確執だらけのメインパート11
あの日から約一ヶ月になる。
あの日とは司を傷つけ怒らせ泣かせた、あの日だ。
本来、違う事を誠心誠意、謝る為に向かった先で更に傷つけてしまって泥沼にはまった、あの日だ。
そんな落ち込んだ気持ちの中、いちゃラブな二人を見せつけられた、あの日だ。
あの日は俺の二十数年しか生きていない人生の最大にして最悪の日になった。
あの日以来、司には会えていない。
司の一撃で行動不能になっていた俺に話しかけてきた年上の女性は。
そんな状況下で同い年位の男性とケンカに見せかけた、いちゃつきを!
たった今!
司と別れ話をし、泣かせた、今!
今! ここでした俺の前で仲の良さをアピールしてくれた女性は。
「さっき、紹介されたけど改めて。蒼井和子よ。……初めまして。」
周りの空気に流石に頬をひきつらせている。
「あー。俺は赤谷淳ってんだ……けど……。」
女性に比べ動揺しているのが丸分かりな男性が目線を泳がせ赤い顔をして歯切れも悪く言った。
「では、私も。私は紫誠仁と言います。ただ、私は自分の名字が嫌いですので名前で呼んでください。」
目に痛い程、明るい緑の髪の毛が寂しい中年の男性が笑い顔と笑っていない目を向けてくる。
「最後は俺だ。……緑川良久。此方の世界では騎士の真似事をしている。」
厳つい男性は渋い声で言った。確かに体格もいいし雰囲気はある。しかし、白い髪を短く刈っている所謂、角刈りを見るだけで年寄りに見える。いや、角刈りが年寄りくさいのでは無く、こう刈り方が昭和っぽいっていう感じだ。映画とかでハチマキして大根とか売ってそうな……。
「俺も改めて。俺は三階堂直樹です。宜しくお願いします。」
俺が自己紹介をすると緑川さんが椅子を勧めてくれた。俺は少し考え頷いて座る。本当は司を追いかけたかったが司に追い付いた所で何かが出来る訳じゃない。さっきと同じ事になるだけだろう。今は司を追いかけた妹の七歌に任せざるを得ない事に気づいたから。
俺が座ると他の面々も座った。
「…………まず、訂正しておくわね。」
女性……蒼井さんが言いづらそうに口を開いた。
「さっきの……”男の子が仕方無い“の話しはハンカチも持ち歩かないで服で汚れを拭いていたから、て意味のつもりだったのよ。本当に他意はないわ。」
チラッと赤谷の方を見て。
「その話しでは無くってね。私が言いたいのは、あの子の話しなのよ。」
ふぅー。
深いため息をつき俺をやや上目使いで見てきた。
身長は俺よりやや低いくらいなのに座ると更に低くなる彼女の上目使いは。
「直樹君の事は司君から聞いているわ。だからかしら。昔から知っているような感じがして悪のりしてしまったのよね……。」
向こうで赤谷が睨んでいる。
や、疚しい事なんか無いよ。年上の女が上目使いって可愛い、なんて思って無いよ? ホントダヨ。
けど、落ち着かないから目線をずらした。
「ご免なさいね? 止められなかった時点で私達も同罪なんだろうけど……。」
「ようするに、最初は芝居だった、て事だ。」
「さっき司君を追いかけていった二人がね。」
「あいつらが主犯なんだけどな。」
「司君が泣いて戻ってきたのを見て、」
「それを追いかけもしない男を見て、」
「ちょっと、“お灸”をすえてやろう、とか言い出して。」
「あいつの“聖女モード”でビビらせて、最後は優しく陥落とす計画だったらしい。」
二人が交互に言ってくるので、かなり聞きづらい。それでも話しは分かった。
「正直、失敗するなんて考えて無かったって思うわ。……私も、“悪趣味な事はやめなさい”とは言ったけど、それで終わってしまっていたもの。」
「……俺もだよ。…………まさかあいつのいない間に女、作っているなんてなぁ。けど、考えてみれば当たり前かもしんねぇな。あいつって元々、男だったんだろ? なら別に変な話しじゃねーよなー。」
俺を弁護するような赤谷君が両手を頭の後ろに組んで伸びをするように背もたれにもたれた。
「直樹さん。貴方の事は司君からよく聞いていました。ですから、私達は”上手くいくもの“と決めつけてしまったのです。……そうですね。此方でも数年たっていたのです。貴方方も同じだと何故あの時、考えなかったのでしょうか……。」
作り笑いを止め顔を歪ませた紫さんは止めなかった事を後悔している。
「……今更、言っても仕方があるまい。直樹君、この事は俺達も何とかしてみよう。だが少々、難しい話にはなるな。」
角刈りの頭を掻き低い声で苦々しく言った緑川さんは深い呼吸を何回かした。
「……直樹君、すまんが時間がかかるだろう。司君が呼びにいくまで向こうで待っていてくれんか?」
当事者の筈なのに押しやられている俺。しかし、司に会っても……俺は何を言えるだろうか。言える言葉は「すまん。」それしか今は見つからない。司が戻ってきたとして、また俺は言うのか? それを。
「分かりました。…………それから、ありがとうございます。」
俺は四人に向かって頭を下げた。
「司が本当に大事にされている事が分かりました。アイツの兄としてお礼をします。」
息を飲む音がした。
「七歌……妹には先に戻ると伝えてもらえませんか? 俺はあちらで妹を待つ事にします。」
厳つい顔が上下に振られた。
「……分かった。…………そう伝えよう。」
暫くしてから七歌が戻ってきたが俺の顔を見るなり俯いて
「ごめん。」
小声で言った。
あれから一ヶ月。
いつの間にか真っ黒に変色した俺の姿見はかつてのようにさざ波がたつ事も無くなり、入り口としての機能も鏡としての機能も無くインテリアとしても微妙なそれを見て俺は気力無く部屋で転がっていた。




