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12話 おれたちの京都旅行

 俺が別れてしまった父親の話をしてから、クッパ先輩と小六病っこはあからさまに態度が変わった。気にしない様にしようとして、逆にすごく気にしている。

「そういえばNKH49のリコちゃんがテレビで――はっ! う、うん。何でもない」

「最近、我の前世から続く盟友のトウカが少々コンプレックスを抱えているようで――む。忘れるのだ」

 この離婚の文字に近い物の会話はすぐさまやめるのでとても怪しい。

「別に俺の親の事は気にしなくていいですよ。今の離婚率って知っています? 珍しくないですよ、ほんと」

「いや、まぁ確かに・・そうだけどさ。でも、おまえの父親のこう・・んー」

 クッパ先輩の中でも考えがまとまっていないのか。

 二日目の朝、俺が自転車をこぎながらクッパ先輩に問いかけると、半日経った後でもクッパ先輩と小六病っこの態度は不安定だった。

「俺もどう答えていいかわかんねー。俺の両親は離婚してないし、健在だしさ~。だからこそ、久しぶりに会った父親の再会を妨害した俺ってどうなんだろうって」

「それについては気にしなくていいですよ。正直、会いたくなかったですし。クッパ先輩には感謝しています」

「え・・・・」

 ん? 俺、何かまずい事を言ったのか?

