長めのプロローグ2
書き足しました。
文章を修正しました。
アイツがいなくなってから妹の七歌が教えてくれた。俺と従弟の司は周りから見ると不思議な関係に見えていた、と。
俺は周りにどう思われても気にしていなかったから言われるまでどんな目で見られていたか考えもしなかった。七歌は知り合いに「七歌もたいへんだよね。」と笑い顔で言われ、薄い本を渡された事があるらしい。見てすぐ「泣きたくなった」様な事が描かれていて実際に泣いた、と言っていた。
「司攻め、兄受け、なのよね。」
少し遠くを見る目で呟やき
「自覚しなさいよね。あんたら、二人って周りの女子には観賞用で有名な掛算だったんだから。」
呟やきも気になったが、その後の言葉も気になった。
俺がアイツを持ち上げている様な態度をとるのは、そうしなければならない事をしたからだ。
俺は過去、不登校から引きこもりになった事がある。その時、影に、日向に、そばにいてくれたのが、アイツだ。小学校が終わると、すぐ会いに来て、たわいない話をしてくれていた。
そんなアイツを俺は手加減無しで殴ってしまった。
何故、殴ったのか、理由は覚えていない。ただ、吹き飛んで倒れたアイツと部屋に落ちた血まみれの奥歯は鮮明に覚えている。
アイツが壁にぶつかった時にかなり大きい音がしたらしく、慌てて来た家族に口から血を流して気絶した司を頼んだ後、俺は情けなく泣いた。泣くぐらいなら殴るなよ、と思いつつも、これでアイツとの縁も切れた、と考えていた。だから、翌日にアイツがなんでもないって顔をして会いに来てくれた時には言葉を無くした。
殴られ膨れた頬にシップをして、震えているのを隠して、何時もの様に笑って。
俺には出来ない。
小学生の時に高校生に殴られて翌日に笑って会うなんて事は。
殴った相手と殴られた部屋で二人っきりになるなんて事は。
何故、平気な顔でいれるのか、わからない。
幸い、抜けた歯は乳歯で後から新しい歯が生えてきたが、俺には歯が折れる程、強く殴られた相手に会うなんて出来ない。
けど。
アイツは会いに来た。
小学生のアイツに高校生の俺が受けた衝撃は大きかった。この時から、司に頭が上がらなくなった。そして、その後に俺達の関係を決定ずけた事件が起こった。
アイツと俺の関係の全てを表す事件であり、初めてアイツが本気で怒った事件であり、俺の不名誉な評価が確定した事件でもあり、俺とアイツの関係が決定した事件だった。
不登校から復帰してすぐの時、俺に練習試合の応援に行った時の事だ。
当時アイツは、卓球部のレギュラーだった。なかなか良い成績を残せなかったが強い方だったのだと思う。県内でトップレベルの学校との試合に選手として選ばれていたから。
「応援してくれたら、勝てそうな気がする」
と言ったアイツに俺は二つ返事で応援に行った。
しかし試合は、残念な結果になった。アイツは、明らかに緊張していた。俺が来たのがわかるとより一層、緊張しギクシャクした動きで試合に望んだ。この時、卓球部のメンバーに、何の為に来たんだ。と睨まれたのは、アイツには教えていない。教えても意味がないし、俺はこの試合を最初から最後まで見る義務があったからだ。変調の理由になっても、だ。
試合は一方的なものとなり、負けた。だがアイツは負けた事が理解できず、そして、負けたと理解すると泣き始めた。アイツが試合に望んだのは、初めてじゃない。俺が応援に行くのも、だ。ましてや、練習試合。負けても泣くほどじゃない。必ず勝たなければならないものでない。
だが、アイツの負けて泣くほどの理由は俺にあった。
