確執だらけのメインパート3
俺は正座をしたまま何故こうなったかを考えていた。向こうでは司と七歌が小声で言い合っている。俺の位置からは聞こえない声でボソボソしているが時々、俺を見て司がにへら~と笑っている。
‐あの顔は俺の弱味を見つけて弄ろうとする顔だ。
七歌がため息混じりに何かを言って俺を見つめる。すぐに司にむかってボソボソ言い出した。司もうん、うんと頷き笑っていた。
‐確かに司は可愛い。笑い顔で生活していけそうなくらいに。
高校生の俺の好みを全て取り入れた、その姿は立体になり魅力を十二分に発揮している。吸い込まれそうな青い瞳。グロスを塗っているかのような艶やかな唇。低めの身長に合わない豊かな胸部。覗けてしまう深い谷間。柔らかで輝く白い肌。細い腰。すらりと伸びた脚。「僕、服を脱いでも、すごいんです。」と言わんばかりの圧倒的な姿。
俺は何時の間にか司を凝視していたらしい。七歌の咳払いで我に返って……司が赤い顔で自分を抱き締めるように隠していた事に気づいた。ただ、そのせいでかえって誇張されている。俺の頭の中は真っ白で恥ずかしがる司だけが映っていた。
七歌が司の脇を肘でついて「いい加減にしなさいよ。」と呟いたのがみえたが、つつかれた司は鏡に向かって歩いて
「お兄ちゃん。僕、着替えてくるね。」
妙に明るい声と笑顔を残し鏡の向こうに消えて行く。
‐立って歩けるのなら俺が消えてしまいたい。
立っているのに歩けない俺はそう思った。
司がいなくなると七歌は大きく深いため息をついた。あきらかに俺を責めている、それ、に正座を崩せないまま項垂れ、項垂れない俺を直視してしまった。
「あんた……それ、早く落ち着かせなさいよ。」
七歌はすっごい嫌そうな声を出して顔を背けた。俺も情けなさのあまり叫びたくなるのを必死に耐える。司に反応したのを知られた。兄として妹に司に反応したのを見られた。
‐う、お、お、おおお。おおおぉぉぉぉ。いっそ、殺してくれ。こんな辱しめ耐えられない。
そうだ。司は元、男なのだ。姿、形、国籍、性別。全て変わったとしても男なのだ。
元々、俺は司にとって”疫病神“といっていい存在だ。司がゲームの世界に行くことになった大元は”女神“だが要因のひとつとしての俺の存在がある。ゲームそのものを司に勧めたのは誰か。司が使うキャラを「見て楽しいから」と女の子キャラにしたのは。キャラの作成したのは。……そう、俺なのだ。俺がいなければ司は女の子になったり家族から離れて知らない世界に行く事は無かったはずだ。
「次は俺が恩を返す番だ。」
そう言い続けてきたのに俺が原因だったのだ。その事に気づいてしまってから俺は司にどう、向き合えばいいか分からなくなっていたのに。
最悪だ。最悪だよ、俺。最悪のタイミングで最悪な事をしてるんだぜ。お、俺って奴はぁっ。
項垂れた姿勢から土下座するような姿勢になった俺の目に鎮まった俺が見えた。俺の気も知らずに勝手に立って気まずい今を演出した俺が。
フラリと立ち上がり自分の机からハサミを取り出す。そのハサミを股間に……。
「ちょっと、あんたっ! 何、してんのよ! 」
七歌がいた事を忘れていた。
不審げに俺を見ていたらしい七歌はハサミを持った俺を押さえ込もうとしてくる。
「離せ。俺はもう、こうする事でしか司に誠意をみせられないんだ。」
「……あっ、アホかーっ。どんな性位みせるつもりよっ。」
「う、おぉぉぉっ離してくれ、七歌っ俺は切って司に謝らなくちゃならないんだ。」
「なんでそうなるのっ!」
七歌は軽く飛びかかって体重を押し付けてきた。体制が悪かった俺は押さえつけられ七歌のマウントポジションを許してしまう。
ハァ~と深い、ふか~い、ため息をついた七歌は荒い息を落ち着かせながら俺を睨む。
「……我が兄ながら……なんて…………バカっ。」
