1話 俺はこの道を選んでしまった
俺、鷹野陽は暑い、死にたくなるようなこの気温の中を歩いていた。
俺は今年で23になるバイト暮らしのフリーターだ。23といったら大学で就職活動している時期かもしれないし、専門学校生だったらとっくに社会に羽ばたいていっているだろう。
世の中はミスマッチだなんだーかんだーと言っているが、フリーター暮らしの俺には関係ない事だ。だって、今のバイト状況じゃ就職なんて夢のまた夢・・。
・・・・・・・・・・・・。
いざとなれば農業するなり、漁業をするなりしよう。今、人が足りないらしいから俺みたいな若い人間だったらいけるよ。
と、そういう事に頭を巡らせていたバイト帰りの俺に運命は残酷だった。
「ギガティッククラッーシュ!」
「ぐふっ!」
俺は背中から猛烈なキックを食らって、体力が根こそぎ削られていた俺は派手に転んだ。
誰か、誰か衛生兵を! 俺が大変なことになっているぞ!
俺は顔を少しだけあげて、俺を蹴った犯人の顔を見た。
「よーお兄ちゃん! 元気か!」
この低い声とショートカットの黒い髪に青色のセーラー服、ということは瑠理か。
瑠璃は俺の住んでるアパートの大家さんの子供だ。俺があのアパートの中で一番歳が近いのもあってか、19にここに引っ越してきてからずっとこうやって絡まれている。
「誰がお兄ちゃんだ。おまえにお兄ちゃん呼ばわりされたくない」
「それ、世間で言う妹に彼氏ができたお兄ちゃんのセリフであって、妹どころか姉もいないお兄ちゃんには違うんじゃない?」
長ったらしいツッコミだな。もっと簡潔に勢いよく言え。
「うわ。僕に駄目だししてる顔だよね、それ」
おまえのギャグセンスにはほとほと呆れた。今日からコンビ解散だ!
と、俺は組んだ覚えもないコンビ相手に思いっきり舌打ちすると、俺はアパートに足を向けようとした。
「って、ちょっと! 僕に舌打ちして去ろうとしないでよ。お話を聞いてよ、お兄ちゃん!」
人を蹴っておいて話を聞けとはとんだガキだな。
瑠璃は高校二年生で今もっとも楽な時期であり、その1年後にはつらく苦しい受験戦争が待っている。
俺はそれを経験したことがないので分からないが、相当苦しいらしい。
「聞いてよ、僕さ今日クラスの男子に告白されちゃって・・・どうしよう。付き合っちゃおうかな」
瑠璃は可愛らしい見た目をしている。
かるく化粧のしている愛嬌のある顔、すらっとしてそれでいて筋肉質じゃない長い脚。体も肉付きはそれほどよくないが骨ぼったくもない。
「・・・・良かったな?」
「何で疑問形!?」
だっておまえ男じゃん。
もしかするとおまえらは、おまえなんて羨ましい生活してるんだ! 可愛い女の子が近所に住んでいて、しかもお兄ちゃん呼ばわりだと!? けしからん!とでも、言いたかったもしれんがこれが現実だ。可愛い女の子何て俺の近所にはいない。居るのは女装癖のある男と、ネチネチうるさいバイトリーダーと、かしましいおばさん方だけだ。
俺は趣味が趣味もあってか別に若い人間じゃなきゃ嫌だと言うわけではない。面白い人間だったら歳は問わないさ。けど、さすがに何年も務めていくとそいつらの底の浅さが見えてくるんだよな。
一言言っておくが、アパートに若い女なんていない。俺にいちばん近い歳は今年卒業する大学生(男)くらいのものだ。どれだけ寂しい生活かわかるものだろう。こんなんだから少子化が進むんだ。もっと出会いをよこせ、政府。
ちらっと俺はもう一度瑠璃を見る。
瑠璃は確かに女っぽい。自ら切磋琢磨して日々女に似せる努力をしているからな。
だが、どれだけ見た目が女らしかろうと性別は男だ。男の娘だ。はっきり言わせてもらうと、そのクラスの男子は目覚めちゃったんだろ。
・・・・同性愛に。
全国の同性愛者が決して悪いと言うわけではないが、その男子を同性愛者にしちまった瑠璃の罪は色々と問うべきだろう。
「それで? おまえは付き合うのか」
ゲイカップルの誕生だな。
「えー、だからそれを悩んでるんだよ。お兄ちゃん、僕には好きな人がいるんだよね」
それは女か? 女だったら結構OKするんじゃないか? 最近の思春期は多感だからな。逆に男っぽくない方が受けたりすることもある。
「バスケ部の一、イケメンの後藤君なんだけど~。女子にすっごく人気があって倍率が高いんだけど、素敵だなぁって」
おまえはそのイケメンすらも毒牙にかけようとしているのか・・?
「あ、もしかしてお兄ちゃんかと思った? 思った?」
おまえみたいな人間はお断りだ。
「俺は今度こそ行くぞ。明日もバイトなんだ。早く帰って休まないと」
「ふーん。バイトと家の行き帰りで消費される毎日、ねぇ。お兄ちゃんの人生ってかなりさびしいよね」
「黙れ」
だったら俺に合コンなり、出会いの場を提供しろ。
「そんな寂しいお兄ちゃんにある朗報があるから。期待しててよね! お兄ちゃん」
瑠璃はそう言って俺とは反対方向に走り出した。
体力あるな、あいつ。
俺の住んでる部屋はアパートの二階の隅だ。部屋はフローリングとか、そんな洒落たものではなく、普通の畳だ。あ。1LDKね。俺は一階にある206と書かれたポストの中を見る。
俺のポストの中身なんて基本的に広告か電気代とかの支払いばっかりなんだけどな。広告は無視だけど、支払いは放置するとヤバイのでチェックしておく。
「・・・?」
今日はいつもと毛色が違っていた。ポストからは段ボールの切れ端を重ねた謎の物体が入っていた。
切れ端を重ねただけだから謎の物体とは言わないかもしれんが、その段ボールに切手が貼ってあって、しかも俺宛の住所になっているとそれはもう謎の物体じゃないか? つーか、郵便局はこれを見て何とも思わなかったんだろうか?
部屋に戻った後、いらない広告などをゴミ箱に捨てるのが通常の行動だ。だが、俺は捨てずにその重なった部分をはがして中に何が挟んであるかを確認した。
挟んであったのはDVDディスク。さらに挟んであった紙にはこんなことが書いてあった。
『NEET学園入学案内書。詳しくはPVをご覧ください』
入学案内書・・?
俺は23なんだが、さすがにこの歳の人間に入学勧誘とかするか?
意味が解らない。俺はもしかすると隣の大学生宛の物かと疑ったが、名義は俺の名前だし、今年大学を卒業する奴に案内書とかを送るだろうか?
ん・・。とりあえず再生してみるか。
あまり使用してなかったDVDプレーヤーを起動してディスクを入れた。
すると、何かの特集画面に切り替わった。その番組はニュース番組で誰かに何かをインタビューしている。
何かは白髪の生えた初老のおじいさんだ。ホームレス独特の小汚さで・・・ホームレス?
『ニュースインタビュアーの岩野です。おじいさん、おじいさんの最後の学歴は?』
『大学生・・・』
『へぇ。どこの学校でしょうか?』
『・・・・・NEET学園』
・・・・・・・・・・・。
何だ? この学園の排出した生徒はホームレスになりましたとでもいいたいのか? マイナスでは?
『はい。今日はある特殊の人間を多く輩出してる学園、NEET学園の特集です。それじゃ、スタジオの皆さん、よろしくお願いします』
画面がスタジオに移り変わった。
『岩野さん、おつかれさまです。さて、先ほどの映像は何だったのかそれじゃ――』
あ、切れた。
そして編集の際にカットされたのか、いきなり画面がインタビュアーに戻った。たぶんさっきの人間はニュースキャスターだと思われる。
『はい。ここはどこでしょーか?』
インタビュアーの居る場所はどこかの学校の門だと思われる場所だった。不思議な事に門だけはしっかり見えるのだが、門より奥には何の建物も見えない。
『今、私はNEET学園門前に来てます。見えますでしょうか? これがNEET学園です!』
・・・門だけしか見えませんが。
『それじゃあ中に入ってみましょう。わ・・お・・』
インタビュアーが歩いてすぐに見えた光景は何かの建物の残骸だった。
つぶれてんじゃん、NEET学園。
インタビュアーがかたまっていると、何かカンペみたいなのをカメラの後ろで出されたのか、インタビュアーはカメラの後ろの方を黙ってみていた。
『・・・・・・・・。これは本校舎の様です』
本校舎!? 瓦礫ですが!?
