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◆◇◆◇◆
吟遊詩がリュートを爪弾き
朗々と歌い始めた
「さあ、耳を澄ませば聞こえてくる
風の音に乗って戦場を駆け巡る一輪の、花
今宵、私が語りますわ
剣と美の調和にして紅一点
戦場に咲く一輪の花
しかし、その実
猛き炎を纏うた蛇のような英雄の物語
その名は、焃蛇レイア
ルパード・Y・レイア
吹き荒れる砂塵と血に染まる大地
ヤナマの領域
そこに押し寄せる魔物はその数千
絶望が支配する戦場に
玉砕覚悟で死守するヤナマの兵士は
その時希望を見た」
先までのおどろおどろしい曲調から一転、高くそして速い曲調に変わると歌の中の戦況も好転を始めた
「敵の首元に咲く無数の薔薇
瞬く間に戦場は一面が薔薇に埋め尽くされた
一歩、一歩と足を踏み出せば
巻いて離さぬ奇怪な剣術
風に舞い、軽やかに優雅に
縫って進むは花弁が如く
剣は蛇のようにうねり
その剣技は、まるで魔法
戦場に瞬く蝶
絶望の淵に沈んでいた兵士たち
レイアの戦いぶりに追い上げる」
リュートの音色が落ち着きを取り戻した
「続く戦のひとつ、ふたつ日を超えて
屍の山、光の柱
上がる日の出に掲げた蛇腹の一振り
血に濡れて尚、銀光を放っていた
勝利の雄叫び木霊する戦場
英雄レイアは吹き去った
人類に勝利をもたらす為に」
吟遊詩人はリュートを静かに鳴らし終えた
◆◇◆◇◆
ヤナマ領域、山岳の内で広がる天然要塞領域その英雄譚を聞き、その内容の焃蛇の武器に興味惹かれる
『君たちが領域って呼んでるあれが
全体的に劣勢に立たされてる』
「…」
『既に7ヶ所は潰されてるよ』
「…」
せっかくの英雄譚が台無しだよ。まったく
『防衛に成功してる領域もあるにはあるけど
アーバレストやアーロン、リバレー領
みたいに支援を出せたり
復興に乗り出せる領域はそう多くない』
「…」
コイツは僕に何をさせたいんだ?
『単刀直入に言うとヤナマもしくは
ハーサバル、ジルバレーのいずれかに
向かって欲しいんだよね』
『ハーサバル』───海に面している海岸町のひとつ、漁業の盛んな領域
『ジルバレー』───首都、各領域の中でも最も大きな領域、最も長い歴史を誇り王国と呼べる唯一の領域
『仕方ないだろ【円環】を持ってた
アー君が倒されちゃって
淀みが凄い勢いで溜まってるんだ
直ぐにでも抜かないと星が死ぬ』
「…」
その淀みって何なんだよ
『宝物庫
君達が迷宮化と呼んでるものの現象のことだよ
っと『天啓』はここまでか』
「…」
◆◇◆◇◆
何となく感じていたがあの『スーツ野郎』は次元の異なる存在だと確信する。突然消えたり、出現したり、たまにアレが見えてるのか、感じているのか
虚空を見ている人はあれど、万人が見えてる訳ではないらしい。吟遊詩人は終始もたれ掛かられていたにも関わらず見事に歌い切っていたし
「続きましては」
懐からチップを取り出しその場を後にする。さて、どうしたもんかな
「『目覚めた死者の唄』です」
◆◇◆◇◆
「『キャリアー』」
ゴートンへの伝書鳩を飛ばす。今日一日動き続けたことに加え、眠り続けていた弊害か疲れやすくなっているのか噴水の淵に腰を掛ける
腕が片方なくなるだけで体力の衰えが激しい…あれは間違いの選択だったんだろうか?僕は正しい答えを出せずにいた
「もし、お隣よろしいですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
ふと、声をかけられた。か細いながら声の感じと息遣いから剣術を嗜んでるのが分かる。張りのある感じからそれなりに命令を出す立場のことが加えて分かる
「ここは平和なんですね」
「…そうですね」
ボロ布の外套、僅かに感じる血の匂い。伸びている糸の色が『白』でなければ応戦していたところだった
「それもこれもあなたですよね?
