30
俺はメイドのマリアさんに案内されて、エルティシアの部屋に向かっている。
案内されながら、改めて思う。国民の血税の行方が、分かった気がした。
城の中は豪華である。地面にはふさふさの絨毯が敷かれ、壺や絵画がたくさん飾ってある。一個いくらするか分からんが、割ったら大変なことになりそうだ。
この壺や絵画が、俺たちの血税なのだろうな。そう思うと悲しくなるな。
俺はそんなどうでもいいことを考えながら、腕時計を見る。パーティー開始までもう時間がないぞ。
案外遠いのか、すぐには着かないようだ。
そわそわする俺を察したのか、メイドのマリアさんが教えてくれた。
「焦らなくても大丈夫ですよ。パーティー開始直前ですが、エルティシア様の会場入りは少し後になります。皇子にプレゼントを渡す時に会場入りします。ですので、まだ時間には余裕があります」
「そうなんですか」
どうやらまだ時間はあるらしい。ほっとした。そうなると、後はエルティシアと交渉次第だな。よほどの馬鹿をしなければ、カードと俺の秘密は暴露されずに済みそうだ。
「それよりもマサト様。お仲間が捕まったとか仰っていましたが」
よくぞ聞いてくれましたマリアさん。
「そうです! ひどいんですよ! まさに聞くも涙語るも涙でして」
俺は語気を荒げてマリアさんに顔を近づけた。いきなり近づいた俺にびっくりしたのか、マリアさんは一歩後ずさる。
「き、聞くも涙、語るも涙、ですか?」
「そうです! ひどいんですよ! 門番の奴が急に俺たちをスパイ扱いして、牢屋に入れたんです!」
マリアさんは俺を案内しながら、少し考えるような顔をする。
「スパイ? いきなりですか?」
「いきなりですよ!」
「そうでしたか。ここ最近、皇族が狙われる騒ぎがあったので、もしかしたらその件が尾を引いたのかもしれません」
そうなのか? 皇族が狙われたのか?
「まぁいいでしょう。そちらは私が調べます。お仲間の件は姫様を通せば解決しますので、大丈夫です。まずは姫様にお話しましょう。ここの角を曲がった所が姫様のお部屋です」
俺はマリアさんの後ろをついて行く。ふさふさの絨毯の上を歩きながら。
通路の角を曲がった所で、俺は会いたくもない奴に出会ってしまった。俺はとことんトラブルを起こしたいらしい。
「クライブ様、ゲイン様。どうしてここに? 会場は反対方向ですよ?」
マリアさんは白い燕尾服を着た貴族と、白い鎧を着た騎士に声をかけた。
見た感じすぐにわかった。燕尾服の男はクライブ。白い鎧の男はゲインだ。
「おお、これはマリアさん!」
クライブは大仰に挨拶する。
「クライブ様。それにゲイン様も。パーティーは始まっていますよ。どうしてここに?」
「ここに来たのは、エルティシア様をエスコートーしようと思って来ました。念のため、護衛にゲインも連れて来た次第です。エルティシア様はいますかな?」
「おりますが、姫様は準備中です。お引き取りを」
マリアさんはクライブを冷たくあしらう。
「そんなマリアさん! 私がお嫌いになったのですか? 今度お茶でもしようと約束してくださってではありませんか!」
おいおい。そんな約束したのかよマリアさん。こいつとどんな関係だよ。
「そんな約束、しましたでしょうか?」
「したではありませんか! 満月の夜に、噴水の前で!」
おいおい。マリアさん。あんた。
「記憶にございません」
「はぁ。どうしてしまったのですかマリアさん。……ん? マリアさん、後ろにいる男は誰ですかな?」
マリアさんは右に一歩避け、頭を下げてこう言った。
「この方は冒険者のマサト様です。現在、姫様の意中の方です」
イチュウ。イチュウノカタ。なんと言ったかな、マリアさん。宇宙のかなたって言ったかな?
「なんだと?」
クライブの声が低くなる。3トーンくらい声が下がった。おぉ怖っ!