『ちゃんと最近改築した第二校舎があるよう、・・・です。それでは、そちらの方に行ってみましょう、はい』
インタビュアーは先ほどの明るい声とは打って変わって、引き気味に歩き始めた。
彼女の思考は今、帰りたいという一点のみだろう。
場面が移り変わり、第二校舎へと変わるが、第二校舎は本校舎と違ってそこらの学校にありそうな普通の外見をしていた。強いて違う所をあげるならば、窓の位置が階によって違っていて一階一階の大きさはかなり違うんじゃないだろうか。
『・・・あ、まともだ』
インタビュアーは本音を言った事に気付いて「カット! ここ、カット!」と、叫んでいる。
・・・・カットされてない・・。
『ごほんっ! それでは学園長にお話を聞きましょう。このNEET学園の創始者、公磨学園長です~』
インタビュアーが一歩下がると、そこにおじいさんが居た。パッと見て年齢は六十代くらいに感じる。
『ふむ。よくここまで来てくれた。こんな半田舎まで来てくれたこと、感謝するぞ。いや、ほんとよくここまで来てくれた』
何故に二回言った。
『あ、はい~。早速、インタビューをお願いしてもいいでしょうか?』
『うむ。その前に、工場長と呼べ』
『はい?』
インタビュアーがいきなりの発言につい、聞き返してしまった。
『学園長じゃない、工場長と呼べ。何かそっちの方が生産的に偉いでしょうが』
何言ってんだ、このジジイ。
インタビュアーは笑顔を忘れなかったが、顔中びっしりと汗をかきまくっていた。心なしか、マイクの持つ手が震えている。
『それでは・・・が、工場長。この学園は市に認められた市立校だとお聞きしました。先ほどのホームレスの方々は皆、ここの出身だそうです。一体、何を教える学園なのでしょうか?』
ホームレスの方方って・・・。
どうやら俺が知らぬ間にカットされた部分らしい。編集した人は相当下手なんじゃないか? もしくは、相当意地が悪い。
『ふふふ。この学園はこの学園の名前通り、未来ある子供を立派なニートに育成する・・。それがこの、NEETいや・・ニート学園だ!』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
インタビュアーはドン引きだった。
俺も最初はドン引きしていると思った。だが違った。俺の胸は反対に高鳴って、高揚している。
『ホームレスに我が卒業生が多いと言うのは、ここにホームレス学科というのが存在してるからだ。もしかすると、日本のホームレスの六割はNEET学園の卒業生かもしれぬ』
馬鹿じゃないのか。
『他にも様々な学科が存在する。この番組の諸君、ぜひ一個一個の学科をインタビューしていってくれ』
インタビュアーは途中から完全に黙っていたが、学園長の締めくくりの言葉を聞いて自分の職務を思い出した。
『は、はーい。これで学園長のインタビューを終わります』
画面が移り、映し出されたものはグラウンドだった。
『はーい。ここは見ての通りグラウンドです。大きいですよねー。グラウンドの端が見えないですー』
カメラが遠い所まで映そうとくるりと画面が一回転する。画面ではわかりづらいが、インタビュアーが言うとおりに端が見えない事は分かった。
『ここはある学科の活動場所なんです。ある学科はここを主に使用するんです。―――あっ。あそこに生徒さんらしき人たちが居ます。話しかけてみましょう』
そこでカメラが周囲を回りながら先ほどのニュースキャスターらしき声がナレーターとして入る。
『ある学科とはホームレス学科の事なのです。あの街頭インタビューのホームレスの方はここのホームレス学科を出た卒業者。局の調べによると、日本のホームレスの六割がここの卒業者でした』
ここは日本の為にも取り潰すべき場所なのでは?
『そして他にも――』
プツンッと突然音声が消えた。
すると、すぐさま女性インタビュアーに戻る。
『この子はホームレス学科の三年生だそうです。お名前は?』
『関根俊って言います。ど、どうぞよろしく・・』
関根と呼ばれる男子生徒はやや上ずった声でインタビュアーの質問に答えた。
『この学校は楽しいですか?』
『はい。とても興味深いものだと思います』
そこには自信を持ってはっきりと関根という男子生徒は答えた。
へぇ・・・。
『今回の授業は一体何でしょうか?』
『こ、こんひゃいの授業は公園で造るマイスイートホームの建造方法で・・す』
マイスイートホーム、と言った時の小さくなる声を聴いて、専門用語として使っているが実は恥ずかしいという感じがありありと伝わってくる。
『マイスイートホーム?』
そこツッコんでやるなよ!
インタビュアーは複雑な少年心を見事無視して聞いてきた。
『いや・・その・・』
『マイスイートホームってどうしてそんな言い方になるんですか? マイスイートホームって公園にある段ボールでつくった仮住宅の事ですよね? そこに一言注釈があればありがたいのですが・・』
やめろぉ! 関根のHPはもう0だ!
この公開処刑はその後も続いた。最後に至っては涙なしには見れないものになっていただろう。
『はーい。ホームレス学科の生徒インタビュー参考になりましたでしょうか? 彼はシャイでしたねー』
そのシャイを加速させたのはあんただろう。
『それでは次はヒモ学科のある第二校舎に行きましょう』
ヒモ・・・?
俺が?と、浮かべると同時に番組からの指示なのか、インタビュアーは「あ、えっと!」と、慌てだした。
『ひ、ヒモ学科はその通り、ヒモとして人生を生き抜くための技術を学びます。良くいるじゃないですか。ほら、女子を食い物にしてる男子』
それ只の最低モテ男じゃん。
まぁ、ニートの定義はヒモにも接触する。間違ってはいないのだが・・・何だろう。このモヤモヤする感じは・・・。
・・・・。決して、俺がモテないとか、そう言うわけじゃないから・・・。決して、ひがんでなどいない!
とりあえず、この学科だけは入らないでおこう。お、女を利用するとか、うん! 良くない。
・・・・・・・・・・・。
どうせ。俺がヒモになった所で逆に利用されるオチなんだろうな・・・。
『ヒモ学科がある階は第二校舎の一階だそうです。結構この校舎、大きいですよね』
と言って、インタビュアーからは「大きい、おっきい!」と、声が聞こえる。
いや、カメラには廊下しか映ってないんだが・・・。
『現在、ヒモ学科の授業が行われているようです。二年生の授業の様ですが・・・とりあえず、入っちゃいましょう!』
インタビュアーが「とっかーん!」と言って、我先にと入っていき、その後にカメラやマイクの人も続いた。
『おお・・・これは・・・。桃色ですね』
インタビュアーの言った通り、部屋のライトはピンク色だったせいか、部屋全体がピンクに染まっていた。
ディスコの様な特殊な光の当て方をしているせいか、部屋の雰囲気がこうラブホ――げふんっ! げふんっ! あるものを思いださせるね!
『おお。たった今、授業が行われているようです。カメラさーん!』
インタビュアーがぶんっぶんっと、手を振ると、画面の後ろの方から「ちょ、ちょっと待って!」と、声が聞こえた。
いいのか。それ。
『はい。これが授業のない――』
その時、ブツンッと画面が真っ暗になった。
WHY!?
俺はバッとテレビの方に駆け足で行き、テレビに異常がないか確かめた。けれど見たところ異常はない。
すると、パッと画面が花畑に変わり、テロップから『お騒がせいたしました。ただいま、放送を休止しています』と、流れた。
えええええええええええええええええええええええ!
『申し訳ございませんでした。ヒモ学科の取材は諸事情の為、放送する事かないませんでした』
画面がパッと元に戻り、インタビュアーの女性が頭を下げた。
『今はここ、三階の自宅警備員学科の階に居ます。自宅警備員がなんであるかは・・言わなくてもわかりますよね?』
わかり過ぎて困るわー。というか、大丈夫か。インタビュアー、顔真っ赤だぞ。
インタビュアーは教室の扉を開けて自宅警備員学科の教室に入ろうとした。
『これは公立の学校の教室そのものの様です。そういえば、ここは公立でしたね』
公立だと信じられなくなるその気持ちは理解できる。
『それでは中に――ギャアッ!』
彼女はどこからかふってきたバケツに視界をふさがれた。そして間髪入れずにすでに床に仕掛けられていた縄がインタビュアーの足をとってさかさまに吊った。
『な、なんですか! これはぁ!』
さかさまになっているインタビュアーは必死にスカートを手で押さえて抗議した。
教室に居た数人の自宅警備員学科の生徒は「フゥーッ!」と、盛り上がって手を叩きあった。
『これが自宅警備員学科だぜぇ!』『この罠は全部自作!』『バケツは縄でつるして、お姉さんが来たときに手動で落としたんだ。それで床だと思っていたのはレジャーシートに色を付けた偽装床だったんだ。そこの下に縄を仕掛ければ・・』『見事引っかかったな!』
自宅警備員学科の生徒は手を叩きあって口々にカメラにアピールする。その集団の技は感嘆に評するものだ。カメラはそんな自宅警備員学科の生徒を逃さまいと必死に撮りつづけた。
只、逆さづりになったインタビュアーは納得などしていなかった。
『この悪がき共! 早く降ろしなさいよ!』
『はぁはぁ・・。ようやく最後です』
画面はすぐさま映り変わり、インタビュアーはぐったりとだるそうにしていた。
きっとカメラがまわっていない間もインタビュアーにはいろいろあったに違いない。
『ここはニート支援学科の教室です。文字通り、社会に散らばるニートたちを支援するとそうです。・・・・ろくでもない学科ですね』
疲れがたたって、いよいよ本音を隠せなくなっているようだ。
インタビュアーは自宅警備員学科の事もあってか警戒心が強く、カメラを先に突入させてから自らもニート支援学科の教室に入った。
ニート支援学科の教室は大学のキャンパスの様だった。ホワイトボードのある教卓を一番下に段々と階段のように生徒の座る楕円形の机が並んでいる。
教室に居る生徒は今までの学科よりも多いのに教室はしんっと静寂に包まれていた。
生徒達は本を読んでいたり、自習に励んでいる様子だった。
『おおっ・・。この学園にこんな素晴らしいものがあったなんて・・。私、涙で前が』
そこまで感動する事か?
