第9章
あの洞窟は一族の人間にとっては度胸試しの場所となっていた。
洞窟の中にいつまで留まっていられるかを競うものだ。
なぜなら洞窟の中のいくつもある穴は全て行き止まりになっていると皆が思っていたからだ。
向こう側へ通じている穴があるだなんて誰も考えていなかったのだ。
そしてこれまで一番洞窟の中にいた人間は母様らしい。
朝方入ったきり戻ってこなくて、迷子になったか、気を失って倒れているんじゃないか。
大人が総出で探したけれど見つからなくて、神隠しにあったのではないかと大騒ぎになったらしい。
だから、夕方にひょっこりと洞窟から出て来た母様に、みんなは今まで何をしていたのだと訊ねたのだそうだ。
すると母様は、洞窟の向こう側で友達と遊んでいたと答えたらしい。
それでみんなは、この子は洞窟内で寝ていたのだな、と思ったらしい。
母様本人にそのことを聞いてみたら、小さな頃のことだったからよく覚えていないと、少し困った顔でそう言っていた。
でも、母様は夢などではなくて、本当にあそこへ行ったのだと思う。
友達と遊んでいたというのはよくわからないけれど、もしかしたら動物か鳥でも迷い込んでいて、一緒に遊んだのかもしれない。
母様はとにかく動物に好かれるから。私達兄弟がみんな動物好きなのもきっと母様に似たのだと思う。
とにかく母様のその話を小さな頃から聞いていたので、大騒ぎにならないように早く戻らないといけないと私は幼いながらもそう思った。
葬儀の準備中にもし私が居なくなったりしたら、それこそ両親の肩身が狭くなってしまうだろうと思ったからだ。
祖父母だけでなく叔母夫婦も私達兄弟のことは可愛がってくれていた。しかし、両親にはどこか冷たく接していることを、子供心に感じていたからだ。
それに従兄弟達も心配しているだろうし、今度またゆっくり来ればいいわ。
私は近くの木に実っていた無花果の実を三つばかりもぎってエプロンのポケットにしまうと、転がっていたタントのボールを拾い上げた。
そして岩穴の中へと四つん這いになって入って行った。
相変わらず中は真っ暗だったが、スムーズに元の洞窟の入り口へと戻ることができた。
私が洞窟に入ってから二十分くらいしか経っていなかったとは思うが、私の姿を現すとタントとミーツが泣きながら飛び付いてきた。
やはり不安にさせてしまっていたようだ。ただでさえ普段とは違う周りの様子に怯えていたはずなのに可哀想なことをしてしまった。
しかしポケットから季節外れの無花果の実を見せると、たちまち二人は笑顔になった。
二人ともこの果物が大好きなのだ。
白い汁に触れると爛れるので、私が手に持ったまま皮を剥き、二人の口の前に持って行った。
すると二人は大きく口を開けた。
可愛い! 私はこの従兄弟達のおかげでいつもお姉さん気分になれたのだった。
またあそこへ行ってあの実を頂いてこようと思った私だった。
私は洞窟を通り抜けたことを誰にも話さなかった。
たとえ話したとしても、母様の時と同じようにどうせ信じてはもらえないと考えたからだった。
目立ちがり屋だとか、ホラ吹きだなんて言われるのは嫌だったし。
もっとも、季節外れの無花果の実を見せれば信じてもらえたかもしれないけれど、そこまでして信じてもらわなくてもいいと思ってしまった。
だって、秘め事が一つあるとワクワクするではないか。
そしてその一月後、私は一人でこっそりと洞窟の中に忍び込み、今度もまた迷うことなく秘密の場所へたどり着いたのだ。
そこの空間は岩山の中のすり鉢の底のような形状だということに気が付いた。
周辺はかなり高い岩壁に囲まれていた。そこをよじ登るのは絶対に無理だと思った。羽根でも生えていない限りは。
岩山のはずなのに地面は緑のジュータンで覆われ、無花果以外にも林檎や梨、そして柿も生えていて、美しい花を咲かせていた。
水音がしてそちらに目を向けるとそこには小さな滝があり、それほど深くはなさそうな滝壺があった。
そこから溝のような小川が流れ、空間の中央部を横切るって、反対側岩壁の下の穴を通って、下へ落ちる水音がした。