 俺としては少しでもクッパ先輩の負担を軽くしようと思ったのだが、その後、京都に着くまでクッパ先輩と小六病っこは喋らなくなった。

 二人が喋らなくなった事で俺も当然喋る事はなく、自転車をこいでいる俺達の空気は悪くなる一方だった。



 京都に着くと、学校がすでに金額をはらってある指定のホテルまで行き、チェックインを果たした。

 これで休めるわけか。

 ホテルには到着確認の橋本先生が居て俺達に手を振って出迎えた。

「やぁ君達、雰囲気が暗いぞ! 筋肉か? 筋肉が足りないからか? もっと筋トレをしろ!」

 そんなカルシウムが足りないからイライラしている、みたいな言い方されても。

「橋本先生、そうですかねぇ・・」

「久利。いつも元気なおまえがここまで落ち込むとは・・。ちょっと心配になってきたぞ、先生」

 橋本先生はクッパ先輩の肩を叩いて励まそうとしている。橋本先生の力だけあって容赦がなく、痛そうだった。

 クッパ先輩、そこまで気にしているのか? わからない・・。

「鷹野陽君よ。随分と疲れていそうだな。今日は休んでいきたまえ!」

 橋本先生はクッパ先輩の肩をひとしきり叩くと、俺の所に向いて話しかけてきた。

「確かに。一年生にあれはハードですよ」

「それもそうだが、精神は肉体をも病ませるぞ」

 うっ。ここまでチームの空気が悪いと取り繕うだけ無駄か。

「久しぶりに人と会ったのですが、それを妨害したとクッパ先輩達が気にしているようで。それでちょっと」

「ふむ――」

 橋本先生が俺に言葉をかけようとしたその時、爆発したかのようにクッパ先輩が大声を出した。

「違う!」

 確かにクッパ先輩は感情的だ。でも、それはいつだって本気の怒りではなかった。けれど、今回は俺がクッパ先輩の顔を見るのがためらわれるほど、怒りに燃えていた。

「・・・・・」

 小六病っこは俺達が喧嘩しそうになっているにもかかわらず、何も言わず黙ってみている。ただの碧眼がいつもと違ってプレッシャーすら感じるほどだ。

 沈黙を最初にやめたのは橋本先生だった。

「思った以上に深刻なようだ。久利、君は外に行きなさい。鷹野陽君、君はホテルに居るんだ」

「はい」

 返事を真っ先にしたのはクッパ先輩だった。ついていこうとする小六病っこを片手で制止して歩き出した。

「俺は一人で見に行く。フェリス、おまえは花子の所にでも行け」

「なっ・・。くっ」

 小六病っこはそれでもついていこうとはしなかった。歯がゆさは感じているようだが、言われたことに納得していた。

 いつも俺の言う事を聞かない、か。聞いているじゃないか。

 そんなことを俺は背中を見せて歩き出しているクッパ先輩に思った。

「・・・。我も行く。おぬしらにかける言葉が見つかればまた姿を現そう」

 そう言って小六病っこは目も合わせず外へと走って行ってしまった。

 取り残されたのは俺と橋本先生だけだ。俺もすぐに部屋に戻ろうとするが、橋本先生が「待つんだ」と言った。

「権威ある者が喧嘩に口出すと言うのは良くない事だ。先ほど、君たちの会話に口をだしたことは反省している」

「え。でも、橋本先生が口を出さなかったらどうにもなりませんでした」

「そうかな・・」

 橋本先生は俺になんて言葉をかけていいのか悩んでいるようだった。

「君は大人の喧嘩をしたことがあるか?」

「大人の・・ですか? 小学校なら何度かしたことがありますが」

 大人になっていけば喧嘩なんてしようとも思わない。周囲との軋轢を生むだけだし、何より収集が大変だ。喧嘩によって縁が切れる事の方がずっと多い。

「そうか。なら、難しいだろうね。小学生のように互いに顔を合わせて謝って終わりと言うわけにはいかないから」

「それは、まぁ」

「悪いと思うならちゃんと言った方が良い」

 俺は橋本先生に言う言葉を迷った。この先生が急に先生らしい事をしてきたのでどこまで言っていいのかわからなかったからだ。

「けど、俺・・クッパ先輩がどうして怒ったのかわからないです。思い浮かぶ理由はいくつかあるのですが、それに自信が持てなくて」

「うん。自分の筋肉の事は手に取るようにわかるけど、他人の筋肉の状態は中々わからないものさ」

 そんな話はしていない。

「俺と父親が会った、なんてどうでもいい些細な事じゃないですか。なのに、どうしてああも怒るんですかね・・」

「一旦は離れた事だし、もう一度考え直すのが一番だね。疲れているだろうし、人とずっと居ると悪いことを見つけてしまうこともあるさ」

 橋本先生は俺の言葉に明確な答えなど言わなかった。誘導してしまう事を恐れているのかはわからないが、俺は橋本先生の言葉に従うことにした。

 確かに、ずっと他人と居ると疲れてしまうこともあるからな・・。

「わかりました。俺、今日はゆっくり休みます」

「うんうん。わからなくなったら筋肉に相談したまえ」

 しねぇよ。



 ホテルで用意された部屋にたどり着いた俺は何もせず、すぐにベッドに体を沈み込ませた。

「あー・・」

 適当に息を吐いてゆっくりできるのが心地いい。俺は俺自身が思った以上につかれていたようだ。

 クッパ先輩、小六病っこ・・。

 体をゆっくりと休めながら、今日の事を俺は振り返っていた。父親と会ったことが随分と前のように感じる。本当に現実感がなかった。まさか、もう一度会えるなんて思ってもいなかった。

 些細な事、か。大嘘つきだな、俺は。

 俺は父親の事を思い出すのが不快だ。同時にたくさんの悲しい事を思い出してしまうからだ。

 そして不安になる。大人になって自立してもおかしくない年齢なのにまだ、父親の事にとらわれていていいのか。だからこそ、些細な事だと思っていたかった。

 なのに。いざ会ってみると、あれだけすんなりと言葉が出た。思った以上に落ち着いていた。会ったら思っていた事がいっぱいあったのに、俺は全く違う言葉を続けようとしていた。

 それが大人になるって事なのか? 本当に大事な時に本心を出せないことが本当に・・? ただの不器用じゃないか。

「大人の喧嘩、か」

 くそっ。考えれば考える程父親の事にとらわれてちっともクッパ先輩の事が考えられない。俺の学園で唯一気軽に接せられる人なのに。

 最後にちらつくのは父親が一度見たことある人たちに飛びつかれていたことだ。

「・・・・・・・」

 考えるのを止めよう。今の俺じゃあ何の有益な答えも出せない。ゆっくりと寝たら、クッパ先輩になんていうか考えないと。

 俺は目をつぶり、体の力を本格的に抜いた。ベッドもふかふかで気持ちいい。ああ、これでゆっくり寝られそ――

 プルル・・プルルルルル。

 ホテルの固定電話だ。ホテルから俺に用などないと思うのだが、コール音がずっと鳴り響かれると俺も寝る事が出来ない。仕方なく俺は固定電話の受話器を取った。

「はい?」

『お休みの所、申し訳ありません。鷹野陽様ですか?』

 女性の声だ。ホテルの受付の人に違いない。

「鷹野です。何か?」

『秋元様から鷹野陽様宛てにお電話が届いております。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?』

 秋元? あいつ、どうやってここのホテルの番号を知ったんだ? 繋ぐな、と言いたい所だが秋元がその後もホテルに電話をかけられても困る。仕方なく俺は「繋いでください」とため息をつきながら言った。

『わかりました。それではお繋ぎします』

 しばらくの間、別の音が鳴るとすぐに相手が切り替わった。

『やあ、鷹野。京都の空はどうだい?』

「秋元。何故、俺のホテルがわかった」

 ホテルの番号を聞き出した方法、後はかけない様に言えばすぐにでも電話を切るつもりだ。何故ならば、俺は疲れている。秋元と話して俺の疲れがとてるとは思えないからだ。

『NEET学園が用意するホテルは毎年変わってないからねぇ。ホテルの名前を調べれば一発さ。もしかすると、その為にNEET学園のサーバーにでもハッキングしたと思った?』

「思ってない」

 実は秋元だったらやっていてもおかしくないと思っていたが、癪なので言わなかった。

『そうだよねぇ。思っていたらフィクションの見過ぎさぁ。妄想乙』

 ぐ、てめぇ。本当は分かっているだろ。

「そんなことか? なら、さっさと電話をきれ。そして二度とかけてくるな」

『あははは。鷹野はいつにも増して機嫌が悪いね。何かいいことあった?』

「最悪な事ならあった。今、秋元と電話している事だ」

『ふーん。それで鷹野、京都の空はどうだい? 綺麗?』

 ? 何が言いたいんだ、こいつ。

「別に変わらないと思うが」

『鷹野は面白みがないねぇ。僕は鷹野に今、電話することである仮説を証明しに来たのさ』

 珍しく、秋元から本題をだしてきた。

「探偵ごっこか?」

『ごっことはひどい。僕は先輩に見捨てられたであろう鷹野を慰めにきたのさ』

 いじめに、の間違いだろ。

「勝手にクッパ先輩達が居ないと決めつけるな」

『いないさ。だって、ホテルに居たらゆっくりと休まず、間違いなく君の部屋におしかけるじゃないか。なのに、君の周りの音は静かだ。さらに、京都で遊んでいてもおかしくない時間に鷹野がホテルの固定電話に出た。これはどうみても先輩達が君を置いて行って遊びに行った証拠じゃないか』

 腹立つ。フライパンを叩く音でも周囲にまき散らしてやろうか。すぐにバレるからやらないが!

