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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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長めのプロローグ 6

子供の頃の僕は話をしない子で、友達も少なかった。そんな僕によく話し掛けてくれたのが、近所に住む従兄弟の直樹おにいちゃんさんだった。いつも傍にいてくれる直樹おにいちゃんさんにいつの間にか複雑な気持ちを持つ様になったのは、今も夢に見ることのある小学校にあがる前の出来事のおかげだ。

その出来事は悲惨過ぎてあまり思い出したくはないけど、お兄ちゃんの印象が強すぎてどうしても思い出し、時々、夢まで見てしまう。

夢はその時、どうしても行きたかった夜宮に家を抜け出して向かう所からいつも始まる。

父さんも母さんも何か忙しそうにしていたから我慢はしていたが、僕と同じくらいの子が喜びながら歩いているのを見て。

嬉しそうに話をしているのを見て。

視線に気付いたその子が手に持つ綿菓子を見せつけてきて。

ついに我慢が出来なくなって、こっそり財布代わりの小さな鞄を持つと家を抜け出して夜宮に向かった。

夜宮では屋台がたくさん並んでいて、美味しそうな匂いが鼻に届き、その隣ではキラキラ光る玩具が売られていて、向こうではポコンと気の抜けた音のでる銃でお菓子を落としていて、あっちでは……。どの屋台も楽しそうで屋台から屋台へ渡り歩いているうちに僕はいつの間にか薄暗い路地に入り込んでいた。

向こうでは、騒がしい音がしているのに、この道は嘘の様に静まりかえっていて、それが怖くて急いで戻ろうとした。だが、僕を3人の男の人が囲んだ。それは、暗い道と相まってまるで妖怪やお化けの様に思えて、それらが浮かべた笑い顔に体が固まって動けなくなった。今ならオーガ、オーク、ゴブリン、と鼻で笑う程度の3人組だが、その時の僕にとっては恐怖の塊にしか思えなかったから。

3人は僕を見て汚い笑みを深めると無造作に近づいてきた。まずオークが膨れた腹を揺らし近づき鞄を取り上げた。すぐにゴブリンが小さな体つきのわりに強い力で僕を羽交い締めにした。


「離せよ。返せよ!」


声の限り叫び、力の限りもがいたはずだった。だけど羽交い締めの腕はちっとも緩まずオーガは鼻を鳴らして無駄な抵抗をしている僕にさらに近づいてきた。


「どうだ?」


「さすが、ガキだぜ。こんなもん。」


小太りの男が鞄を逆さにすると、硬貨が10枚落ちた。それを見た筋肉質で大柄な男がチッと舌打ちした瞬間、顔が勝手に向こうを見た。目に星が散った。殴られたと気づくより早く、歪む視界と熱くなっていく横顔に足が震えだし、すぐに体も震えだした。勝手に目に涙が溜まりボロボロと流れ落ちる。何かを叫ぼうと口を開いたら生臭い液体がビシャと音をたてて出てきた。

茫然としつつ口を閉じる事を忘れた僕の胸ぐらをオーガは掴み、


「お前、なんで金もってねぇんだよ。足りねぇんだよ、わかってんかぁ、おぉ。」


凄んできた。だが、分かる訳が無い。それ以前にそのお金は今日の為におこずかいをちょっとづつ貯めてできたお金だ。そのお金が無造作に地面に撒かれ悔しさでまた涙が出てくる。

後ろで小男が下品な笑い声で囃し立て豚男が「おー、クール。超クール。」と騒ぐ。

なんで、僕は殴られたんだろう。

なんで、怒鳴られてるんだろう。

なんで、この人達は笑っているんだろう。

なんで、僕は泣いているんだろう。

僕の中で何かか折れようとした時。

ドグシャ。

変な音がして、僕は自由になった。

振り返ると僕を捕まえていた小男が倒れ、お兄ちゃんが立っていた。


「司になにしてんだ、お前ら!」


小学校高学年に上がったお兄ちゃんより、3人は大きい。けど、お兄ちゃんは堂々と立ちキツイまなざしで3人を睨み付けた。

……お兄ちゃん、カッコいい。

僕は口を閉じるのも忘れ間抜けな顔で見ていた。

なんだぁてめぇ、とか、たたんじまえ、とか、聞こえていたが、そんなのは、どうでも良かった。ただ、お兄ちゃんを見ていたかった。

胸はさっきまでの不安なドキドキが暖かいドキドキに変わっている。顔はさっきの殴られた所だけじゃ無く全体が熱い。

……。お兄ちゃん。…………お兄ちゃん!

