5月11日
朝起きてすぐに右手を呼んでみた。
そしたら俺の身体から出てきた。
家の中に誰もいないでよかったと思っていたら、いないことを承知の上で出てきたようだった。
『よくぞ思い出してくれた。君のためにも、危ない橋は避けたかったからね』
想像していたよりも、低音な良い声で話し始めた。質問しようとしたら、右手から語り始めた。
『私は、君が思い出した通りの右手だ。そして察しの通り、君に命の危機が迫っている』
そうなんだろうと思ってたけど、まずあんたの正体は?神様とかそんなとこ?
『神とは恐らく違う。君たちの立場で言うなら、上位存在というのがせいぜいだろう』
余裕で理解の範疇超えたな。もう少し詳しく頼む。
『もちろんだ。遥か昔、人間が生まれる少し前から私たちはいた。元々はとても大きな巨人で、人々の救済が存在意義だった』
人々の救済?
『うむ。私、つまり右手で人をすくいあげて救済し、左手で人を現世に帰す。それが私たちの仕事のようなものだった。だが、最近になって問題が起きた』
それが、俺の中に入った理由か。
『ひょんなことから、私たちの身体はバラバラになった。右手や左手、両足や頭などが散り散りになってしまったのだ。それだけなら別になんともなく、また集まればいいだけだった。だが、左手がそれを拒否した』
拒否した?元に戻るのを……?
『そうだ。左手は元々、救済を通じて人間を愚かしく考えていた。次第に人間を滅ぼすことを考えていて、私たちがバラバラになったことを好機と考えたらしい。私は必死に止めたが、左手は人間の蹂躙を片っ端から始めた』
なるほど、救済する上位存在が、死をもたらす存在になっちまったわけか。
『私と左手はほぼ互角の強さで、止めようとする間にも犠牲者は増える。私の本来の存在意義を考えれば、その蹂躙された人もまた救済対象だったわけでね、そうして出した答えがこれだったわけだ』
……その言い方だとまるで、俺の頭の中の人間は……
『きっと想像通りだ。私の役割は、救済する人間をすくいあげること。左手によって殺された人々を君の中に蓄積し、避難という形にした。身勝手な判断だと分かっているが、君を協力者とさせてもらった』
どっかでそんな気はしてた、俺じゃない誰かだと思ってた。だが、死者の声だったとは……
『正確には、左手が関わっていない死者も君の中にいる。そして、死者でない声も君の中に響いただろう。私の力は、そういう繋がりを得意とするんだ』
まあ、合点がいったよ。そりゃ、各々が勝手なことを言うよ。死んだと分かったなら、必死に俺に色々話したいよな。
『だが、君に左手が迫っている。時間が無い。私が死者の避難を始めたことに気づいてから、左手は人間の蹂躙よりも私たちを探すことに躍起になっている。見つからないように潜んでいたが、流石に時間の問題だ。そこで、君に今日を含めた3日間、戦闘技術を教える』
……なるほど?つまり、どういうことだ。
『そのままの意味だ。左手と私は互角、その状態で君が狙われたら確実に守り切れない。そのため、君に一緒に戦ってもらうために、私と一緒に戦う術を身に着けてもらう』
そこから訓練が始まった、正直まだちょっと体が痛い。
当然大学やバイトは休みの連絡を入れた、命が関わってるんだから仕方ない。
どうやら右手は俺の思った通りに動かすことも出来るし、お互いに自立して動くことも出来るようだ。
そして、右手の力は俺に分け与えることも出来るらしい。
人間の立場からすれば、万能にも思えるほどの力を手にした感覚で、今でも若干の興奮が治まらない。
こういうの、ノーリスクで扱えるもんなのかと問うと、
『何年君の中にいたと思ってるんだ、とっくに力の器は完成し、馴染んでいる』
とのことだった。言われてみればそれもそうだ。
今日は基本的な戦い方を学べた。あと2日あれば立派に戦えるらしいが、まだ実感は湧かないな。
自分を完全に知るのはもう少し時間がかかりそうだし、今は目の前の危機に集中しよう。