「随分とクッパ先輩達に対して詳しくなったじゃないか、秋元。だが、勝手な憶測だけで決めつけるとはまだまだな」

『何それ、人間観察の先輩のつもり? ぷぎゃーwww』

「電話を切る」

『待ちたまえ。別に僕はただ、鷹野をなじりにきたわけじゃないさ』

「今のところはそうとしか見受けられない」

『だろうねぇ。僕は学校側から鷹野に伝えろ、と言われたことを伝えに来たのさ』

「学校から? 何て?」

 NEET学園から用があるなんて学園祭以来だ。

『素直に学校から直接鷹野に連絡すればいいのに僕を経由するなんて、随分とめんどくさがり屋な学校だよねぇ』

「さぁな。あの学校について一つ一つ指摘しだしたら日が暮れるぞ」

『確かに。鷹野、あの博物館の日を覚えているかい?』

「唐突だな。伝言はどうした?」

『伝えるけど、後でも良いでしょ。それに鷹野ってば、用を言ったらさっさと切ってしまいそうだし』

「当然だ。疲れているからな」

『ふーん。横になっているだけでも疲れは取れるっていうよ』

 だから会話しろと!?

「博物館の事か。覚えている。嫌なくらいに」

『うん、一個訂正しようと思って』

 訂正? もしかすると、あれから持論を揺るがす様な何かが秋元の身に起きたのだろうか? 小学校の人と再会したとか?

『日本のまとっている空気ってあったでしょ? あれ、状況の力に変えてくれない? そっちの方が科学的だよ』

 そんだけ!?

「で?」

『大事な事でしょ。鷹野は言葉の魔力を知らないな?』

 人の気力を奪う、という意味では大したものだ。

『僕が前に指摘してやる人間が鷹野にはいない、って話したでしょ』

「覚えている」

『鷹野。相手は見つかったかい?』

「自分で気づけば十分じゃなかったのか?」

『何言っているんだよ、鷹野。自分で見つけられる程、鷹野は凄くないでしょ。だったら、今先輩と一緒に居るはずさ』

そこまで言われると、秋元の言っている言葉は将来の伴侶を探せ、とでも聞こえてくるな。そんな予定は微塵もないけど!

「そこまで自らに気を配れるならそれは人間じゃないだろ」

『うん。だから、人間は一人じゃ生きられないんだよ』

「そうだな」

『君の先輩が君のダメな所を指摘する人になるかと思ったけど、全然だめだね。お互いに気を使っているようだし』

「悪かったな」

『鷹野には僕くらいが丁度いいのかもしれないねぇ。それで伝言の内容だけど、歌舞伎の小さな役で出られることになったから見に来るように、だってさ』

 歌舞伎・・。

「瑠璃のことか?」

『そうそう。あの変な女の子から連絡』

「女じゃないからな、あいつは」

『は?』

「じゃあ切るぞ」

 俺は瑠璃の正体を聞いて慌て始める秋元の会話を一方的に打ち切った。理由は・・伝言の前に言った秋元の言葉になんて返して良いかわからなくなったからだ。

「もしかして、あいつなりに慰めようとしたのか?」

 それとも、俺の友達に本気でなろうと思ったのかもしれない。あるいは両方か。

 伝言の内容も気になるな。瑠璃の奴、直接手紙でも使って言えばいいのに遠回しな。しかもあいつ、俺に自腹で見に来いと言っているようなものじゃないか。

 ああもう疲れた。寝ていたい。

 でも・・二時間寝たら起きて、瑠璃の元に行くか。一人で寂しがっている可能性もあるだろう。



 橋本先生から瑠璃の場所を聞いた俺は、地下鉄を何回か乗り換えて瑠璃の居る劇場にたどり着いた。

 劇場は歌舞伎をするだけあって通常より大きいが、京都の有名な歌舞伎劇場に比べると小さい。

 元々、歌舞伎は外様の人に対しては優しくない世界だ。ぽっと出の瑠璃ではこれが限界なのかもしれない。

 瑠璃の演技を見に来たのだから、それまでに本人にも会っておきたい。だが、楽屋に部外者がおいそれと入れそうもない。瑠璃も人を楽屋に呼べるほどの立場なのかもわからないし。

