長めのプロローグ4~母は知っている~
何回目になるか分からない家族会議ただし息子抜き。娘から緊急の話があると言われた。
息子の事で言いたい事があると言う。
慌てて旦那に連絡すると旦那も仕事を放り出し帰って来た。そして息子が部屋に戻るとすぐリビングは会議場へと変わりに議長である娘が話始めた。その話は意外な話ではなかったが話を聞いて旦那は頭を抱えて、わたしはムンクの叫びの姿で固まった。
どうしていいか分からないといった顔つきで娘が言った言葉は短いものだ。
「今日、お兄ちゃんが…」
いいずらそうに話出した娘が「お兄ちゃん」を使った事に驚きを覚えた。いつもは「あんた」とか「あいつ」なのだ。意外に思いつつも普段決して使わない言葉に、また不安が沸き起こった。
す
「司とキスしようとしてた。」
聞くなり旦那は頭を抱え、わたしは両手で顔を押さえ声にならない声をあげた。ややあって固まっていたわたしの耳に旦那の声が届いた。
「それで、直樹はどこで司としようとしてたんだ?いや、その前に何で七歌が知っている?直樹はそのつもりで司と会っていたのか?あの日からなるべく会わせない様にしていたんじゃないのか?」
旦那も混乱している様だ。口調がだんだんキツくなっていく。娘は、詰問調の旦那に「そんなの知る訳ないじゃない。」と叫んで返す。「あたしだって何が何だか分からないのよ。」いろんな感情が溢れたのだろう、泣き出した。
「…お兄ちゃんがあたしのバイトしているお店に司と来たのよ。」
暫くして落ち着いた旦那と娘は暗い声で話し合い始めていた。だが、わたしは顔を強張らし何も言えなかった。あの子が息子の為にしようとしてた事に気づいてしまうと、息子が気づいていない事が分かってしまうと、あの子があまりにも不憫すぎてつい後押ししてしまったのだから。
「司は直樹に頑張って言いたくて必死なのよ。」
わたしの妹であり司の母親でもある美樹と二人で焚き付けた事がまさか、こうなるなんて。やがて旦那は息子を呼んで来るように娘に言いつけた。膨れた顔つきでリビングから娘が出て行くと旦那はわたしを見据え言った。
「可那さんは知っていたんだ?」
ほぼ断定した言葉に冷や汗が流れる。よく女は鋭いと言われているが男だって鋭い人はいる。もちろん女にだって鈍いのはいるし。わたしは、慌てて首を横に振ったが旦那は目を細めただけだった。
娘が息子を連れて来た。もうすぐ裁判が始まる。会議場だったリビングは裁判所へ変わる。
裁判長は旦那、被告人は息子、傍聴人は、娘。そして、重要参考人兼共犯者としてわたし。弁護人がいないので娘に期待する。
開廷の鐘が鳴った。
翌日、弁護人無しの裁判は民主的では無いと妹の美樹に愚痴ると妹は大声で笑い比喩では無く転げ回った。
「どおりで雄介さん機嫌が悪い訳だ。挨拶してもなんか冷たかったし。」
「わたしの旦那を名前で呼ばないで。」
「じゃあ、二本柳括弧父さん。」
「長いわ。」
「じゃあ、旦那さん。」
「それなら良いわ。」
いつもの妹とのじゃれあいを楽しむと真面目な話に戻した。
「司も、機嫌悪いよ。呼んでもろくに返事もしないくらい。」
「キスの途中で頭ごっつんだもんね。女として憐れよね。」
「そうそう、地獄の鬼でも逃げそうな顔で帰って来てたわ。すぐ、ふて寝しちゃったし。」
お互いに笑い。
お互いに目で問いかけた。
あの二人をどうする?
物理的に引き離すのか、時間が解決してくれるのを待つか。ただ、待っていても上手くいくとは限らない事はわたしも知っている。
小学生の司に依存したのは息子だけではなく、わたし達もだ。家族ですら、荒れた息子に近づかなかったのにあの子は殴られても怯まなかった。わたし達も殴られた事を知りつつ来るなとは言わなかった。そしてあの子はわたし達の家族を連れ戻した。
司を拒絶出来ない理由のひとつだ。
息子は司に返し切れない恩があると言っているが、それはわたし達もだ。
だから…。
だけど…。
司が女の子なら良かったのに。
頭を下げてきてもらうのに。
誰かなんとかして。お願いだから。
何度も話会って未だに結論の出ない二人の事を自分たち以外の誰かにお願いする。
もうわたし達じゃどうする事も出来ない、と。
そして意外な方法で解決するのは暫くした後になる。
わたしはまた、やってしまったらしい。