「クライブ様。こちらのマサト様は姫様に大事な話があります。恐れい入りますが、お引き取りを」
恭しく礼をするマリアさん。無言の圧力がすさまじい。すごい拒絶感を感じる。その身が帰れと言っているようだ。
「クライブ様。私がこの男とマリアさんをお引止めします。クライブ様はエルティシア様を」
そこでクライブの後ろに控えていた騎士、ゲインが登場した。クライブとマリアさん、俺の間に割って入る。中性的な顔つきの、高身長の男である。見たところ人間のようだが、どす黒く、巨大な魔力を感じる。
俺とマリアさんを引き留めると言うが、どうする気だ?
「ゲイン様、どういうことですか? クライブ様ともども、これは越権行為ですよ」
「関係ありませんね。今日のパーティーは大事なパーティーだ。邪魔をされるわけにはいかないんですよ」
ゲインはニタニタといやらしい笑みを浮かべる。見下したような顔つきが、さらにいやらしさを倍増させる。
「すまんなゲイン。私はエルティシア様を会場までエスコートする」
「御意」
ゲインはクライブに頭を下げると、俺たちに向き直る。剣の柄に、手がかかっている。力づくでも通さない気か。
「ではマリアさん、約束のお茶、楽しみにしていますよ」
クライブはゲインと俺らをその場に残し、エルティシアの部屋に向かっていく。これはまずいな。俺はシャドウスライムのクーに念話を飛ばす。
『クー、聞こえているか』
『主か! 聞こえてるで!』
『俺の位置は分かるか?』
『もちろん分かるで!』
『緊急事態だ。カナルとぶーを連れて、俺のところまで急行せよ!』
『お! ついに出番やな! がってんしょうち!』
クーはそういうと、念話を切った。多分、すぐにここに来るはずだ。クライブの奴が気になるが、目の前のゲインが邪魔だ。俺はコイツをどうするか考えるが、殴り倒すの一択しか思いつかない。
「ゲイン様、これはどういうことですか! そこを退いてください!」
マリアさんはきつく言うが、ゲインは意にも解さない。
「一介のメイドが知ることではありません。ここは大人しくしていてください。そして、そこの冒険者さんもね」
ゲインは俺のことを歯牙にもかけていない。よっぽど俺が弱い奴とでも思ったのか。
「く! あなたは! こんなことをしてただで済むわけがありませんよ!」
マリアさんは苦虫をかみ殺したような顔をしている。マリアさんはどうやらゲインを突破できないようだ。
「マリアさんマリアさん」
俺はマリアさんの肩を軽く叩く。
「なんでしょうか、マサト様」
「こいつ、ぶっとばしてもいいですか? クライブっていうクソ野郎は、エルティシア様に毒を盛ろうとしているんですよ。ゲインってクソ野郎も共犯者なんですよ。だからぶっ殺してもいいですか?」
「な! なんですって!!? 毒!?」
マリアさんは俺のとんでも発言に驚く。
「ゲイン様! それは本当ですか!」
「チッ」
ゲインは舌打ちすると、マリアさんに向かって剣を抜いた。居合切りとかいう、抜刀術だ。剣の軌道から考えるに、マリアさんの首が飛ぶコースだ。口封じに殺す気らしい。
当然、そんなことはさせない。俺が阻止する。
「ハエが止まってるぜ」
一度は言ってみたかったセリフである。俺はゲインの刀を指二本で止めて見せた。
「なっ! なに!? 私の剣を止めた? しかも素手、指二本で」
驚愕に目を見開くゲイン。俺が止めたのが驚いたか? でもこれ以上驚く暇もないぜ?
俺はゲインにパンチをした。魔力を込めた正拳突きだ。俺はいつもの如く吹っ飛んで終わりと思っていたが、なんとゲイン。身体強化魔法で後ろに避けた。
ゲインはすぐに体制を整えると、刀を正中線に構える。
「貴様。何者だ。その魔力、身のこなし。並の冒険者じゃないな」
「冒険者ランクZ。マサト・シノノメ」
俺は名乗りを上げる。特にランクZにこだわりはないが、一応肩書だからな。
「マサト? 名前違いじゃ? ランクZのマサト? まさか貴方が、そうなのですか?」
「なんだ、俺を知っているのか?」
「ええ。噂で、知っていますよ。現帝国の政治で、史上二人目のランクZですからね」
へぇ。俺も有名人か。名前だけ。
「まぁいいや。寝とけ。邪魔だから」
俺はゲインの背後に一瞬で回り込み、後ろから殴りかかる。が、これもまた躱された。案外すばしっこい奴だ。
「ふぅ。一瞬でも気を抜けませんね。やはりランクZは規格外ですか。このアーティファクト貧者の一刀がなければ、とうの昔にやられていましたね」
アーティファクトだと。その刀が?