 仕方ない。瑠璃の演技を見るだけで終わりにしよう。

 俺は受付の所まで行くと、受付の人に色々聞くことにした。

「今日の公演はまだ残っていますか?」

「はい。まだ席もありますよ」

「ありがとうございます。端役で瑠璃、って名前の男の子はいますか?」

 受付の人は端役まで把握してない様で、パンフレットを探して全ての役の人の名前を調べだした。

「・・・」

「見つからなかったですか? すいません」

「いえいえ。見つかりましたよ、瑠璃さんなら村娘の役です」

 どんな役どころなのかさっぱりわからないが大きな役ではなさそうだな。

「では、当日券をください」

「どちらの階にしますか?」

 う。階で値段が違うのか。良い席は一万以上しやがる。

「三階で」

「はい。四千円になります」

 悪い席のはずなのに映画の三倍の値段。実際の役者が演じているわけだから仕方ないのかもしれないが、何も知らずにこの値段は辛い。

 俺はチケット売り場から離れて、手に持っているチケットを受付の人に提示した。受付はチケットの半分をもぎ取ると、俺に渡してきた。

「それでは奥にどうぞ」

 俺はなんとなく受付の人に頭を下げると、恥かしくなって奥に速足で歩いた。

 歌舞伎劇場の中は三階もあるのだから当然ながら広い。俺の座る席は見えなくもないが見づらい席なのは確かだ。チケットに書いてある座席番号を見つけて座ると、椅子の座り心地もあってかいい気分だ。

「ふぅ」

 俺が駄目になっていく。眠いな。

 ちらりと歌舞伎の観客を見ると、年寄りが多い印象だ。何事もそうだが、年寄りには暇を持て余した暇人が一定数いるので劇にはいつだって年寄りがいる。

 今回の演目は籠釣瓶花街酔醒というものらしい。あらすじには痘痕顔の男、主人公の次郎左衛門が花魁の八ツ橋に惚れ、そこから間夫がからんだ悲劇になっていくという話。

 俺があらすじを読んでいると、劇場が暗くなり、舞台に光がともる。そして音と共に舞台の幕が上がっていく。

 次郎左衛門が興味本位で吉原を見に行く所から始まり、そんな中、花魁道中が始まり、花魁の一人である八ツ橋がやってくる。

 楽しく見ていた次郎左衛門であったが、八ツ橋の微笑みにすっかりやられ一目ぼれしてしまう。

「お」

 そこの花魁道中に化粧によって印象が変わっているが、瑠璃がいた。端役なので主役の女形ではないが、八ツ橋の後ろを歩いている。

 俺は物語を追うのを止めて、瑠璃がゆっくりと八ツ橋の後ろを歩く様を見つめた。

 瑠璃に気付いてもらえるよう、前の方に座っておけばよかったかもな。

 瑠璃はあえて八ツ橋よりも目立たない様にと仕草のすべてが大人しい。瑠璃の性格なら目立ちたいと思うだろうに、そこには悔しさは微塵もなかった。ちゃんと役と気持ちを切り離している証拠だ。

 花魁道中から場面が変わり、次郎左衛門が八ツ橋の身受け話をしていく。そんな時、八ツ橋の養父である釣鐘権八は金の無心を頼む。が、あまりに多かったので断ってしまう。それを恨みに思った釣鐘権八は八ツ橋の情夫ヒモである繁山栄之丞に八ツ橋の身受け話があることを話す。それを聞いた繁山栄之丞は八ツ橋に断るように言うのだった。八ツ橋はためらうが、繁山栄之丞に縁切りすると言われ、縁切りする事に決めるのだった。

 不穏な雰囲気になってきたな。この時代のヒモって言うのはそこまで大事なのか? ううーむ。さすがヒモ。

 仲間を連れてやってきた次郎左衛門に八ツ橋は仲間の目の前で縁切りしてしまう。多くの人間の目の前で恥をかかされた次郎左衛門は八ツ橋に男の影がある事に気づき、泣く泣く国に帰っていく。

 後に再び吉原に行き、いかにも恨みがない、という態度をとる次郎左衛門に店の人達は気を許し、八ツ橋に再び会わせる。が、二人きりになった事を機に次郎左衛門は隠し持っていた妖刀「籠釣瓶」で八ツ橋を切り捨ててしまう。

 そこに再び登場する恰好を変えた瑠璃、明かりを持ってきた下女を切り捨てると次郎左衛門は怪しく笑うのだった。

「籠釣瓶はよく斬れるなぁ」

 おー。これ以上ないBADENDだ。

 劇場の幕が下り、観客からの拍手が劇場から鳴り響く。俺も合わせて手を叩いた。

 さっきまで疲れたと思っていたのに、今は少し元気になった。瑠璃が確かに自らの道を歩んでいるのを見たせいかもしれない。

 観客は口々に「○○屋の演技が良かった」、「あそこの八ツ橋は色気があった」などと物語の大筋ではなく役者について感想を言い合っていた。うーむ。俺は話について行くのが精一杯でそこまで気が回らなかった。