言葉に出来ないこの気持ちをどうしよう。

お兄ちゃん……お兄ちゃん!!

気持ちは昂っていく。けど、その気持ちが一気に沈んだ。

奮戦していたお兄ちゃんが大柄な男の一撃を受け屏に叩き付けられ地面に横たわったまま動かなくなったのだ。

畜生、この野郎、油断した、仕返しだ。雑音が流れる中、ガッ、ゴスッと嫌な音と共に無抵抗に蹴られるお兄ちゃんを見て。

…お兄ちゃんが死んじゃう。

口に血が溜まって声がでない、て思っていた。


「お兄ちゃんが死んじゃう!」


そんな事なかった。

震えて立てない、て思っていた。

視線はお兄ちゃんに固定したまま走った。

腕はちっとも力がはいらないはずだった。

何かにぶつかった時、腕を振り回して押し退けた。後ろで何かが倒れる音がして畜生、またかよ。と雑音が聞こえてきたけど、聞こえてなかった。僕の目には動かないお兄ちゃんしか見えなかった。

お兄ちゃんの所まで駆け寄ると薄暗い路地でも分かる程、血だらけになっていた。


「お兄ちゃん、おにいちゃんっ、起きて。起きてよ、おにいちゃん。死んじゃやだよ!おにいちゃん!!」


叫んだ。今まで声が出なかったのはなんだったのかと思う程、高い声が路上に広がる。3人が動揺し僕の口を押さえつけようとした。


「誰か助けて!お兄ちゃんが死んじゃう!」


それより早く叫ぶ。

今の僕にはこれしか出来ない。だから、早く誰か来て。


「なんだ、今のは。」

「子供の声だったぞ。」

「どこから聞こえた。」

「あっちじゃないか?」


明るい音のする方から足音が近づいてくる。

やべぇよ、そのガキ黙らせろ、ばか、早く逃げるんだよ。

また、雑音が聞こえてきたけど、もう、気にしていられなかった。

早く、早く来てよ。お兄ちゃんが死んじゃうよ。

逃げようとした3人は駆け付けた大人達に捕まっていた。


「なんじゃこりゃ!」

「おい、早く救急車をよべ!」

「何が、あったんだ。」

「おい、そこの3人だ。逃がすなよ。警察につれていくんだ。」


大人達が五月蝿い。けど、不快な雑音が混じると僕の頭に血が登った。


「お前ら、ここでなにしてんだ。」

別に何もしてねぇよ。

「その鞄はどうしたんだ。」

知らねぇよ。落ちてたんだよ。

「この子の鞄じゃないのか。」

落ちてたってんだろ。持ち主なんて知るか。

「なんで、この子は怪我をしているんだ。」

知らねぇよ。その鞄でも取り合ってたんじゃねぇの?なら、そのガキ、ケーサツに連れて行かなきゃならねぇんじゃねぇの。

「……。」

俺ら、何も知らない市民だぜ。たまたま、通った道でなんでこうされているわけ?

耳障りだ。この雑音は本当に。だいたい、僕が見ているのになんで嘘ばかり言っているのか、分からない。

「………………関係ないんだよ。」

大人達が青筋をたてて黙った時、雑音を聞いていられなくなり吐き捨てる様に言った。僕はまだ、小学生にもなっていない。けど、それこそ関係ない。

僕は3人の顔を見ながらはっきり宣言する。


「鞄がどうとか、殴ったとか、関係ないんだよ。ただ、僕のお兄ちゃんにナニカアッタラ、コロシテヤル。」


なんで刃物をもってないんだろ。持っていたら証明してやるのに。


「ボクノ、オニイチャンヲ、ウゴカナクシタ、ヤツハ、オナジヨウニ、ウゴカナクシテ、ヤル」


刃物なんか必要ナイ。オニイチャンヲ、コロシタ、ヤツニ、シカエシヲ。

3人が揃って後ずさる。

ダッテ、ボクニハ、テモアルシ、ミチニハ、イシモ、オチテイル。オニイチャンハ、ウゴカナクナッタノニ、ナンデアノヒトタチハ、ウゴイテイルノ?オニイチャンハ、ナニモ、シテイナイノニ。ボクヲ、タスケテクレタノニ。