「貴方を止めるのは骨が折れそうだ」
「…………」
くそ、こんな奴にてこずるわけには! もうクライブはエルティシアの部屋に行ったか? まだ薬を飲ませるまでには行っていないはずだ!
「マリアさん、悲鳴を上げればエルティシア様は気づきませんかね?」
呆然と尻もちをついていたマリアさん。俺とゲインの戦闘にまるでついていけていない。
「す、すみません。多分聞こえません。遮音系の魔法が部屋に施されています。ノックでもされない限り、気づきません」
ちっ。面倒な。
「マリアさん。衛兵か、兵士か、誰でもいい、この事を伝えて来るんだ」
「え、は、えっと……」
立ち上がらないマリアさん。
「立てますか。マリアさん」
「す、すみません。腰が抜けて」
くそ。このまま守りながらか。
「お話は終わりましたか? さて、もう少し遊びましょうか。マサトさん」
男と遊ぶ趣味はない。俺はゲインを倒すべく、再度殴りかかろうとする。
ところで。
「遅くなりました! マスター!!」
カナルとスライムたちが到着した。
「カナル!! 来てくれたか! それにお前たちも!」
「ぶぅ!」
「くー!」
よし! 形勢逆転だ!!
「ゲインだったな。もう終わりだな」
俺はゲインを追い詰める。カナルとスライムたちがいれば百人力だ。早くゲインを倒さないと。
「竜人だと? 大きな魔力が近づいているとは思ったが、ここまでとは。それになんだそのスライムたちは。深淵に住む魔物たちではないですか……。なぜ地上に、しかも従魔としてここに……」
ゲインは驚いているが、もういい。見飽きた。
「ゲイン、終わりだ! カナル、ぶー、くー! 一斉攻撃だ!」
俺は奴隷たちに命令を出すが、ゲインは不敵に笑った。
「まさかこれを使うことになるとは思いませんでした」
なに?
「空隙の探索者、起動」
ゲインは手首に嵌めていた腕輪を触り、魔力を流した。すると突然、俺とカナルスライム達、マリアさんまで巻き込み、空間が歪みだす。
視界が、ぐにゃぐにゃとうねる。
「な、なんだこりゃあ!!」
「こ、これは!?」
体に力が入らない。拘束系のアーティファクトか? くそ。自分のレベルと、身体能力を過信しすぎた。魔法は、人間の肉体をたやすく超える。俺はレベルが上がったせいで、調子に乗り過ぎていたようだ。
「ふふふ。恐ろしいですか? でも安心していいですよ。これは攻撃系のアーティファクトじゃない。転移系のアーティファクトです。空隙の探索者。これは、指定した場所まで転移可能な、アーティファクトです」
転移のアーティファクト? それってまさか、おいおい!
「さようなら、海を超えた魔大陸まで、永遠の旅に出てください。もし、もしもあなたが帰ってこれても、すべては終わっていますがね。エルティシア様に何の用があったのかは知りませんが、薬の件を知られたのなら、仕方ありません。ここでお別れです」
目の前の空間がさらにゆがむ。魔方陣が俺たちを取り囲むように、上下左右に展開する。
俺は魔力を全身にみなぎらせるが、力が入らない。術式に介入することができないみたいだ。今の魔力操作スキルではだめらしい。カナルも必死に術式を破壊しようとしているが、魔力が足りないようだ。
俺の体に魔力だけはいっぱいあるが、何もできない。これは完全に俺の修行不足か。やられたな。
次第に魔方陣が完成し、俺たちは光に包まれ始める。
「では、さようなら。良い旅を」
ゲインはニタニタと笑い、俺たちに手を振った。
「一応言っておく。俺は高額当選の成り上がりだが、仲間たちは違う。俺の仲間を敵に回したら、お前らは破滅だぞ。じゃぁな」
俺の捨て台詞にゲインの笑みはぴたりと止まり、俺たちは光に包まれた。
強引すぎる展開で、本当にこれでいいのか悩んでいます。でも、一人で書いているので自分を信じるしかありません。29話のメイドのマリアさんに関しては、かなり強引だったので、少し修正を入れる予定です。ストーリーに変化はありません。




