売り切れゴメン
「佐助! 付き合え!」
猿飛佐助が、下駄箱に上履きを突っ込んだ瞬間、一学年上の望月六華の襲撃を受けた。
「六華……悪いけど俺、お前は好みじゃ――」
「今日は、年一回お一人様一個のメンズデーなんだ!」
「は? メンズデー?」
「いいから来い!」
六華は佐助に突進し、ぐわしっと腕を掴んだ。
「さ――佐助! ちょっ、え!?」
実際に腕を掴まれたのは、戸澤君だったが。
「うん? お前誰だ?」
「と、戸澤です……」
「丁度良い! お前も付き合え!」
「え!? お――俺も、根津先生ならともかく、先輩みたいな人は好みじゃ――」
結局、佐助と戸澤君は、六華に付き合う事になった。パソコンのパーツショップに。
「あのさ……。それは、無理があると思う」
ショップの前で、佐助は六華に忠告し、戸澤君も頷いた。
「さすがに、付髭だけじゃ……無理なんじゃないスかね?」
「そうだろうか……?」
「うん。そうだろう。お前そもそも女子制服着たままだろ」
「むう。では考えよう。最新のCPU、高付加価値のマザボ、ゴールド認証の電ユニ。どれか一つを諦める場合、どれだ?」
「あの……そもそも三つとも分かりません」
「ていうか、そんなマニアックな事、俺らに訊くな」
「むうぅ……! お前ら使えないな!」
付髭の高校三年生の女の子は思い切り顔をしかめた。
「そもそも、無理矢理つき合わされてるんだけど、俺ら」
「マザボって、なんすか?」
「マザーボードだ。これによって、搭載できるCPUやメモリが決まる……! ちなみにCPUから考えた場合、選ぶマザボが決まる」
「電ユニって言うのは?」
「電源ユニットだが?」
「そうスか……」
「かなり大事なんだぞ!」
「いや……まあそうなんでしょうね」
六華は、イラついたように地団太を踏んだ。
「想定外! 想定外だ! 丁度良い男子も捕まえたと思ったのに!」
「あのさ……さっきの話を鑑みるに、CPUってのと、マザボってのと、なんか、切っても切れない感じがするんだけど」
「ほう、佐助。いいところに気がついたな」
「だったら、電源ユニットとか言う奴、諦めたら良くね?」
「……それがそう言うわけにも行かない」
「なんでっスか?」
六華は、恥ずかしそうに答えた。
「もともと、私が組んだマシンの電源供給容量が問題でな。変換効率の悪い電ユニでは、常に落ちる危険性がある。だったら、最新CPUと付加価値のあるマザボから、組み立てなおしたら、とそう思ったんだが、そもそも、電源が安定していないと、それも意味が無いって言うか、何と言うか」
なんだか、ジャンケンみたいな話である。
「てか、なんで一つを諦めなくちゃなんないんスか?」
「金が無いからだ!」
戸澤君の疑問に、叫んだ六華。
「金さえ有れば……! せめて八十万円あれば……! CPUクーラーは水冷、SSDとテラ級HDD! BD対応ドライブ! メモリ最大! CPU最高最新! グラボ複数! 高級ディスプレイ! ――組めるのにっ!」
「はぁ……全然解んないっスけど、なんか凄いのだけは解りました」
理解の範疇を超えた為に流れる汗を、頬を掻く仕草で、人指し指を使って拭った戸澤君。
「じゃあ……いっそ三つとも諦めたら?」
言い終わらないうちに、佐助の頬に六華の拳が伸びた。
「ぶ――っ!」
「だったら最初からお前らを連れてきてない!」
「いや……お前なら、自分で一から作れんじゃないかな……と」
「なに……?」
科学者魂を揺さぶったつもりであったが……。
「CPUもマザボも電ユニも自分で作れと? 出来るか! バカ助! 貴様CPU一つ作るのにどれだけの設備が要るか知ってるか!? CPUをあのサイズにまでするのに!」
「いえ……知りません」
「全く……パソコン一つ組めない人間が、偉そうなことを言うな。と言うか、ショップもショップだ! パソコン組む奴なんて、基本男ばかりじゃないか! なのにメンズデーなんて必要か? レディースデーこそ作れよ! なあ? 前田君」
「それを俺に言われても……それに俺は戸澤です」
このままでは、埒が明かないと感じた佐助は、
「とにかく、どれか一つ諦めるしかないんだから、何にするかしっかり考えたら?」
熟孝を促した。
「おお……佐助にしては珍しく建設的な意見だ」
「うるせえよ。お前らに比べたら俺はいつも建設的なつもりだよ」
「じゃあ、CPUとマザボ諦める」
「早っ! しかも二つ!?」
「いや、CPUだったら、そろそろ新製品出るらしいし。マザボもそのCPUの規格によっては使えない場合あるし」
事も無げに言う六華。
あははっと笑って、六華は付髭を外した。
「そうと決まれば、レッツゴー!」
佐助と戸澤君を伴い、六華はショップへ入っていく。
五分後……。
電源ユニット陳列棚の前で、六華は愕然とした。別の場所では戸沢君が目を輝かせている。
「へえ……これがマザーボード……。なんかメカって感じ」
蘇芳色の基盤の上を複雑に走る銅線。青や黄色のメモリスロット。コンデンサや各種回路が整然と並ぶ。ほぼ真ん中に、CPUソケットがある。
戸澤君が感想を洩らしたマザーボードは三万円ほどする、高級品だ。
最新のCPUに対応。十機のUSBポート、メモリは最大24ギガバイト、PCIエクスプレス×16、と、説明するとキリが無いのでやめよう。
「なるほど――確かに、こういうのって、俺ら男子は見てるだけでもちょっと楽しいな」
佐助も、少し声音が変化している。小学生の頃、電化製品を分解しては、悦に入っていたのを思い出す。
「……無い」
佐助とは違った意味で、六華の声音が変化していた。
「あああああ……無い……狙ってたのが……無い!」
震える声。視線を辿ると、商品の札の上の、何も無い空間。
「売り切れじゃないスか?」
「もう夕方五時だしな。他のじゃダメなのか?」
「それじゃ計画が狂う……」
結局、六華が狙っていたものの内、在庫があったのは、諦めたはずのCPUだけだった。
「今のマシンじゃ、規格が違うから、乗せ換えられない……」
しばらくは、宝の持ち腐れになりそうである。