 俺は劇場から出ると、劇場の出口でお客さんの見送りなのか瑠璃が客に「ありがとうございました」と言って頭を下げていた。

「瑠璃」

 俺がそう呼ぶと、瑠璃はぎょっとして驚いていた。

「うわ、うわ、うわわ~。お兄ちゃんが僕の劇を見に来ている。しかも、何も文句を言わずに? 明日には槍がふりそう」

 瑠璃は俺が来たことで見送りをやめ、俺の近くまで寄ってきた。

「来ない方が良かったか?」

「全然。ただ、お兄ちゃんにしては素直だよね」

「そこまで俺は変わったか?」

「うん。昔のお兄ちゃんだったら無視するか、来たとしても開口一番の皮肉言っていたよね~」

 前回、あれだけ派手な恰好をしていたら皮肉も言いたくなるわ。

「色々あった。それに、瑠璃の歌舞伎を見て皮肉を言うなんて厳しい」

 瑠璃は俺の言葉に信じられない物を見るかのように二度見し、顔を伏せた。

「ありがとう・・。そう言ってくれたのはお兄ちゃんだけだよ」

 俺からでは瑠璃の表情が見えない。だが、うっすらと見えた涙はどんな意味なのかは容易に想像できた。

「次を頑張ればいい」

「そう? これでも頑張った方なんだけど」

「文化祭で決意を固めてからどれくらい経ったと思っている。まだまだだ」

「僕はそう思わないけど。かなりの時間が過ぎた」

 俺は瑠璃の言葉に何も言わなかった。あいつの中でも色んな葛藤があったと思ったからだ。

「そういえば、瑠璃。学校は変えたのか?」

「うん。やっぱり、京都まで毎日電車は辛いからね」

「だろうな。練習だけ地元でやる、ってのは難しいからな」

「そうなんだよ~。あ、も・ち・ろ・ん。今の学校でもモテモテだよ!」

 女子からだと思っておこう。

「ヨカッタナ」

「お兄ちゃんの棒読み、久々だなぁ」

 いつも返事に困るようなことばかり言いやがって。

「瑠璃はこれからどうするんだ?」

「どうするんだ、と言われても。弟子入りした所で頑張ります、としか」

「そうじゃない。今日の予定の話だ」

「ああ、そういうこと? もしかして夜のお誘い?」

 土に埋めてやろうか。

「お兄ちゃんはちょっとな~。正直、眼鏡だし」

 眼鏡の何が悪い!

「全く、腹の立つことばかり言いやがって。いいからさっさと教えろ」

「ごめん、ごめん。僕は今日、稽古で忙しいから無理かな」

「そうか」

「ショックそうだね、ごめん・・」

「何故ショックを受ける必要がある。一応、聞いてみただけだ」

 俺は瑠璃の顔から眼をそらした。俺がショックを受けている事を認めたようで悔しかったので瑠璃の頬をつねった。

「いったぁ~! お兄ちゃん、何かあったなら素直にそう言えばいいのに! そういう所が変わってない!」

「はんっ。瑠璃が適当な憶測を言うからだ。とりあえず、今日はこれで終わりだ。帰る」

「お兄ちゃんの唐突に話を打ち切るところも変わらないし・・。僕の用が終ったらお兄ちゃん、僕の所に泊まる?」

「稽古で忙しいのだろう。俺だってホテルがあるから問題はない」

「せっかくの美少女との誘いを断るなんて~」

 おまえ、美少女の意味がわかっていないだろう。

「瑠璃の稽古を待っていたら何時になるか分かったものじゃない」

「いやいや、僕は脇役だから夜遅くまでにはならないよ」

 瑠璃は「僕の場合は自主練なら遅くなるけど」と悔しそうに言った。

「だから、今日は僕の所に来ればいいのに。久しぶりに会ったんだから積もる話も色々あるしさ~」

「素直に俺と話したいと言え」

「うん。お兄ちゃんがせっかく誘ってくれたんだから引き受けたいの。一応聞くけど、今日は大丈夫?」

 今日は大丈夫、か。今、クッパ先輩達と顔を合わせても何も言えないだろうし、このまま瑠璃の所でお世話になるのも悪くないかもな。

「ちゃんと俺が寝むれる所なんだろうな。それなら大丈夫だが」

「うんうん。ソファーという立派なベッドがあるよ」

 来客用の布団を用意しておけ。



 その日は瑠璃の家で世話になる事になった。家、といっても学生寮だったようで俺はバレないかと冷や汗ものだった。男子寮なので見つかってもお咎めは少なそうだが、それでも怖い。

先に部屋の鍵をもらって入ったのだが、俺はソファーに横になるなりすぐに寝てしまった様だ。俺が次に目をあけたとき、そこは朝日が俺の顔を照らしていた。

 気分爽快、とまではいかないが体がかるい。

 お世辞にも座り心地が最高とまではいかないソファーであったが、疲れている俺には関係なかったようだ。

 体を起こして瑠璃を探すと、部屋の大きくない学生寮だ。あっさりと見つかった。

 瑠璃は床で寝ていた。恐らく、ベッドまで行こうとして力尽きたのだろう。朝日が瑠璃の顔を照らしても瑠璃は起きようともしなかった。

 よく見ると、この部屋はお世辞にも綺麗とは言えないな・・。瑠璃の奴、俺と話をしたいとか言っておきながら部屋の掃除をさせる為に俺を呼んだわけじゃないよな?

