第1話:『刻印が告げる夜』
東京の夜は、思ったよりも静かだった。
高校生の月野皐月は、布団の中でスマホを弄りながら、ふと左手のひらに違和感を覚えた。
「……なんだこれ?」
手のひらに、淡い銀色の紋様が浮かんでいる。波紋のようにゆらゆらと光を帯び、まるで自分の意思で動いているかのようだった。
「いや、絶対に見間違いじゃない……!」
皐月が息を呑む間もなく、紋様は一瞬の閃光を放ち、目の前の世界がぶわりと崩れた。
気づくと、そこは見知らぬ森の中——月明かりだけが空から洩れる幻想的な世界。足元には淡い光を放つ花々が咲き、風に乗って小さな精霊たちが舞っていた。
「え、ええっ……ここ……?」
慌てて周囲を見回す皐月の前に、透き通るような銀髪の少女が現れた。
小さな翼を持つ精霊——ルナだ。
「ようこそ、月の刻印を持つ者……」
ルナの声は、風と月光の音が混ざったように柔らかく、どこか神秘的だった。
「わ、私が……? 刻印の持ち主……?」
皐月は手を見つめる。刻印は今も淡く光り、ほんのり温かかった。
「そう、あなたは選ばれた者。闇がこの世界を蝕む前に、力を貸してほしい……」
その瞬間、森の奥から不気味な黒い霧が立ち上り、空気が重く歪む。
「こ、これは……!?」
皐月の心臓は早鐘のように打った。どうやら、異世界での戦いは——すでに始まっていたらしい。
「手を貸して、皐月……私と一緒に——」
ルナが手を差し伸べる。刻印の光が二人を包み込み、月光が奏でる静かな旋律が、胸に響いた——。
——こうして、月野皐月の異界での物語は、静かに、しかし確実に動き始めた。