『そこの生徒さん。一体何を勉強してるんですか?』
もう本当に上機嫌といった感じで一人の女子生徒にマイクを向けるインタビュアー。
『はい? ああ・・』
女子生徒は勉強してる内容をカメラに見えるように本を縦向きにする。
『ニートが簡単に受けられる保険を調べてるんです。これを覚えないと役所勤めはできませんよね』
当然と言わんばかりに堂々と答えた女子生徒にインタビューは「そう・・」と、何か諦めたような顔をした。
『さすが・・ニート支援学科さんですね・・。ほんと・・ふふ』
灰のように真っ白になっていくインタビュアー。そしてそれをバックにENDというテロップがでかでかと掲げられてDVDの再生内容は終わった。
こんな内容を長々と見せられて入学したいと思う生徒ははたしているのだろうか。けれどあの盛況ぶり・・これを見て入学したいと思うなんて日本にはよほど絶望してる人が多いと見える。でなければ、こんなものを見て入学したいなんて思わないはずだ。
『この学校は楽しいですか?』
『はい。とても興味深いものだと思います』
ホームレス学科の生徒が言っていた言葉がフラッシュバックする。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。いやいや」
ちらっと段ボールに書いてある事を見ると、裏にも更なるコメントがあった。
『お試し体験案内もできます。あらかじめ、お電話の後本学園にお越しください』
・・・うーん。
俺はこれで終わるにはちょっと惜しい所だなと思ってしまった。一回くらい、一回見るくらい・・と、俺は携帯をとってしまった。
それが正しかったのかどうかはその後になっても分からない事だった。只、このまま停滞した様な状況にいるより、多少犠牲は伴っても変化するべきだとその時の俺は思ったのだ。
NEET学園は俺の家から新幹線と電車を乗り継いで三時間で行ける場所だった。
俺は新幹線から地方の電車に乗り継ぐと、ゆっくり進んでいるかのような緩やかな景色の流れを俺は楽しんでいた。
ゆっくりと景色は都会独特のビルばかりの建物から、姿勢の低い一軒家ばかりになっていた。そこにちらほらと木々が見えてくるものだからゆっくりと田舎へと近づいているのが分かる。
そういえば昔の大学の方針は広い土地でのびのびと、だったな。都市部の人間の不便さを理解してない奴らの考えそうなことだ。
全員が全員、寮生活できると思うなよ!
と、俺は声高々に叫びたくなるが、NEET学園は寮生活が前提なカリキュラムの値段になっている。
資格的には大学にあたるNEET学園だが、この料金設定は完全に国立大学だ。全く、市は一体何を考えてこの学園にお金を出そうと思ったんだ?
俺はNEET学園最大の謎である出資者について、考えていたら俺はふとあるものが目に入った。
「あ、あの・・・スペードの3、三枚だしです・・」
「おお! 由佳、そんな雑魚カードで僕に勝てると思ったのか!? 7の三枚だし!」
「私パス!」
どうやら五人くらいの集団が大富豪をしている。パッと見た年齢は高校生くらいか。
一見すると楽しい大富豪に見えるが、楽しそうな男と違って何かを賭けているのか真剣に彼女らの表情を見ると目がギラギラして怖い。
こえーよ。何賭けたらそうなるの?
男一人に四人の女の子という比率になっている。男死ね、と、心の底から願う編成だな。
五人は電車の座席についている簡易テーブルで大富豪をしているのだが、その中の三人の女子は互いに互いの足を蹴りあっている。
・・・・・・・・楽しい旅行の何かを見た気がした。
俺はそーっと目をそらすと、その後ろの座席に何かよくわかんない姿を見た。
そいつは黒い衣を全身にまとっていて、顔には髑髏マークの仮面をかぶっている。下の方を見ると、荷物が置いてあってそれは鎌にも似た・・・・。
ん・・。俺はそれをなんというのか知ってるんだよね、うん。
だが、周りの乗客はとくに騒ぎもせずにスルーしている。触れるとめんどくさいから触れないのか、それとも俺だけにしか――。
いやいやいやいや! そんな非現実的なのを俺が信じるとでも!?
何とそいつは恐ろしい事に俺の事をちらりと見てきやがった。
「「・・・・・・・・・・・・・」」
偶然にも目が合ってしまい、恐ろしくなった俺は先に目をそらした。
え? 何なん、こいつ?
その目をそらした先にはまたさっきの高校生組が居た。
「って、ちょっと! いい加減に飛鳥から離れてよね!」
「勝ったら彼を好きにしていいという約束でしょう? でしたら、わたくしにその権利があるはずだわ」
「あんたが好き勝手に解釈したルールを適用してたまるか!」
女子たちは一人を除いて一人の男子を奪い合い、何とも羨ましい光景を繰り広げていた。
あ、おっぱい当たってる・・・。
俺は歯が削れるんじゃないかと思うくらいに歯ぎしりをした。
憎い・・・。あいつが・・憎い・・・。
そんな思いが通じたのか、死神らしきそれは飛鳥と呼ばれた男に鎌を振り下ろそうとしていた。
そいつも嫉妬という名のジェラシーに捕らわれているらしく、死神っぽいそれからは殺気をびんびんと感じる。
こいつとは・・・友達になれる気がする。
何だか通じ合ってはいけない物に通じてしまった。
そして景色がどんどん森しか見えなくなっていくと、乗客もかなり減っていた。あのハーレム高校生たちもとっくに別の駅に降りている。
・・・あの高校生共、旅先で不幸な目に合えばいいのに。
俺の本音は置いておいて、俺の降りた駅は終点より三つ前の駅。かなり僻地に行ったような・・。
実際は俺の家である大坂から東へ行った方向なのだが、そんなに田舎に行ったつもりはなかったのにNEET学園最寄駅が寂れた田舎で驚いたのなんの。
無人駅だし、ベンチとかさびさびで座った途端底ぬけるんじゃないかっていう仕様だし・・。
もう少し学園都市みたいなのを想像してたわー。
これ只のド田舎じゃん!
「ま、まぁ・・・新幹線に乗ったし・・・」
こんな田舎でも仕方ない・・か?
降りたのは俺一人だよな?と、思ってきょろきょろと周りを見渡すと、一人?居た。
黒い衣を全身にまとった髑髏の・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
え。あ・・うん。見なかったことにしよう。
俺はダッシュに近い形でNEET学園に向けて移動し始めた。すると、死神らしきそれもすさまじいスピードで俺にくっつき、決して離れようとしなかった。
こいつ、どこにそんな俊敏な動きを!
俺は必死に追いつかれまいと努力したが、そんなのは無駄だと言わんばかりにNEET学園につくまで俺達は追いかけっこを続けていた。
走ってから十分後。NEET学園っぽい門が見えた所で俺は強襲を決意した。
フィギュアスケートのように軽やかに回転して、回転したスピードに乗せて俺はそいつに蹴りを繰り出した。
死神っぽいそれは素早くそれを判断すると、俺の足を両腕で受け止めた。
パアンッと、派手な音が鳴り、俺の蹴りは完全に止められた。
このキレの良い音からいって、かなり痛いはずなのだが死神っぽいそれはけろりとしている。
驚いた、うん。驚いた。
「だが、蹴りを物理的に受け止める時点でおまえ、死神じゃないだろ」
「・・・・・・あ」
死神っぽいそれは、ぽろりと声を漏らした。
俺はムカついたんで、そいつの肩をつかんで拳を振り下ろそうとする。
「待て! 待て待て待て待て待て待て待て待てぇい!」
「ムカついたんで殴る」
その待て連打うざいし。
「いや理不尽すぎるだろ! 初めて会った人にここまでの敵意を向けられたのは初めてだわ!」
何か騙されたという事実が許せないんだよ。何かこいつ、凄い馬鹿な気がするし。
「・・・あんた、なんなんだ」
俺がぼそっとそいつに聞いた。
「へ? 何だって?」
声が小さかったせいか良く聞こえなかったらしく、俺に顔を近づけてきた。
イラッ。
俺はその顔を思いっきり叩いてやった。
「いだぁっ!」
すると、髑髏の仮面がぽろりと取れて素顔があらわになった。
それは、とても可憐な美少女で――っていう、展開はなかった。
「池袋辺りで女子をナンパしてそうな軽薄な顔だな」
俺はぽつりとそいつの印象を言った。顔つきもそうだが、フードから除く髪の毛がいかにもトキントキンの染めた、エセ金髪なのもあって、そんな印象を受けた。
俺の予想では、さっきみたいにシャウトして「何それ!?」と、言うと思っていたがそいつはにんまり笑顔を浮かべていた。
俺は初めて会った人間にそこまでの不快感を覚えることはないのだが、ここまでムカつくと思ったのは初めてだ。殺意がわいてくる。
「俺はなぁ・・・」
そいつは今までかぶっていた布に手をかけ、バッと脱いだ。
「チャラ男を目指す二十歳! ナンパしてフられた数は数知れず! ホームレス学科所属の野活久利とは俺の事よ! 人生でも、学校でも先輩になる俺を敬え!」
しかも、右腕をピッと伸ばして決まったと言わんばかりにポーズをとっている。
うわ。うぜー。
「・・・NEET学園の生徒なんですか?」
「おうともよ! 俺はホームレス学科の二年な。三年制であるホームレス学科で中間くらいに偉い」
何言ってんだ、こいつ。
「俺の事は野活先輩と呼んでくれ。今日、NEET学園内を見学案内する俺の呼び名だぞ☆」
「はぁ・・・」
どうやら、連絡した際に「案内役はよこす」と言ったが、よもやこんな残念な奴だとは思わなかった。
「てか、何で死神みたいな格好してやがったんですか?」
「えー。んなもん驚かしたいからに決まってるじゃん」
決まってねーよ。
「驚いただろ? サプライズだったろ?」
殺したくなりました。
「いやー、一緒に乗っていた赤ちゃんが俺を見て泣いたときはどうしようかと思ったけど、無事に終わってよかったわー」
そんなはた迷惑してまで果たしたい恰好だったのか・・?
