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マサトがギルドで捕まっている頃、カナル以下奴隷たちは買い物にいそしんでいた。
服屋を巡り、自分たちが使う服や下着、毛布やタオルなどを片っ端から買っていた。買ったものは飛空艇のドッグに送られるようにしたが、高価な商品は手で持って歩いていた。
現在は大型の食料品店へ向かう途中である。歩行者天国となった道路を、竜人2、エルフ1、ミノタウロス6で歩いている。皆、屋台で買った肉の串焼きを食べながら歩いていた。やはり一般市民はカナル達が怖いのか、近寄らない。竜人は帝都でさえも恐れられるようだ。
「なぁ。カナル。うちのマスターは何もんだ?」
エルザは買い物袋を片手に持ち、グルグル振り回しながら言った。
「分かりません。ただ……」
「ただ?」
「どんな者にも優しく、強い方です」
エルザは「そんなことは知っているよ」と言った。
「あたしが言いてぇのは、なんでアイツみたいな奴が、今まで無名だったかってことだ」
「それは、分かりません。もしかしたら、今の今まで牙を研ぎ続け、ようやくそれが終わったから、世に出てきたのではないですか?」
「牙、ねぇ?」
エルザは思った。マサトに牙はない。頭も良くない。あるのは、圧倒的な博愛主義。
誰でも愛せる、王の器だけだ。
「あの男に、牙などありませんわ。あるのはスケベ心だけです」
エルフのエリーシャは、ミノタウロスたちと一緒に歩きながら、プンプンしていた。
「あの男は、最初に会った時から、私の胸や耳、お尻ばかり見ていました。いつ私の体が奪われるか気が気じゃありません!」
「マスター、私たちのおっぱいも見ていた」
「つい昨日、触られた」
触られた!? エリーシャは恐れおののいた。
「何ですって!?」
「肩を揉むふりをして、触ってきた。気持ちよかった」
とても豊満なミノタウロスの少女は、顔を赤らめた。
ちなみにミノタウロスのメス三人の名前だが、「ミーナ」「シェルビー」「ミュー」という。
逆にオスの三人は、「ガング」「ドーン」「バイド」というようだ。
おっぱいをマサトに触られたのは、あどけない顔立ちのミーナだ。まだ13歳である。それでも体はダイナマイトボディ。お乳が四つもあるのだから。
「ああ、けがらわしい!! やっぱりスケベなだけですわ!!」
そう言いながらも、なんとなく羨ましそうなエリーシャ。カナルに至っては、なぜ私が一番でないのかとがっかりしていた。
「男ってそんなもんだろ? ただ普通じゃないのが、あいつは人間ってだけで」
「マスターはどんな種族の女子でも愛せる、“加護持ち”だと思います」
「お? やっぱり加護持ちなのか?」
「加護? あの男がですの?」
エルザとエリーシャは興味深そうに聞いてくる。
「ボクの推測ですけどね。教会で調べたわけではありませんので、本当に持っているかはわかりません。しかしマスターを見ると、私でも心がドキドキします。人間の男性なのに、です。今までで初めてです」
「お!? そうだよな! ただの人間なのに、惹かれるよな! あいつなら抱かれても良いって思ったぜ」
抱かれる!? カナルはエルザの発言に戦慄した。もしかしたら、一番奴隷はエルザにされるかもしれない。既成事実だけでも作るべきでは? カナルは内心焦った。
「エリーシャはどうよ? 竜人やミノタウロスも虜にしちまうみたいだぜ? エルフはどうよ?」
聞かれたエリーシャは顔を真っ赤にする。恥ずかしいようだ。
「そ、それは……。その、正直に申しますと、私も惹かれましたわ。人間なのに、嫌悪感がまるでありませんでした」
エリーシャまで!? カナルは後ずさる。
「だよな!? 最初会ったときはそれほどでもなかったけど、レベルが上がった今のマサトはすげぇいい男だよな!?」
エルザは正直に言う。ミノタウロスたちもウンウンと頷く。オスのミノタウロスすら頷いた。
彼女らの会話を聞きながら、カナルはますます戦慄した。エルフのエリーシャは、普段はマスターにツンツンしている。まだ奴隷になって日も浅いのに、もうマスターが気になっているようだ。これはすぐにデレるパターンだ。
やばい。
マスターの初めの子供は私が産むって決めたのに、まずい!!
「初めてだぜ。人間が嫌いじゃないのは。今まではボロ雑巾のように扱われてきたからな。着る物も与えらず、素っ裸で牢屋に入れられてよ。ダンジョン攻略も素っ裸で戦わされんだぜ? それでもやっぱり竜人だからかな? ほかの奴らより飯とかが良かったんだ。他の奴らは腐った肉やパンを与えられてたしなぁ。フォルトゥーナ商会に拾われてからは劇的に生活が良くなったけどよ」
エルザは今の環境が信じられなかった。清潔な服が与えられているのだ。今回は好きな装備も買っていいと言われている。
寝る場所も温かいベッドが用意されている。後で部屋割りも決めると言われ、毎日風呂に入るようにとも言われた。
飯だってみんなで一緒に同じ物を食べる。それも栄養満点の食事だ。マスターであるマサトも同じものを食べる。エルザは驚愕した。こんな人間がいるのかと。
エルザがしみじみと言った。その言葉にはカナルにも思うところがあった。私もそういう扱いをされたことがあると。
ミノタウロス達やリザードマン達は竜人である私たちよりももっとひどい扱いだろう。
もしかしたら、マスターは私たちの救世主になりえるんじゃないだろうか?
人間が戦争で頂点に立ってから、人間以外の種族は隷属を強要された。すべての者が奴隷堕ちしたわけではないが、似たようなものだ。毎年大量の竜人、亜人、獣人が、「税」として奴隷にされる。
人間が作り出した悪しきシステムだ。
もしかしたら、そのシステムをマスターが壊してくれるかもしれない。
愛の神、ヘレネーの加護を持つ英雄。すべての種族を愛する勇者として。
カナルは壮大すぎる期待を、マスターであるマサトに寄せていた。それはカナルだけでなく、エルザやエリーシャ達もそうだった。
出会って日が浅いのに、ここまで慕ってくれることはマサトにはうれしい誤算だったが、マサトにあるのは「怠惰」だけだ。
いかに楽して暮らせるかしか頭にない。
カナル達は思い違いをしていた。マサトはまごうことなき、一般人である。
タダのラッキーマンである。
しかしこのラッキーマン。とどまることを知らないようだ。彼が望まざるにかかわらず、ラッキーのスパイラルは無限に続いていく。
彼が英雄王、解放王と呼ばれるまで。