第10章
そして結果を先に述べれば、私とルーディー君は問題なくすんなりとあの秘密の場所にたどり着くことができた。
「きっとこれからは一人でも自由にここに来られるわよ」
そう私が言うと、勝手に人様の私有地には入れないよと少し困った顔をして彼は言った。
今さら何言ってるのよ。
空から飛んで来たって、勝手に私有地に入り込んだらだめなのよ。つまりこの前だってだめだったのよ。
そう突っ込みたくなったけれど黙っておいてあげたわ。
「ねぇ、ずっと前から聞きたかったんだけれど、どうやってここが白龍姫の聖地だってわかったの?」
「前から言っているでしょ。王立図書館の閲覧禁止コーナーで龍に関する書籍を全て読み漁ったって」
「でも、はっきりとした場所までは記してはなかったのでしょう?」
「まあね。でも、オーリス家の私有地の中にあるのは確かだろうし、その中で人目に付かない場所と言ったらある程度限定されるじゃないか」
「地下とか洞窟の中かもしれないじゃない」
「それはあり得ないよ。自分の死を悟った龍が自らの力で行ける場所だよ?
地下を掘るなんて面倒なことをするわけないよ。
それにさ、狭くて真っ暗な洞窟の中で最期を迎えたいなんて普通思わないだろう?
空から飛んで行って降り立てる、そんな隠れた場所に違いないって思ったんだよ」
鋭いわ。その洞察力に推理力。
でもってロマンチストね。最期を明るい楽園で迎えたいだろうと考えるなんて意外だわ。
「それにしても、いくら優秀でも九歳の子供が見当が付く場所なのに、なぜ国は見つけられないのかしら?
馬鹿ばっかりなのかしら?」
「その通り。馬鹿ばっかりなんだよ。二十年前、実際に白龍姫を目にしたくせに、その存在を否定し続けて、調査も研究もしないなんてさ。
伝説なんてマヤカシだなんて馬鹿にして、現実を無視してしいるんだから頭がイカれているよ。
魔物の襲撃に遭った時、人々を助けてくれたのはドラティア神じゃなくて白龍姫だった。
その真実に目を瞑ってごまかしているけどさ、次に襲撃されたらどうするんだろうね?
今度こそドラティア神が助けてくれるなんて、もしそんな能天気に考えているのだとしたら、この国の未来はお先真っ暗だよね」
それが事実なら、やっぱりこの国はイカれていると私も思った。
そもそも近代史をまず先に教えるべきじゃない?
数千年前のことから勉強していたら、これからを生きる上で大切な現代史を学ぶ前に学舎を卒業しちゃう気がするわ。
この教育制度を作った国の役人ってかなり頭が悪過ぎるわ。
それとも案外小利口で、国民が馬鹿でいる方が国にとって都合がいいからとわざとそうしているのかしら?
でもそんな当たり前の疑問も、ルーディー君におかしいと指摘されるまで気付かなかったのだから、今のこの体制に恐怖を覚えた。
そしてふと、以前サーラ姉様がポツンと言った言葉を思い出した。
「ターリャの一本気な性格は嫌いじゃないけれど、あの正義感は心配だわ。
正義なんて時代と場所によって変わるものだから。
ヨアンナ、もし、私やリーラがいなくなった時は、あなたがモーリと一緒にあの子が突っ走らないように制御してやってね。
あなた達ならそれができるから」
ターリャ姉様の正義はあくまでもこの国の一般的な考えに基づくもので、普遍的なものじゃない。
そのことを理解していないと、その正義は悪に変わる恐れもあるかもしれない。
普段はあまり喋らないサーラ姉様も、この国のあり方に疑問を抱いていたのかもしれない。
そしてもしかしたらこの国の終焉の可能性も考えて、ターリャ姉様について危惧を抱いたのかも。
ふとそんなことを思ってしまった。
「ねぇルーディー君、あなたは私の護衛騎士だと言ったわよね、あれは一体どういう意味だったの?」
私がずっと疑問に思っていたことを訊ねた。
すると彼は、この地がドラティス王国に吸収合併される以前の歴史についてかいつまんで語ってくれた。