「はぁ、とりあえず事情はわかりました。クッパ先輩」
そして俺はNEET学園の敷地に足を踏み入れて、先行するかのように歩き出した。
「早く案内してくれやがってください。クッパ先輩」
「いや待てよ。後輩」
クッパ先輩は先に行こうとする俺の肩をがっちりとつかんだ。
「・・んですか」
「おまえの俺を敬う欠片もない敬語は分かった。だが、その変なあだ名は止めろ。何だよ、クッパ先輩って」
「素敵なあだ名でしょう?」
まるでクッパの甲羅みたいな髪の毛のクッパ先輩にはとてもよく似合ってます。
「どこが!? どこを見てその言葉を吐いたの!? クッパって常にピーチ姫さらって、常にマリオに倒される存在でしょ! 何故か後方に毎回と言っていいほど、自爆する何かををわざわざ設置してるアレでしょ!」
「詳しいですね。感心しました」
その名をつけた甲斐があります。
「クッパの第一作目はキノコ王国のキノコ達をレンガや土管になる魔法をかけ、ピーチ姫がそれを唯一解けるからさらったと言われています。後にそれはマリオによって野望はつぶされるわけですが、俺のイメージではたぶん、この事件を皮切りにマリオに勝ちたいという気持ちができたのでしょう。それから、しょうこりもなくピーチをさらってマリオとバトルしたがるのが困った所ですね。何度も失敗してるのに」
「え。でも、一番最初の因縁ってその後に発売されたヨッシーアイランドでしょ。カメックの占いによって、マリオブラザーズはカメたちを脅かすものだってわかるっていうそこからのスタートじゃ・・・」
・・・・。
「・・・これだからマリオ厨は困りますね」
「語り始めたのはおまえだからな!」
とりあえず、クッパ先輩の呼び名云々はごまかせたので我慢しよう。
「・・・・。本当に瓦礫なんですね」
俺とクッパ先輩は本校舎、跡と言ってもいい所に来ていた。
ニュースと一見違わず同じ見た目をしており、いまだ撤去してなかったのかと感心したくらいだ。
「まぁな。俺が入学したころからこうだから」
「いつ、こうなったんですかね?」
「さぁ?」
つかえない案内役だな。
まあ、学科説明の人だから問題ないといえばないが・・・一回知ろうという気は起こらなかったのだろうか?
「お。何、俺の横顔に見とれちゃった?」
俺がまじまじとクッパ先輩の顔を見ていると、そんな寝ぼけたことをぬかしやがった。
「クッパ先輩。第二校舎がまともに機能していると聞きました。 まさか、第二校舎も瓦礫に変わったとか言いやがりませんよね?」
俺はスルーすることにした。
「・・。第二校舎は普通にやってるから」
クッパ先輩は「じゃあ第二校舎にいくか」と言って、第二校舎に向かって歩き出した。
クッパ先輩は俺のスルーに対して何か言いたそうにそわそわしているが、無視する。
「俺が見た入学案内書はヒモ学科で止まってたんです。他に何の学科があるか、聞きそびれました。知っていやがりませんか?」
「あ。その前に一ついいか?」
「何でしょうか? 0・1秒で答えてください」
「それは無理だわ! いやさー」
クッパ先輩は「最初に聞くべきだったなー」と、笑っている。
「おまえの名前、聞いてないなと思って。何だっけ? ビッグザムだっけ」
・・・・・・・・・・・・・・・ビックザムはないわぁ・・。
一回も聞いてこないな、資料とかで名前確認してるのかなと思ったら、只聞くのを忘れてたのかよ。
「俺の名前は鷹野陽です。別に覚えなくてもいいです」
「覚えなくてもいい・・って、そんなこと初めて言われたよ」
「いいえ。クッパ先輩との付き合いはこれっきりにしようと思ってまして」
「それをわざわざ本人に言うんだ。俺はちなみに、そんな事を言われると意地でも付き合いたくなる人間なんだな、これがぁ」
「はぁ。それで早く俺の質問に答えてくれません? 案内役不十分として学園に訴えますよ」
「とんでもない脅しだよ! しかも俺の言葉にスルー多くないか!? まあ、それが俺の仕事だからいいけどさ!」
良いんだ。
もっときびきび歩けば第二校舎の入り口はすぐなのだろうが、俺とクッパ先輩はだらだらと歩き続けていた。
「学科は全部で四つな。一つは俺が所属しているホームレス学科ね」
いきなりニートというには怪しいものがきたな。
「ホームレス学科は他の学科とかなり違うんだぜ。寮が特殊だとか、夕食などが出ないとか。活動場所もほとんど野外だしな。それにけっこー体力がいる」
ホームレスって・・。ホームレスに技術とかいるんだろうか? まぁ、生半可な覚悟で始めたら冬の日に凍死する可能性はある。もしくは夏の熱中症。
「俺の所属している学科はかなり楽しいからおすすめな! でもそうだな、ここから近いのもあるし、ヒモ学科を見ていくか」
え。話の流れ的に見学するのはホームレス学科では?
「ああ・・・。そういえばビデオで行ってました。途中で映らなくなっちゃいましたけど」
「あれ、一部の地域で実際に放映してたらしいよ。ヒモ学科の授業内容が過激だったから放送中止になったけどな」
どんな内容だよ。
「まあ見ればわかるさ。いや、ほんと」
そうこう言っていると、目の前に第二校舎の一階にたどり着いた。校舎内は土足で、俺が思った以上にヒモ学科の教室は大きかった。
ニュースではわからなかったが、かなり第二校舎は大きいと思う。
「失礼しまーす。国豪先生いますかー。野活久利、野活久利ですよー」
どこの演説だよ。
クッパ先輩は先行してヒモ学科の扉を開けて、いかにも借金取りの取り立てみたいにずかずか入っていく。
ヒモ学科の教室は俺の想像していた教室と違っていた。
中学の教室とは違って、足元は絨毯で大きなベッドが部屋の中心にセットされている。一番変わっていたのは教室の灯りだ。ミラーボールである。
ディスコとラブホを合体させたような部屋だな、ここ。
パッと見で、ここが教室だと分かる奴はいないんじゃないだろうか?
「先生久しぶりです。見学に来ました!」
先生と呼ばれた、大柄な男性はクッパ先輩の方を見た。
「ああ・・。そういえば今日は学園長一押しの子が来る話だったわね。これがそうかしらん?」
俺の事を指さすと、クッパ先輩は「そうだよ」と、言った。
国豪先生は中国人の様だ。それにしては日本語が流暢で、体は女性の好みそのものの様なすらっとした体系だ。
だが、オネエ口調だ。
「もう授業始まってますかね?」
「ええ。授業中に入ってくるなんてどこの馬鹿かと思ったけど、まぁ見学って事なら許してあげるわ。次やったら承知しないんだから」
国豪先生はバッチンとウインクした。
やっぱりイケメンはウインク一つしても様になるという事だ。羨ましい。
だが、オネエ口調だ。
「やっぱり今からって感じかー。良かったな、陽」
「どこが良いのか全く分かりませんね、クッパ先輩」
先生、オネエ口調だし。
「いやいやいや。もうすぐだから」
クッパ先輩はにやにやと唾を吐きかけたくなるようなにやけ面だ。
「はぁ・・・」
「はーい。注目! 今からヒモ学科の授業を始めます。後ろに見学者が居ますが、気にせずやるよーに!」
国豪先生がパンパンと手を叩くと、生徒達は「はーい」と、返事する。
国豪先生の言葉を合図に教室が紫色に染まった。
何か本当にラブホだな、ここ。
「ヒモ学科とはその名の通り、ヒモに成る為の技術を学ぶところよ。ヒモって一度こなせばこれ以上ないってくらいニート生活ができるけど、それをひっかけてそこまで持ってくるのは大変よね! 私達はそれを学びます。わかってるわよね~?」
見学の俺の為にわざわざ説明してくれるとは有り難い。そこは感謝する。
「ヒモになるのは難しいわ。一歩間違うと海に沈められ、トーク力や高いベッドテクニックがないと相手にしてもらえない。もっとも卒業率が低い学科ね。けど・・・」
国豪先生の声色が女っぽい高い声から低い声へと変わる。
「おめぇらニートになりたいか!」
「「「おおーっ!」」」
「女どもをひっかけて楽な生活をしたいか!」
「「「おおーっ!」」」
「だったら学べ! 強くなれ! 女を肥やしにし、強く図太く咲き誇れ!」
「「「肥やし! 肥やし! 肥やし!」」」
「・・・・・・」
俺はこのテンションの上り様についていけなかった。
「・・・・こいつらクズいな」
「だろう?」
つい、出てしまった本音にクッパ先輩は強く同意した。
この、変な先輩と意見が合う事があるんだな。
「俺が一番腹立つのはな、陽・・・こいつらに女を貢がせる力がある事なんだよ」
「ああ。クッパ先輩モテなさそうですもんね」
「おまえ、ちょっと表に出ろ」
嫌です。
「はい。それじゃあ士気を高めた所で、今日の授業を始めるわよ! 今日の授業はベッドテクニックよん♪ 女を満足させられるような技を教えるわね!」
その瞬間、俺とクッパ先輩は同時に立ち上がった。
「「・・・・・・」」
俺達は互いを見た後、汗を一筋流して何事もなかったかのように座った。
な、何も見なかったことにしよう!