指には爪。口には歯。

柔らかい部分から削いでいこう。だって、お兄ちゃんも一人ぼっちだと淋しいよね。僕が手伝ってあげるから一緒に逝こう。

3人のうち小男が尻餅をついた。

うん、君からだね。大丈夫。ちょっと大人しくしていてくれれば。


「ま、まてまてまてまて。ちょっと待て。」


突然、視界が高くなった。見ると集まってくれた、大人の一人が、僕を持ち上げる様に抱き抱えている。


「瞳孔開いちまって、ヤバイぞ、お前。大丈夫だ、今、病院に連れていく。すぐ、元気になるさ。だから、お前みたいな子供がそんな目をするな。」


タイミング良く救急車のサイレンが聞こえてきた。

すぐ、病院に連れて行ってくれる。お兄ちゃんが元気になる。

そう思った僕の体から力が抜けていった。

その間に3人は周りの大人達が何処ともなくだしたロープで縛り上げられて囲まれた。


「言っとくが、そこから逃げたらもう守れんぞ。この子はてめぇらを何処までも追いかけて行くだろうよ。」


僕を抱き抱えている大人が低い声で言った。

僕は内心頷く。

当たり前だ。僕のお兄ちゃんにこんな事をしたヤツを許す訳が無い。

ボクノオニイチャンニコンナコトヲシタヤツハユルサナイ。


「だから、そんな目になるな。お前の兄貴に嫌われちまうぞ。…おぅ、やっときたか。」


僕を抱き抱えた人はそのまま救急車が近づいて来るのを待ちながら言った。


「お前の兄貴が人を殺して喜べるヤツじゃ無きゃそんな目するんじゃねぇの。分かったか、坊主。」


この人とはその後も何年もの付き合いになり、お兄ちゃんと共に喧嘩の仕方やかわし方等を教えてもらう事になる。妙に秘密主義な、五郎という名前のオジサンはその時はまだ40代にもかかわらず「ジジイ」というと喜ぶくせに、「お爺さん」というと怒る変わった人だったが教えてくれた事はお兄ちゃんを陥落おとすする時とか、お兄ちゃんと初めて一緒になった時とか、お兄ちゃんと変化をつける時とか、さまざまな場面で使っていく事になる。……おかげで円満家庭です。感謝。

ただ、そんな事を知らない当時の僕は自分を担ぎ上げる人より、自分の怪我より、お兄ちゃんがまだ、動くそぶりも見せない事の方が気になっていた。

救急車から降りた白衣の人達は急いでお兄ちゃんに駆け寄るとベンチみたいなベッドに寝かせて、すぐ。


「息をしていない。人工呼吸を試す。受け入れ先にも至急連絡。」


白衣の人が切羽詰まった声で、指示をだした。その声と言葉を聞きまた、体が震えだした。

お兄ちゃん、元気になるんだよね。また、一緒に遊べるんだよね。

じわっと涙がでる。

なんで、こんな事になったんだろう。夜宮に行くのはそんなに悪い事だったの?

