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頭の中を空っぽにして読んでください。考えたら負けです。
俺は自室にて、とあるスライムと一緒にいる。
そのスライムは、ベッドの上にちょこんと乗っている。身じろぎひとつせず、置物と化している。
俺はそのスライムの前にに座り、じーっと見つめている状態だ。
俺が見つめているスライムは、“シャドウスライム”
影魔法だか、暗黒魔法だか、闇魔法だかを使うらしい。こいつもぶーと似たレアスライムらしいが、グラビトンスライム以上の謎スライムだ。何せ人前には滅多に現れない。ぶー以上のエンカウント率だ。スライム専門家ですら、こいつの生態を全く知らない。
艶消しブラックのニクイ奴。見た目はゴマまんじゅうそっくり。見ているだけで癒される。
「お前の名前は“クー”だ」
たまにクーって鳴くから。
「いいな? クー」
「…………」
クーは何も言わない。じっとしたまま動かない。本当に饅頭のようだ。
一応、契約はしているみたいだ。俺の体に契約印が刻まれてるし。
問題は、ダンゴ虫君みたいに念話が通じない。契約しているのだから、念話は基本性能だ。その基本的な力が使えないと言うことは、このシャドウスライムに認められていないと言うことだ。
うーむ。
俺はクーを撫でる。
表面はさらさらしており、さわり心地はかなり良い。しかもぷよぷよと柔らかい。
あぁ、俺の癒しだ。スライムって可愛いんだな。今まで気持ち悪いとか思っていたよ。カナルのスライム好きに影響されたかな。
クーを撫で続けるが、クーは少しも動かない。
この前カナルに聞いたところ、討伐依頼もリュックに入ったまま出てこなかったようだ。他のスライムたちは仲よく戦っていたらしい。魔牛のアイリちゃんとも仲良くやったようだ。それなのに、シャドウスライムのクーは、リュックに入ったままだった。
動くのが嫌いなのか、一人が好きなのか。今のところ完全に謎だ。
唯一こいつが動くと言うと、食べ物を食べる時だ。ぶーと一緒で雑食だが、魔石が好物なのは変わらない。純度の高い魔石を食べると、たまに「くー」と鳴く。おいしいのかもしれない。
その「くー」と鳴く声だが、少女の甘えた声のように鳴く。一瞬、俺はその声にびっくりした。誰か女の子でもいるのかと思ったほどだ。しばらくしてもう一回鳴いたので、シャドウスライムが鳴いたのだと分かった。
俺はその声に身もだえした。あまりの可愛さにクーを抱きしめた。カナルみたいになってしまったのだ。
可愛すぎて。
まぁ、懐かなくても別にいいさ。これはこれで可愛いからね。それに懐くスライムは他にいるし、俺は気にしていない。
「ああ可愛いなぁ、クーは、ほんと食べちゃいたい」
俺がニコニコとベッドの上でクーを撫でまわしていた。
はぁ~癒されるー。最高。そう思って撫でていた。
するとクー。何を思ったか念話を話した。
ただ一言。
こう言った。
『なんやねん』
……………?
ん? 今何か、頭の中に声が響いたのだが。
なんやねん?
少女の声で、なんやねん?
『うっざいわぁ、この主。いい加減撫でるの、やめてくれへん?』
…………ぴょ!?
喋った!?
しかも、何? この口の悪さ! 可愛い声してすごい口悪い!!
『なんや~? 喋って悪いんか?』
急に喋り出すシャドウスライム。クーのイメージが崩壊していく瞬間である。
「わ、悪くないけど、えと、イメージってやつが、え?」
『はぁ? そりゃ主が悪いんやで?』
「な、なんで?」
『ウチは無口キャラで通してたんや。それなのに撫でまくるから、我慢がでけへんかったんや。真っ黒いウチを触るなんて、あんたくらいのもんやで』
oh……。
なんてこったい。俺の周りはこんな奴ばっかりか。
俺の癒しが今、破壊された。粉々に。
『もうええわ。黙ってるのも疲れたさかい、普通に喋るわ』
いや、喋らないでください。お願いします。
『これから死ぬまで一緒なんやろ?』
「え?」
『契約したやんか』
「そ、そうだね」
『そいじゃぁ、死ぬまでよろしゅう、たのん申します。ウチ、これからこのスタイルで行くさかい』
「…………」
さっきまでのクーを返してくれ。頼む。
★★★
俺は壊れた癒しを頭に乗せて、牧場部屋に来た。
壊れた癒しとは、もちろんシャドウスライムのクーだ。
『あるじー。腹減ったわー。なんか食わしてー』
…………。
『黙っとらんで、喋らんかい』
口が悪すぎる。エルザより悪い気がする。これはひどすぎる。
「クーちゃん。もう少し我慢してね? あとで上げるから我慢してね?」
『あとって何分後や? 何時何分何十秒や?』
う、うぜぇぇぇぇぇぇぇ!
