5月9日
今日のバイトも大変だった。
明日の割引商品が多いせいで、つける広告の量も多い。
どうもうちのスーパーのお偉いさんは、現場の状況を気にしないらしい。
大きい広告を棚の両端につけて、小さい広告を3尺ごとに棚につけていく。
大きい方だけでいいだろう、という意見も届いていないか、無視されているのだろう。
直属の上司があんなのではな、きっと今日もサビ残するぞ。
俺はなんとか30分で残業を終えている、後輩が良い子で助かっている。
今日もだみーめすかーの声が響いた。
今日も色々言ってたが、つまるところ、右手を思い出さないと死ぬらしい。
そうは言っても、思い出せない。
でっかい右手に会ってることと、多分その右手になんかされたってことくらいしか分からない。
ぼんやりとしか思い出せないからか、白い背景にその右手が浮いてる景色が浮かぶばかりだ。
しかし、死ぬと言われたとなると、話は変わってくるな。
今後のバイトや大学は休んで、集中して思い出すのもいいかもしれない。
今日はもう一人バイト中に出てきた、そいつはレントと名乗った。
ボクサーらしく、半裸に赤いグローブで、今から試合でもあるのかという風貌だった。
「俺たちは速度に頼りすぎている」
妙な力強さで語り始めた、どういうことだ?と返した。
「拳をぶつける時だ、俺たちは、拳に勢いを乗せることばかり考えている」
そういうものじゃないのか、パンチって。
「人は基本的に自身の体重を超える重さを、拳に乗せられない。だが、速度に頼りすぎてはいけないんだ」
つまり、どうしろと?
「速度に頼らず、重さを乗せる。そうした時、真の道が開かれる」
真の道って?
「それを聞くのは野暮ってもんさ」
じゃあ別のことを聞くよ、お前は右手についてなにか知ってるか?
「知ってるよ、そいつのおかげで俺の今がある」
右の拳を俺に向けながら言って、レントは消えた。
俺は格闘技に進む気はないんだが……こいつらは俺にどうなってほしいんだろう。
そして肝心な右手についてはあんまり答えてくれなかったな……。
結局分からずじまいだが、言う通り速度には頼らないようにしてみよう。




