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俺とカナルは牢屋に閉じ込められて、1時間ほどが経過しようとしていた。
地下牢であるここは、かなり湿気がひどく、壁から水がしたたり落ちている。カビだらけで匂いもきつく、ここで一生を過ごせと言われると、「NO!」と言えるだろう。
「マスター、パーティーの開始時間まであとどれくらいですか?」
「30分くらいってとこだな。牢の看守も来ないし、このままいくと本当にまずいぞ」
地下牢は他にもあるが、全部空っぽだ。俺たち以外に囚人はいないようで、看守も見回ってこない。パーティーの準備で忙しく、俺らだけに兵は割り当てられないのかもしれない。
とはいえ、スパイと言って捕まえたのに、いきなり放置とはいかがなものか。普通取調べとかあるんじゃないのか? 帝国の兵士は何を考えているか分からん。
「どうしますか? この程度の魔障壁、簡単に突破できますが」
牢屋には簡易的な結界が施されており、逃げられないようになっている。それを魔障壁という。
「そうだなぁ」
俺は思案する。抜け出すのは簡単だが、その後がまずい。何の罪かは分からんが、今は捕まっている。その状態で脱獄したのなら、パーティーへの参加は不可能だろう。
「カナル。俺だけで皇女殿下を探してくる。上手く出会えればこの状況をひっくり返せる。俺ら全員では、目立ちすぎる。ましてやカナルは竜人だ」
「仕方ありませんね」
「連絡役にシャドウスライムのクーをおいていく。クーと俺は念話が出来る。やったことはないが、長距離念話が可能だと思う」
『出来るで! 城くらいの広さなら、念話可能や!』
シャドウスライムのクーが得意げにふんぞり返った。ゴマまんじゅうがのけぞっているように見える。
「クーはぶーと会話できるか?」
『ぶーって、グラビトンスライムやろ? 出来るで』
「じゃぁ、ぶーを通してカナルと連絡を取ってくれ。牢屋の方だっていつまでも放置はないだろう。看守が見回ってくるかもしれない」
『了解や!』
クーは触手を伸ばして、敬礼みたいにポーズを取った。俺は真っ黒いクーに苦笑する。一体どこでそんなことを覚えるのやら。
カナルと話し合うが、他に良い案がない。このままここにいれば、パーティーが終わってしまう。最悪、カードを取り戻すことは出来なくても良い。
それよりも。俺がダンジョンマスターになれる人間だと暴露される方が怖い。ダンジョンコアはダンゴ虫君と一緒に繭の中だが、羽化した時が心配だ。戦争の道具にされかねん。それを考えると、秘密を知っているギルマスもどうにかしないとな。
「では、障壁を一時的にカットしてくれ」
「分かりました。障壁の魔力をこじ開けます」
カナルが鉄格子の術式に触れる。青い光が手から放出される。幻想的な光景だ。カナルは美人だから、改めて惚れ直す。
「ぶーちゃん? 障壁に穴は開けたわ。鉄格子の鍵も開けて?」
「ぶぅ!」
ぶーは鉄格子の鍵穴に触手を伸ばすと、簡単に鍵を開ける。ほんと、こいつらが入れば何でも出来るな。
「それじゃぁ、なにかあったらすぐに連絡をくれ」
「はい。お気をつけて」
俺は牢屋の地を蹴った。時間がない。早くしないとまずいな。俺は皇女殿下を探す、潜入任務を開始した。
★★★
「ふざけるな! なぜ俺になびかん!!」
クライブ・フォン・エルザードは、ワインが入ったグラスを投げ捨てた。
「エルティシアはなぜ俺になびかん! なぜだ!」
クライブは苛立っていた。女がなびかないことなど一度もなかった。好きな相手がいるのならまだしも、相手は独り身。しかも処女だ。初心なはずなのに、まったくクライブになびかない。
「クライブ様、落ち着いてください」
クライブの専属騎士、「ゲイン」が宥める。
「これが落ち着いていられるか! もう1年もアプローチしているんだぞ! いろんな手を使ったが、まったく脈がない!」
「そうですね。確かに脈がないようですね」
クライブはその言葉に地団太を踏む。まるで癇癪を起した子供のようだ。
「結婚さえできれば、シティーコアの使用権限が降りる! そうすれば無限に武器が作り出せると言うのに!」
クライブは戦争推進派だった。未だ支配していない他国に、戦争をする気満々だった。
「クライブ様、この薬をお使いなさいませ」
ゲインは粉状の薬をクライブに渡す。
「ゲイン、なんだこれは」
「あまり使いたくはありませんでしたが、それは相手を傀儡に出来る、魔石の粉末です。それを今日のパーティーで、エルティシア様の飲み物に混ぜるのです」
「ほう?」
「媚薬や、惚れ薬とは訳が違います。それは死ぬまで呪いをかけます。エルティシア様は、クライブ様の命令に逆らえなくなるでしょう」
ゲインはどこから手に入れたか知らないが、禁制品の魔石を手に入れたらしい。クライブはその粉末を見て、にやりと笑った。
「良いものを見つけてきたな」
「はっ」
ゲインはクライブに頭を垂れ、跪いた。
