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記憶を失った白龍姫と聖龍騎士  作者: 悠木 源基


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第2章


 上の姉二人が泣き止み、すぐ上の姉の怒りがどうにか収まりかけた頃、母様がもったいないと言いながら、客に出しかけていた紅茶を飲んだ。

 

「みっともない真似をするな!」

 

 と父様は怒鳴ったけれど、母様は気にせずに紅茶を飲み干した後でこう言った。

 

「みっともないですって? これまでお客様に出した後の出涸らししか飲めなかったのですよ。

 それなのに何故こんな贅沢な飲み物を捨てなければならないのですか? それこそ罰当たりですよ」

 

 母様が言い返した。私達兄弟だけでなく父様も目を見張った。

 

「あの男をようやく出入り禁止にしてくれたのですね。良かったわ。

 私に色目は使うし、子供達にはつまらない話を吹き込むし、本当に嫌な男だったわ。

 第一、我が家の資産を白昼堂々盗んでいく図々しい盗人ですからね」

 

 母様の言葉に父様は目を白黒させた。

 

「何のことだ、それは」

 

「知らなかったとは言わせませんよ。私はこれまであの男とは付き合わないで下さいと、何度もお願いしてきたのですから。

 それなのに貴方ときたら、騎士団時代の大切な仲間だと言って、利用されていると分かっていながら付き合ってきましたよね?

 そのせいで、あの男はすっかりつけ上がってしまったわ。

 それにしても妻のためには縁は切れなくても、娘のためには縁が切れるのですね。

 でも、本当に娘を思っていたのなら、もっと早くあの男と縁を切ってくれていたらよかったのに」

 

「戦争中に苦楽をともにした仲なんだ。助けを求められたら無下にはできないだろう? 元騎士としては」

 

「はぁ? 戦争中に苦楽を共にしたから助けるですって?

 それじゃあ、何故今苦楽を共にする私達のことは助けてくれないのですか?」

 

「何を言っているんだ!」

 

 父様はわけがわからないという顔をした。

 

「上の娘達は年頃だというのにお金がないからおしゃれ一つできないんですよ。

 だから、お友達と遊んだり、婚約者を見つけることもできません。

 

 ツーリィーは王都へ出て勉強をしたがっていたのにそれを許さなかったわ。

 お金がなくても奨学金がもらえるほど優秀だったのだから、貴方に頼る必要なんてなかったのに。

 ツーリィーは自分に似ず軟弱だから騎士には向かない。それならわざわざ進学せずに自分の跡を継げと貴方は言ったうね。

 けれど、この子は不器用だし人見知りをするタイプだから、このワントゥーリ自転車商会の会長や職人にも向いていないわ。

 でも頭が良いし真面目な子だから、役人には向いていると私は思うわ。それなのに貴方は息子達を自分の基準でしか見ていないわ。

 

 それに下の娘達だって貧乏人だと虐めに遭っているんですよ。可哀想だと思わないんですか!

 貴方が戦争前に先を見据えて仕入れておいた自転車を、戦後の物不足に乗じて高く売っていたら、こんなに生活に困っていなかったのですよ」

 

「みんなが困っている時にそんな卑怯な真似ができるわけないだろう!」

 

「何が卑怯よ。貴方に定価で譲ってもらった、貴方のご立派な友人達は、その三倍の値でそれを売り捌いていたのよ。

 そうやって儲けて、彼らの娘達は着飾り、裕福な家の跡取りと婚約しているのよ。

 息子達もツーリィーの足下にも及ばない成績だったのに王都の学園に通ってるわ。

 賄賂でも使ったのだろうって、専らの噂よ。

 

 貴方の大切な騎士仲間の皆さんは、全員似たり寄ったりよ。

 いくら金持ちのお客さんだからって、彼らにそんな高値の商品を買わされた人々を気の毒だとは思わないの?

 貴方がもっと適正な値段で販売していたら、お客さん達は損をしなくて済んだのよ。

 しかも、彼らはきちんと整備しないで販売していたから、その自転車はすぐに故障してるのよ。

 

 何故それを知ってるかですって?

 それはね、子供達が職場の人やお友達から、自転車の修理を頼まれるからよ。

 しかも、上司や友人から無料で頼むと言われてるのよ。

 まさか父親の体調が悪いからと断わることもできず、子供達自身が直しているのよ。そんなことも気付かなかったの?