にしても、ベッドテクニックか・・・。あのDVDの内容が止まるのも納得だな。
「それじゃ、今日の餌食は誰かしら・・」
その時、国豪先生がじゅるりと涎を垂らした。
?
「そうね。今日はあなたにしましょう!」
ビッと指さされたのはクッパ先輩だった。
「あー、俺?」
「そう! たまにはヒモ学科以外の人間もいいわよね!」
クッパ先輩は「まさか女子と・・・」と、別の意味で唾を飲み込んだ。
こいつ終わってんなー。
「じゃ、俺行ってくるわ!」
クッパ先輩はシュタッと、国豪先生に指示された中央のベッドに寝転がった。
そしてその上に国豪先生がまたがった。
「「ん?」」
俺達は同時にそんな疑問の声を上げ、ヒモ学科の生徒の笑い声で俺達は悟った。
「あいつ、今日の掘られ役か! 残念~」
!
「!」
クッパ先輩と俺は驚愕し、クッパ先輩はマナーモードの携帯のように震えだした。
「うふふふ・・。いただきまぁぁす」
国豪先生の魔の手が迫り、クッパ先輩がお決まりの言葉を出した。
「アッーーーッ!」
クッパ先輩(笑)
俺は「ぶふふっ」と、珍しく声を大にして笑った。
俺とクッパ先輩はヒモ学科の体験授業を終え、次なる学科へと階段を上がっていた。
「あー、怖かった。あー、怖かった。あー、怖かった。あー、怖かった。あー、怖かった。あー、怖かった」
「どんだけ怖かったんですか、クッパ先輩」
「笑っていただけのおまえには分からんだろうな! あの時、どっかの誰かが助けてくれなければ俺はどうなっていたことか!」
そうなのだ。謎の吹き矢が国豪先生にあたり、国豪先生は気絶した。クッパ先輩はすんでのところで、貞操は守られたのだ。
「いやーでも、国豪先生、でしたっけ? あれは絶対にそっち系の人間だと思いますね。あの顔・・・忘れられません」
「そこは引くだろ、普通」
「俺は別に気にしませんよ。そういう同士の愛も見てみたい気がします」
遠巻きに、だが。
「はー。あの吹き矢、誰だろうな・・。一度、お礼を言いたいぜ」
「貞操の恩人ですからね」
「おう!」
クッパ先輩が強く返事をしたとき、どこからか声が響いた。
「そうか、久利よ。ならば我に永遠の愛を誓うがいい」
クッパ先輩はその声を聴いた瞬間、バッと後ろを振り向いて俺の後ろに隠れた。
「何です? 香水臭いんで近づかないでくれやがりますか?」
「おまえさらりとひどいな! ――いや、ある意味さっきの先生よりも恐ろしい邪念を感じたんでな・・」
「はぁ」
俺はクッパ先輩を引っぺがすと、すたすたと歩き出す。
「それで? 次の学科は何ですか?」
「ん。まぁこのまま順当に階段を上がっていくんなら三階の自宅警備員学科だろうなぁ」
・・・ここの学園は何をするのか学科の名前ですぐ分かるな。
「自宅警備員ってニートの代名詞ですよね・・・」
「代名詞というのは言い過ぎだが、一番わかりやすい言葉なのは確かだよな。自宅警備員=ニートの方式が成り立つくらいだ。そうとうだぜ」
一階から二階へと行く道は遠く、第二校舎はそこらの市立校とは比較にならないほど大きい。正直言ってリフトをつけてほしいレベルだ。
「クッパ先輩、ここってかなり大きいですよね。エレベーターとかないんですか? さっきから見当たらないんですが・・」
「見当たらないも何も・・・そもそもないからな」
クッパ先輩は何て事ない様にさらりと言う。
「え。自宅警備員は基本的に引きこもりの集団でしょ。体力鍛えてどうするんですか」
「おまえなんかさらりと言うよな。でも一応、自宅警備員だし体力いるだろ」
ようやく二階への階段を見つけて俺とクッパ先輩は上へと上がっていく。階段はそこらの学校と変わらない。特別な装飾とかは一切ないシンプルな構造だ。
「いやいらないですよね」
「いるだろ。泥棒をやっつけないといけないのに体力なくてどうするんだよ」
自宅警備員って言葉まんまの意味?
「まさか・・本当に自宅を警備するとは思いませんでした」
「ここは一応、言葉通りの意味で人材を育成するぞ。だから自宅警備員って言ったら、文字通り自宅を様々な脅威から守る警備員を育成するんだよ。つっても、自宅警備員の奴らは体術とかで倒すんじゃなくて、罠とかで倒すんだけどな」
「それって体力いるんですか?」
「まぁ、罠で相手を追い返すことばっかりだから結局は体力が落ちるんだけどな」
落ちるんかい。
俺達は二階にたどり着いたが、クッパ先輩はまた階段を上がって三階へと階段を上り始める。
「二階には学科がないんですか?」
「別に第二校舎全部を学科が使用してるわけじゃないぞ。それ以外の用途で使われる部屋が集合してるのがここの二階。今日は用がないから飛ばすな」
「ふーん」
「ふーん・・って、やる気ねぇな! やる気だせ! ファイトー!」
「はぁ」
俺は急激に上がるクッパ先輩のテンションについていけずに生返事だ。
「はぁじゃねぇ! 一発だ! ファイトっていったら一発だろ!」
「CMの見過ぎでしょ」
ちなみにそれ、思春期の異性に言うとセクハラで訴えられるぞ。
「why!?」
そんなこんなで俺達は自宅警備員学科が存在する三階にたどり着いた。
廊下は中学校の廊下をそのまま持ってきたかのような仕様だった。見た目からしてごてごてしていた二階とは大違いだ。
クッパ先輩は階段から三つ目の教室に迷いなく入っていった。
「失礼しまーす。校内案内の野活久利でーっす」
ノリかるいな。
俺もクッパ先輩の後に続いて教室に入る。教室はやはり中学生の教室に似ていた。
黒緑の黒板と先生が使う教壇。そして木とパイプでできた机に同じくイス。そんな机と椅子が三十という数になって綺麗に縦横ならんでる姿はもう完全に中学の教室のそれだ。
長い間学校に行ってなかった俺には懐かしい景色だ。
「おー。編入生の案内か。ごくろうさん」
「どうも。鶴舞先生」
鶴舞、と呼ばれた男性はどうやら自宅警備員学科の教師の様だ。パッと見た感じはとても自宅警備員学科を指導する先生には見えないさわやかな人だった。
「おおっ。これが編入生か。眼鏡のよく似合う好青年だな!」
と、俺を見た鶴舞先生はきらりと笑った。その顔はまるで太陽。バックでヒマワリが咲くようなものだった。
・・・ほんとに自宅警備員学科の先生かよ。
だが、黒板に書いてある事は「いかにして、母親の追及を免れてニート生活をできるのか!」というものだった。
「・・・・。この先生凄いですね」
「おお、陽も気づいたか。あの並々ならぬ筋肉を! 鶴舞先生は罠を避ける達人でもあるんだぜ!」
そんなバトルもの主人公みたいな着眼点はないよ。
クッパ先輩はいかにして罠を避けるかという事を俺に力説してきたが、俺はスルーした。
「それで、たとえ頭上にペンキが降ろうがその脚力ならば避けられるんだ。で――」
「あ。なんか始まりますよ。クッパウザ先輩」
鶴舞先生は一通り説明し終わると、ボタンを押した。すると、黒板がバンッと裏返って引きこもりの部屋にありがちなポスターだらけの壁が出現する。
さらに鶴舞先生は教壇からクッションをだし、元々教室に置いてあったテレビの前に置く。そして近くのゲーム機の電源を入れた。
「ウサ? ウサ先輩って何だよ。ウサギの略か?」
ウザイの略だよ。
「そんなことよりクッパ先輩。あれは何をしてやがるんですか?」
「ああ、あれ? あれはシュミュレーションの準備だよ。今からある寸劇をするんだ」
クッパ先輩がこともなげに言うと、一人の生徒が立ち上がってテレビの前にあるクッションに座った。
「あれ? 鶴舞先生はどこに行ったんですかね?」
「大丈夫だよ、陽。しばらくしたら戻ってくるから」
いや心配はしていない。
「先生ー。山岸、準備できましたー」
「はーい」
鶴舞先生はクッパ先輩の言った通りしばらくしたら戻ってきた。とてつもない格好をして。
「・・・・・・・」
俺は目を疑った。
だが現実は変わらない。鶴舞先生の格好はエプロンにヅラのテンパ。ピンク色のスカートをはいたその姿は典型的なお母さんだった。
「それじゃシュミュレーションを始めるぞ。お題は「母親に仕事してないことを攻められたときにどう対処するか」だ。ちゃんと答えは考えてあるよな? じゃ、始めるぞ」
鶴舞先生の姿を恐ろしい所はそんな格好をしながら声が全く普段通りという事だ。低音の化粧一切なしの男そのもののような顔は女性らしい服装とミスマッチだ。
