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◆◇◆◇◆
「これはどういう」
ハーサバル・グレイが6人?この領域内に同姓同名の人物が6人も
「アノスさん?」
沖に出ているのが2人、領域外にひとり、領域内に3人。沖の2人はフラワーライト皇女殿下がなんとかして下さると考え、今やるべきことは
「リトさん」
「…なんですか」
「兵士の方に街の出入り口封鎖を頼めますか」
「…」
昨日の友は今日の敵か、ここまで疑心を向けられると味方として動いてくれるか不安だ。背中は任せたくない
「防衛は任せました」
僕はリトさんを含む全員にそう伝えた
沖に出ている輸送船の帰投場所である港を防衛をしてくれている冒険者の方々に向けて声を掛け、糸を足場に高所に向かった
◆◇◆◇◆
「…黒装束もハーサバル・グレイで
間違いないか」
高所から黒装束がモンスターの群れを率いてこちらに迫ってきているのが見える
明らかに友好的ではない足取りと勢い、夜という明らかに隠れることを前提とした歩みは侵攻と変わりなく、もはや大罪人であることは確定だった
「…」
解体屋、冒険者、フラワーライト皇女殿下の証言により、白はなく、断罪しなければならない謀反者だ
「【エレメント】」
首元の『エレメンタル鉱石の装飾品』に触れ、魔力を解放する。纏う魔力は光さえ呑み込む【円環】の理
「『アーテルレスト』」
◆◇◆◇◆
瞬間『星空が死んだ』
リトが目にした夜の顕現───星すら飲み干す漆黒を前に尻餅をつき、歯が震えて『恐慌』に陥る
港を警戒する冒険者もそれを肌で感じながらも直視はしなかった。直視したのはリトだけだった
「なんだこれ…」
空に広がる魔力が収束するにつれ、星が姿を現すも一点、人ひとりの範囲ばかりが星を掴んで離すことは終ぞ、なかった
「なんだよ、これ」
その時『闇』が溢れて飛び出した。収束していた闇が一筋、星を轢きながら飛んでいき、気がつけば星はまた煌めきを取り戻していた
音もなく地に向かい撓み消えた
「…っ!」
まるで星の明滅。幾たびも放たれる闇の訪れにリトは震えが止まらず、終いには涙を流して唖然とする
「ば、化け物…」
『噂話』───災害が人の皮を被った存在がひとりの男から始まった
◆◇◆◇◆
数を減らすことはできたけど…。沖で聞こえ始めた戦闘音とは別に港が騒がしくなっていた
「どうしましたか?」
「ひっ」
「リトさん?」
地面に降り立つと怯えた様子のリトさんが僕を見るなり短い悲鳴を上げた
「くっ、来るな」
心配になり近づいた次の瞬間には抜剣。剣先を向けられていた
震える足と恐れを押し殺した唇の噛み傷。勢いがなくなると同時に震える剣先、何故僕にそれを向けるんだろう
「落ち着けよリト!」
「全くなんだってんだよ」
リトさんの奇行に他の冒険者も呆れた様子を見せていた
「黙れ!僕は見たんだ!こいつが」
震える剣先に気がついたリトさんは握りを両手で掴み、震えを止めようと躍起になっていた
「こいつが龍の息吹を
使っている姿を!きっとどこかに
龍を匿っているんだ!」
「は?何を言ってるんだ?」
「嘘じゃねぇ!僕は確かに」
話を聞くに僕が今し方使った『アーテルレスト』の魔力にあてられたのだろうかと考える。落ち着いて貰わなければ今後に差し支えが出てしまう
「リトさん、僕は魔法を使えますが
龍ではないので息吹は…」
「黙れ!この、龍◾️きめ!」
抵抗の意思がないことを身振りで示して近づこうとした僕にリトさんが言った『龍擬き』───知らない言葉だ。何だ『龍擬き』って?
「そうだ、そうだ!
龍を殺せて当たり前だ!
だって龍なら殺せて当たり前なんだから」
錯乱しているリトさんが口にする訳のわからない内容に僕も混乱してきた
「はは、龍もここまで進化したのか
やっぱりモンスターは殺さないと
保護派なんて、保護派なんて!!」
震える剣先がそのまま喉元に迫ってきた
◆◇◆◇◆
「…」
リトが放った突きはアノスの喉元を見据えて突き進む。しかし、剣先がアノスの喉に触れることはなく、喉の薄皮すら捉えることはなく他の冒険者達に取り押さえられた
「こいつは殺さないとダメだ!離せ!」
「落ち着けリト!」
アノスは事態のあまりの頓珍漢な様にため息を吐くと港の中心に背を向け、歩き出し、後ろにいた冒険者にひと言
「僕は別行動しますね」
「分かりました。お気をつけて」
そう言って港を後にした。尚も騒ぐリトは視線で射殺さんとばかりにアノスの背中を睨みつけていた
◆◇◆◇◆
冒険者の方が数いれば港は大丈夫だろう。僕は急いで領域外へと向かう。足止めに『アーテルレスト』を放ったとは言え、数が多く、遠巻きからでは数を減らすのが精々だった。擬きと言わず、なんなら龍に成れたらいいのに
「…」
龍なら息吹を、文字通り息をするように使えるだろう。自前の魔力を『エレメンタル鉱石の装飾品』に通さなければ【円環】を引き出せない
こんな調子で黒龍の役割を代替できるのだろうか
「…いや、違うな」
やらなければいけない。弱音を切り離し、眼前の問題を前に緊張の糸を張り直す。ハーサバル・グレイ
「これもバグかな?」
「いきなりデスね。冒険者」
目の前に居たのはハーサバル・グレイ。しかし、その見た目は大凡20を迎える容姿をしていなかった───皺まみれの手に枯れた声、窪んだ眼下からこちらを睨むその姿は『老人』といって差し支えないものだった
◆◇◆◇◆
「ハーサバル・グレイ
大罪人として、貴方を拘束する」
「…そうやって」
「?」
「お前達はそうやって、理解の範疇を超えた
存在に対して拒絶を示す
愚かだとは思わんか」
「?」
「寄り添えば分かる
こいつらも腹を空かせていただけだ
見てみろ保護して餌を与えさえすれば」
目の前の老人からアノスは視線を外し、痩せ細っているモンスターの群れに視線を移す
「保護か」
「な?凄いだろ、こうやって愛情を注げば
人を襲ったりなんかしないんだ
ちゃんと言うことを…」
「モンスターは上下関係の世界です
貴方が死ねば人をまた襲います」
アノスは『クラウンスパイダー』を張り巡らせ始めた。その目には容赦の字はなく、静かに糸を展開し終えた
「おい、何をやってる」
「ホーン・キャットは討伐対象の
モンスターです。どいてください」
「殺すと言うのか!
