知らない部屋、知らない常識
夜の喧騒から離れた、静かな住宅街。
空の光すら届きにくいその場所で、扉の開く音が響いた。
「……とりあえず、上がれ」
ギィ、と音を立てて扉が開け放たれる。
―――――――――――――
「……で、なんでこうなるんだ」
部屋の主、ダリアが頭を抱えた。
その視線の先には、靴を履いたまま部屋に上がろうとしている少女。
「あぁッ、ちょ、ちょっと待ってください!!そこ土足です!!!」
嶺羅の叫び声が、静かな夜にこだました。
―――――――――――――
「……はい、今から情報を整理しよう」
どうにか少女の靴を脱がせ、部屋に入室させることに成功する。
ダリアが一度息を吐き、口を開いた。
「まず、俺らは流れ星を見てた。OK?」
ぶんぶん、と嶺羅が強く頷く。
少女は話を聞いている様子もなく、部屋の望遠鏡をじっと見つめていた。
——それが何なのかを、確かめるように。
「……で、こいつが落ちてきた。嶺羅が追いかけて、俺も追いかけた」
「んで、こいつを発見、保護して今に至る、ってこった」
「なんなんでしょう、この子……」
どうしても警戒が拭えないのか、嶺羅は一歩近づいては、すぐに距離を取る。
「……貴女は、誰?」
意を決して、嶺羅が問いかけた。
「……わからない」
ぽつり、と少女は呟く。
「……わからない、ねぇ」
「身分証とか、名前とか、住所とか……何でもいい。分かるもんねぇのか?」
ダリアが問いを重ねる。
少女は、少しだけ考えるように間を置いて——
「知ってる」
即答だった。
「……知ってる。けど」
ほんの僅かに首を傾げる。
「分からない」
「……は?」
空気が、一瞬だけ止まる。
「見たことが、無いの」
それは、あまりにも当然のように告げられた。
——まるで、知識だけを与えられたかのように。
「んん゛〜……まぁ、家柄とかなら魔力で分かることもあるしな。ちょっと待ってろ、測定器持ってくる」
そう言うと、ダリアは奥の部屋へと消えていった。
「……まりょく」
少女は、その言葉を確かめるように繰り返す。
「……って、何」
嶺羅をまっすぐ見つめる。
「え、一般知識なんだけど……?」
困惑しながらも、嶺羅は言葉を探す。
「えっと、魔力っていうのは……その、人とか空気に流れてるもので……場所によって濃さが違ったりして……」
「測定器は、それを測るやつ、です」
「知ってる」
「え゛」
「知ってる。けど、分からない」
「……知ってるなら、なんで……?」
「見たことが、無いの」
頭が、痛くなる。
―――――――――――――
「……持ってきたぞ」
ダリアが戻ってくる。
手にしていたのは、綺麗な石が嵌め込まれたブレスレット。
見た目はただの装飾品だが、魔力を測定するための器具だ。
「ほら、手ぇ出せ」
軽く手招きする。
だが少女は動かず、ただブレスレットを見つめていた。
——それが何なのか、確かめるように。
「……おい、早く来いって」
「……私が、はめます……」
嶺羅はブレスレットを受け取り、慎重に少女へと近づく。
「……あの、手を、出してもらえませんか……?」
おずおずと声をかける。
「……て」
少女は、自分の手を見下ろした。
「……両方にある、これ」
「……」
言葉が、通じていない。
嶺羅は息を呑み、そっと少女の手を取る。
そのまま手首に、ブレスレットをかけた。
「……これが、て」
まるで初めて認識したかのように、少女はそれを見つめている。
「そ、そうですね……」
——なんだか、赤子みたいだ。
でも、知識はある。
嶺羅は戸惑いを押し隠しながら、静かに時間を数えた。
やがて、ブレスレットを外す。
「……それ。測定、器?」
「そうですよ」
ダリアに手渡す。
「おー、サンキュ」
軽く礼を言い、中央の石を覗き込む。
——その瞬間。
「……!?」
ダリアの表情が、凍りついた。
「どうしました!?」
嶺羅が駆け寄る。
「おい、これ……」
声が、わずかに震えていた。
「魔力が……」
——0。
「……無い?」
あり得ない。
この世界で、それは——