俺も頭が冷えてきて同じ事を考えた。
俺、何してんだろ……。不思議過ぎるだろ……。
「司に謝らなくちゃならないんだ。司が女の子になった事を含めて。」
「……謝るなら、直接、司に会って謝りなさいよ。あんた、何してるのよ……。」
ハァ~。さっきより深いため息が七歌から漏れた。
「だいたい、今更なのよ。あんたが司をそんな風に見ているなんて、中学生の頃から分かっていたわ。父さんも母さんも司やあんたをどうしようか、どうなるか、って悩んで……。近所の有名カップルだったから、あたしも周りからそんな目で見られて口もきいてくれない子もいたし、けっこうボッチだったし。……あんたに分かる? 昨日まで話してた子に無視される辛さ。……わっかんないでしょうね。今更そんな事言い出すくらいだもの。……あんたにあたしの気持ちなんか分かる訳ないわっ!」
言いながら高まってきたらしい七歌は拳を振り上げ落としてくる。
「あんたが! あんたのせいで! あんたなんか! ……あん、た、あ……た、あ、たっあたっあたたっあたたたたっ!」
叫んで次々、拳を落としてくる七歌に肝を冷やしながら”今更“という言葉について考える。
‐えっ…………どうゆうこと……?
七歌の拳を避ける事に必死な俺には考えを纏める余裕は無かった。十発に一、二発は避けきれず急所に落ちてくる。
まずい、このままでは“ひでぶ”してしまう。
「お兄ちゃん。ナナカねぇちゃん。……何、してんの?」
不意に司の声が聞こえて振り向くと、司が鏡から顔だけ出してジトっと見ていた。そして七歌はその隙に次々拳を当ててきた。止めは両手で顔に正拳付き。
「ふぐぉっ!」
漏れた声は決まらなかったが
「これが、なんと、百叩拳よ。」
七歌は清々しい顔で言いきった。
……すげぇ……。
七歌が俺から降りたあと司が顔の傷を治してくれた。……また、恩を受けてしまった。何時になったら返す事が出来るのだろうか。
「”癒しよ。ここにあれ“」
司は七歌にも”癒し“をかけていた。あの日が重い場合にかける事でかなり楽になるらしい。ひどい時には貧血で立つことも出来なくなる七歌は嬉しそうに受けていた。
「……あー、司。それで。」
俺は司に言いかけ口ごもった。会ってすぐなら言い易かったのだが今になってからでは言いづらい。あー、うー、と唸る俺に構う事なく司は
「お兄ちゃん、相談したい事があるんだ。……みんなの所に来てくれる?」
上目使いに聞いてきた。
「そう言えば、大変な事があったのよね。何があったの? 」
”癒し“を受け楽になったらしい七歌が司に問いかけた。そこで司は俺にしたのと同じ話しをした。
「……んー。つまり、大神官はなんとか侯爵の言いなりで、侯爵は豚伯爵の言いなり。」
おう、そこは分かったんだよ。俺も。
「豚伯爵はあんた達が邪魔なのに爵位を渡して貴族にしたがっている。あんた達としては貴族になるつもりが無いから、そんなの有り難迷惑……て事ね。」
お、おう、そんな話しあったか?
「……貴族側からしてみれば何かご褒美を渡さないといけないんでしょうけど、それが豚伯爵からってなると違う狙いがあるのね。あんた達に恩をうるとか。」
お、お、おう、七歌、お前は何を言っている。
「うん、ナナカねぇちゃんの言う通りなんだ。今更、豚……ポートプルー伯爵が僕達に”恩を売る“とか、考えられないから他の理由があるはずなんだけど、それが分からないんだ。」
……嘘だろ。なんであの説明でそこまで分かるんだ。
「……情報が足りないわね。」
七歌が腕を組んで考えこむ。
「みんなが調べて来ているはずなんだ。ナナカねぇちゃんも来てよ。」
「そうね。……どうせ、学校も休んじゃったし行ってみようかな?」
あっという間に話しが進み俺は唖然とするしかなかった。




