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94ー3

◆◇◆◇◆


「(さてと)」


 リリ・アーロンは身支度を整えていた。それは今夜訪れるであろう『家名剥奪』を聞く価値のない茶番と思っての行動だった


 政略結婚の道具としての価値が残っている様に見えるこの状況だが【スキル】を重要視する戦火の内にて『得体の知れないスキルを持つ娘』を嫁に貰う家は余程の酔狂者と考えられる


「失礼します」


「あ、リリアナ、それはそこに置いておいて」


「分かりました。何ですかその大荷物」


「リリアナには伝えておきますが

 今夜にでも私は父上から家名から

 外されるでしょう」


「何故それを?」


「言葉のままです。父上、イバシルは…」


「いえ、そうではなく

 何故その話がリリ様の耳に」


「当然の事だからよ

 私が家長であればそうするわ

 父上を恨んでいるわけではないわ」


 リリアナと呼ばれたメイドは自分の口を手で押さえて『失敗した』と言った表情を浮かべた。リリはその様子に既視感を覚えつつも整え終えた荷を背負い、窓から垂らした布の集合体の紐を掴んだ


「でも」


「リリ様!?」


『アグレッシブ』───紐を掴み、荷物の重量と重力の自動落下により3階から1階に降りると走り始めた。その様子を見ていたリリアナはその極端な行動に驚きつつも何事もなかったかの様に業務へと戻っていった


「分かってることを

 2度言われるのは好きじゃないの」


 リリはリリアナを見上げてそう言い残した


◆◇◆◇◆


「さてと」


 アーロン家を逃げだしたリリは日の沈み行く街の中を小走りで歩んでいた。道行く人々の視線は彼女を捉えることなく、日常を送っている


 領内に広まっている噂に『既視感を受けつつ』街の外へと急ぐ、噂から面倒ごとへの進化は思った以上に早い、加えて自らの父がそれに一枚噛んでいる可能性に小走りもまた歩幅を増すばかりだった


◆◇◆◇◆


 穏やかな雰囲気が続く街の内に突如として悲鳴が上がった


「モンスターだ!」


「不味い」


 街の中にモンスターが侵入した。リリにとってそれは問題ではかった───化け物の領域が人間の領域を侵攻するのはそれほど珍しいことではない


 きっかけといえば、黒龍が各所で確認され始めた時期を境にモンスターが各所で活発化を始めた時期が重なることだ。これによりモンスターが街中に発生しても何ら不思議ではなくなっていた


 ともあれ、大小に限らずモンスターの侵攻をこれ以上許さない様に発生と同時に街の閉鎖が起こってしまう。これがリリにとっての問題だった


「(急ぎ対処しないと)」


 リリは急いで人の波の反対側に向けて走り始めた


◆◇◆◇◆


「(アーミースライムか)」


 リリは兵士の集まる場所まで来るとそれを前に顔を顰めた『アーミースライム』───スライムの中でも統率と群体を常に形成している進化個体。C級


「(周りの兵士も足がすくんでしまっている)」


 領域内の兵士は基本として戦闘技術を習得しているもののその大半が『対人』を想定したものであり、領域外を中心に活動をする者と比べ、『対モンスター』の経験は少ないことが多い


「(兄様は戦線に出てるというのに)」


 リリは非戦闘員、剣の才はなく、魔力の素養も弱い。あるものと言えば胡座を掻いている肝っ玉と理解力に行動力だった


『ドスン』という鈍い音が不意にリリの耳に届いた。ハッとしたリリが目にしたのはスライムの一撃をもろに喰らった兵士が床に今、仰向けに倒れんとする様子だった


「(応急処置を)」


 物陰に隠れていたリリは飛び出すと兵士に駆け寄り兵士の腰に常備されている『水薬』を手に取り、栓を抜いた


 揺れる水薬の表面はリリの鈍い動体視力でも『揺らめき』を確認でき、透明度は曇りガラスの様に向こう側の景色をモヤがからせるほど悪かった


「(粘りと濁りが強い

 質が低い回復薬だな)」


 リリは兵士の鎧を脱がせると傷口に水薬をぶちまけた。発煙と回復が起こり、青ざめていた兵士の顔色が安定した


 兵士は眉間に寄せていた皺から解放され、目を開けた。当然ながらリリを見て驚きを隠せずにいた


「…ッ、あなた様は!」


「シっ、傷に障ります」


「は、はい」


 リリは兵士を物陰に引き摺り、再び戦況を俯瞰し始めた


◇◆◇◆◇


 戦闘参加を確認

 覚醒値:2(+1)


【デバッグ】───『モード:ジャーニー』

→複製可能物品

『粗悪品・代謝活性薬』

『なし』


→看破


◆◇◆◇◆


「(増やせても粗悪品じゃ意味がない)」


 水薬は案の定粗悪品である確認を早々に済ませるとリリは戦況をじっくりと観察し始めた。これが強化薬なら戦況を有利にできるが軽度打撲を治すのに丸々一本使用する粗悪品では増やしたところで意味がなかった