現在私達が暮らしている場所は、ドラティス王国ツーホーク領の領都リューキだ。
しかし吸収合併される前までは、このツーホーク領はかつてのリューランド国のことであり、リューキはその国の王都だったそうだ。
そしてその国は白龍姫を生み出すオーリス家を中心にして、それをワントゥーリ家とキンペリー家、そしてメシトウ家が支えるという体制で国を維持していたらしい。
国王は存在せず、オーリス家の人間が国の代表者となり、それを守護三家が守っていたという。
そもそもはオーリス家が水の龍神で、キンペリー家が火のフェニクス、ワントゥーリ家が緑のユニコーン、そしてメシトウ家が智のグリフォンだったのだという。
彼らは力を合わせて邪気の塊だったこの地の魔物達を成敗し、結界を張ることで、リューランド国を造ったとされているそうだ。
そして人間とまじ合ううちに、定期的に水使いの白龍姫が生まれたオーリス家以外の三家では、次第に一般の人間と変わらない者達の方が多くなっていったらしい。
そして近年では守護三家には先祖の姿になれる者は現れなくなっていた。
しかし、四つの始祖様の血流は今でも脈々と繋げられていて、定期的に先祖帰りして特異な能力を持つ人間が現れるそうだ。
ワントゥーリ家には、高度な治癒力や飛び抜けた体力の持ち主が度々誕生した。
キンペリー家には自由に火を扱うことのできる者が現れた。
メシトウ家には頭脳明晰で財政面に明るいである者が育った。
そしてその者達が後継者になり、四家の絆を脈々と繋いできたのだ。
百年ほど前までは、現在のリューキの町の中央には、そのご先祖を祀った大きな石の壁に覆われた神殿があったらしい。
当然ドラティス王国によって破壊されてしまって現存していないが。
その代わりにドラティア神のための聖堂が建てられている。
ではなぜリューランド国がドラティス王国に吸収合併されてしまったのか。
それは、百年ほど前に守護三家のうちの一つメシトウ家が裏切って敵側についたからだった。
頭が良いという自負していた彼らは、裏方でいるより自分達が表に立つことを望んだのだ。
王国に吸収されようと、領主として自由に采配したい。自分達ならもっとこの地を繁栄させられると。
確かに王国との交流でいっときは以前より景気は良くなり、珍しい物が手に入るようになり、活気に溢れたようだ。
しかし、白龍姫信仰による地域の絆が切れたことで、領地の結束は弱まり、共同体意識が薄れてしまった。
自然災害が起こっても皆がてんでんばらばらに行動するので、その被害は拡大し、その復興もままならない状態に陥った。
そもそも自然災害など滅多に起こらない地域だったはずなのに。
豊かな自然に溢れ、一年を通して温暖な気候だったために、絶えず何かしらの実りがあり、食料が不足することなんてあり得ないことだった。
それなのに、雨量が年々減少して砂漠地が増えたことに加え、気温が下がったことで農産物の収穫量が格段に減った。
この事態にドラティス王国は見込み違いだと怒りを表し、それは信仰心が足りないからだと決めつけた。
そのために領民に聖堂での礼拝をさらに強制するようになった。
しかしいくら人々が聖堂に通って祈りを捧げても、状況は改善するどころか悪化して行った。
やがて領民の間では白龍姫の呪いだと囁かれるようになった。
これまでこの地を守ってきてくれた白龍姫様の信仰を捨てて、ドラティア神などという邪神を信仰したから。
しかし、領民は好き好んで信仰心を捨てた訳じゃない。そうしなければドラティス王国の騎士に捕まって鞭打ちの刑に処されるから仕方がなかったのだ。
ではなぜドラティス王国に吸収されたのか、それは今の領主が白龍姫様を裏切ったからだ。
そうだ。私達がこんな貧困に苦しむ羽目に追い込まれたのは、みんなメシトウ家のせいだ。
領民の憎しみは、次第に領主であるメシトウ家へと向けられるようになっていったのだった。