僕の話を聞いてながら」
両手を広げモンスターを庇う老人にアノスは冷めた目を向け、糸を操る手を握り込み歩き出した
老人は抵抗の意思を示したものの力の差は誰が見ても明らかであり、言葉での説得を試みることしかできなかった
「聞いた上で判断しましたグレイ
貴方のやり方は領域を脅かす」
「なぜだ、なぜ分からない
奪うだけでは何も解決しないことを
何故分からない」
「…」
アノスはその質問に答えることなく歩き続ける
「そもそもお前は誰だ!」
「…」
「応えろ!」
「武力を持って
人類種存続を最優先に考えることこそ
領域の剣を任されたものの使命です」
機械的な返答、老人の後方で『ドサッ』と何か柔らかいものが倒れ伏す音が聞こえた。老人が恐る恐る振り返るとそこにはホーン・キャットの切断死体があった
怒りが込み上げる中、老人はアノスに掴み掛からんと踏み出した。しかし、すぐに絡み取られると空中で磔となった
「殺すことはないだろ!」
「ご理解を」
「何て残酷なことを彼らも生きてるんだ」
「…」
問答は本来不要───しかしアノスはウチから湧き出る不快感が限界に達した。老人の襟元を掴み、引っ張り引き寄せると侮蔑の表情を持って老人を睨みつけた
「生きていると知ってて飢えさせたのか?」
「それは、保護…」
「痩せ細り、骨の髄を啜らなければ
飢えを凌げないそんな姿が
モンスターのためと?」
「こ、この子達の苦労も分かる筈だ」
たじろぐ老人は負けじと凄むも拳を叩き込まれる
「保護と称したモンスターの異常繁殖が
領域のためと?」
「そ、そう…ッ」
瞬間、ホーンキャットの群れが肉片へと変わった。辺り一面血の海となった畦道。そこに拘束された老人が膝からへたり込んだ
「領域主として失格です
大罪人」
アノスが老人を留置所に入れんと歩き出したその時、老人が生気のない目でアノスを見つめていた
アノスは素早く距離を取ると老人の姿が徐々に黒く変色していく姿を前に外套を身構えた
「そうやってグランドも殺すんデスか」
「…」
「我々は共存できる筈なのにデスか?」
「…」
「また、ダンマリデスか」
「【デバッグ】」
◇◆◇◆◇
『逆引き・解析』
『ハーサバル・グレイ』より
『同名』が『複数存在』している
『バグ』を確認
… … …
『逆引き・分析』
『ハーサバル・グレイ』
『オーバーライド』の『痕跡』を確認
『Origin Entity』
『Search』───『消失』を確認
『辻褄合わせ』により
『存在』の『補完』が『発生』
… … …
『星の夢』より『確認』
『ハーサバル・グレイ』の状態を
『バグ・旧環境』と『断定』
『オーバーライド』
【重複】【旧環境】を確認
【Optimize】による『解決』は
『新たなバグ』の発生を『招く』ため
『不可能』です
『推奨』
『ハーサバル・グレイ』を【円環】で
『エーテル』への『還元』を行ってください
◆◇◆◇◆
「【エレメン…!?」
『アーテルレスト』を展開しようとしたその時、アノスは顔面に強い衝撃を受けた。揺れる視界を治すより早く、アノスが反撃を放った。しかし
「…」
「何ですか?そのへなちょこな攻撃は?」
手応えがなかった。それ以上にアノスを驚かせた事象が直前に起きていた
「(外套と攻撃をあの距離で避けた?)」
防御していた筈の外套越し、などではなく外套の内側で受けた衝撃。まるで海風の様に衣服の隙間を縫って侵入し体温を奪う様にアノスの防御を抜け、攻撃を避けたグレイの出鱈目な挙動
「生け捕りは無理かな」
「生け捕りですか?随分と」
走り出したグレイが拳を放つ、アノスは『アンブラディアボリカ』を再び防御に使用した