隻腕の迷宮殺しさん
それとも
龍殺しとお呼びしましょうか?」
「ただのアノスでお願いします」
悪気はなさそうだけれど、迷宮殺しに関しては悪名に近いことのためあまり公共の場でその名を出して欲しくないな
「ふぅん」
「…」
どこか不満気な彼女
「焃蛇の噂は予々」
「そうでしょ?吟遊詩人も
一曲目には私の話をする程ですよ」
噴水の音、広がる波紋と打ちつける水音、衣服の間を梳いて抜ける風が外套の下の軽装鎧を露わにする暗めの黄土色だった
「今の今まで
寝ていたとお聞きしますが
中々耳が早いのですね」
そう言う彼女もまた耳が早い、いやそうでもないのかも?『2日も経てば野犬も耳にする』とはよく言ったもので噂話の広がり方は想像を遥かに凌駕する。それが7日ともなれば赤子でも耳にするだろう
「吟遊詩人様々ですね」
「…」
彼女からこちらに伸びる糸の量は好意に等しく、所々から伸びる黒の糸は警戒の現れ、初対面であれば普通の量ながら不穏な空気が立ち込み始めた
「近々、無事な各領域での会合が
開かれるとのことです」
「今回の大規模領域侵攻についてですかね」
「それもありますが今回の大事件を
事前に知っていたかも知れない領域が
存在すると言う噂が出ておりまして」
「…」
『相殺』───抜き放たれた剣の一撃を『アンブラ・ディアボリカ』で受ける
「それがリバレー領からの文でして」
「へ、へぇ」
躊躇なく首を狙ってきた。
「それで」
「…」
「リバレー領で聞き込みをしたら
何、あなたがそれを出させたとか」
「…」
速馬でも数日掛かる経路を7日以内で移動したとなるとその手の【加速】か『加速』を持っていると見るべきだろうか
もしくは…今考えるべきはそこじゃないか
◆◇◆◇◆
「拒否権はありません」
『戦闘狂』───アノス目掛けてレイアは剣を抜き放った。アノスはリリアナから返してもらっていた『外套』で初撃を否した
「…」
「受けてくださいますね?」
「拒否権はないのでは?」
「あくまで公正を期すためですよ
いきなり切り掛かったら問題でしょ?」
「…」
言ってることやってることが無茶苦茶だった。この時点でアノスが罪を咎めようものならレイアは即留置所に送られるが
「分かりました」
アノスは聞きたいことが山ほどあるためこれを快諾した
「ありがとう…ございます!」
レイアが姿勢を低く構え、お礼の挨拶を述べる途中で目にも止まらぬ踏み込みによる一閃をアノスの『眼球』目掛けて放った
『封豕長蛇』───蛇腹剣が一閃の最中に解けると射程が伸び、アノスの目を狙っていた剣先が予測不能な唸りを起こした
アノスは無難に視界を隠す防ぎ方───外套を顔の前に持ってくるとそれを防いだ
「かかった!」
レイアはその隙を逃すことなく、瞬時に間合いを詰めると蹴りによる攻撃を外套越しのアノスの腹目掛けて放った
「…ッ!」
しかし、その攻撃は外套越しに空を押し出すばかりだった。アノスはレイアの足を軸に空中に逃げると腕に巻いていた『糸』を解いた
「【エレメント】」
「!?」
レイアは直感で回避するとアノスから距離を十分取ると体制を整えた。空中には陽の光を乱反射し、かろうじて見える糸の結界が張り巡らされた空間は蜘蛛の巣を思わせた
「(剣士と聞いていましたが
これでは魔法使いですね)
不思議な戦い方をされるのですね
それともそう見えるだけでしょうか?」
「…」
アノスは答えることなく『指』を動かした
「剣士と聞いていましたが」