「(後の兵士はまだ大丈夫そうだけど)」


 アーミースライムの絶え間ない分裂により、兵士は劣勢に立たされていた


「(時間の問題だ)」


 リリは戦況の不利を悟るや否や、何か手立てがないかを考え始めた


◆◇◆◇◆


『アーミースライム』への対処を思い出すリリは己の勉強の師を思い出していた。1を見て10を知り、100講じてみせる化け物───おまけに武にも精通するいかれっぷり


「分裂した端から斬り伏せればいい」


「出来たらやってます先生」


「我が弟子はワガママだな」


「先生には負けます」


「そうさな

 女子供がアーミースライムと出会したなら

 だったな、それなら精製精度の高くない

 代謝活性化薬をぶつけてやれ」


「そんなことをしたら分裂を

 誘発してしまうのでは?」


「やれば分かる」


◆◇◆◇◆


「はぁ(先生、信じますからね)」


 師の浮かべた悪戯な笑みを思い出しながらリリは【デバッグ】の【複製】に手を掛けた。使い方は分かっている【スキル】がそれを教えてくれていた


『粗悪品・代謝活性化薬を複製します』


 リリが虚空に手を伸ばし、何かを握り込む動作をするとそれは空間の歪みを生み出した。輪郭を帯び、感触を生み、重みを感じさせ、気がつけばリリの手の内に『代謝活性化薬』が握り込まれていた


「(無から有を生み出すなんて

 魔術の域を出た魔法そのものだ)」


 リリは改めて【スキル】の出鱈目な力に驚きつつ、物陰から飛び出すと『アーミースライム』目掛けて走り出した


 師への悪態を思い浮かべつつ、ふと勉強の合間に聞いた嘘か真か判断のつかない世間話の延長を思い出していた


◆◇◆◇◆

 

「世界の果てって知ってるか?弟子よ」


「藪から棒に何ですか?先生」


「いや、何

 勉強の意欲になればいいなと思って

 ひとつ小話をしようかと…」


「世界の果てですか

 聞いたことないですね」


 そう、リリは言った。師であるアルスレーベンはいつもの様に"にやけ面"を浮かべると得意げに話を始めた


「興味を持ってくれて俺は…」


「前置きが長いです」


「ん〜堪え性がない」


「先生の話が一々長いんです」


「うわ、辛辣」


 リリはそう言いつつ耳を傾けた───好奇心と不満を漏らしつつ、タメになる話。師の話『彼が現役時代』に各地を旅した話だった


 この広い世界───その果てとは人間の領域の外、化け物の領域の外、そこに存在するという『楽園』。師はそこを見たのだという


「俄には信じられませんね」


「だよな」


「それはどんなところだったんですか?」


「聞いて驚くな…」


◆◇◆◇◆


「瞬きの間しか居られない世界か」


 瞬き───思案の間にはと同じ時間しかいれない世界に年甲斐もなく憧れを見た。今にして思えば勉強に身を入れさせるべく師が作り出した『御伽話』の類なのではとリリは苦笑いを浮かべた


 鳥籠の中の鳥、政略の道具、剣───いずれにしろ自由なき身で分不相応の夢を見ず、リリは今日まで過ごしてきた。信じるに値しない幼き日の夢


 何もかもを捨てた今なら、そう今ならと


 リリは今までに身につけた知識や物語、技術を自分の体験に昇華させ、師の言っていた『世界の果て』を目指そうと心に決めた


「(手始めに)」


 幼き鉄仮面、リリ・アーロンは兵士の合間を縫って最前線に躍り出ると手始めとしてその手に持っている『水薬』を『アーミースライム』目掛けて投擲した


 空中で不規則に震える液体入りのガラス瓶は栓を開けられているが故にスライムの体表に沈み込むと同時に内容液がスライムに吸収されて行き、あっという間に空になった


 次の瞬間、スライムが激しく泡立ち始めるとその数を爆発的に増やし、数えるのも億劫になる数へと連続分裂を始めた


 兵士は苦言、不満、絶望を口々にする中、リリはその光景を前に笑っていた


「(不揃い、不恰好、未完成)」


 強制分裂、代謝活性化薬によりアーミースライムの分裂が異常に促進され、アーミースライム本来の分裂とは似ても似つかない粗悪品を無数に生み出す現象を発生させていた


 強制分裂により生み出されたアーミースライムは自壊などを起こし、慌てふためいていた兵士にもその有利的状況を理解させた


◆◇◆◇◆


 事態の終息が起こるのは早かった。自ら死にに行くアーミースライムと"ちゃんとした"兵士の双方により事態は落ち着きを取り戻した


◇◆◇◆◇


 戦闘勝利を確認

 覚醒値:3(+1)


【デバッグ】───『モード:ジャーニー』

→複製可能物品

『粗悪品・代謝活性薬』

『なし』

『なし』


→看破


→『???』(覚醒値不足)


◆◇◆◇◆

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