そんな見ている事しか出来ない僕の目の前で白衣の人は、お兄ちゃんの口に自分の口をくっつけた。

涙が引っ込んだ。

僕は瞬きもしないで見てしまった。

白衣の人は何回か口をくっつけ、けっこう、長い間離さない。その度に僕は「あっ」「ふえ」「わゎ?」。意味の無い声がでた。


「よし、息を吹き返した。」


白衣の人は、何かを言っていたが聞こえなかった。

ただ、満足げに息をついたのだけが分かった。

僕の目の前でお兄ちゃんと何回も。

頭の中では、そんな言葉が、グルグル回っている。

僕の。

グルグル。

前で。

グルグル。

何回も。

グルグル。

キスした。しかもあの男満足げ。

グルグル、グルグル。

ぼくのあたまはしょーとでばちん。

ぼくのむねはごうごうでやけど。

ぼくのおなかはぐつぐつでだいふんか。

ボクノオニイチャンニナニシテンダヨ。


「え、にして、お、に、きす、だよ。」


あまりに感情が昂り過ぎて言葉にならない。

かまうもんか。

やっつけてやる。

目の前の白衣の人に殴りかかろうとしたが、僕はまだ抱えられていた。自由にならない手足を振り回しあちこちに爪をたてて引っ掻いた。

さっきまで脱力しきっていた僕が暴れだして抱えていたオジサンも驚いたらしく僕を一層強く抱き抱えた。


「坊主、落ち着け何があったんだ。」

「僕、の、おにい、ちゃんに、キス、した。」


抱えていた腕から力が抜けた。

僕は今だ、と抜け出し…かけて、襟首を掴まれ宙に持ち上げられる。


「まてまてまてまて。ちょっと、待て。」


グイッと近づけられたオジサンの顔は血だらけだった。その顔が困った様になり、


「坊主。もう一度言ってくれないか。今、なんて言った?」

「だから、お兄ちゃんに、キスしてた。」


なんで分かってくれないんだろ。

悲しくなって、悔しくなって。また、涙が出てきた。


「あぁ~~~。」


オジサンは大きく長くため息をついた。

面倒くせえ。はっきり書いている顔で周りを見る。が、周りの大人達も白衣の人達も顔をそむけている。

オジサンはまた、ため息をつくと、


「あ~。あれはキスじゃない。」


いきなり嘘だ。


「ウソだ。」


反射で返した。


「お父さんの本にも、お母さんの本にも口をくっつけるとキスって書いていたもん。」

「なんなんだよ、お前の親はなんの本を見てんだよ。」


また、大きくため息をついたオジサンは、


「いや、だがアレはキスじゃないぞ。あれは、あ~、治療する為でな、そう、医療行為なんだよ。うん。だから、キスじゃないぞ。」

「けど、口をつけたら…。」

「いいから、アレは医療行為だ。分かったな。」


オジサンの妙に怖い笑顔に睨まれコクコクと頷いた。それを待っていたかの様にお兄ちゃんの近くにいた白衣の人が明るい声をだした。


「意識が戻ったぞ。」


お兄ちゃん!

今度こそ振りほどきお兄ちゃんに走って行った。


「お兄ちゃん!大丈夫?痛くない?」


言ってから馬鹿な事を聞いたと思った。大丈夫な訳が無いし、痛くない訳も無い。けど、お兄ちゃんはゆっくり腕を動かすと僕の頭にのせ、軽く撫でてくれた。


「ごめんな。情けないな、オレ。」


そんな事無い。

お兄ちゃんがいてくれたから。

あの時、お兄ちゃんがいなかったら。

何故か喉が詰まった様に言葉が出なくて、顔を横に振るしかできなかった。

お兄ちゃんにお礼を言いたいのに。

お兄ちゃんに謝りたいのに。


「お前は充分やったよ。弟を庇って、良くやった。」


僕が何も言えないのを感じてなのか、オジサンが僕の代わりに言ってくれた。

僕はうん、うん、と頷く。


「司は弟じゃないけど。そうか、オレ、やれたんだ。」


お兄ちゃんは笑って僕をまた、やさしく撫でてくれた。

オジサンが「うむ、良くやった。」と繰り返し、


「お兄ちゃん、ありがと。ほんとに、ありがと。」


お兄ちゃんに、やっとお礼を言えた。

僕もお兄ちゃんに笑いかけれた。


「しかし、坊主はこいつの弟じゃないのか。ああやって呼んでいたから兄弟だと、思っていたんだがな。」


オジサンが僕に話しかけてきた。

う~ん、お兄ちゃんと話したいんだけどな。オジサンは、少し黙っていてくれてもいいと思うよ。

オジサンの問い掛けに、お兄ちゃんが答えた。


「司は母さんの妹の子供なんだ。近所に住んでて昔から知っているからだと思う。」


「ほぉ~。親戚の年上だから、“お兄ちゃん”ね。」


オジサンが意味深に言いながら僕を見る。

何を言いたいのか分からないけど、何か不快な感じがした。


「ああ、だから、司は可愛いんだ。」


お兄ちゃんはそんなオジサンに得意そうに、それでいて満面の笑顔は、僕に向けて言ってくれた。

僕の気持ちはグーンと上向く。

空より高くグングン伸びていく。

今なら、どんなに辛い事を言われても笑って流せるよ。

確信をもって言える。

今なら、僕は何だって出来る。お兄ちゃんの為なら何だってしてみせる。


「かぁ~~。なんだお前ら。割れなべ、とじなべかよっ。」


オジサンが空を仰ぎ叫んだ。




この時のオジサンの傷は何年も残り厳ついオジサンの顔は凶悪な顔にレベルアップした。町を歩いているオジサンを見かけた事があるけど、すっごく歩きやすそうで……知っている僕でも声をかけれなかった。

オジサンが未だに独身なのは僕のせいかもしれない。

………ごめんなさい。



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