第9話 安心できない空気に惑わされる
ここはシアン色の三角屋根が綺麗なゴシック様式のバテドロン王国である。周りの水堀には白鳥やカモ、マガンが優雅に浮かんでいた。鳩が真上から飛んでくるとバサバサと慌ただしくなる。鎧を装備した番人が眠そうにあくびをして立っていた。
広くクラシックが流れた食卓には、フェリシア・リドマン侯爵がイライラしながら、ナイフやフォークをカチャカチャ音を出しながら、最高級の牛肉ステーキ肉を食べていた。フェリシア・リドマンの隣には、父のバテドロン王国の王、ヴィダル・リドマンと王妃のヴァランティーヌ・リドマンがいた。2人はフェリシアよりも丁寧に静かに行儀よく食べていた。当たり前のことだが、感情的になるとおさえられないのがフェリシアの性格だ。そこへ、大きな赤い扉が2人の執事により開いた。
「―――遅くなりました! お食事に間に合わず、申し訳ありません」
「いいのよ。さぁ、座りなさい。せっかくのお料理が冷めてしまうわ」
いつも良き理解者である義母のヴァランティーヌは、そっと胸をなでおろして、パトリックに席に座るよう誘導した。そっと椅子を引くの執事のカルロスだった。パトリックは、軽くドレスをおさえ、会釈をして腰掛ける。
「ありがとうございます。お義母様。恐縮です」
深呼吸して呼吸を整える。フェリシアの横からの視線が物凄く痛い。気が短い彼を大人しくさせるには時間がかかりそうだと頭を悩ます。
「どこに行っていたんだ? こんな時間まで。明日はみなでオペラを観に行くと約束していたよなぁ。誰といたんだ?」
「……前もって、用事はあると伝えていたはずでしょう。話を聞いてなかったの?」
パトリックは怒りながら大声で話すフェリシアに耳打ちで小声で話す。食事中は迷惑にならないようにと配慮したつもりだった。
「そんな小さな声で誰が聞こえると言うんだ!」
「……耳が遠いのね。全く、おじいちゃんじゃないんだから。いいわ。普通に話をさせていただくけども、私は昨夜から外出すると伝えていたはずです。貴方はお酒を飲み過ぎて酔っぱらっていたようだけど、確かに伝えていたわ。お義母様にも報告済みよ」
「はぁ?! 俺よりも母さんが良いと言うのか。全く、いつからそんな母さんを大事にするようになったんだ」
「……何もそんなこと言ってないわ。話を聞いてちょうだい」
「静粛に。2人とも、食事中ですよ!」
思わず、ヴァランティーヌがナイフとフォークを置いて叫んだ。口元をナプキンで拭いて冷静になっている。ヴィダル王はそんなこと気にもせず、無我夢中で食べていた。
今まで一言も話すことが無かったハンナ・リドマンは、リドマン家の長女である。緊張感が増す状況にごくりと唾を飲みこむ。まともに食事ができないほどだ。
ダリウス・リドマン伯爵はリドマン家の次男である。何だか面白くなってきたとフンッと鼻を鳴らして笑い出す。牛骨スープをずずっと飲み干した。
空気が重くなるのが分かった。この空間をどう変えていくかとパトリックは、周りを見つめ、考えた。とりあえず、食事に集中しようと、ミディアムで焼かれた牛肉ステーキにナイフを入れた。
「僕の話を聞かずにして、食べると言うのか。君は人の気持ちを考えられない人だね」
「……今、食事中ですので、静かにしてくださいね」
壮大な笑顔でギリッとパトリックがフェリシアを睨みつける。ヴァランティーヌはよくぞやったぞと言うような素振りで親指を立てた。母までパトリックの味方だと思うと情けなく感じたフェリシアは、ナプキンを皿の上に投げつけて部屋から出て行った。靴の音が響き渡る。
「あ……」
「いいのよ、放っておきなさい。たまには頭を冷やすといいわ。さぁ、楽しい食事をしましょうね」
「ごちそうさま……」
皿を綺麗にして食べ終えたのはヴィダル王だった。もう満足したようで、手をちょいっとあげると、静かに出て行った。面倒ごとに巻き込まれたくないのもある。ヴァランティーヌは複雑な顔をしてから気持ちを切り替えて爽やかな笑顔を取り戻した。
「んん--美味しいわ」
「そうですね」
ヴァランティーヌとパトリックしか会話してなかった。なかなか空気は切り替わらなかった。それでも、ステーキはとろけるくらい美味しかった。最高級なだけあるとパトリックは思った。
夫のフェリシアへのストレスはいつも消えることは無い。左手の指輪に触れて、外そうとするが、外れない。キラリと光るダイヤだけは裏切らないと考え直した。