「瑠璃。おきろ」

「ん、ん~」

 瑠璃は俺の揺すりにも起きず、うなり声をあげて体をよじらせるだけだ。ちらりと見える胸や体をよじる姿が人によっては色っぽい、といいそうだが正体を知っている俺からすると脱力しかしない。

 これが可愛らしい女子ならば、俺にも春が来たと小躍りするのだが。実際にきたのは先輩とのいさかいだけだ。今日という日を迎えてもどうしてクッパ先輩が怒ったのかわからない。

 だが、明日にはある程度決着をつけないと帰る時がものすごーく気まずいぞ。もちろん、今のまま謝った所でお互いに幸せになるとは思えない。どうしてクッパ先輩はあの時、怒ったのだろう? 何が気に入らなかったのだろう。

 俺はため息をついて、瑠璃の体をベッドに放り投げた。かなり乱暴に扱ったのにそれでも起きない。

 はぁ、瑠璃が起きないとやる事がなくて暇だ。掃除してもいいが、それでは瑠璃の思うつぼじゃないか? まぁ、それでもいいか。

 俺が瑠璃の台所から未使用の可燃袋を取り出すと、カップラーメンの蓋やティッシュの残骸などの明らかなゴミは袋に入れた。

 俺は袋にゴミを詰めている中、ある事に気付いた。紙が大量に破り捨てられているのである。ティッシュはそれの延長線上だ。

「踏みにじられた後、だな」

 精神衛生上良くないと思い、捨てることにした。そうして袋の口を縛り、台所のゴミ箱に寄せようとした時、部屋のインターホンが鳴った。

 瑠璃の友達なら顔を合わせるのはマズイ。俺は扉の前まで行って、来客用のスコープを見て来客の顔を探した。

「え」

 俺は来客の顔を見て固まった。

 恐る恐る扉を開け、来客に声をかけた。

「ジョン・・。何故ここに」

 俺の記憶が正しければ、ここに来ると誰にも伝えていなかったはずだ。

「おはよう陽君。昨日、橋本先生が歌舞伎を見に行ったって聞いたから」

「いやいや。そこから何故瑠璃の部屋がわかるんだ!」

「工場長の孫娘の事なら工場長が鬱陶しいくらい自慢してくるから」

 説明になっているようでなってない! さしもの俺も怖くなってきたぞ。

「おまえも修学旅行に参加したのか?」

「うん。腕試しの一環としてね。半日くらいで着いたよ」

 さすがヒモ学科の優等生・・!

「実力があるヒモ学科生徒は羨ましいな」

「ありがとう~。工場長の孫娘とお泊りする陽君には負けるよ」

 それはどういう意味だ。

「で、今日はどういう用向きだ」

「ただ遊びに来た、とか考えてよ。友達なんだからさ」

 信用できない・・。

「僕と一緒に京都観光しようよ。僕は一年生だから誰も一緒に遊ぶ人がいなくてさ」

「そこらの女性に声をかけて遊べばいいじゃないか」

「えー。これは慰安旅行なんだから京都に来てまで女性に気を使いたくない~。僕がどうして陽君と友達になったか覚えてない?」

 あ、そういう事か。

「了解。この地獄の旅行を慰安にできるジョンの腕前には脱帽しました」

「うふふ。それじゃあ、僕清水寺に行きたいんだ。小学校の修学旅行に京都に行ったけど、忙しくて清水寺の音羽滝の水が飲めなくて」

「じゃあ準備してくる」

「うん。待っているね」

 俺は部屋の中に戻ると、白い紙に『友達と清水寺を見に行く』と書置きして瑠璃の枕元に置こうとした。

 いや・・もう少し書いておこう。

『友達と清水寺を見に行く。このタイミングで瑠璃に会えてよかった。また会おう』

 と、書き足して瑠璃の枕元に置いた。



 俺とジョンは瑠璃の学生寮からバスに乗って清水寺近くまでたどり着いた。バス停の前は予想通りというべきか、人が平日だというのに大勢居た。中には外国人の姿も見られる。

「夏の京都は地獄だけど、寒い時期の京都は楽だからね。人も集まるよ」

「みたいだな」

 俺達は清水寺に続く急な坂を上りながら横に並んでいるお土産屋などをちらちら見ていた。

「ジョンは何か買わないのか?」

「何か~? 彼女たちのお土産に買って行ってもいいかもね」

 彼女、たち・・。友だちって意味カナ。

「けど、何かあげるのは僕の役目じゃないし、やめておくよ。ああ、でも未来の投資って意味もあるかも」

「そんなことを考えながら人に物をあげるのか?」

「うん。だって、無償であげるにしても、ちゃんと考えて渡さないと大変な事になるよ」

「ヒモ学科だと女性にあげるだけで修羅場になりそうだからな・・」

 誰にあげたかによって揉め事に発展することもありそうだしな。

「それはヒモ学科と関係なく。好意のつもりが面倒くさいことになったら困るでしょ~。僕にとって働きは常にリターンがなくちゃ」

「合理的なのは結構だが、人間は非合理的な生き物だぞ」

「へーえ。それは心理学か何か?」

 俺はジョンが馬鹿にしているかと思ったが純粋に疑問に思っているようだ。

「? どうしたの。陽君」

「いや、どこぞの自宅警備員予備軍と会話しているとこうなるのかとしみじみな」

「ああ、秋元君の事かぁ」

「知っているのか?」

「ホームレス学科学生寮を一時占拠した人でしょう?」

 そういえば、奴は悪い意味で有名人だったな・・。

「よく秋元だとわかったな」

「だって、陽君がホームレス学生寮を解放したんでしょ。一番知ってそうな人だなって」

「そこまで知られているのか」

「うん。新聞部で大々的に報じられていたからね」

 情報元が当事者か! 普通、噂とかだろう・・。

「どんな内容だった?」

「えーと、生徒会長が囮となって秋元君の罠に引っかかって、いなくなるんだけど、意思を継いだ陽君が隠し通路を発見。通路を伝って生徒会長の元に行くのだけれど、すでに生徒会長の説得によって秋元君が改心していた、かな。だが、罪を犯した罰として布の壁に積まれたフィギュア棚を陽君にひっくり返され、秋元君は沈んだ」

