長めのプロローグ9
鏡を見ながら俺と妹の七歌は口を開けて立ち尽くした。
目の前の鏡は俺達と俺の部屋を映さずに見た事も無い光景を映している。
「知らない部屋だ…。」
虚ろな気持ちで呟いた俺を七歌が見た。
「……とりあえず、笑えばいいと思うよ。」
七歌も張りの無い声で返してきた。そのまま、乾いた笑い声をあげた俺達を苦笑して見ていた短い金髪の女の子は軽く鏡の表面を触った。……有り得ないが、鏡にさざ波が広がり白い石壁の部屋が歪んで映っている。
「これは、”女神様“から”魔王討伐“の報酬として貰った”界渡りの水面“ていう”神器“なんだよ。”向こう側“の僕の部屋と”こちら側“の、お兄ちゃんの部屋をつなげているんだ。」
そこで一旦、息を整え
「僕は”向こう側の世界“で”勇者パーティー“の一人として”聖女“をやっているんだ。」
チラリ、と俺達を見た女の子は
「映っているのは、”向こう側“の僕の部屋で”女神様“を祀る”大神殿“なんだよ。」
ため息をついた。
「うん、ついてきてないね。」
…………何を言っているのか、全くわからない。なんだ、その”女神“とか”魔王“とか”勇者“とか。
「つまり、あんたは勇者の一人で女神様の依頼で魔王を倒したのね。聖女として。…で、倒した、ご褒美として鏡を貰って世界を渡ってこっちに来た、と。いえ、あんたは司って言っているんだから戻ってきた。なんでしょうね。この場合…。」
七歌は虚ろに”何が“、”どうして“、”どうなった“、をまとめて、いきなり頭を掻きむしった。
「信じられるかぁ!」
良かった。俺だけ理解できないのかと思った。そして七歌。同感だ。信じられないし、訳分からん。
「……だよな。これで”わかります“って言われる方が可笑しいもん。…どしよっか?」
むぅぅぅ。
眉と眉の間に皺をよせ、唸っている女の子は妙に可愛らしく和まざるを得なかったが俺は”女神“、”魔王“、”勇者“といった単語の意味が知りたい。言葉の意味は分かる。何故、この言葉が今出てくるのかが、分からない。
「お兄ちゃんは分かるよね。”あっち“って、お兄ちゃんと遊んだ”英雄時間“の世界なんだよ。」
何を言っているのか。あれはオンラインゲームで昔流行っていたが、ついこの間メインストーリーで魔王が倒され更新が終ったゲームじゃないか。俺が高校生でアイツが小学生だった頃に始まったから3年に渡り遊ばせて貰った。ま、アイツがいなくなってからは殆ど楽しんでいなかったが。
「……信じて無いよね。……ヴァァ、メンドくさい。」
俺の顔を見た女の子はガクリっと肩を落として、すぐに立ち直ると腕をひっぱり鏡に押し込もうとした。おもわず抵抗する俺に
「もう、セツメーっすから、早く来てよ。」
俺の腕をひっぱりながら女の子が鏡に入った。そんな音がした訳ではないがトプン、と鏡が波立つ。女の子は俺の腕を持ち上げ、なにやら口を動かしている。どうやら声は聞こえないようで、鏡の向こう側でじれったそうに女の子が見ている。
だが、待ってほしい。俺は2回目で、どうなるのか分かっていたが初めて見た七歌は、すざましい声をあげた。当たり前だろう。意味不明な事を言っていた女の子が鏡の中に消え俺の腕も半ばまで埋まっている。何も知らない七歌が目を大きく見開いたまま絶叫したのは当たり前だし隣で叫ばれた俺の耳が暫く聞こえなくなったのも当たり前だ。
キーン、という耳鳴りが治まり、音が聞こえるなった頃ようやく落ち着いた七歌が鏡と俺を見て掠れた声で
「おにぃ…………んんぅ、あんた、腕、大丈夫、なの。」