「駄目だ・・・。早くなんとしないと・・」
「何をだ?」
クッパ先輩の質問に俺はこの学園はダメなんだと、気付いた。
と、俺が思っていると部屋の照明がいきなり暗くなった。
そしてどこからともなくマイクを通した声が聞こえてくる。
『えー、山岸君は普通のそこらへんにいそうな男の子。ある日、彼はある事を機に別の職業に就くことになりました。それは自宅警備員です。
けれど、自宅警備員になった山岸君に母親は厳しかった。どうしかして山岸君を別の職業に就かせようと必死です』
俺達は教室の舞台から一番遠いところに居る。俺は横を見ると、俺達より少し離れた所に今回のナレーターをしている男が居た。
「もう。山岸! いつまでも働かないでいい加減にしなさい。ゲームしてないで少しは家の為に働いたらどう?」
母親に格好をした鶴舞先生がテレビでゲームをしている山岸をしかりつける。
「・・・最近の母親は息子の事を苗字で呼ぶんだな」
クッパ先輩が大真面目で本題とは関係ない事を言っているがスルー。
『山岸のお母さんは主婦。公務員である父親を支える働く女である。たとえ家事をしたら日がな一日ごろごろできる身分だとしても、主婦は偉大なのだ』
ナレーターが山岸の母親の解説をする。
「設定が細かくないですか」
一回きりのシュミュレーションのくせに。
「リアリティを持たせたいんじゃないか? ほら、設定が細かいと感情移入しやすいだろ」
シュミュレーションに感情移入とか必要ですかね、クッパ先輩。
「何言ってんだ、クソ婆。俺は常に働いているよ。自宅を警備するのは半端じゃない重労働なんだ。父親を見てみろよ。あのジジイ、公園で日がな一日遊んでるじゃねぇか」
「馬鹿なこと言わないで。お父さんはね、公園に勤務してるの。公園の清掃員なの!」
「何が公園の清掃員だ。図書館の司書をクビになった事、俺知ってるんだからね!」
シュミュレーション以前に家庭が崩壊しかけてるんだが・・。
「これもリアリティなんですか? クッパ先輩。胃がもたれそうなんですが・・」
「陽も? いやぁ、俺もなんだわ」
と、クッパ先輩は笑う。
笑ってんじゃねーよ。
「じゃあ成果をあげなさい。ほら、自宅を警備してるからには何かあるでしょう?」
と、そこで二人は動きを止めて俺達生徒の方を見る。
「と、いう事だ。さて、ここでお前たちはなんと返す?」
いや働けよ。家庭が崩壊するぞ。
「はい!」
そこに別の女子生徒が声を高らかに立ち上がった。
その女子は化粧気はないが、それなりに整っている可愛らしい顔立ちをしていた。だが、筆箱はアニメキャラクターらしきストラップでいっぱいだ。
あ。デスヨネ。
「そこは、俺のおかげで家の財産は守られていると言ってもおかしくない!と、主張する所です。できれば、横に捕まえた泥棒とかを用意しておくのもいいです」
その言葉に鶴舞先生は「ふむ」と、感心して手を叩いた。
「中々にいい答えだ。主婦は家事をこなすことが第一だが、自宅警備員は財産を守る。この答えに素早く対応できるものはいないだろう。
だが、泥棒を横に置いておくのは現実的ではないな。泥棒を母親に問われる時まで保存しておくというのは厳しいからな!」
保存できたら母親の前に持ってくるんですかね、この人たちは。
「泥棒がもっとも効果的だが、私のお勧めは害虫であるゴキブリだ。奴らを十匹捕獲して袋にしまっておけば、母親も驚愕して口をきけないだろう」
恐怖で口もきけないね、それは。
そんなこんなで自宅警備員学科のシュミュレーション授業は終わった。その後もいろんな意見があがり、鶴舞先生はそれを聞いていってアドバイスをしていた。
生徒に親身になってくれるとても良い先生だと思うのだが、やはりあの女装と自宅警備員は受け入れられない・・!
「自宅警備員学科どうだった? 陽的にポイント高い?」
「・・・ヒモ学科と自宅警備員学科はちょっと」
それを目指してる人間見るのは面白そうだが、実際に俺がそれになろうとするのはない。
そんな俺の言葉にクッパ先輩は嬉しそうに俺の顔を見てくる。
「いやぁ・・・自宅警備員学科とヒモ学科がダメとなると、後はホームレス学科とニート支援学科だけだな」
クッパ先輩はどうやら、自分の選択しているホームレス学科に来るのではないかとわくわくしているようだ。
この人は俺が入学しないという選択肢は存在しないらしい。こういう人なのかもしれないなぁ。
「って、ニート支援学科って学科もあるんですか?」
何をするかわかりやすいなー。
その言葉にクッパ先輩は「あーうん」と、歯切れの悪い返事をした。
「? ニート支援学科に何か都合の悪い事でも?」
「いやないけど・・。学科自体には」
「そうですか。ニート支援って具体的にどう支援するんですかね。教えてくれやがりませんか?」
「その言い方、そろそろやめないか?」
「わかりました。早く教えろよ」
「変えるのはそこじゃないから!」
全く。わがままだなぁ。
クッパ先輩に聞くと、ニート支援学科がある四階は第二校舎の中でもっとも高さがあるらしい。なので、もっとも階段が長い。
ニート支援学科の人は毎朝、これを登っていくのか・・。
なんともご苦労な話である。
「ニート支援学科はアレだよ。アレ」
「アレで何でも通じると思ったら大間違いですよ。ゆとり世代」
「いやおまえもゆとり世代だからね!」
いや、俺はクッパ先輩より年上だからぎりぎりゆとりじゃないんだよ。俺達みたいな世代は何ていうんだろうね? 学力大事?
「公務員や弁護士などの公的機関の職業について、ニートを陰ながら支援するのがニート支援学科なんだよ。ヒモが女ともめて、法的に危なくなったときに弁護士としてヒモ側を支援したりだとか。自宅警備員の家が経済的に厳しくなってくると、それをどうにかする為に公務員として子供手当などの支援を受けられるようにするなどの事だな」
「結構、ニート支援学科はまともな感じですね」
一緒にニートになるんだと思ってた。
「おう。一番就職率高いからな」
唯一就職できるところの間違いじゃないですかね。
「はぁ・・。にしても階段なげぇ。俺、ここに来るの二重の意味で嫌いなんだよ」
「そんなに嫌なんですか」
「おう。ここが地獄の入り口に見えるくらいだ」
どんだけだよ。
それなりに長かったが、俺達は四階についた。
白い壁に黄色い扉。キャンパスの様なイメージだった。
「うぅ・・。苦しい」
「案内役がそうでどうするんですか。ほら、立ち上がれ」
「立ち上がれない。僕の分身が立ち上がるからそれに案内を頼むんだ」
何を訳の分からないことを。
「・・・・・・・・。あんたの分身って何ですか」
めんどくせぇ。
「ん。ルフィ」
「わかりました。さっさと新世界に行ってください」
理想高すぎでしょ。クッパのくせにジャンプのエースになろうなんて百年早い。
俺はクッパ先輩の襟をつかむと、教室に引きずっていこうとした。
「待て! 今回は一年生に教室にしよう!」
「今まで二年生の教室だったじゃないですか。目の前にあるのも二年生の教室だし・・」
「いやいやいや! ほら、おまえが入学するかもしれない学科だろ? だったら、一年生を見た方が雰囲気分かりやすい!」
なんだそのとってつけたような説明は。
「陽様って呼んだらいいですよ」
「陽様!」
こいつにはプライドってものがないのか。
「わかりました」
俺は目の前の扉を開けた。
「そこまで言うなら二年生の教室にしましょう」
「この鬼ぃ!」
クッパ先輩はすぐさま逃げようとしたが、俺は襟をつかんで引き留めた。
「ひぃぃぃ」
「クッパ先輩」
「何だよ!」
「別に何もありませんよ?」
クッパ先輩は「あ?」って言うと、二年生の教室をぐるっと見渡した。
あのDVDで見たのと同じような教室。俺はそれを見て、階によってここまで雰囲気ががらりと変わるのはNEET学園の特徴だと思った。
「いない・・・」
「フェリスちゃんなら今日は教育実習のカリキュラムで留守よ。残念だったわね」
そう答えたのは黒い眼鏡をはめた女子生徒だった。
「おおっ。そうか。っていうか、花子。ひさしぶりじゃ――ぶっ!」
クッパ先輩は花子という女子生徒の名を呼んだ途端、花子によって顎クラッシャーをくらった。
「花子じゃないわ! トウカよ! 人間界を欺くための仮の名前を呼ばないでちょうだい!」
欺きたいのだったらそっちの方が正しいのでは?
