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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり43

廃墟となった土地に縛られていた女の子を核とした集団ゾンビを見送ってから1ヶ月が過ぎ、かつて塩を撒かれ荒涼たる光景しかなかった大地には秋田の八郎潟を思い浮かばせる見渡す限りの水田が広がっていた。

俺が、ここでやっていたのは大学で研究していた塩害に強い稲の発育状況の観察。

収穫の早い二十日大根や日本の夏みたいな気候の今、種イモを植えてどうなるのかを観察。

勿論、日本からビニールハウスを持ち込み水等も徹底管理した場と、この土地の自然に任せた発育を見る場の比較しながらデータとして苺さんに送り、苺さんはデータから地球上の似た土地の状態を調べ俺に新たな指示を出して時々、大学に戻り苺さんと話し合いを行い、時には教授が驚くほどリアルなデータを仮想と偽り大学のパソコンでシミュレーションをしながら、順調に大学の卒業論文の為のデータを作っていく。

塩害については、土地を常に水で覆う事で塩分を沈め、沈んだ塩分を土地の地下に作った排水溝から海に戻す、稲作の基本の水管理をしながら海に有明海みたいな干潟を作り、こっちの推移も観察している。

なにせ、()()()の世界では“魔法”があって、その“魔法”には、ゴーレムという動く泥人形が存在しているのだから、気になる事は取り敢えずしてみましょう、の精神でやる事を増やしている。

とは言うものの、ここにいる、獣人の3家族と司達の少人数では、そろそろ維持が出来そうもなく、この国の王都に行った赤井達が上手くやってくれるのを期待しながら次に何をするか考えている。

食料。これは水田の状態が思ったより早く整い……“魔法”って言う理不尽なモノに言いたい事は有るけど……秋には収穫が期待出来そうだ。そうなると後3ヶ月程度の食料をどうするか、だが、流石に“魔法”でも傘を持って気合いを入れれば成長してくれるような“魔法”は無いらしく、創るのも難しいとのことで、日本から破棄される予定の備蓄米を大量に買い付けて持ってきた。収穫されてから5年近い米だから、美味しい訳ではないし、普通に炊いて食べるには水気が無くて割れてるし、と良いことがない古い米だが、炊くのではなくて油出炒める、ピラフの様にして食べてみようと思っている。どちらにしろ、予算内で大量に買い付ける事が出来るのはこれしかなかった訳だし。

食料の見通しは明るい。一時を過ぎれば“魔法”を使ってすら維持できなくなってきた水田からの収穫、山側に植えた大量のさつまいも、プランターを使っている二十日大根やネギやきゅうり。遠くに見える山は岩山だったが、大量の綺麗な水が湧いてくる、すばらしい山だった。これも“魔法”で山から海迄の水路を作っているから、なにもない荒野も少しずつ変わっていくかもしれない。


「取り敢えず、人手不足はどうかしないとな。」


とは言え、赤井達が上手くやれない訳は無い。英雄達が自分の領地に住みかを用意するから来てくれ、と頼むのだから。

なら、次に来るのは……?

俺は小さく、誰にも気づかれないように嗤う。

俺がやろうとしているのは。


○○○


王都の人手不足は深刻なレベルに達していた。王都の人口は自称、10万を数える小国にあっては唯一の都市であったが大陸に於いては珍しい人口数でも無い。まして、“魔王軍”との戦いに巻き込まれ、隣国が“魔王”に攻め滅ぼされると、最前線で戦いはめになった。その為、人口は激減していたが、王都は各地からの避難民が集まり“魔王”が現れる前とさほど変わらない人数は確保出来ていた。ただ、避難民達は王都の正式な住民とは登録されていなかった為に王都の城壁の外に避難民街を形成、そこから毎日城門で銅貨一枚の通行料を払い王都に入ると商人に雑用を言いつけられ、銅貨一枚、二枚の仕事を数件こなし、1日の終わりに衛兵に追い立てられ銅貨一枚の通行料を払って城門から出ていく。こんな生活を続けていた。

そこに、“魔王”討伐の英雄達が避難民街で領地の住民を募集したのである。王も、廃墟となった元公爵領の再生を命じはしたが期限は一年未満の極めて短い期間であり出来ると思っていたわけではなかった。無論、貴族達もそうであり、貴族の中でも有力なポートプルー伯爵が“英雄”の一人“聖女”を手にいれる為の下準備の一環だったのだが、英雄達は避難民街で一万人規模の、つまり今いる避難民達全員を領民として連れていく事を宣言した。


「領地の再生は成った。今年の収穫から期待が出来る。今なら土地が付いた家と農地がついてくる、来るなら今だ! 来年からは領民の募集はしないぞ。今しかないぞ。」


英雄達に煽られた避難民達は道中のケアも英雄達がしてくれると聞き、冷たい対応しかしない王都を離れる事を決意し、そんな避難民達に紛れ、王都の市民が英雄達の領地に引っ越しを敢行したりと王都の人口2割程度が王都から離れた。

二万人近い人口が一気にいなくなった王都は、今までは避難民がしていた雑用を自分たちでしなくてはならなくなり、徐々に人手不足が深刻化していたのだが、その後も領民を集め続ける英雄達によって、ついには王都の人口は3割近く減った。

今まで、人とは勝手に増えるもの、と思っていた王家と貴族達は慌てて対策を練ったが、何せ初めての経験である。どうするのが正解なのか全く分からず会議の席でも発言は飛ばなかった。

