*天然
「なんだよ。まだそれだけか」
聞いた杜斗は呆れるように発して腕を組む。
「あ、酷いな」
「おいっまた逃げたぞ!」
そんな声が倉庫の方から聞こえて2人は互いに顔を見合わせた。
「うきゅ!」
「! いたぞっ!」
変な声が聞こえて茶髪がそちらを見ると、山の切れ目につっぷしている時弥を見つける。
「まったく……逃げるんじゃねえよ」
「いや~なかなか逃げ切れないねぇ……あっはっはっ」
薄笑いで小さく笑う。
杜斗め覚えてろよ……と心の中で涙を流した。
「君、優しそうなのになぁ」
「え……?」
腕を掴んで倉庫に促す茶髪に時弥はぼそりとつぶやく。
「知ってる? 自衛隊ってね1人も殺してないんだよ」
「なんだよ突然……」
「人を助けるための軍隊。それが自衛隊なんだよ」
もちろん軍隊と認められている組織ではない。呼称が必要であるが故の言葉である。
「……」
ニコニコと笑う時弥を見つめて茶髪は怪訝な表情を浮かべた。
「こんな状況でよくもそんな事が言えるよなあんた」
「こんな時だからこそさ」
これは現実逃避じゃない。次の行動に移せるための余裕を生み出す行為だ。悩んだり焦っても打開策は見いだせない。
「そろそろ夜か」
倉庫の入り口から見えるコンクリートの床に時弥はぼそりとつぶやいた。さすがに今日中には解決しなかったか……小さく溜息を漏らす。
「怖いよ……」
少女がか細くつぶやいた。
薄暗くなった倉庫に茶髪がランタンを置いていったが、その明かりはとても安心出来るようなものではない。
時弥は震える少女を見つめてニコリと微笑み口を開いた。
「夜っていうのは怖くないよ」
「え?」
「だって……」
安らかな眠りを誘うものだもの。静かにそう発して再び笑う。
「ほら、敵をたたく時って夜間なんだよね。それって視界がハッキリしないからなんだけど……。ハッ!?」
言いながら途中で気がつく。いま話してる事ってむしろ怖がらせることなのでは……
「……」
ちらりと少女を見下ろすと案の定、先ほどよりも震えている。
「あちゃ。ごめんごめん」
女の子っていうのはどうも扱いにくいな。と時弥は困りながら縛られている後ろ手を動かした。
家族に姉がいるが彼の姉は少し変わっていた。時弥が自衛隊に入ったのも姉の影響だと言っていい。
男と女では同じ鍛えた者同士である場合は絶対的に男性が強い。そんなコンプレックスを持つ姉は何故か物心ついた時弥を鍛え始めた。
恋人が出来るまでのボディガード的な役割をさせようと考えたのだ。5つほど年の離れた姉だがそのトレーニングは本格的で時弥は姉の教え方が上手かったのか近所の暴走族、数人にも勝てるほど腕を上げていた。
そんなおかげで暴走族や暴力団からの誘いが頻繁になり……先にキレたのは姉だった。
「あたしの大事な弟をそんな処にやれますか! あんた自衛隊に入りな!」
「はい……?」
普通、レールは親が敷くものだと相場が決まっているものだが時弥に至ってはレールは姉が敷いた。
特に行きたい進路も無かった時弥はそのまま自衛隊の門を叩いたという訳だ。