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矛盾などを分析しないでください。死ねますので。
目を開けると、そこは暗闇だった。肌に感じるのは冷気と、湿気だ。足元に感じる感触は岩、岩、岩。耳を澄ますとどこかで水の流れる音も聞こえる。音が反響していることから、ここは洞窟か? 空気中に濃密な魔素を感じるが……、ここはどこだ?
ゲインのクソ野郎。いったい俺たちをどこに転移させやがった。
「カナル、ぶー、クー! マリアさん! みんないるか!」
俺は大声でみんなを呼んでみる。まさか別々に転移したとかはないはずだ。一緒にいたし。
「大丈夫です! ここにいます!」
「ぶぅ!」
「くー!」
「ど、どこですかマサトさん!」
声がすぐ近くに聞こえる。薄暗くてみんなの姿が見えないが、近くにいることは確実だ。まずは一安心だ。
「カナル! 光魔法だ! 光球を天井に打ち上げろ!」
「分かりました!」
カナルがライトボールを発動させる。光の玉が天井に向かって打ち出される。
カナルのライトボールに照らされ、俺は全員の姿を視認する。大丈夫だ。無事みたいだ。
「マリアさん! 立てますか?」
「え、ええ。大丈夫です」
マリアさんは立ち上がり、俺に近寄ってくる。カナルやスライムたちも俺のもとに集合する。
「マスター。ここは、地下の洞窟ですか?」
洞窟。ただの洞窟ならいいがな。肌に感じるのこの魔素の量。未だかつて感じたとのない量だ。ダンジョンコアが、飛空艇で発動した時以上の量だ。
「非常に言いたくないが、ここはダンジョンだと思う。しかも西の最果て、“魔大陸”のな」
何人もの魔王が統治する大陸。それが魔大陸。前人未到のダンジョンがいくつも存在すると言われている。
「だ、ダンジョン……。そんな。さっきまでお城にいましたのに。こんなことって」
マリアさんはふらつき、倒れそうになる。俺はそれをさっと支えてあげる。
「マリアさん。気持ちは分かります。俺だって何が何だかわかりませんよ。だけどこうなってしまったものはしょうがない。何とかしないと」
「そ、そうですね」
俺はライトの魔法で照らされた場所を再確認する。
見た感じ、完全に洞窟だ。天井がかなり高く、切り立った岩しか見えない。俺たちはかなり広い空間にいるのか、出口らしきものがまったく見えない。
「マスター。問題が二つあります」
「言ってみろ」
「ここはダンジョンだとすると、何階層なのでしょう? もし100階層を超えていた場合。転移門がないと、地上に出るのは何か月もかかりますよ。そして、一番の問題は、食料が一切ありません」
階層と食料。確かに、そうだ。ダンジョンでの食料確保は絶望的だ。ダンジョンの魔物を喰えば食中毒じゃすまない。体が溶けて、腐り果てるかもしれない。高密度の魔素と、毒素にさらされた魔物は劇物だ。とても食えない。
そうなると、ダンジョン内の水も危険である。ダンジョンの物は一切口に出来ない。そこで階層が深部100階層を超えると、地上に出る前に餓死する。
厄介だ。絶望以外の何物でもない。ゲインの野郎。俺らが生きて出来れないことを最初から分かってやがったな。
マリアさんはカナルの言葉にへたり込む。まさかここで死ぬとは思わなかったのだろう。
「クー、どうにかならないか? 何か分からないか?」
俺は足元にいる、シャドウスライムのクーに聞いてみる。
『分からんな。そもそもウチはダンジョンに来たことあらへんし。ほんならグラビトンスライムはどうや?』
そうか。ぶーがいたな。カナルを通して聞いてみるか。
俺はカナルの方を向くと、ぶーが何やら騒いでいるのが見えた。
「ぶぅぶぅぶううううう!!」
「ちょ、どうしたのぶーちゃん! そんなに飛び跳ねて、なにがあったの? もうちょっとわかりやすく話して?」
ぶーがカナルの周りを飛び跳ねて、グルグル回っている。何かを伝えたいようだ。
「ぶぅぶぅ!!」
ぶーは触手で自分のことを指しながら、ぶぅぶぅ騒いでいる。何を言いたいのか。
「カナル、ぶーは何て言っているんだ?」
「えっと、はい」
「ぶぅぶぅ!!」
ぶーは相変わらず飛び跳ねて、触手をぶんぶん振り回している。何なのか。
そこでシャドウスライムのクーが驚いた。
『マジか。ここがそうなんか?』
なにがそうなんだ。教えてくれ。お前らだけずるいぞ。
「いったいなんだと言うんだ? カナル?」
「え、ええ。今話します。えと、その、みなさん。驚かないで聞いてください。マリアさんもね」
「は、はい」
へたり込んだままのマリアさんは空返事をした。
「ぶーちゃんが言うには、ここは、ぶーちゃんの生まれ故郷だそうです」
…………はい?
ぶーの故郷? っていうと、えーと?
