大変
『難しい』の続編です。いや長くなりました。
様々な神仏修羅や死者、人間が暮らす世界。その名もキューラ。
この世界の中で暮らす一匹の鬼―――鬼道院正嗣。
そんな彼の、一日。
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「・・・・・・・・・仕事か」
そう呟きながら俺は目が覚めた。
あー大変だ。面倒だ。行きたくない。
しかしそうも言ってられないので、俺は仕事の制服に着替えて飯を食べる。
飯、と言っても人と何ら変わりない。霊体等を食う奴も未だにいるが、あれは人によって味が変わるのでこちらの方が断然いい。
行きたくない…が、行かないと学費が払えない。まぁ学校へ行かなくてもいいんだが、ぶっちゃけ担任が押し掛けてくるから怖い。アイツ絶対俺の家に突撃してくるし。
・・・・・・さて。行くか。
「正嗣ー!学校行くわよー!!」
…いきなり出鼻をくじかれた。よりにもよって近所の同級生に。
今日は仕事だってこと分かってて言ってるんだろうか、あいつは?
そう思いながら聴いてみる。
「今日は仕事だぞ?」
「・・・あ!そうだったわね!!」
忘れていたらしい。こいつ、いつも俺の事よびに来るから分かってるもんだとばかり思ってたんだが…
…まぁいいか。いつも一緒に行くだけの関係だし。
ドアを開ける。すると玄関前には案の定近所の同級生がいた。
「ゴメン正嗣。忘れてたわ」
「別に気にしなくていい。忘れるのは誰にだってある」
「でも…」
こいつはどうも重く受け止める。なのでいつも諭してしまう。
「忘れることは悪いことじゃない…とは言い難いが、忘れたところで困ることがあるのは大事な約束とかだけだ。こんな些末なことで悩むんじゃない」
そう言っていつものように頭をなでる。かれこれ数年は続いてる気がする。
するとこいつは気持ちよさそうに目を細めていたが、少し経ってからいつものような表情に戻り頬を少し染めて言った。
「ふ、ふん!正嗣って本当女心の分からない奴ね!」
「それ以前にお前たちと一緒に行動することが億劫に感じているんだが…」
「そんなこと言うんだったら孫先生に言いつけるからね!」
「マジか。それだけは勘弁してほしいんだが」
「だったらもう言わないこと。良いわね!?」
「・・・・・・・・・・・・・ああ」
ちなみにだが、孫先生は孫悟空(♂)と言い、俺達の学校の生活指導(主に妖怪等の)担当である。はっきり言って殺しにかかってきているぜ、あの先生。
さてこんな会話をしている暇ではなかった。さっさと仕事場へ向かわなければ。
俺はこいつ―――春野美影との会話を早々に切り上げ、仕事場へ向かった。
俺は学校をたまに休む。人との関わり合いが難しいから……というわけでなく、単純に学費を払えないから。家賃は払わせているから問題ないが。
だから仕事をしている。出勤の形からどう考えてもアルバイトに近い形だが、これでも立派な正職員だ。
……たまにしか現れないから仕事が大変なんだけどな。マジで。
「あ、鬼道さん!」
「鬼道さん、おはようございます!」
「おお」
部下とそんな挨拶を交わしながら、俺は仕事場―――冥府の関所に着いた。
冥府の役所。本来亡者の裁判を下す場であったが、現世と混ざって以来生者が入るときの関所みたいなものにもなっている。
本来こちらの仕事をしているんだが、閻魔が「今度妖怪たちと人の混合学校ができるから、そこの学生になってくれない?」という命令でしぶしぶ学校を優先している。
……アイツ見てないとたまに仕事してないからな。その度に矯正してるんだが、懲りない奴なんだろうか。
そんな事を考えていたら自分の仕事部屋に着いた。あー、久し振りだな、おい。
開ける。
「やっぱりか・・・・・・」
思わずため息が出てしまうほどの書類の数。机の上に積み上げられ、もはやつぶれるんじゃないかと思えるほど。
「こうなりゃもう一人雇わせればよかったぜ・・・」
そう呟きながら制服の袖をまくり、近くにあった書類から目を通し解決策等を書いていく。
閻魔の野郎。こんなことになるってわかってて俺を学校へ送ったんだったら、釜に突き落としてやる。
そんなことを考えながら作業をやっていく俺。
本当に大変だ。高々三日でこんなに仕事が溜まってるなんて。
ちなみに、中には閻魔大王がやらないといけない書類を見つけたので、運んできたやつを制裁し、閻魔に押し付けるために何も記入せず重ねていった。
「・・・・・・・・・終わった」
長かった。時刻はもう四時だ。昼なしでよく頑張ったな、俺。
あとはこの書類を全部閻魔に押し付ければ終わりだなーと思い部屋を出ると、
「鬼道様~!」
と手を振りながら走ってくる女子が来たので、反射的に俺は扉を閉めた。
…チッ。なんだって昼食おうと思ってる時にきやがるあの阿婆擦れ。テメェここに無許可できすぎだろ。
ドンドンドンドン!!