不登校をしていた俺は復帰後もクラスで孤立していた。周りにしてみれば、どう接していいかわからないのだろう。腫れ物を触るようだった。それは、かつて友達と思っていた奴等も、そうだった。誰にも話しかける事もなく、話しかけられる事もなくいつも一人だった。俺の遊び相手も、話し相手も、アイツしか居なくなっていた。それをアイツに言った事は無い。態度に出した事も無いはずだ。アイツは、いつの間にか調べ現状を知り対策を考えた。それは、俺にだった一言、言わせる事。
正直、親と叔母が言わなければ無駄になっていたと、思う。俺はそこ迄、人のやる事に興味は無かったから。
試合が決まってから、付き合いが悪くなった。と、愚痴を溢したのが最初だった。親と叔母のいる前で何故その話になったかは、覚えていない。どうせ、なにも気づいていなかった俺と無駄な努力になりそうなアイツを見かねて話を振ってきたのだろう。
俺の言葉に、二人で頷きあったのだから。
母親は、お前はなにも知らないのね。と、答えアイツの理由を教えてくれた。呆れていた。
俺は、多分、青ざめたはずだ。
叔母は、報われないわぁ。と、ため息をついた。
俺は…
泣きやんだアイツは、けど、いつものアイツではなかった。下を向き、負けてごめん、としか言わないアイツを追い立て、着替えさせる。待っている間に、アイツを先に連れて帰る事を卓球部のメンバーに告げ迷惑をかけた事に頭を下げた。彼らは、納得はしていないだろうが「宜しく頼みます。」と言ってくれた。それが妙に嬉しかった。
ずっと俯き歩いているアイツをよく利用するバーガー店へ連れて行くと運よくボックス席が空いていた。ボックス席に陣取り適当に注文した商品をテーブルに広げる。空腹だったらしいアイツは、すぐ食べだした。とはいえ、何時もの様にパクパクって食べ方では無く一口食べ、「まさか負けるなんて」、指先でひとつまみして「これじゃ計画が」とか、ストローに口をつけて「どう、言いくるめよう」とか、呟きほとんど食べていない。まぁブツブツ呟やいている事は自覚していないようだが。
黙って頭を撫でてやる。アイツは悔し涙を浮かべ抱きつき、頭を俺の胸に擦りつけた。
「ごめんね、お兄ちゃん。ごめんね。負けちゃた。」
撫でていた手をとめ、ポンポンと軽く叩いてやる。
「勝つも、負けるも、運次第、ていうぞ。」
「今日は絶対勝ちたかったんだ。」
擦りつけるのをやめ、しかし、抱き付いたまま答えた。
「けど、負けちゃいけない、て思ったら体が動かなくなって、頭も真っ白になって。」
「負けちゃいけなかったのに。勝たなきゃいけなかったのに。」
「なんか、試合が始まってすぐ終わったみたい。」
「なにもできなかった。」
「お兄ちゃん、僕、なにもできなかったよ。」
悔しさが戻ってきたのか、又、泣き始めた。俺はポンポンと軽く叩きながら
「お前は頑張った。結果は残念だったけど、頑張った。俺が今日来て良かったのは、お前が頑張っているの見れた事だ。」
「お兄ちゃん。」
アイツはふっと顔をあげた。じっと俺の顔を見る。
「俺も、て気になった。俺も頑張らないとな。」
この一言を言わせる為にどんな回り道をしているんだよ。
俺、気づかないぜ。なにも言われてなけりゃぁさ。
アイツの潤んだ瞳から、涙がこぼれる。
玉の様な涙が転がっていく。
「…お兄ちゃん。」
アイツの瞳に俺が映っている。映っている俺もアイツを見ていた。
アイツは仰け反る様にしながら。
ジッと俺を見て。
「お兄ちゃん…。」
しっとりとして艶のある一度聞いたら忘れられない声。
潤んだ瞳は、まばたきもせず上目遣いで見ていた。
ゆっくりとアイツの顔が近づいて来る。
いや、俺が近づいていた。アイツの瞳に呼ばれる様に。
アイツは驚いた様に目を開いたが小さく頷くと目を閉じた。
