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顔見せ


 今日も、会議は脇道に逸れた。

「だから、カレーライスか、ライスカレーか、本当のところはどうなのか、と」

 真田家第二十代当主予定・高校二年生・真田雪が、ビミューな表情を作った猿飛家次期当主・高校二年生・猿飛佐助に、そう言った。佐助は、一度ぐるりと、この場に居る十人を見渡すと、うんざりしつつ、

「カレーライスだろ。普及度から言って」

 当たり前の事を言った。

だが、高校二年生・三好清海(はるみ)は鼻で笑った。佐助はこっそりと心の中で彼女の事を『本家バカ』と呼んでいる。ちなみに、雪の事は『元祖バカ』と呼んでいる。

「そーゆー古臭い事しか言えない人間が、世の中を所々なんかそんなふうにしちゃうのです。あたしのお父さんなんかね、あたしがスーパーファミコンやってても、『そろそろファミコンやめて、勉強しなさい』って言うのよ?」

 ――今時スーファミかよ。てか、お前のお父さん、間違ってないわけでもないし。

 佐助が脳みその片隅でだけ、つっこんだ。だが、一筋縄でいかないのが、ここに居合わせた連中である。

「ひどいな……! 8bitマシンと16bitマシンの区別も付かんとは! 抗議したのち講義しなければ!」

 自称天才科学者(佐助は『天災科学者』と呼んでいるが)・高校三年生・望月六華(りっか)は鼻息荒い。

「卵かけご飯。かやくご飯って言うだろ? つまり、上から順に、言ってるわけだ。あと、語尾が『ん』とか『ス』の方が、語感良いしな」

 清海と六華を完全に無視して、佐助は結論付けた。

「ちょっと待って!」

 待ったをかけた保険医・根津末広(みひろ)。この場の最年長・二十五歳である。彼女は、只今、酒に酔っている。

「才麗ちゃんが分身の術使ってる!」

 目下、国語教師・二十四歳・霧隠才麗(さえ)は、ピースの煙をひっきり無しに吐き出しているだけで、それ以外何もしていない。

「だったら、ライスカレーじゃないの?」

 雪も末広を無視して、なんとも不思議そうな顔をする。

「なんで?」

 ちょっとイラッとしながら、佐助が問うと、

「ホワチャー! ユーアー? ネィーム?」

 英語らしき質問返し。

「……マイネームイズ、サスケサルトビ」

「ほら!」

「だから、なんでだよ」

「カレーって、日本語じゃないし。だったらファーストネームからでしょう」

「カレーにファーストもファミリーもあるか!」

 語気を荒げる佐助。と――、

「カレーってさー、あれ、カレーがかかってんじゃ無くて、ルーがかかってんだよね?」

 パチンコ雑誌を熱心に読んでいたはずの、英語教師・二十四歳・穴山千代(ちよ)が口を挟んできた。

「……またメンド臭い意見を……」

 佐助はそう、呟かざるを得ない。だが、雪は即座に結論付けた。

「ルーは、ミドルネームってことで解決します!」

「おぉー」

 パチパチと拍手が上がった。佐助も拍手した。ここで結論ぽいのが出た以上、これからさきは面倒くさいだけである。

「それはそれとして、どうでも好いけど、さっきの二人とも発音おかしいから。そんなんじゃ、外人と卓囲んだときに、苦労するよ」

 卓。千代の言う、卓とは、詰まるところ、マージャン卓のことである。

「こないだ関西弁のアメリカ人と打ってさ、発音の間違いとか色々指摘されたんだよねぇ」

「あのさ、カレーライスかライスカレーは、ぶっちゃけ、カレーがご飯に掛かってる状態で出て来るか、別個に出て来るかの違いなんじゃない?」

 才麗は短くなったピースを、彼女しか使わない灰皿に押し付けながらそう言った。

「ま、この説自体、どうなの? ってカンジだけど。結局、どうでもイイよって事よ? ちなみに、夏目漱石は、『漱石日記』に『ライスカレ』って書いてるけど。あ、そうそう、日本だけじゃないと思うけど、いわゆる、庶民が使ってた物とか、言葉とかが、上流階級に使われ始めて、それが常識化する、てのがあるんだ。麻の着物なんかが、いい例。昔、麻なんて身分低い人の着物だったのが、いまや高級品だしね」

「昔、牛肉の替わりだった鯨のお肉が、今は高いのと同じ? グレシャムの法則ってやつ?」

 高校三年生・海野十六夜(いざよい)が、珍しく声を出してボケた。彼女は、生きるのに必要なエネルギーの摂取――食事すら、たまに面倒だという人間である。顔見せだから、ボケたのである。