 嘘と本当が入り混じった微妙な内容だな。

「メディアらしいな」

 けれど、完全に嘘もつかない辺りがクッパ先輩らしい。

 と、俺達が話していると坂道が終わって清水寺の入り口である真っ赤な仁王門が見えてきた。そして、その周りには門をバックに写真を撮っている観光客がちらほら居た。

 そういえば、修学旅行の時はクラスごとに集まって写真を撮ったな、くらいの感想を俺は抱かったのだが、ジョンは違っていた。

「いつ見ても立派な門だね。陽君、僕と一緒に記念で写真を撮ろう!」

 どこの女子高生だよ。

「悪いな。俺は自撮りする趣味はない」

 記念を残したいのかもしれないが、俺は出来うることならそういうのは彼女と撮りたい!

「えー。せっかく、彼女たちに京都の思い出語りに使おうと思ったのに」

 そういう?

「写真を見せて、君とも撮りたい、って言うの。そしたら、また京都にも行けるね。あ、京都じゃなくて四国の方でも良いかも。――ん? 陽君、顔が死んでいるよ」

「いや・・」

 こいつ、一声かければいつでも女子と一緒に写真が撮れるのか・・。

 ちらりと周りを見るとジョンの容姿に反応して、一部の学生グループがカメラ片手に色めき立っている。

 どうせ。ねーねーあの子に写真撮ってもらうのお願いしようよ。えー、恥かしい、無理、無理~。とか話しているのだろう、けっ!

「陽君、どこ見ているの?」

「世界の残酷さを見ている」

「へーえ。そんなお気軽に世界の残酷さって見えるんだね! 陽君、早く中に入ろうよ」

「写真は?」

「さっき陽君がよそ見している内に撮ったから大丈夫」

 さらっと隠し撮りをするな。


 仁王門から清水寺の舞台は近いので真っ直ぐ歩けばすぐにたどり着いた。前に突き出た清水の舞台から葉が散っている木々が高所から見え、ダイナミックな風景が目の前に広がっている。

「おお~。凄い、凄いよ、陽君! 高いよ~」

 ジョンは手すりに捕まって体を前のめりにして風景を楽しんでいる。

「落ちるぞ。死亡率は低いようだから落ちても死なないだろうが、骨くらいは折るだろうからじっとしておけ」

「はぁい」

 ジョンはぐるりと体の向きを変えて俺の方に体を向けた。

「ねぇ、陽君」

「なんだ」

「全然嬉しそうじゃないね。こんな綺麗な風景を見たら少しはテンションが上がると思ったんだけど、そうじゃなさそう」

 俺はジョンが怒っているかと思った。ジョンの目的はあくまで友達と清水寺に行って思い出をつくる事であり、それは楽しさを求めての行為だと思ったからだ。

「悪いな」

「謝らなくいいよ。何かあったのはわかっているからさ」

 もしかすると、ジョンは俺を励ましに来たのか?

 ジョンは俺に横に来るようにと指を動かした。俺はジョンに従ってジョンの横に行った。

「ごめんね。今日、陽君の所に来るように人に言われたから来たんだ」

「そう・・なのか」

「うん。もちろん、話を引き受けることを決めたのは僕だから、何もかも他者の意思で動いていたわけじゃないよ。それは忘れないでね」

「ああ。それで誰に言われてきたんだ」

 なるほど。それで俺の居る場所がわかったのか。色んな意味で安心した。

「複数の人から。元々は工場長の所にお孫さんが、今日は僕の所に泊めます、って言ったのがきっかけ。で、怒り狂った工場長がお孫さんの貞操を心配して最初は別の人に連絡したの。でも、その人が断ったから僕にお鉢が回ってきたの」

 さらっと怖い事を言ったな・・。学園に帰ったら殺されないよな、俺。

「全く、人を何だと思っているんだ、学園長は」

「万年彼女が居なくてコミュ症で、女に飢えているから見境がない野獣、だって。笑っちゃったよ~」

 クソジジイ・・。あんたの所の孫は男だろうが!

