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存在の認知

朝。


差し込む光で,目が覚めた。


「……」


見知らぬ天井。


見知らぬ空間。


――けれど。


「……ここ」


昨日よりは,少しだけ“知っている気がする”。


身体を起こす。


布団。


床。


壁。


ひとつひとつを確かめるように,視線を巡らせる。


「……おはよーございます」


扉が開いた。


嶺羅だった。


「……起きてたんですね」


少し驚いたように言う。


「……うん」


短く,頷く。


「えっと……その……」


嶺羅は,言葉を選ぶように少し迷ってから。


「朝ごはん,食べますか?」


と聞いた。


「……?」


分からない。


けれど。


「……たべる」


とりあえず,そう答えた。


―――――――――――――


「……で,結局どうすんだよ」


ダリアが,コーヒーを片手に言う。


机の上には,簡単な朝食。


パンと,何かのスープ。


「どうする,って言われても……」


嶺羅が困ったように眉を下げる。


「名前も分からない,身元も分からない……」


「魔力もゼロ」


ダリアが付け足す。


「……それ言わないでください」


少し強めに返す。


「事実だろ」


「そうですけど……!」


二人のやり取りをよそに。


少女は,パンをじっと見ていた。


「……それ」


嶺羅が気づく。


「食べ方,分かります?」


「……?」


少女はパンを持ち上げる。


しばらく観察して。


――そのまま,かじった。


「……あ」


「まぁ,そこは大丈夫か」


ダリアが肩をすくめる。


「……味,する?」


「……する」


「どう?」


少しの間。


「……わからない」


「え?」


「知ってる。けど,わからない」


嶺羅は,また頭を抱えそうになった。


―――――――――――――


「……名前」


ぽつりと,少女が呟いた。


「え?」


嶺羅が顔を上げる。


「……名前,無いと不便だよな」


ダリアがぼそっと言う。


「そうですね……」


嶺羅は少し考える。


「何か……呼び方,決めませんか?」


少女を見る。


「……呼び方」


その言葉を,繰り返す。


「そう。ずっと“あの子”ってわけにもいかないですし……」


「……」


少しの沈黙。


少女は,自分の手を見る。


昨日覚えたばかりの“手”。


それを,ゆっくり握る。


「……あさぎ」


ぽつりと,言った。


「え?」


「……あさぎ」


もう一度。


はっきりと。


「それ……名前?」


嶺羅が聞く。


「……わからない」


「いや分からないんかい」


ダリアがツッコむ。


「でも」


少女は続ける。


「……それが,いい」


その言葉は,妙に確信があった。


「……浅葱,ですか」


嶺羅が,小さく呟く。


「いい名前だと思います」


「まぁ,呼びやすいしな」


ダリアも頷く。


「じゃあ……」


嶺羅が,少しだけ微笑んで。


「これから,浅葱って呼びますね」


「……うん」


浅葱は,頷いた。


―――――――――――――


「……で」


ダリアがパンをかじりながら言う。


「この後どうする」


「どうするって……」


嶺羅が言葉に詰まる。


「学校受かったので,支度しに行ってきます」


「休めば?」


「無理ですよ!入学前の大事な時期ですよ!?」


言い合いが始まる。


その横で。


「……がっこう」


浅葱が呟く。


「……何」


嶺羅が振り向く。


「がっこう,って」


「えっと……人が集まって,勉強したりする場所で……」


「……知ってる」


「え゛」


「知ってる。けど」


少しの間。


「……行ったこと,ない」


静かに,そう言った。


―――――――――――――


沈黙。


ダリアと嶺羅が,顔を見合わせる。


「……おい」


ダリアが,小さく言う。


「……これ」


嶺羅も,小さく返す。


「……はい」


二人の視線が,浅葱に向く。


何も知らない顔で,こちらを見ている少女。


「……連れてくか?」


ダリアが言った。


「は?」


「いやだって」


肩をすくめる。


「このまま家に置いとくよりマシだろ」


「でも……」


「それに」


少しだけ,真面目な顔になる。


「……外に出した方が,分かることもある」


嶺羅は,少し考えて。


――頷いた。


「……分かりました」


そして。


「浅葱」


名前を呼ぶ。


少女が,顔を上げる。


「……一緒に,学校行きますか?」


少しの沈黙。


浅葱は,考えるようにして。


「……うん」


頷いた。


「……行く」


その答えは。


あまりにも,あっさりとしていた。


―――――――――――――


そのとき。


窓の外で,風が揺れた。


ほんの一瞬。


誰かの視線のようなものが,通り過ぎる。


けれど。


誰も,それに気づかなかった。

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