「三時のおやつにあげるから」
『あと一時間後やな。了解や』
俺はこのスライムと死ぬまで一緒なのか? 勘弁してくれ! 俺はぶーみたいな可愛い奴が良かったんだ!!
くそう! 俺にはまだ最後の砦、スカベンジャースライムがいる! あの子はめちゃくちゃ可愛い! 俺の足にすり寄ってくるし!! どこにいる? 出ておいでー!
「スカー! マサトだよ! ご主人様が来たよ!」
するとスカベンジャースライムのスカー。藁の中から飛び出してきた。
「きゅるるるるるぅ!!」
スカーはぴょんぴょん跳ねると、俺の胸の中に飛び込んでくる。
「スカー!! 君だけが癒しだ!!」
『なんや~?』
「きゅるるるるる!」
スカーはまだ子供すぎるようだ。念話を出来るレベルにないらしい。討伐依頼後、レベル測定水晶で調べたが、スカーがレベル4。クーがレベル95と桁が違っていた。同じ時期に生まれたらしいが、一体どうやればこのような差が生まれるのか。
クーはとにかく強い。それだけは間違いない。
「きゅるるるる」
「ああああああ。スカー! 君にみんなの排せつ物なんか食べないでほしい! 君は汚れないでほしいよ!」
「きゅるるるる」
スカーは俺の胸に体をこすり付けてくる。なんて可愛いんだ。それに比べてクーときたら。俺の頭に乗って、ふてぶてしいったらありゃしない!
『スカーはまだガキやなぁ』
お前も同じ年齢のはずだろ。一体どこで間違った?
『おやつ、忘れたらあかんで?』
「…………はい」
★★★
俺はエルザのところに来た。
エルザはドックの片隅で筋トレをしていた。ドックの隅には、サンドバックやらバーベルやらがいっぱいある。トレーニングが好きらしい。上げた給料も大半はこのグッズに消費されているようだ。
「エルザ。俺を鍛えてくれないか?」
さきほどのスライム問題で、俺の心はズタボロだ。スカーですら癒しきれなかった。ここは体を動かして、ストレスを発散させるしかない。
「お!? マサトが!? 珍しいなマサトからなんて!」
「ああ。今俺は無性に体を動かしたい」
「そうか! ついに来たか! マサトと本気でなぐり合える日を夢見ていたんだ!」
どんな夢だそれは。しかし今はそれが良い。本気でこい。エルザ。
「って、ちょっとまてよ。その頭の上にいるスライムはなんだ? 邪魔だぞ」
シャドウスライムのクーだ。俺の頭に乗っかったままだ。
「降りてくれクー」
『ウチは主を護らなあかんのや』
今さら良いこと言っても遅い。さっさと避けてくれ。
「邪魔なスライムだな。降りろよ」
エルザが俺の頭の上。クーに手を伸ばした。
『うらああああああああ!!!!』
クーが叫んで、魔法を撃った。魔法を。
真っ黒い弾が、何十発とエルザに向かって飛んだ。一瞬だった。
「なんだと!」
エルザは即座に対応。闘気でガードした。さすがエルザである。
「やるなこのスライム!」
『あんたもな』
「やめろお前ら!」
俺は言うが、クーとエルザは聞かない。
クーは俺の頭からぴょんと飛び降りると、全身に魔力をみなぎらせた。
「やるかスライム!」
『やるで竜人!』
二人はバトルを開始した。
エルザの竜闘気と、クーの暗黒魔法? の激戦が始まった。
俺はもう、何もかも嫌になった。
こいつらにはついていけん。
俺は静かにその場を離れると、牧場部屋に戻った。
俺はスカーを抱いて幸せに昼寝をした。