「ぐふっ。これだから中二病は・・・」
その言葉に花子はペッとクッパ先輩に唾を吐いて去っていった。
「「・・・・・・・・」」
なんかなぁ。
「あら・・。久利君じゃない」
俺がクッパ先輩を起こそうとすると、後ろから声が聞こえた。
これがクッパ先輩の恐れているものか?
俺はクッパ先輩の肩を持って、すぐに持ち上げている手を離した。
「うが! おまえ起こすならちゃんと起こせよ!」
「初めて見る顔だけど――今日話にあった転入生の子かしら?」
「そうっす。高倉先生」
どうやらニート支援学科の先生の様だ。初老のおばあさんで、優しそうな顔つきをしている。
何だろう・・。パッと見はどれも良い先生なのにNEET学園の教師という肩書きがが全てを台無しにしてる。
俺はクッパ先輩はてっきり、教室に入る前みたいにこの先生相手に慌てると思ったが違っていた。やはりあのフェリス、とかいう人物だろうか?
チッ!
「おいっ! 人の不幸で飯がうまいってか!」
「あ。聞こえてやがったんですね、俺の舌打ち」
「いやいやいや! 俺の横で思いっきりしてたじゃん!」
「えーと、高倉先生? 俺はどこに座ればいいですか?」
「無視か!」
高倉先生は「あらあら」と笑って、後ろの方の席に案内してくれた。
「ありがとうございます」
俺が高倉先生に頭を下げると、クッパ先輩がぶつぶつ俺に文句を言っている。
「陽は皮肉めいた礼はしても、俺に本気で礼をしてくれたことがない。陽って奴は――」
「ほら、クッパ先輩。変なこと言ってないで座って下さい。授業始まりますよ」
クッパ先輩はぶーって頬をふくらませると、席に座った。
しばらくすると、高倉先生が教壇に立ってマジックペンでホワイトボードに書き込んでいく。
「はい。今日は〝もしも市の条例でホームレス強制撤去の案が出たら〟というシュミュレーションです。貴方達がもしも市の議員さんだと思ってください。貴方達はその時、どんな行動をすべきでしょうか。
それと、今日は見学者の方が来ています。その方の為にもニート支援学科の授業体勢を説明しましょう」
「へぇ」
俺はこういう扱いを受けたのが初めてだったため、感心の声が漏れた。
「ニート支援学科にはニートを支援するための特別授業もありますが、常にそれをやっているわけではなく通常の大学で受けるようなカリキュラムも実施しています。ちゃんと通常の勉強をしないと公務員や弁護士にはなれませんからね」
俺はそれを聞きながらふと疑問に思ったことを口にした。
「クッパ先輩。ニート支援学科に入って卒業した人が必ずしもニートを支援するとは限らなくないですか?」
「・・・そりゃあその可能性もあるけど、最初からニートを支援する気ない奴はここにこないだろ」
それもそうだ。
「まあ気が変わるかもしれないけど、その時はその時だよな。一人欠けたくらいでどうにかなるようなやわな支援体制じゃないし」
そこまで万全なのか、ニート支援。
俺はこの国は一体どうなっているんだと本気で心配になった。
「それじゃあ始めましょう。今回代表として私と議論する生徒は・・・佐藤樽さんと後光美鈴さんと山田花子――」
「私、花子じゃないです! トウカです!」
高倉先生はその発言は慣れているのか、スルーして「はい。前の席に集まって」と、号令をかける。
「手馴れてますね」
「そりゃあフェリスが居るような学科だし。変人ばっかじゃスルーする力も高まるだろ」
おまえもその一人だからな、クッパ先輩。
「フェリスさん、ですか。いかにも俺がその人を知ってるように語らないでください。困ります」
「ああ・・。嫉妬?」
何言ってんだ、こいつ。
俺がそんなことを素で思っていると、高倉先生が手を叩く。
「はい。それではホームレスの強制撤去案が出た会議に居るんだとイメージしてください。貴方はそこの一人の議員です。たくさんの人間が意見を出す中でいかにしてホームレスを守るのか。前に居る生徒は私に意見してください。後ろの生徒はすでに配ってあるプリントに発言する言葉を書いてください」
俺にも一応そのプリントがある為、とりあえず「強制撤去はホームレス虐待だ」と、書いておいた。我ながら適当な出来だと思う。
クッパ先輩のプリントをこっそり見ると、クッパ先輩は大きく「ホームレスは素晴らしい! ホームレス一人に美人の姉ちゃんを!」と、書いてあった。
一体何を主張してるんだ。
俺が視線を高倉先生に戻すと、高倉先生はシュミュレーションとしてホームレス強制撤去を賛成する人間になりきっていた。
「えーと、ごほん。私はホームレス強制撤去の案は賛成です。ホームレスは公園を不正に占拠し、我が物顔で居座っています。さらに公園にホームレスが居れば、その公園に来た子供たちの教育にもよくない。私は断固強制撤去を押します」
高倉先生の発言に花子が「はい!」と、元気よく手を挙げた。
「むしろホームレスは公園に居るべきだと思います! 子供たちは公園に居るホームレスを見て、ああ・・・こんな大人になっちゃいけないな、と思わせるためにも必要です! 反面教師ですね!」
「花子さん。その言葉は理解しますが、それが議員の言う言葉なのでしょうか」
と、高倉先生は花子の発言を却下した。
「デスヨネ! でも私はそんな議員になってみようと思います!」
俺、テレビでそう言っていつの間にか消えた議員知ってるー。
高倉先生はもうそれ以上は追求せず「それじゃあ次の人」と、別の生徒に話題を移した。
ほんと凄いな、この先生。
「ホ、ホームレスを撤去することはよくない。それは物扱いと同じであり、器物破損と――えーと、その・・・」
と、いきなり当てられた男子生徒、佐藤はたじたじでそれ以上何も言えずに座った。
「・・・・わかりました。それでは後光さん、どうぞ」
後光と呼ばれた生徒は背筋をピンと伸ばして立ちあがった。
「はい。私はホームレス撤去をすることは反対です。何故ならば、そうやって強制撤去をしても彼らには居場所がなく、別の公園に移るだけだからです。今のホームレスに対する独立支援がない今、強硬をしてもかえって事態を悪化させるだけです。私はその前にホームレスを支援する制度を望みます」
「おおっ・・。問題を先延ばしにするだけではなく、ホームレスの支援を要請するとは中々だ。俺が教師だったら千点をやってる所だぜ」
と、クッパ先輩が感動して拍手する。
クッパ先輩が拍手すると、周りがばーっと拍手し始める。
「素晴らしいです。後光さん。貴方の様な方には是非、上を目指して欲しいものですね」
周りが後光を祝福する中で花子と佐藤は居ずらそうに目を伏せていた。
周りはきっと、後光を見ているだろう。後光は舞台でいうスポットライトを浴びてる主役。端役など観客が目もくれようもない。
けど、俺は見ちゃうんだよな・・。そしてそんな目も向けられない端役こそが俺の見るべきものであり、人間観察としての価値。
「はぁ・・・」
俺は一体、何がしたいのだろう。こんな歳になってまで、自分探しをしているなんてマズイだろう。
ニート支援学科の授業が終わった後、高倉先生の計らいでエレベーターを使って一階まで下りた。
「最初からエレベーターを使えばよかったじゃん、みたいな顔すんなよな、陽! 普段は生徒が使用するのは禁止なんだよ」
「別にそんな顔はしてません」
只、ずっとクッパ先輩を見つめただけです。
「えー、ほんとかよ」
多少睨んではいましたがね。
「それじゃあ次はどこに行きやがるんですか?」
「ああ・・。次で最後だぞ、陽。俺が所属してるホームレス学科だ。主に使用してるのはグラウンド」
え。場所的にも一番最初に行くべき場所だったのでは・・?
「や。違うんだ、陽。別に俺の所属してる所だから一番最後に回して印象に残らせてやろうとかそういう事じゃないぞ?」
そういう事なんですね。
「ああ! また非難するような目を!」
そんなことする奴が悪い。
グラウンドと第二校舎はそう離れたおらず、すぐに先生と思しき筋肉質の先生と生徒達が見えた。
とはいえど、かなりグラウンドは広いらしい。俺がグラウンドの端をみようと思っても見えない。左に目を向ければ体育館とプールの影は見えるが。
「あの筋肉が橋本先生な。あの人個人の筋肉サークルがあるくらい筋肉好きな先生だから、気をつけろよ。陽」
自分のホームグラウンドなだけあってクッパ先輩はホームレス学科に詳しかった。
クッパ先輩は先生の名を叫んで先生の元に向かうと、先生と生徒とは思えないフレンドリーさで二人は会話していた。
「陽ー! 今日の授業は防災訓練だってさ! おまえもこっちこーい!」
先生の元でクッパ先輩が手を振りながら叫んでいる。
「はいはい。って、ここも防災訓練するんですね」
そんな放送はなかったけどなぁ。もしかすると、俺が来るまでにそういう放送は終わっていたのかもしれない。
「何言ってんだ、陽。ホームレス学科なんだから防災訓練は必須だろう?」
そこにクッパ先輩が紹介した橋本先生が筋肉を見せつけるようなポーズで俺に話かけてくる。
ちょっ。近づくな、筋肉。
「ホームレスは雨風を防ぐために橋の下や高速の下にマイスイートホームを建てることが多い。橋の下は常に水の危険であふれている。防災訓練はホームレス学科にとって必須! どうだね、鷹野君。君もあふれる筋肉でこの苦難を乗り越えてみないか」
「結構です」
俺は一秒とも待たずに答えた。
「新入生の勧誘を失敗に終わってしまったが・・まぁいい。それでは早速整列したまえ。体操を始めるぞ」
「陽は俺の横に来いよ」
クッパ先輩は後ろの方に並ぶ。俺もそれについっていってクッパ先輩の横で体操を始めた。
体操はどんな目的でもやる事は似るものだ。体操はほとんど体育でやるようなストレッチと変わらず、そういうちょっとした共通点に俺は安心した。
「ほ~ら。筋肉の運動だよ。そ~れ。筋肉ぴくぴく」
・・・・・これさえなければ、もっと安心できただろうなぁぁああ!