「お前を奴隷から引き上げてよかったぞ。これからも俺に忠誠尽くせ」
「はっ! 命の限り!」
クライブは笑みが止まらなくなり、今宵のパーティーが楽しみで仕方なくなった。
★★★
うわぁ……。
マジかよ。嫌なこと聞いちまった。
俺はたまたま通りかかった部屋の前で、話し声を聞いた。クライブという男と、ゲインという騎士の密談だ。
聞けばエルティシアを自分の女にするため、怪しい薬を使うらしい。
クライブがどんな奴かは知らんが、さっきの密談だけでもかなり危険な奴だと分かった。武器を無限に作り出すなど、あいつには権限を与えてはいけない。
エルティシアは俺のカードを持っている。クライブの傀儡などにされてはたまらない。
「くそー。どんどん話がややこしい方向に行くぞ。皇族のごたごたなど、一般人には関係ないんだがな」
帝国のどす黒い面を垣間見た俺。エルティシアに早く探して、すべてを伝えなけれならない。
俺は魔力操作を駆使し、天井に張り付きながら進む。和の国、“ニンジャ”のように。
音を消して気配も消す。影のように飛び回り、俺は次々に部屋を回っていく。
くそ。部屋数が多すぎる。しかも警備兵も多い。こんな怪しい奴が天井に張り付いていたら、一発だ。見つかったらその場で切り殺されるかもしれん。
俺は天井や死角に隠れ、城の中を探し回る。
この時ほど、探知魔法が使えればと思ったことはない。もっと魔法の勉強をすればよかった。今の俺なら多少は魔法を使えるはずだから。やっぱ、グータラ生きてはダメってことか。
パーティーの時間が迫る。もう時間がない。パーティ会場に行った方がいいのではないか? しかし会場は警備だらけだ。エルティシアと個人的に話せるとは思えない。
俺は強硬策に出ることにした。天井に張り付き、時期を伺う。シャンデリアに隠れるように天井に張り付き、通路の様子を見る。
しばらくすると、一人の女が歩いてくるのが見えた。水瓶を持ちながら、メイドが歩いてきたのだ。
通路は幅8メートルほど。直線で30メートル。周りには誰もいない。こうなればメイドを拉致ってエルティシアの居場所を聞くしかない。
完全に犯罪者だが、考えている時間はない。俺は天井から飛び降りると、メイドを押し倒した。
「え? きゃ! な、なに!? むぐ!」
「騒ぐな」
俺はメイドの口を手で押さえる。
「落ち着いて聞いてくれ。なにもしないから。エルティシアの居場所を教えてほしいんだ。重要な話がある」
俺はメイドを床に押し倒し、口を手でふさぐ。
「むぐ! んん!」
「暴れないでほしい。お願いだ」
「んんん!」
メイドは意外なほど胸があり、俺の腕に当たった。かなり美人で、このまま誰もいない部屋に連れて行きたくなる。
俺は犯罪者の思考に飲まれつつ、何とか自制する。怯えて何も言わないメイドに、俺は優しく話す。小声で、耳元で話した。
「お願いだ。君の協力が必要なんだ。俺は暗殺者じゃない。冒険者ランクZのマサトだ。手違いで仲間が牢屋に捕まった。エルティシア様しか誤解は解けない。頼む。綺麗なメイドさん」
俺は務めて優しく、ウィスパーボイスで喋ってやった。女の子は男のささやき声が好きだと言う。無茶苦茶な状況だが、なんとか落ち着いてほしい。
「メイドさん。お願いだよ」
「んん」
メイドは俺の言葉に目をトロンとさせた。トロンと。頬も赤くなっている。
え? まさか? やっちまった?
「話を聞いてくれるか?」
メイドはこくんと頷いた。どうやら成功したらしい。俺のウィスパーボイスはたやすく女を落とせるらしい。いつから俺はこんなプレイボーイに。
「拘束を解くから、暴れないで欲しい。俺はただエルティシアに話があるだけだ。君は傷つけない。むしろ守ってやる」
俺は言って、拘束を解いた。メイドは大人しくて、悲鳴を上げたりはしなかった。大丈夫そうだ。
「お願いだ。エルティシアはどこにいる?」
今はジャンピング土下座をしたっていい。とにかく早く教えてくれ。
メイドは落とした水瓶を拾い上げると、俺をじっとみる。見定めているようだ。
「本当に俺はマサトだ。暗殺者とかじゃない!」
メイドはにこっと笑った。
「私、メイドのマリアと申します。エルティシア様の専属メイドです。あなたがマサト様でしたか」
へ?
「大変な状況のようですね。エルティシア様はこちらです。ご案内します」
メイドのマリアさんはにこっと笑った。天使のような笑顔である。
「案内、してくれるのか? 俺を信用してくれるのか?」
「ええ」
「どうして?」
「姫様が貴方に夢中になる理由が、分かったからです。クライブ様など、マサト様に比べればミジンコ以下ですわ」
うん? 意味が分からない。どういうこと?
「さ、こちらです」
メイドは俺の手を取った。しっかりと、俺の指にメイドの指が絡まった。
ん?
メイドの汗ばんだ指が俺の指に絡みつく。メイドは笑顔だ。俺を恐れていないようだ。
俺は疑問符が浮かんだが、時間がないので流した。
明日、投稿できるか分かりません。会社都合により、忙しいので。




