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プロローグ 「無限」の代償

 娘の寝顔は、透き通るように白かった。


「サクマ殿……残念ですが、サナちゃんの余命は、もってあと半年といったところでしょう」


 王都でも随一と言われる医師の言葉が、冷たい鉄球のようにサクマの胃の腑に落ちた。


 サクマの愛娘、サナの体を蝕んでいるのは『魔力漏出症』。


 体内で生成された魔力がそのまま霧散してしまい、常に激しい「魔力枯渇症」を引き起こす不治の病だ。


 魔力が空っぽの体は、ただ呼吸をするだけで激痛を伴い、生命力をゴリゴリと削り取っていく。


 これまで、軍の鍛冶師として稼いだ給金のすべてを治療とポーションに注ぎ込んできた。だが、それも限界だった。


「……サナ」


 眠る娘の細い手を握る。温もりすら薄れつつあるその小さな手を、サクマはただ無力に握りしめることしかできなかった。


 数日後。サクマは軍の特別工房に呼び出されていた。


 彼はただの鍛冶師ではない。作った武器や防具に特殊な能力を付与できる『エンチャンター(付与魔術師)』としての顔を持ち、その腕は軍部でもトップクラスだった。


「サクマよ、これを見ろ」


 軍の総司令官であるザウス将軍が、重々しい金属の箱を開けた。 中に入っていたのは、星空を固めたかのように深く瞬く、拳大の宝石だった。


「これは……! これほどの純度と密度の魔力石、見たことがありません」


「かつて滅びた神話の時代の遺物だ。貴様の付与魔術と鍛冶の腕で、これを使って最強の武器を創り出せ。他国を圧倒し、蹂躙できる絶対的な力をな」


 軍の至上命令だった。 サクマはその魔力石を自室に持ち帰り、作業机の上に置いた。石からは、底なしの魔力がとめどなく溢れ出ている。


「これほどの魔力があれば……どんな強力なスキルでも付与できる」


 その時、サクマの脳裏に、ある狂気じみた閃きが走った。


 通常、生きた人間にスキルを付与することはできない。人間の持つ固有の魔力波長が、付与魔術の術式を異物として弾き出してしまうからだ。


 だが、もしも対象が「自分と血の繋がった実の娘」であったなら?


 遺伝によって受け継がれたサクマと極めて近い魔力波長を持つサナになら、自分の魔力で編み上げた術式を適合させられるのではないか。


 そしてこの魔力石の力を使えば、彼女の病にも打ち勝てるほどの力を持ったスキルを与えることが出来るのではないか。 


「……やるしかない」


 何もしなくても半年後には確実にサナは命を落としてしまう。 サクマは国宝級の魔力石を握りしめ、サナの眠るベッドへと向かった。

 深夜。静まり返った部屋の中で、青白い光が激しく明滅していた。


「ぐっ……! 術式、固定……弾かれるな、受け入れろサナ……!」


 サクマは自身の血を触媒に複雑な魔法陣を描き、サナの胸元に魔力石を押し当てていた。魔力石は凄まじい熱と光を放ちながら、ドロドロに溶けてサナの体内へと吸い込まれていく。


『魔力漏出』を凌駕するほどの、圧倒的な魔力の供給。それを可能にする概念の定着。 サクマは魂を削るような集中力で、最後の言霊を紡いだ。


「エンチャント――『無限インフィニティ』!!」


 眩い閃光が部屋を包み込み、そして、ふっと光が収まった。 ベッドの上には、静かに横たわるサナの姿。


「サナ……?」


 恐る恐る声をかける。 サナの閉じていたまぶたが、ゆっくりと開いた。


「パパ……?」


「サナ! 体は、痛くないか!? 息苦しさは!?」


「ううん……痛くない。それに、なんだか体の奥から、ポカポカして力があふれてくるの」


 サナの真っ白だった頬に、薔薇のような赤みが差していた。


 成功したのだ。彼女の体には今、いくら漏出しても決して底を突かない『無限』に魔力が湧き出るスキルが付与された。


 もう、二度と魔力枯渇に苦しむことはない。


「よかった……本当によかった……!」


 サクマは涙を流し、力強く娘を抱きしめた。




 しかし、そのささやかな幸福の時間は、無情な破壊音によって唐突に終わりを告げた。


ドガンッ!!


 部屋の扉が乱暴に蹴り破られ、武装した軍の兵士たちが雪崩れ込んできた。


 その背後から、冷酷な笑みを浮かべたザウス将軍が姿を現す。


「我が軍の至宝たる魔力石の反応が消えたと思えば……まさか、こんな小娘の体内に埋め込むとはな。国家反逆罪だぞ、サクマ」


「将軍……! 待ってください、これは――」


 弁明する間もなく、サクマは兵士たちに取り押さえられ、冷たい床に押さえつけられた。 将軍はサクマを一瞥したあと、ベッドから起き上がったサナを見た。


「……ほう。この異常な魔力。ただ病気を治しただけではないようだな」


「やめて! パパを離して!!」


 サナが叫ぶと同時、彼女の体から無意識に放たれた魔力の波が、部屋の窓ガラスを一瞬にして粉砕した。

 その圧倒的な力に兵士たちが怯む中、将軍の目は欲望にギラギラと濁った。


「素晴らしい……最強の『武器』は、すでに完成していたというわけか」


 将軍は剣を抜き、床に這いつくばるサクマの首筋に刃を当てた。


「サクマ、貴様の罪は万死に値する。本来なら今すぐ首を跳ねてやるところだ。……だが、特別な取引をしてやろう」


「……取引、だと?」


「娘よ」


 将軍はサナに向かって、甘く、そして毒を孕んだ声で告げた。


「お前が我が軍に所属し、他国を滅ぼすための『兵器』として働くというのなら……父親の命だけは保証してやろう」


「……っ!」


 サクマは絶望に目を見開いた。娘を救うために犯した禁忌が、結果として娘を最も残酷な戦場へと縛り付ける鎖になってしまったのだ。


「ダメだサナ! 断れ! こんな奴らの言いなりに――ぐぁっ!」


「黙っていろ、反逆者」


 兵士に蹴り飛ばされる父親の姿を見て、サナの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

しかし、彼女は震える小さな両手で拳を握りしめ、将軍を真っ直ぐに睨みつけた。


「……やります」


「サナ!?」


「私が戦う……だから、パパには指一本触れないで!」


 それは、かつて病弱でベッドから起き上がることすらできなかった少女の言葉とは思えない、気高く、悲痛な決意だった。


 こうして、愛する娘を救うための父親の願いは最悪の形で引き裂かれた。


 サクマは暗い地下牢へ。 そしてサナは、父と再び笑い合える日々を取り戻すため、終わりのない凄惨な戦場へと身を投じていくのだった。



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