「陽。橋本先生の真似すんなよ」
クッパ先輩が鬼気迫った顔で俺に言ってくるが、それはない。
体操が終わると、橋本先生の指示で水着を貸され着替えることになった。
着替えてる途中、着替えている他のホームレス学科の生徒が目に入ったがかなりガタイが良い男子が多かった。やはり、あの環境で一年生以上も鍛えると訳が違うのだろう。
そして着替え終わった水着の男子と女子が合流した。
俺は女子の水着が見れるのなんて何年ぶりだろうと、かなりわくわくしたがその夢は彼女らの水着姿でぶち壊された。
「陽・・。ホームレス学科の女子ってのはな、皆こんなもんなんだ」
クッパ先輩が落ち着けと、肩に手を置いた。
ホームレス学科の女子は男子同様、体力づくりをしている。そんなのを一年以上続けていれば自然とガタイも良くなって・・・。
何か、オリンピックのレスリング選手みてぇ・・・。
「はぁ・・」
かなり萎えた。
「それではプールのスイッチを押すぞ」
橋本先生は色んなボタンがずらりと並んだ、機関室の中に居た。機関室から外を見えるようにと壁は透明なつくりになっている。
プールにこんな仰々しい機関室なんているか? と?マークを浮かべた俺だったが、すぐに疑問は解けた。
橋本先生がレバーを上から下に下げると、ガコンッとプールにあったモーターが回転して渦を作り出した。
「もしかして・・・水災の訓練ですか?」
だとしたら、とんだプールだ。一歩間違うと死人が出るんじゃないか?
「察しが良いな、陽。その通りだ。川が氾濫したりすると、その近くに居を構えてる俺達は死んじまう可能性が高い。それを防ぐためにこうして訓練をするんだぞ」
「地元にありがちな下手な防災訓練より、よっぽど為になりそうですね」
渦はモーターの回転が速くなるにつれてどんどん激しくなっている。そして一定の速度を出すと逆に安定して、水が飛んでくる事はなくなった。
「よし。それじゃあ入っていいぞ。ゆっくり、ゆっくり入るんだ。波に体をさらわれないように!」
生徒達は「はーい」と、返事をするとプールに入っていく。プールサイドの壁に手をついて必死に波にさらわれないようにしている人や、逆にあるがままに漂っている生徒もいる。
「それじゃあ俺達も入るか。陽、俺が先に入るから後から入ってこいよ」
クッパ先輩が「高等技術だからな、陽。ちゃんと見とけよ」と、念を押してプールに足を入れる。
「って、わぁ!」
プールで滑りそうになったのか、慌てて手でプールサイドをつかみ、波によって浮いた足を支える。
「大丈夫ですか、クッパ先輩」
俺はクッパ先輩に近づいて、プールサイドを掴んでいたクッパ先輩の手を持って支えようとした。
「「あ」」
俺が触ると、それによって掴んでいたバランスが崩れ、クッパ先輩の手がプールサイドから離れた。
その後の波の浚われ方は見事なもので、声にならない声の様な叫びをあげるとぐるんぐるんとプールを何度も回転した。
ああ・・。洗濯機の中ってきっとこんなだろうな。
俺は黙ってみていると、さすがは馬鹿でもホームレス学科の生徒、すぐに自分の体の力を抜いて浮上した。そしてその後も慌てずに浮き続け、プールサイドの端に行ったところで再びプールサイドをつかんだ。
「ぶふっ! てめぇ・・陽! 殺す気か!」
クッパ先輩が居るところは俺と反対側だ。殴りに行けないので、クッパ先輩は手をぶんぶんと振って怒ってるんだぞとアピールしていた。
「ああ、ごめんなさい。クッパ先輩がカッコよく決めている所を是非に見たいと思いまして・・・。悪気はなかったんです」
そうは言っているが、俺は実のところはクッパ先輩を助けようと思っていたのだ。まあ、絶対に言わないけど。
「む。カッコイイ所をか・・・。陽! 俺はカッコよかったかー!」
ここで否定的な言葉を出しても面倒なのでとりあえず肯定的に返した。
「まあそれなりに」
「何て微妙な答え!」
俺にしては肯定的な答えだと思う。
そんな俺達のやり取りを見て、橋本先生が機関室から出て俺の元にやってきた。
「久利のお手本も見たようだし、おまえも試してみるか? もちろん、救命胴衣はつけてもらうがね」
お試し、ということだろう。こうやって、ちゃんと授業に交わるのはここに来て初めてだな。他は見てるばかりだったし。
橋本先生は俺が気付かぬスピードで俺に救命を着せると、ベッドにぬいぐるみを投げるような気軽さで俺を投げた。
「鷹野陽君よ! 怖かったら、筋肉の神に祈るがいい! 筋肉の神は筋肉には優しい!」
「そりゃそうだ! 筋肉の神だもんなぁぁああああ!」
どぼーん!
俺はプールに頭から突っ込んだ。
頭から入ると、鼻に水が一気に入り、鼻がツーンとして俺はその時点で涙目だった。
しかも、うまく浮けずに先ほどのクッパ先輩と同じように俺は回転した。はたから見ると大変笑える回転だったが、それが本人となると話は別だ。うまく見えない水の激流の中で俺の体はまわりつくした。
橋本・・・。いつか殺す!
俺は基本的に他人のそれを見てるのは楽しいが、自分がそれとなるとごめんだ。まぁ、それはどいつも一緒だと思うが。
「陽。大丈夫か?」
俺もしばらくすると、プールサイドの端にたどり着き、すでにプールからあがっているクッパ先輩に引っ張られてプールから出た。
「一応・・」
これを救命胴衣抜きで入るには並々ならぬ努力がいりそうだ。
俺とクッパ先輩は髪をぐっしょり濡らして、NEET学園から最寄りの駅へと歩いていた。
「どうだ。陽? 学園は楽しかったか?」
クッパ先輩は俺の見学に付き合っていたはずなのに、けろりとして俺の横を軽快そうに歩いている。反対に俺はぐったりとしていて、家に帰ったら布団で熟睡する自信がある。
クッパ先輩は軽快に歩きながらも、俺がこの学園入るかどうか伺っているようだ。それは学園の利益の為に入って欲しいというより、個人的なものに感じた。
「インパクトはありました」
俺はその後、何と言っていいかわからず沈黙した。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
むぅ。
「一つだけ。質問します」
「おう! 何でも聞いてくれ!」
「ここの学園は通っていて楽しいですか?」
「うん!」
一秒ともたたずにクッパ先輩は答えた。クッパ先輩にとってすでに分かりきっている答えなのだろう。
そういえば、あのDVDに映っていた男子生徒も即答だったな。
「さすが学園がよこす案内人だけあります。わかりきった答えをどうも」
俺はクッパ先輩の答えがあまりにも恥ずかしくて、顔を伏せながらそう言った。
「いやいやいや。そこで面白くないって答えてもヤバいだろ」
「そうですね。その場合はこの学園に入学するのを止めます」
「・・・選択肢なんてなかった」
そうこう言ってるうちにNEET学園の最寄駅、ホームにまでたどり着いた。無人駅だから目的駅で精算するのだ。
「俺が入学するか否かはクッパ先輩には言いません」
「ええっ! 陽のいじわる~」
「ええ。だから、楽しみにしていてください」
その答えで察したのだろう。クッパ先輩は顔がぱあっと明るくなり、ぴょんっと飛んだ。
そして都合よく、電車が到着した。この空気のまま数分待つのは御免だったため、ちょうどいい。
「それではさよならです、クッパ先輩。また会えるかどうかは保証しません」
「また会おうな!」
聞いてねー。
俺が乗り込んだことを確認すると電車の扉が閉まり、ゆっくりと電車は動き出した。
俺はクッパ先輩が遠ざかっていくことを確認すると、ポケットからくしゃくしゃになった入学案内書を取り出した。
「これに〇をつけて郵送すればいいのか」
家に帰ってゆっくり寝たら、引っ越しの準備をしなければならないだろう。
もしも、自分が学校を経営するとしたらどんな学校が良いだろう・・という、思想から生まれた学園ものです。
2015年4月14日。確認できた誤字等を修正しました。