第4話 天然な空気に飲み込まれる
「あぁ~美味しい!!」
ついさっきまでエリーサベト・モルベリはフェリシア・リドマン侯爵の弟であるダリウス・リドマン伯爵と中庭で鬼ごっこを楽しんでいた。十分なくらいの運動をすると、落ち着いた頃にエリーサベトがおやつでも食べないと部屋の中へ案内する。
彼がここに来た目的はパトリック・フェリデンをお城で連れ戻すことであったため、それが少しでも目的に近づくのならばと言われるがまま、汗びっしょりの中、部屋へ案内された。
アフタヌーンティーを部屋の中央に並べられると、エリーサベトは着いてすぐパクリとカラフルなマカロンを頬張った。
「ちょっと、エリーサ。お行儀が悪いですわよ。服がくしゃくしゃじゃありませんか。すぐに着替えましょう!」
侍女のマーナが背中を押してクローゼットの方へ誘導する。口の中にはまたもう一つのマカロンを入れていた。
「良いじゃない、別に。動いてお腹が空いたのよぉ」
口をもごもごしながら話す。部屋の中に入ったダリウス・リドマンは呆れた顔で見渡した。ダリウスは、部屋でぼんやりしていると、カチャリと鎧が動く音が聞こえた。
「部屋の中に鎧を装備して入るとは、エリーサの護衛でもしてくれるのですか?」
「なに?!」
キュリアクスは出入り口で腕組しながら、ダリウス・リドマンを見つめる。
「冗談ですよ。城の中から拝見しておりました。ダリウス様、エリーサお嬢様のお相手をしてくれていたようで……ありがとうございます」
「相手って……ただ、走りまわっていただけだ。お礼を言われる筋合いはない……」
「相当動きまわっていたようですよね。シャワーでも浴びてはどうですか? びしょ濡れですよ?」
鎧を着たまま、エリーサベトを追いかけていたダリウスはサウナにでも入っているかのごとく、汗をかいていた。これからティータイムをするような恰好ではない。
「ああ……そうだなぁ。兄貴も時間かかるだろうし。そうさせていただくよ。案内してくれ」
「ええ、こちらです。着替えの洋服も用意いたします」
「感謝する」
キュリアクスはダリウスの着替えにシュミーズ、チュニック、ブリーチズの三点セットを侍女のマーナに クローゼットから出すようにと指示をして、シャワー室へ手を差し出す。エリーサベトは幼き頃に開催したパジャマパーティを懐かしむように手を振って笑顔で送り出す。
「そのまま泊まって行けばいいのにぃ。あの時、本当に楽しかったよねぇ」
「誰が泊まるか!?」
そう吐き捨てると、ダリウスは鼻息を荒くさせて急いで立ち去った。いい大人がパジャマパーティをするなんてとイライラと恥ずかしさが入り混じる。ダリウスはふと赤いじゅうたんが敷かれた廊下を立ち止まり、大人になってからのパジャマパーティがどんなものかと想像する。エリーサベトの風呂あがりの姿を妄想してしまい、赤い汁が鼻から勢いよく、飛び出してきた。
「だ、ダリウス様! 大丈夫ですか?! 血が出ております!」
隣にいたキュリアクスは、慌ててリネン製の布を渡した。
「大丈夫だ。落ち着け、落ち着け。自分考えすぎだ」
「ダリウス様、今、止めますね!」
キュリアクスはどこからどもなく、持ってきた麻紐でダリウスの両四肢を縛り上げた。手足を縛り、止血をすることで鼻血も止まるとされていた。
「な、何をしているのか?」
「これで止血はバッチリです。もう少しお休み頂けたら血も止まるはずです」
「俺を牢屋にぶち込む気か?!」
「そんな滅相もございません。牢屋に入れるようなことはなさっておりませんから」
「…………」
ダリウスの良心は痛み始めた。
「このままシャワー室へ運びますね!」
キュリアクスは大きな荷物を運ぶように縛り上げたダリウスをひょいっと持ち上げて、シャワー室へと連れて行った。複雑な気持ちのダリウスは、何も言わずにされるままだった。
――― 一方、その頃。
パトリックはダリウスから逃げようとザンドラとともに、いつもピアノレッスンする防音室で心を落ち着かせていた。
演奏会で披露する予定のフランチェスの曲を何度も練習していた。
落ち着いたパトリックのピアノ演奏は、癒しのメロディーを奏でていた。
ザンドラは目をつぶり、静かに聞き惚れていた。
いつの間にか、城下町の噴水前でお祭りのように戦っていたフェリシアとオレリアン王は疲れ果てた末に戦うことを辞めて、王座の間でお酒と食事を交わす仲まで距離が近づいていた。幼少期の話に花を咲かせていたのである。
緊迫した空気から一気に平和な時間に流れが変わり始めていた。