 若い娘が手や顔を真っ黒にしてパンク修理をしているんですよ。仕事帰りでクタクタに疲れているというのに。

 代われるものなら変わってあげたいけれど、私は私で手一杯でしてあげる時間がないのよ。

 借りた畑で野菜を作って、それをリヤカーで市場へ運ばないといけないし、洗濯や料理もしなくちゃいけない。

 子供達は全員いい子でよく手伝ってくれるけれど、それでもやっぱり大変なのよ」

 

 母様は一気にこう言うと、ゼーゼーと肩で息をしていた。

 そして荒い呼吸が治まらないうちにこう言葉を続けた。

 

「もうこれ以上子供達に辛い思いはさせたくありません。

 息子二人は奨学金の貰える試験を受けさせて、それが貰えることになったら、王都の学園を受験させます。

 息子達には職人の才能も商売人になる才覚もありません。それなら本人達の希望通りに役人や教師にさせます。

 そして娘達には年相応のおしゃれをさせて、ほんの僅かな時間でも夢のある少女の時をこれから味わせてやります。

 

 そのために、私はキンペリー商会長様の所へ働きに出ます。

 そんなボロなドレスを着なくて済むくらいのお給金は出すと、以前から誘われていましたからね」

 

 パシッ!

 

 と大きな音がした。

 父様が母様の頬を叩いたのだ。

 これまでもよく癇癪を起こしたり怒鳴ったりはしていたけれど、家族の誰にも手を上げたことなんてなかったのに。

 父様は今まで見たことのないような怖い顔をしていた。

 

「キンペリー商会長様の所へ働きに出るだと? 

 あの男が未だにお前に邪な思いを抱いていると知っていてそんなことを言っているのか!

 子供が六人もいるのに、あんな男の情婦にでもなろうというのか!

 お前はそんな浅ましい女だったのか!」

 

「子供達の前でなんてことを言うのですか! 

 そもそもあの方はずいぶんと若い後妻さんをもらったばかりなのに、私なんかに手を出すわけがないでしょう」

 

「お前は相変わらず呑気で世間知らずだな。自分のこと(価値)が全くわかっていない。みんながお前を狙っているというのに」

 

「いい加減にしてくださいよ。一体いつの話をしているんですか! 

 今はそんなつまらない話をしてる場合じゃないんですよ。

 子供達のためにどうやってお金を稼ぐかを話しているんです。

 子供達のためならどんな仕事だってすると言ってるだけで、キンペリー商会の話なんて例え話に決まっているじゃないですか!

 私や子供達がどんなに辛い思いをしても、貴方が人にいい顔をし続けたいのなら、一人で生きて行けばいいわ。私達はいらないでしょ。

 私はもう我慢できない。今日家を出て行くわ。みんな、後で必ず迎えに来るからそれまで我慢して待っていてね」

 

 母様がそう言って部屋を出て行こうとすると、父様は慌てて母様を引き留めようとした。

 しかし、母様に初めて暴力を振るって父様も動揺していたのだろう。

 足を前へ出そうとしたが上手く動かずに躓いて、両手を突いて四つん這いになって叫んだ。

 

「どこへ行く気だ」

 

「とりあえす実家へ行って、そこで今後のことを考えるわ」

 

「実家へ戻ってももう義両親はいない。妹夫婦に邪険にされるだけだぞ」

 

「ええ、そうね。私は妹に恨まれているでしょうからね。

 だけど、それを貴方が言う?

 貴方のせいで両親も妹も不幸になったのに!」

 

 今日の父様は言ってはいけないことばかり口にしていたけれど、これが最悪だった。ついに母様の地雷を踏んでしまった。

 母様も姉様達も、最近まで毎晩のように泣いていたんだよ。それを知らなかったの?

 

 戦争が終わったばかりの頃、夜中、コツコツと靴音が石畳に響くたびに、大きい兄様(叔父さん)達が帰還したんじゃないかって、みんなで息を止めた。

 そしてその足音がまた段々と遠ざかって行くのを聞きながら、やっぱり帰ってこなかったと泣いていた。

 

 大きい兄様(叔父さん)が二人とも亡くなったと知らせがあった後、ずっと息子達の無事の帰還を信じて待っていた祖父母が、相次いで亡くなった。

 その葬式で、自分が弟達を騎士になるのを引き止められなかせいだと、母様はずっと陰で泣いていた。

 それでも義弟達を騎士したのは自分だと、夫も苦しんでいるに違いないと、母様はじっと堪えて父様には何も言わなかった。それなのに。

 

 母様は物凄い形相で父様を睨みつけると、そのままを部屋を出て行った。その後を上の二人の姉と上の兄が追いかけて行った。

 そして下の三人だけがどうしたらいいのかわからずに、呆然と座り込んだ父様と一緒に居間に取り残されたのだった。

 読んで下さってありがとうございました。

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