アイツの両腕が、胴回りから肩を抱き込む様に動く。
俺の腕も、片腕はアイツの腰まわりへ、片腕は首下辺りへ。
いつも騒がしいバーガー店なのに、静かに感じた。
ゴクっと喉がなる。誰の喉だ。俺の喉か。
時間が止まっていた。
今、世界は俺とアイツだけだ。
更に顔を近づけ、
小さな口に…。
「いったぁー!」
触れる寸前に方向転換。ガツン、なんて音と、共に額がぶつかっていた。俺自身、目に火花が散ったぐらい痛かった。構えて無かったアイツはさっきとは、違う意味で涙を流していた。
危なかった。男同士で…。しかも、まだ小学生に。そして、俺を助けてくれた恩人に。
「……お兄ちゃん。」
かなり痛かったのだろう、両手で額を撫でながら、地の底から轟く様な声で俺を呼ぶ。一度聞いたらもう、聞きたくない声。
なにがあったのかわからなくても事前にああで、事後にこうだと、さすがのアイツもこれが精一杯なのか。今にも、爆発しそうな顔をしていた。それでも、まだ、我慢している。説明を聞こうとしている。目が据わってきているが。こめかみに青筋がでているが。年下なのに俺よりよっぽど大人な態度だった。俺も大人に成らなくてはならない。冷静に、落ち着いて。
「泣くなよ、男だろ。」
ダメだった。俺、なに言ってるんだろう。違うだろう。男同士で、とか、小学生に、とか、恩人に、とかだろ?まだギャグで、かわした方が良いわ~。
無表情になったアイツにだめ押し。
「いや、やっぱ、男同士だし、ヤバいだろ?仮にも恩人に対してあぁとか。まだ小学生なんだし。早すぎるっての。」
「………お兄ちゃん。」
俺の言葉の何が引っ掛かったらしい。声が平坦になっていた。それなのに感情のこもっていない声なのに、聞こえてきた声無き声は「黙れ」。
アイツは無言で額を撫でていた。どちらかといえば騒がしい方なのに珍しい事だが、今はかえって怖い。
「…………お兄ちゃん。僕は、お兄ちゃんにお話があります。」
床を指差し
「……正座です。大事な、だ!い!じ!なっお話です。」
複声音は、「早くしろ」。
これは、逆らってはいけない。本気の怖さにばっと正座する。
「これから、話すのは、乙女心についてです。」
司、お前は男だ。
そんな事を口の中で呟やき、吹っ切れた様に語りだしたアイツの言葉を黙って聴く。そして、この時、条件付けがされてしまったのだろう。静かに諭す年下のアイツに、黙って聞いている正座の俺。たびたび起こるドタバタ劇のオチとして周囲に認識されていく。
それが、周りには不思議な関係に見えていただけだ。
俺とアイツはそんな関係じゃない。
言ってしまえば、恩を返す為に俺がアイツにつきまとっていただけの関係。
アイツからは何も相談すらしてもらえない程度の関係。
「司の行き先も知らないけどな。」
俺の言葉に七歌がため息をついた。
「寂しいって顔で言われても、ね。」
慌てて顔をふせた。
また、七歌のため息が聞こえる。
「自覚してたのね。司が帰って来たら、なんて言うのかな。」
「アイツが帰って来てから考える。」
あの店では気がつかなかった自分の気持ちは、アイツがいなくなってから自覚してしまった。
あの時の“乙女心”も今は分かってしまう。
だが、男同士なんだ。
確かに男同士以上の事をしそうになったりしたが。
周りにも見せつけてきたが。
今さら、恥ずかしい気持ちが沸き上がってきているが。
「なぁ、司。今、どうしている。」
いなくなるまで、この想いにも気づかなかった鈍い俺を笑っているのだろうか。
「帰ってこい。言いたい事があるんだ。」
「なんか、今のあんた。逃げた奥さんを待つダメ亭主に見える。」
…妹よ。思わず頷きそうになっただろうが。