「ここは西の最果て、七大ダンジョンの一つ。魔大陸にあるダンジョン“ガイア”とのことです」
俺はカナルの言葉に気絶しそうになる。
ガイアですと?
化け物ばかりがはびこる、攻略がまったく進んでいないダンジョン。ガイアだって?
冗談もほどほどにしろよ。
★★★
ゲインは少々焦っていた。
マサトの最後の言葉。
『俺の仲間を敵に回したら、お前らは破滅だぞ』
そんなことを言っていた。
ただの捨て台詞。ただの戯言。
ゲインは負け犬の遠吠えと思ったが、妙な真実味を感じる。
「奴の強さは大したことはなかったが、仲間の強さは侮れん」
確かに奴は信じられない仲間を連れていた。
超高レベルと思われる竜人のメス。
暗黒のダンジョン“カオス”に生息すると言われる、シャドウスライム。
地底王が治めると言われる、ガイアにいる伝説のスライム、グラビトンスライム。
未だに信じられん。伝説級の魔物たちが、全てマサトの仲間を味方していた。
初代皇帝は究極の魔物たちを従え、ダンジョンを攻略したと言うが……。マサトは初代皇帝の再来だとでもいうのか?
「私が送り付けたのは、ダンジョン“ガイア”だ。深部は3000階層を超える場所だ。ハイヒューマンだろうとあそこの魔物には耐えられないはず。マサトの従魔にグラビトンスライムの幼体がいたが、一匹ではしのぎ切れるわけもない……」
奴は、絶対に死ぬはずだ。
それなのに、不安がぬぐえない。
奴は言っていた。“俺の仲間”と。
「奴にはまだ仲間がいるのかもしれない。帝都にいるなら、すべて潰す必要がありますね」
ゲインは“竜闘気”を漲らせる。真っ黒な竜闘気を。ゲインは人間だが、竜闘気を纏っていた。竜人だけが纏えるはずの、竜闘気を。
「ふふふ」
ゲインは、計画遂行の為、障害物の排除に向かった。
「クライブ様。せいぜい、私の手のひらの上で踊っていてくださいよ」
クライブは不敵に笑うと、その場を後にした。
★★★
俺たちはあれからダンジョンを数時間ほど歩いた。罠や魔物が腐るほどいるガイアだが、グラビトンスライムのぶーは裏道を知っていたようだ。まったくと言っていいほど敵に遭遇しない。地獄に仏とはこのことであるが、胸につっかえた不安がぬぐえない。ぶーは一体どこに行こうと言うのか。
余談だが、マリアさんは普通のメイドなので、体力が冒険者ほどない。だからカナルと俺で交代でおんぶして進んだ。マリアさんはすみませんと頭をしきりに下げていたが、気にしないでほしい。
俺たちはぶーに案内され、とある部屋に到着した。
それは、古い社に見えた。赤い鳥居がいくつも並び、見たところ神社のように見える。かなり朽ちているが、木で作られた神社があった。岩だらけのダンジョンい、ここだけが異様な雰囲気に満たされている。どうやら神聖な魔力で満たされているみたいだが。
俺たちはぶーに案内され、社の中に入ることになった。数段の階段を上り、賽銭箱を通り過ぎる。観音開きの扉を開けると、目についたのは、床に描かれた魔方陣だった。
床には青白い魔方陣が描かれており、規則正しく魔石が置かれていたのだ。
「ぶぅぶぅ!」
ぶーが触手で魔方陣を指し示す。どうやら目的の場所に到着したらしい。
「カナル、これって転移門か?」
「分かりませんが、転移門の術式に似ています」
帝都で使っている転移門の術式に似ている。ぶーはもしかして地上への出口を知っているのか?
「ぶーは何て言っている?」
「これで“おかあさん”の所に行くと」
おかあさん? 地上じゃないのかよ! なんだよお母さんって!
「さらに下の階層に転移するみたいです」
下だと!? どこ行く気だ! あぁ、ぶーのお母さんか! クソ! もうわけが分からねぇ!
「マサトさん。私達、どうなるんでしょうか?」
マリアさんはとても不安そうだ。そりゃそうだよな。
マリアさんは一般人だ。冒険者じゃない。魔素の影響は大丈夫か? これ以上は限界なんじゃないのか?
「ぶぅぶぅ!!」
「早く行こうと言ってます。お母さんに頼むと言っています」
何を頼むんだよ。
ぶーのお母さんってスライムだろ? 話は通じるんだろうな?
俺は嫌な予感しかしないんだけど。
でも今はぶーにすがるしかないようだ。食料もないし、何より水すらないんだ。
ここは神様仏様、ぶー様に頼るしかない!
俺たちはぶーに言われるがまま魔方陣に乗る。全員が乗ったところで、ぶーが叫んだ。
「ぶぅぅぅぅぅうう!!」
魔方陣がぶーの声と魔力に反応し、光り輝く。
俺たちは本日2回目の転移をすることになった。
あーあ。
一体俺はどこに向かおうと言うのか。