そして洞窟の穴から正面に見える岩壁の前に、加工されていない大きめな縦長の石というか石碑がいくつも整然と立っていた。
文字が刻まれていたが、古代文字のようで、なんと書かれているのかは分からなかったが、数字は現代と同じだった。
おそらく石碑が建てられた日か、もしこれが墓石だったのなら亡くなった日を示しているのだろう。
かなり古く、一番新しい年数でも今から百五十年ほど前のものだった。
お墓かもしれないと気付いたけれど、怖いとか忌む場所という感じは全くなかった。
むしろ、懐かしいようなほっと温かくなるような気持ちになった。それは何故だったのか。
しばらくその石碑の前で佇んでしまった。
それにしても。
水や食べ物が豊富にあるし、雨避けになる場所もある。家出をしたくなったらここへ来ようと思ったものだった。
だからその後、お祖父様やお祖母様が次々と亡くなるという辛いことがある度にあの場所へ向かった。
そしてルーディー君と初めてあったあの日は、父様と喧嘩した母様が家を出て行ってしまった翌日だった。
母様に戻って来て欲しくオーリス家へ向かったのだが、どうしても家の中に入れなかった。
叔母様に冷たい目で見られているであろう母様の姿を見る勇気がなかったのだ。
私は誰にも声をかけることもなく、洞窟へ向かった。
しかし、その秘密の場所には先客がいたのだ。それがルーディー君だったというわけだ。
「あなたは誰? どうやってここに入ったの?」
「君こそ誰?」
「ここの土地の持ち主の縁者よ」
「そうか。君なのか、次の選ばれし者は。
お会いできて光栄です。僕はあなたの護衛騎士になる予定の一人だよ。よろしくね」
はい?
波打つ金髪に明るい空色の大きな瞳、透けるような真っ白な肌。
サーラ姉様の大切にしている人形みたいに綺麗な子だった。着ている服と口調から男の子なのだろうと思った。
けれど、性別など関係ないと思わせるほど神秘的な雰囲気を醸し出していたのだが、言っている内容も理解しがたいものだった。
選ばれし者って何?
私の護衛騎士ってなんのこと?
「ここは禁断の地。人が足を踏み入れてはいけない場所だ。それなのにここに入れたというのとは、そう言うことだろう?」
「あなたが何を言っているのかわからないわ。
ねぇ、何をしにここに来てたの?」
「白龍の鱗か牙、爪が残っていないかと思って。
まあ、その望みは薄いとわかっていても来れずにはいられなかった」
「願い事があるの?」
「うん」
「それなら一緒に探してあげるわ」
「もう半日探したけれどなかった。もしかしたら石碑の下を掘れば見つかるかもしれないけれど、墓荒らしのような真似はできない。
だから諦めるよ。ありがとう」
「ここを出るなら私についてきて。運良くここへ来れたみたいだけど、帰りも無事に迷路から出られるとは限らないから」
「僕はそもそもその穴を通って来たわけじゃないんだ。だから一人で帰れるよ。
また逢おうね!」
少年はそう言うと、ふわっと浮かび上がった。
そしてゆっくりと垂直に上空に向かって上って行くと、木々の隙間を抜けて見えなくなった。
私はそれを唖然として見上げていた。それがルーディー君とのファーストコンタクトだった。
そして再会した時に、重い病気に罹っていたお母様を助けたくて、どんな病にでも効くという伝説のある龍の体の一部を手にしようとして、あの場所にやって来たことを知ったのだ。
どうやってあの場所を特定することができたのか、それをずっと知りたいと思っていた。
だからこの際聞いてしまおう。白龍姫や護衛騎士のことも。
だからルーディー君にこう言った。
「ねぇ、明日あの極秘の場所 へ行かない? あなたも迷路を抜けるか試してみない?」
「よそ者が洞窟へ入る許可なんて下りないんじゃないかな?」
「明日は義叔父さんの実家の方で結婚式があって、昨日からみんな出かけていていないのよ。
だから大丈夫よ」
「そうか。それなら試してみよう。だめでも空から行けばいいし、あそこで話をした方が安全だし」
そう言ってルーディー君も同意してくれたのだった。