「鬼道さま!どうしてお閉めになるのですか!?私、何かしましたか!?」
言いながら扉を叩いてきている。その行為に、俺はため息をついてから叫んだ。
「うっせぇ!とりあえず黙ってドア叩くの止めろ!!そっからだ!」
言うなり止まるドアのノック音。
こいつの相手も大変だぜ。
そう思いながら言った。
「…で?部署が全く違うお前がどうしてここにいるんだ、アテナ」
部署どころか所属自体違うのだが、気にしないでくれ。
「どうしてって、鬼道様にお会いになりたいがためです」
ドア越しにそんなことを言われたが、俺としてはいい迷惑。しかしこの状況はどうしようもないので、黙ってドアを開けることにした。
「お久し振りです、鬼道様!!」
開けた瞬間突撃してきて抱きついてくるアテナ。それに対しため息をつく俺。
こんなことになったのは、せいぜいこんな世界になって十年経つかどうかの話である。
罰則がちゃんと機能しているか視察をしていたら、日本の地獄の神様とは違う雰囲気を持った少女っぽい奴が右往左往していたのを発見。一度スルーして戻ってきたら、そこの囚人(亡者)が逃げ出すという異常事態が発生したため、即収束させ職員を縛り付けて説教し、元凶を吐かせそいつ(元凶)にも説教した。
…そいつがアテナだった、というオチだ。それ以来たまにこいつは俺の下にやってくることになるんだが。
大変だな、ホント。なんだってこいつの相手しなきゃいけねぇんだ。
などと思っていると、急にアテナが不機嫌になった。
「どうしたんだよ?」
「鬼道様、私の事めんどくさいと思いましたね?」
「あー」
元は戦神だったからだろうか。どうもこいつは勘が鋭い。
だが構っていられるほど時間がないので、「また来い」とだけ言っといて頬ずりし始めたアテネをはがし、俺は閻魔に対する書類を台車に載せて運び出した。
大変だ。学校と仕事。その両立というのは。
仕事を優先したいが、そんなことしようものなら我らの担任が牙をむき、学校を優先すると仕事がたまっていく一方。
・・・・・・・・・どうしたものか。
とか考えていたら腹が鳴ったので、とりあえず台車を押しながら食堂へ向かった。
「久し振りだね、鬼道の坊主」
「初代地獄の王が今や食堂のおばちゃんって。……なんかシュールだな。いつ来ても」
「なんにするんだ?」
「親子丼」
そう言ってから席へ向かい、台車をその近くへ置いてまた戻る。
「はいよ。若いんだから大盛にしたよ。それに、仕事がたまってるんだろ?」
「終わったよ。あれは閻魔の野郎のだ」
「ああ、あいつか。アイツは確か針山の方を視察してるんじゃなかったかな?」
「そうか」
なんて世間話をして俺は台車を置いた席へ戻る。すると、
「……なんでここにいる、アテナ」
「置いていったからです」
アテネが正面の席に座っていた。しかもさらに不機嫌になって。
やれやれ。この修復もしなければいけないのかね。学校へ行ってから何やら考え方が人っぽくなってる気がする。
そんな事を思い、俺は席に座って親子丼を食べながら言った。
「悪かったな。昼食べないで溜まっていた書類を片づけてたんだ。少々苛立っていた様だ」
「つまり私をそのはけ口にしたと…」
予想外の反撃を浴びたが、もう一度謝った。
「……すまなかったな」
「許しません」
「そうか。なら来ないでくれると助かるんだが」
あっちが頑なだったので、俺はもう仲直りしない方向へ持っていくことにした。なんかもう、いいかなと思えた。
すると、アテナはその言葉にショックを受けたのかひどく取り乱した。
「そ、それは嫌です!鬼道様と会えなくなるのは私的に嫌です!鬼道様と会えない日々はとても悲しくて嫌です!」
・・・・・・・・・・・ん?この状況、まずくね?