 完全に、駄目な生徒を見る目つきで、才麗は、

「違う。ちなみに、グレシャムの法則って、何なのか知ってる?」

 才麗は教師以外の全員に向けて言った。

「はい。誰かわかる人」

 いの一番に手を上げたのは、保険医・末広だ。

「分身のやり方を教えてください!」

「めっちゃ速く動け。はい、他にわかる人?」

「はい。めっちゃ速く動くにはどうしたらイイですか!」

「めっちゃ頑張る」

「めっちゃ頑張ってめっちゃ速く動くと、今の私、吐きます!」

 なにせ、酔いどれ天使である。そりゃあ、そうだ。

「あたし、頑張る、って言葉、嫌いなんだ……」

 十六夜は眠そうな顔でぼそりと言った。

「むしろ、死んだほうがマシなんじゃない?」

 本家バカの――もとい、清海の妹である三好伊為三(いなみ)は聞こえよがしに言う。

「どうせ、その内、生きるのも面倒だとか言い出すだろうし。生きてても寝てるだけでしょ?」

「うん。そういう生活したい」

 十六夜は怒るでもなく、むしろ、本気で魅力を感じているらしい。

「どうせなら、あたし、ナマケモノに生まれたかった……」

 いつの間に取り出して火を点けたのか、才麗はピースの煙を吐き出しながら、

「はあー、ほんっと、アルティメット級のダメ人間だな、おまえ」

「違う違う。Ultimate」

 千代が発音を示した。

「アゥテメット」

 なるべく忠実に発音してみる才麗。

「No no no。Ultimate」

「悪いけど、もういいや。どうせあたし、外国行く気ないし」

「あっそう?」

「大学出てまで、英語勉強したくないし」

「才麗、英語で道訊かれたら、どーすんの?」

 伊為三が割って入った。

「わたしなら、殴るね。大体、日本人は大抵、その国の会話本持ってくのに、お前らはなんだと。デリカットかスペクター級の会話力を持ってから来るのが礼儀ってもんでしょうが」

「うん。さすが伊為三。よく言った。その意気や良し!」

 才麗も力強く同調した。

 ――違うだろう、それは。

 佐助は、心の中でだけ、つっこんだ。

「これ?」

 メイド服に身を包んだ高校一年生・筧十環(とわ)は、右手を佐助の顔の前に持っていった。親指と人差し指を伸ばし、中指は人差し指と九十度になるよう、これまた伸ばしている。

「何が……?」

「グレシャムの法則?」

「二重に違う。そりゃフレミングの法則だし、左手使え」

「へえ。佐助って左手派?」

 くっく、と笑った、高校二年生・由利詩来(うたた)

「左手の法則なんだから、そもそも左手だろうが」

 面倒臭い、危ない、面倒臭い、とは、直感しながらも、佐助は思わずつっこんでしまう。

「利き手に比べて、ぎこちないのがイイって言うよね」

 と、詩来は意味ありげにウィンク。

「何のハナシ!? 今はフレミングさんの話をしてんだよ!」

「すいませんしたー!」

 詩来は頭を下げながら、左手を突き出した。モザイクを、かける必要があった。

「下ネタはやめろっ!」

 雪と清海は、指を目の端に当て後方に引っ張るようにして、目を細めた。

「何やってんだ」

「いや、モザイクって、目を細めれば見えるって、聞いた事があるから……」

 元祖バカが答えた。うんうんと頷く本家バカ。二人を憐れむ様な目つきで眺める六華は、

「あのさ、帰っていいかな?」

 ふぅ、やれやれと、溜息を一つ。

「それは、こっちの台詞だし、一番最初の議題について、何の結論も出てねえんだけど!」

「一番最初の議題?」

「ちょい待ち。佐助、今のは日本語としてどうなの? 一番最初って」

「うるせえっ! これ以上脱線するようなこと言うな!」

 佐助もいい加減、声が荒くなる。しかし才麗は、バカ二人とは違った意味で、目を細めた。

「ほう。非納税者の分際で、あたしにそんな口利くとは、いい度胸だ」

「……すみませんでした霧隠先生……」

 謝る他は無かった。才麗は佐助の担任でもある。

「まあまあ。才麗もそれくらいにしてさ。私もそろそろ船券買いに行かなきゃだし、ちゃちゃっと最初の議題終らしちゃお」

 千代がとりなした。彼女に続いて、十環が援護射撃。

「わたしも。観たいアニメあるし」

「わたしはグラボとSSD買いに行かなきゃいけないし」

 と、これは六華。

「ちっ、仕方ない。許してやる」

 三人にまでとりなされて|(?)、才麗もこれ以上は大人気ないと感じたようだ。

「で? 最初の議題ってなんだっけ?」

「確か、カレー・ルー・ライスか、ライス・ルー・カレーかトゥギャザーしようぜ?」

「だから違う! 隣町の高校が徳川連合の支配下になったから、うちとしてはどうするかって話だよ!」

「そんな事言われてもねー」

 雪の口調には、やる気、言うものが感じられない。

「お前この委員の責任者だろうが」

「運動部は軒並み弱小。偏差値だって高いわけじゃない。果たして、他校にとって魅力ある学校でしょうか?」

「それを言うか……!」

「じゃ、結ろーん。多分何とかなるっつうことで。はい。解散」

 雪は底抜けに明るい笑顔で手を叩いた。

「はぁっ!?」

 直後、メンバー達は三々五々椅子から離れて、部屋を出て行く。一分と立たずに、取り残された佐助。目の前には、十六夜が手枕で寝ている。

 ――なんで俺……あんな奴らと関わってるんだろう……?

 理不尽な己の人生に、悲しくなった。ひとしきり嘆いたのち、佐助も帰ることにした。

「おい。十六夜。帰るぞ。起きろ」

 彼にとって、彼女は一学年上の先輩である。にも、関わらず、呼び捨てた。ナマケモノに敬称は要らないと、思っているようだ。

 揺さぶると、十六夜は億劫そうな声で、

「いい……。帰るの、面倒くさいから、あたし、今日、ここで寝てる」

 そう告げて、ガチで寝始めた。

 ――なんで俺……こんな奴らと関わってるんだろう……。

 佐助はマジで泣きたくなった。


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