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僕は兵士に立ち上がってもらうべく手を伸ばした。その時、絹束を水に遊ばせた様なものが立ち上がった兵士を囲む様に2、3本漂っており、僕の視界を撫でた
「ご武運を」
僕に兵士が深々とお辞儀をする時でさえ、首筋に巻かれた絹糸は見えていた
◆◇◆◇◆
「水銀等級の冒険者の方が派遣される
ということですので無理はされないで下さい」
「はい」
「それともうひとつ」
兵士がティナの方を見る何やら話し込んでいる様でこちらの状況に気がついていないみたいだ
「本当に頼んでもよろしいのですか?」
「え?」
「六花の魔法使い様は冒険者で在らせられます
討伐に赴くことで
戦果、功績としてのこりますが」
兵士は僕を見ながら自分の首元を押さえた。それはティナもつけた『装飾』を指していることがすんなりと分かった
「確かに僕は冒険者ではありません」
「でしたら」
『心底、不思議そうに兵士が問いかけてきた。化け物との戦いは危険と常に隣り合わせだ。矢面に立って剣を抜く以上、命の保証はされない。無所属であれば報酬はなく、名誉も得られない、貧乏くじであると言わざるを得ないということだろう』
「それでも」
僕はアーロン家の元長男だ。領域の境での問題は領域の安全性や維持にも疑念を抱かれるとても危ない時期だ。これを黙って見過ごすことは僕にはできない
「力ある者がことに当たることは
安心に繋がります」
敵う相手ならば討伐し、敵わないのであればひとつでも多くの情報を得て共有する。後に続く冒険者や領主に貢献することは役立たずの僕に課せられた役割なのだから
「任せて下さい」
僕はティナと合流するべく歩き出した
◆◇◆◇◆
「街道沿いに進んでいくと
クラウンスパイダーの縄張りにぶつかります
リバレー兵士が取り囲んでいるので
すぐにお気づきになられるかと思います」
「ありがとうございます」
ここからそう遠くない位置で巣を張っている。境に近づき危険を冒してまでその場所に陣取る意図は何だろうか?化け物の考えることなど分からないし、分かりたくもない
「ティナ、問題なさそう?」
「うん、お待たせ」
兵士から銀の装飾を返して貰い仕舞う。あまりこれはつけたくない。防具としても利用できるが氷魔法との相性が微妙だ───如何に使おうが私が使う『錬磨』の魔法の妨げにしかならない。使えば慣れると言われているがそういう問題ではない
アノスがやってきたので私は街道をアノスと共に歩き始めた
◆◇◆◇◆
「アノス?さっきの剣術だけど」
私が話そうとした時、アノスが空中で手を遊ばせていることに気がついた。空気で泳いでいる様な仕草が可愛いと思った
「アノス?どうしたの?」
「ティナ、これ見える?」
◆◇◆◇◆
「ティナ、これ見える?」
僕は空中に未だ漂う絹束をひと掬いする。感触はなかった。それどころか絹束は触れた先から空気に溶ける様にしてその姿を消した
「ごめん、私には見えないみたい」
「そうなんだ…これは一体なんだろう」
僕は不思議に思いつつ歩いていると目の前にスライムが現れた時、それの正体が何となく分かった。スライムから伸びる暗く張り詰めた糸が真っ直ぐ僕に向かって伸びていた
『明らかに悪い予感を僕に告げていた』