そんな意味の無い会議が3日続いた時、ポートプルー伯爵宛に緊急連絡が神殿の神殿長よりくる。この小国の神殿長で満足していない野心に溢れた神殿長は、ポートプルー伯爵の財力を利用してもっと大きな国の神殿長を目指していて、ポートプルー伯爵としては“聖女”を囲うのに丁度いい手駒と飼い慣らしていた人物だった。しかし、そんな神殿長からの報告は“聖女”が神殿内から消えた、との大事で、その神殿長からの報告の暫し後、避難民達に紛れさせていた自身の密偵からの報告に“聖女”の姿を確認したとなれば


「ヌウーッ! 役立たず共めーっ!」


顔も体も豚のように丸い男は、下働きの女に生ませた娘からの連絡がない事に苛立ち至急報告させるように指示を出した。“聖女”はガードが固い英雄達の油断をつき、金にがめつい大神官を金と女で釣って神殿に監禁した彼の妻にして新王誕生の鍵でもある。英雄達の中でも“勇者”に次いだ人気があり、国教の“女神教”でも“女神の使徒”として絶大な人気を持つ“聖女”。男はそんな“聖女”を好きに扱っていた。体は赦しはしないものの、豊満な胸をつまみ揉む時、歯軋りが聞こえるほどの憎しみに満ちた顔をしながら抵抗はしない“聖女”にこれ以上はないほどの征服感を覚えていた。庇護欲を煽るその容姿と意外に気の強い所のある“聖女”を信者の命という檻と鎖で縛り付けた男の計略勝ち。あの時の悔し涙を浮かべる“聖女”の顔は、今を持ってもワインが進む最高のつまみだ。

“聖女”は彼が去った後、自ら胸を切り落とし肉を削いで肉体の再生をしていたのだが、この事は英雄仲間で保護者の蒼井ですら知らない話だった。


「うくくくく……ワシの手から逃れようとも無駄なのだ。お前はすぐに戻ってくる。自分の足でなぁ!」


男は、適当な信者を数人、城壁に吊るす様に命じた。飲まず食わずで吊るされた人間は、持って三日。この暑い時期なら二日と持たないかもしれない。


「これはお前に対する躾だ。信者を護ろうとするお前はワシからは逃げれんのだ! 我が妻よ。」


うくくくく……くひゃあ、け、け、け。

気持ちよさそうに気持ち悪い笑い声を絞り出す男は、しかし急に開けられたドアに声を止めた。


「何事かっ!」

「た、大変です。旦那様に謀叛の嫌疑がかけられています!」


確かに王家を滅ぼし新たな王家を建てようとしていたが、それはまだ実行段階には無い。これからしばらくは妻の“聖女”を使い民意を高めるつもりだったのだから。つまりは、まだ反乱はしない。


「どういう事だ!」


まさか、頭の中だけで練っている計画を誰かが知ることは出来ないだろうが、もしや、“聖女”を妻とする事で何やら漏れたか?

男はそう思いつつ扉を開けて入ってきた執事の一人と、その後ろから現れた若い男に目を向けた。若者は今や、この国唯一になった公爵家の息子で、国内の女なら名前ぐらいは知っている「王子さま」だった。

爽やかな笑顔が似合う金髪の若者は、伯爵の男に深々と頭を下げると、


「ポートプルー伯爵殿。急ぎにて立礼する事を、お許しください。」


非の打ち所の無い礼の仕方は流石上級貴族だったが、伯爵と呼ばれた男は鼻を鳴らして礼を返す無礼な態度で対応した。

公爵家と言えば貴族達の元締めの貴族連合のトップなのだが、現在の公爵家は金銭面でポートプルー伯爵に頼りきりの弱腰な公爵家で伯爵の言う通りにしか動かない人形みたいな存在なので、殊更礼を返す必要も無いと判断されたのだった。


「ふぅん? クリストル家の小わっぱか。」


馬鹿にしているのを隠さずに男は若者へ侮蔑に満ちた顔をした。


「このワシの前で立って挨拶とは、偉くなったものだの。」


若者は慌てて両膝をつき伯爵に頭を下げる。


「これは失礼をいたしました。礼を失したご無礼お許しください。」


国に名高い貴公子がプライドを捨てて乞う姿に満足したのか、


「うくくくく……気を付けられよ、公爵家の命運はワシが握っておるのだからな。」

「はっ。この肝に銘じて。」


偉そうに許しの言葉を若者にかけた男は、


「して、何ようか。」


ふんぞり返って、若者に膝を付かせたまま、発言の許可を出した。その何処までも傲慢な態度に一瞬言葉に詰まる若者だったが、それが伯爵の愉悦になっているのに気づき、声は平静に言葉を紡いだ。


「我らが王に置かれましては、忠誠心に溢れる、この度のポートプルー伯爵の噂を払拭する手助けをしたいとのこと。謀叛等と言う根も葉も無い噂はポートプルー伯爵が御前にて否定なさればデマで有ることは知れましょう。」


ふう。一気に言った若者は小さく息を吐く。たったそれだけの行為が強烈な色気として振り撒かれ顔にかかる前髪を払う仕草にこっそり見ていたメイド達が腰砕けになった。


「場は王が整えております。後は伯爵の弁解を持ちまして私共を安寧に導いて頂ければ安泰でございます。」


チッと男は舌打ちする。その場にいるだけで女共を虜にした若者への妬みと嫉み。


「ふん、よかろう。行ってやろうではないか、王の名を出されては臣下として行かぬ訳にも行かぬしのぉ。」


不機嫌に言う男だったが、流石にそれ以上態度に出すのは不味いと考えたらしく、吐き捨てるような口調で、言うと身支度の用意をメイドに命じた。太りすぎた彼は自分では着替えが出来ないのである。

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