問1.所属が違う奴(しかも戦神)がただの鬼(閻魔の教育役兼補佐役)の俺の目の前でひどく取り乱し、若干泣いている。傍から見たらどう映るか?
答.俺が泣かせたと思われる。最悪国際問題に発展。
この流れがわずか数秒で出来てしまい、俺は焦った。
やばい、非常にヤバイ。許可なしの可能性もあるが、堂々と来てるなら本当に国際問題に発展しかねん。
さすがにそれは回避せねば。
そう思い、俺は泣きそうになりながら嫌々言っているアテナの肩をつかみ、言った。
「泣くな!別にそんな意味で言ったわけじゃねぇ!!……少しは反省して来いって言ってるんだよ」
「え……?」
騒ぐの止め、涙目になりながらも俺の顔を見つめてくるアテナ。
多少おさまったことに内心安堵しながら、席に座って俺は言った。
「俺の仕事日知ってるだろ?だからその日に合わせてきたんだろうが、仕事してるんだよ俺は。少しはこっちの事情に合わせることを学べって」
そう言って食べ掛けの親子丼を食べる俺。冷めてるがうまいな、やっぱり。
すると、俺の言ってる意味を理解したのか彼女は言った。
「・・・・・・すみませんでした」
「分かればいいんだ」
ふぅ。これで最悪のケースは回避できた。そう思い内心ほっとしていると、俺が一番会いたかったやつの声が食堂に響いた。
「ふんふふーん!今日は一体何食べようかなー?」
この能天気で子供っぽい声……間違いない。
この瞬間、先ほどまで焦っていた気持ちなど消え失せ、代わりに万全な状態で声の主へ向かった。
「エぇぇぇぇぇンマぁぁぁぁ!!!」
「~~~♪……ん?って、ギャーーー!鬼、鬼道!?ど、どうしてここに!?」
「書類仕事こなしに来たんだよ――!!!」
「忘れてたーー!ギャッ!!」
驚くエンマの顔に跳び膝蹴りを食らわせ、閻魔がいた場所に俺は着地し、閻魔はそのまま壁にめり込んだ。
「・・・・・・。うしっ!」
「うしっ。じゃありませんよ?」
めり込んだエンマを見てガッツポーズを取ったら、顔は穏やかで西洋風でいう聖母が俺の目の前でにこやかにそんなことを言っていた。
俺は気にせず言った。
「菩薩様。閻魔の事甘やかしすぎですよ。あなたの性質上厳しくできないのでしょうけど、それと甘やかすのとは別ですよ」
「私は甘やかしてるつもりはないのですが……」
そう言って首を傾げる目の前の聖母っぽい女性。
とりあえず無視し、俺はめり込んだ閻魔を引っ張り出して頬を往復ビンタして起こした。
「痛いからね!?」
「うっせぇ。テメェの書類がこっちに流れてたんだ。これぐらいで済まされることを逆に感謝してほしいもんだ」
そう言うと、びくりと肩を震わす閻魔。やっぱりか。
「テメェ、書類押し付けたな?仕事サボってたな?」
「ううん。ぼ、僕、仕事サボってないよ?」
「書類押し付けたことは認めるんだな」
「お、おお押し付けてもないよ」
「どっちも声が上ずってるってことは……クロだな」
そう言うとがたがたと震え始める閻魔。
そんな閻魔に、俺は悪い顔をしていった。
「さぁ、仕事の時間だ」
「い、イヤダ―――――!!!!!」
その日から約二週間、閻魔が「申し訳ございません鬼道様。もう二度とサボったりしません。申し訳……」と呟きながら仕事をしている姿が目撃され、周囲の鬼たちや妖怪たちは「ああ、またか」と各々の仕事をしていった。
菩薩様は、その穏やかそうな顔で癒しを振りまいていた。
P.S.
アテナが俺のいる学校に転校してきた。名前は「アテナ=シュバルツ」として。
俺より年下だということには驚いた。
また大変な日々になりそうだ。
「鬼道院」は学校での名前。鬼道が本当の名字。
閻魔は子供。