「学園長の心配は杞憂に終わったんだろう。なら、どうしてここに?」

「陽君をお孫さんのアパートから離す、って意味もあったけど頼まれたからね」

 ジョンは自分の口に指を当てて「でも、それは内緒」と付け足した。

「とにかく、話してみてよ。ねぇ、京都に来るまでに陽君は何があったの?」

「それも聞いたんじゃないのか?」

 さすがに父親の事をもう一度思い出すのは気が引けた。

「他人からのまた聞きなんて真実の保証がないでしょ。だから、陽君の話も聞いて改めて話を理解しようと思う」

「俺の話もまた聞きだろう」

「数を重ねれば真実も見えてくるよ」

 うぐ。これは話さないと返してもらえそうにないな。

「ホームレス学科は自転車に乗って京都に向かう。その自転車に乗って、京都に向かっている最中に――」



「凄いね、十年以上も離れたお父さんともう一度会えたんだ。偶然にしては出来過ぎているよ~」

 ジョンの気になる所はそこか。

「まぁ・・そうだな。確かに低い確率だ」

「ごめんね。嫌な事を聞くけど、最後に陽君のお父さんと居た人って再婚した人?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。そう、だ」

 答えを出すのに時間がかかってしまったが、事実なので仕方ない。

「じゃあ陽君はお父さんが再婚したことを知っていたんだね・・」

 ジョンは悲しそうにそう言って、背伸びをして俺の髪を触った。

「?」

「もう。陽君ってば背が大きすぎ! 手が届かないよ。しゃがんで!」

 ジョンはジャンプしながら俺に屈むことを要求してきた。俺は疑問に思いながらもジョンの言うとおりにしゃがむと、頭に温かい手の感触がした。

「何故、撫でている?」

「僕が悲しいとき、女の子にいつもこうしてもらっているから。撫でてもらうと気が少し楽になるんだ」

 ヘエエエエエ。おまえ、女の子に撫でてもらっているのか。

「気が楽になる所か憎しみが増した様な気がする・・」

「それは気が逸れたって事だ。お父さんの再婚相手を見るなんて辛いね」

「辛いとかいう歳でもないし、俺は別に」

「歳とか関係ないでしょ。愛していた家族の事なら特に」

 人によると思うけどな・・。離婚したことで楽になった人もいるだろう。

「愛していた・・か? 俺は」

「そうじゃなきゃ、最後にお父さんの名前を呼ばないよ」

 俺はジョンに言われて、返事に困った。

「そうだとしても、それがクッパ先輩の怒りとどうつながるんだ?」

「それは本人に聞いてみたら?」

「おい」

 この話をしたのはジョンの好奇心を満たす為じゃないぞ。

「ある程度は予測がつくけど、僕の言っている事が絶対とは限らないよ。それに、直接話した方が分かり合える」

「けど、俺はクッパ先輩の居場所なら知らないぞ」

「僕が知っているから大丈夫」

「それが内緒にお願いされた人間の内容か?」

「うん。早速会いに行ってほしい、って言いたいところだけど僕のお願いがまだ果たされていないでしょ」

 音羽の滝の事か。そんなに行きたかったとは意外だ。

「さ、早く行こう!」

 ジョンは手すりから見える音羽の滝を指差した。

「そうだな」

 俺が小走りをしようとかるく足を上げると、ジョンに服の裾を掴まれた。

「そういえば、まだ本堂のお参りしていない!」

 こいつは急ぐ気があるのかないのか・・。


 お参りしてから右へと下り、音羽の滝にたどり着いた。さすが有名な音羽の滝だけあって滝の水を飲むための列ができている。俺達も列に並んで、もうすぐ滝の水が飲める所まできていた。

「陽君は三つの滝、それぞれのご利益は知っている?」

 ジョンは俺にそう聞いてきたので俺はすぐに答えた。

「ああ。学業、恋愛、延命だ」

「そうそう。でも、三つとも同じ水を使っているんだよ」

「まぁ願掛けだから当然だろう」

「そうだね。それってつまり、願いをこめる内容によっては三つの滝の利益は関係ないと思わない」

「え、あ・・うん」

 確かに。お寺の解釈はどれも一緒と言うしな・・。

 そうやって話していると、俺達が先頭にたどり着いたので音羽の滝の前に進む事にした。

「じゃあ、ジョンはどの水を飲むんだ?」

 俺は恋愛だ。可愛い彼女ができますように!

 俺は柄杓を取って恋愛運の滝に柄杓を入れようとした。だが、すぐ横からジョンがすでに滝の水を入れた柄杓を俺に差し出してきた。

「早いな・・」

「陽君と違ってどの水でもいいから!」

 んん?

「はい。これには僕の念がこめられているの。ご利益あるよ。飲んでみて!」

「は、はぁ」

 俺の可愛い彼女が遠のいた・・。

 一杯で飲まないとご利益半減と聞くので、俺は一気に水を飲みほした。

「どう?」

「どう、と言われても。普通の水だろう」

「違うよ。これには陽君が京都旅行で問題を解決できるように~ってお願いしたから、ただの水じゃないよ」

 !

 俺は先ほど飲んだ滝の水が入っていた柄杓を二度見し、何故か笑えてしまった。

「ジョンは・・なんというか・・」

「友達思いだからね、僕は!」

 そう言ってジョンは俺の背中を思いっきり叩いた。

「行ってらっしゃい。陽君の先輩は嵐山に居るよ」

「そうか」

 俺は柄杓をジョンに渡した。

「ありがとう。行ってくる」

「うん。また学園で会おうね」

 俺はジョンに手を振ると、そのまま走り出した。



というわけで、次回が最終回です。

終わる終る詐欺をするつもりではなく、毎回本気でそう思って最終回じゃなくなっているので次回が最終回と言うのは止めておこうと思います。


次回の更新は10月10です。1と0がいっぱいの日です。


と、書いておいたくせに今日中には終わりませんでした。12日に更新いたします。

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