長めのプロローグ17~七歌は公園の中央で哀を叫ぶ~
「司くん、女の子になってたわね。」
司くんを追いかけて二人が出ていったあと、ポツリと妻が呟いた。
3年前に消えてしまった司くんが今日、戻ってきた。と息子達から聞いて驚いたが、“司くん”を見て更に驚いてしまった。
金髪ショート碧眼の目は澄んでいて笑い顔に辛うじて司くんの面影がある女の子。私の記憶の中の司くんは日本人の小学生の男の子だったから息子達は何を言い出したのかと思った。
だが息子達はその女の子を司くんだと確信しているようで、ゲームの世界に入り込んだ、とか魔王を倒したから戻ってこれた、とか女の子になったのはそのせいとか、必至に説明してくれた。
私と妻は顔を見合わせ息子達がそう信じているのであれば信じよう、と決めた。
「……司くん、かわいい女の子になっちゃったわよ。」
妻が言い直して先程まで息子が座っていた場所を見た。
そう。それが私達にとって新しい問題になる。
司くんは直樹に恋をしていた。そして、私から見ると直樹も満更では無いように見えていたのだ。暢気な息子は自覚していなかったようだが。
「………直樹、どうするつもりなの?」
司くんが女の子になった。それは、男同士だからと反対も止める事も出来ない、と言うこと。精々、若すぎる事で時間を稼ぐぐらいだろうか。男同士の時ですらあれほどだったのだから性別が変わったのなら攻め込んでくるだろう。そして、直樹が自覚してしまったら一気に進むのだ。兄思いの七歌には残念だが時間の問題になる。
「直樹は司くんに弱いからな。今は“恩返し”とか言っているが。ただ、七歌が可哀想だな。」
兄思いである七歌だが、弟思いでもある。司くんがいなくなって最も辛かったのは、私の家族では七歌だろう。
七歌は司くんがいなくなってから暫く帰って来るのが遅い時期があった。この頃の七歌は司くんを見れば口喧嘩、家に来れば追い出す、きつく当たっていて私は小さい頃はあんなに仲が良かったのに、と思っていた。だから、たまたま向かった自然公園で七歌を見た時も何をしているのだろう、ぐらいしか考えずに後を追ってしまった。
七歌は泣いていた。
見た訳では無く声が聞こえてきた。
木々の向こうから七歌が号泣しているのが聞こえた。
‐早く帰って来なさいよ。叔母さん疲れた顔で探し回っているのよ。叔父さんなんか、あんなに痩せちゃったじゃない。何時も笑っていた二人がずっと笑ってい無いのよ。あたしん家もおかしくなっちゃったじゃない。お兄ちゃん、毎日、毎晩、司に謝っているし。気づかなくてゴメンって遅すぎよ。あたしだって、あたしだって…。
七歌の声に家では気遣いしていたらしい事を知り。
その事に今更ながら、と手で顔を覆った。
‐つかさぁ、早く帰って来なさいよぉ。…さみしいよぉ。もう、邪魔しないから……戻ってきなよぉ。
親として恥ずかしい。何で気づいてやれなかったのか。そして、これが顔向け出来ない、と言うことか。
私が自分の子供達を大人として見る切っ掛けになった、その回想は妻の言葉で途切れた。
「あら、七歌は義妹が出来るのよ。昔から妹がほしいって言ってたし、可哀想どころか喜ぶわ。」
フッ。
笑ってしまう。
あぁ、その通りだ。七歌は兄より妹がほしいと言っていた。司が女の子なら妹にしたのに、とも言っていた。
なら、理想的だ。司くんが女の子になった事がこれほど嬉しく感じるとは。
私は妻を見て頷いた。
「花菜さん。美樹さんと連絡をとってくれないか。当麻君とも話しがしたいんだ。」
この事は司くんのご両親とも話しをしておかなくてはならないだろう。こんな複雑な話しは、まず当事者以外の人がしておかなくては。
直樹、逃げれんぞ。覚悟を決めろ。




