。つまんねーの」と両手を頭の後ろで組みながら言葉を発した。
「えっと。それでこれから、どうしましょう? 魔術協会以外で捜索願が出されていそうな機関といえば……」
「それなら、ハンター集団ダブルエッジだろう。この広い街で闇雲に両親を探すより、そっちに行った方がいいんじゃないか?」
受付は女性の言葉を遮るように言葉を発し、肩をすくませる。
そんな受付の言葉を聞いた女性はこくりと頷くと、やがて返事を返した。
「そうですね。ではダブルエッジ支部に行ってみましょう。もしかしたらお2人の捜索願が出されているかもしれませんし」
お二人ともそれでよろしいですか? と続けながら、レウスとリセの意見を聞く女性。
二人は互いの顔を見合わせると、ほぼ同時に言葉を返した。
「ねーちゃんに任せるよ」
「おねーさんに、まかせる」
ほぼ同時に発せられた二人の言葉を受けた女性は小さく笑い、やがて「わかりました」と返事を返す。
そうして魔術協会を出ようとすると、受付から女性に向かって声がかけられた。
「ちょっと待った。一応こっちで捜索願出しておくから、あんたの名前と住所。あと2人の名前を教えておいてくれよ」
「あっ、はい。わかりました」
女性は受付の言葉を受けると出口に向かっていた足の踵を返し、受付へと戻る。
そんな女性を見たレウスは退屈そうに欠伸をすると、そのまま魔術協会の外へと歩み出した。
「暇だから俺、先に外出てるぜ? ふぁーあ……」
レウスは大きな欠伸を落としながら、ふらふらと魔術協会の外に出る。
そんなレウスを見た女性は一瞬心配そうに眉をひそめるが、やがて返事を返した。
「わかりました。でもあまり遠くには行かないでくださいね」
「あいょー……」
レウスは退屈そうに頭の後ろで手を組み、そのままふらふらと外に歩いていく。
やがて受付に名前を伝えた女性が外に歩み出ると、大きな声がどこからか響いてきた。
「あっ、なんだよ! このやろーなにすんだ!」
「レウスくん!?」
レウスの声を聞いた女性は声の聞こえた方へと進もうとするが、人ごみにのまれて上手く進むことが出来ない。
やがてレウスの声は聞こえなくなり、女性の耳には人々の喧騒だけが響いてきた。
様子のおかしい女性の様子を見た受付は魔術協会支部を飛び出し、女性へと声をかけた。
「おいあんた、何かあったのか!?」
受付は動揺した様子で女性へと声をかけるが、女性はさらに動揺して返事を返した。
「レウスくんが、レウスくんが誰かに連れて行かれて……もしかしたら、奴隷商人にさらわれたのかも……」
女性は青い顔をしながら、小さく言葉を落とす。
そんな女性の言葉を聞いた受付は腕を組み、返事を返した。
「奴隷商人……か。となるとスナッチのところだな。最近この街の奴隷市場を仕切ってるって話だ」
受付はキョロキョロと辺りを見回してレウスの姿を探すが、その影すら見つからない。
そしてそのまま、言葉を続けた。
「スナッチの根城は町外れの廃墟だ。時間はかかるが、魔術士を派遣しようか?」
受付は心配そうに眉を顰め、女性に向かって提案する。
そんな受付の言葉を受けた女性は意を決したように顔を上げ、やがて返事を返した。
「いいえ。レウスくんは私がお預かりしていた子です。私が助けに行きます」
「な……っ!? 無茶だ! スナッチは“ナンバー持ち”の魔術士なんだぞ!?」
受付は動揺した様子で女性に向かって言葉をぶつけるが、女性の意思は固い。
女性は受付の方に顔を向けると、そのまま言葉を続けた。
「それでも、私が行きます。レウスくんを放ってはおけません」
「いやだから、ちょっと待てって! あんた一人行ってどうなる!? 相手はあの“偽属のスナッチ”なんだぞ!? 全属性の魔術を操る化け物なんだ!」
無駄足になるどころか、あんたまで捕まるのがオチだ! と声を荒げる受付。
それでも意思を曲げそうもない女性を見た受付は、さらに言葉を続けた。
「魔術士はどんなに優秀な奴でも、最大で3種類の属性の魔術しか使えない。だがスナッチはどうやってるのか知らないが、全属性の魔術を使えるらしい。普通の人間は1つの属性を操る才能しか持ってないのが普通だから、これがどんなに驚異的かはわかるな?」
「は、はい……」
女性は受付の言葉を受け、小さく頷く。
そんな女性に対し、さらに受付は言葉を続けた。
「スナッチは、約1万人いるという魔術協会のトップ10に入ろうかって男だ。そんな男を捕まえるなら、騎士団を呼ぶしかない。今騎士団へ救助申請をしてくるから、ここで待ってるんだ」
受付は慌てた様子で魔術協会支部へと戻りつつ、女性に向かって言葉を発する。
女性はそんな受付の言葉を受けると、しばらく考え込むように口を閉ざした。
「…………」
「???」
リセはそんな女性の様子に疑問符を浮かべ、女性の顔を見上げながら首をかしげる。
しかし女性は何か思案を巡らせているのか、ぴくりとも動かなかった。
『騎士団が到着するまで、早くても2時間はかかる。もしレウスくんがスナッチという人に捕まったのなら、すぐにでも奴隷市場に出されてしまう可能性が高い。それなら―――』
黙ったまま、一言も話さなくなってしまった女性。
そんな女性を心配したリセが声をかけようと口を開いた瞬間、ようやく女性はその顔を上げた。
「……やっぱり、放っておけません。リセさんはここを絶対に動かないでください」
「っ!?」
女性はゆっくりとリセを地面に降ろしながら、ここを動かないよう釘を刺す。
そんな女性の言葉を受けたリセは驚きに目を見開き、自分を地面へと降ろした女性の顔を見上げた。
しかし女性はそんなリセの視線も関係なく、真っ直ぐにスナッチのいる廃墟の方角へと顔を向け、そちらに向かって迷い無く歩き出した。
「わたしも、いく……」
魔術協会に置いていかれたリセの口から、小さな言葉が発せられる。
その言葉に気付いた女性は驚きながら振り返るが、その時既にリセは廃墟に向かってぱたぱたと飛行を始めていた。
「ちょっと、待って下さいリセさん! 危ないですから戻って!」
女性は声を張ってリセを止めようとするが、ぱたぱたと空を飛んでいるリセはレウスを助けることに必死なのか、その進行を止めることはない。
仕方なく女性はおぼつかない足取りながら、リセの後ろを追いかけた。
その後魔術協会の受付は出口へと戻ってきたが、女性もリセも姿を消していることに驚き、さらに2人の捜索を追加で騎士団へ要請するのだった。