張り巡らされていく糸の合間紙一重で躱わしていくレイアは蛇腹を固め、再び剣としてアノスに切り掛かった
アノスは腕に糸を巻き付けると魔力を通し、剣をこれで受けた
「私と同じでしたか」
「…」
「でも技が拙い」
「ッ!?」
アノスの意識外、蛇腹の先端が戻っていないことを遅いながら認識し、再び顔全体を覆う様に『外套』を被った
◆◇◆◇◆
「今度は逃げられませんよ!」
蛇腹の剣芯のしなる金属がアノスの首元に巻きつき、顎と鎖骨の間の空間を確実に締めつけた
「私の勝ちですね」
「…」
「さぁどうします?」
蛇腹の剣術はかなり興味深かった。間合いを誤認させる歩法と剣術、武器の特性を活かした奇襲や間接的な攻撃、拘束にも秀でているときた
「黙っていては拘束は解けませんよ」
「まだ、続けますか?」
「ええ、血が出るまではしたいですね」
「…」
「早くしなければ
首が折れてしまいますよ?」
「…」
しまっていく外套、しかし油断は命取りになる───首に見立てていた糸束を引き抜き様にレイア嬢目掛けて放つ
「え!?」
支えを失った蛇腹剣が力なくたわみ、面くらったレイアが急いで蛇腹を引き戻そうとする。そこを逃すことなく蛇腹に絡めていた『糸』を引き『真っ直ぐ戻る』筈の分割された蛇腹の刀身を『激しく波打たせた』
手元が激しく揺れ、それを制御するのにレイアの意識は逸れた
「こんなもの」
「『クラウンスパイダー』」
『身体操作』───万全の状態であれば人ひとりを動かすことは造作でもなく、勝手に開かれた手により武器は弾け飛び無防備を晒すことになった
アノスは『ファイアボール』を構えて、警戒を続けていた。蛇腹剣が遠くで落ちた音がするとレイアは満面の笑みで言った
「お見事」
「ありがとうございます」
◆◇◆◇◆
「いやぁ負けた負けた」
「…」
「何分ヤナマ領域ではもう戦って楽しい人は
いなかったので非常に満足です」
「…そうですか」
「これでもあの領域内では上位に入る実力を
持っていると自負していましたが
いやはや、外は広いですね」
この人よく喋るな、矢継ぎ早に出される話題の多さに圧倒されるばかりで本題に移れない
「王宮から使いの者が来ましてね?
このたびの活躍について
国王陛下から直々にお礼を言われまして」
「それは凄いですね」
「でしょう?いやぁ有頂天になって
他の領域も救って来ようかと
近場のここまできた次第です」
「は、はぁ」
この行動力は見習わなければいけないな
「恐らくですがアノスさんのところにも
使いの者が来ると思いますよ
会合の件もありますし」
「ハーサバルには向かわなかったのですか?」
「はて?何故その名が?」
「いえ、気にしないでください」
「…不思議な方だ、常に手元ではなく
少し先を見ている
私は何分ぶきっちょなので
その言葉を真に受けましょう」
「本当に気にしないで…」
気がつけばレイア嬢は居なくなっていた
「加速というより転移かな」
加速よ予兆もなしに忽然と姿が消え、糸が解けていた
◆◇◆◇◆
「レイア様!おひとりで
どこへ行っていたのですか!」
「いやぁ、アーバレストで
気になる殿方がおりましたので
ひとつ手合わせをと」
「いいではありませんかレパス
こうして戻って来てくださるのですから」
「しかしお嬢様」
「それにこれは私たちから頼んでいる以上
自由は彼女にあります」
馬車の中の御仁とレイア、御者のレパス
「それでその殿方はどうでしたか?」
「中々強敵でした。先ずは黒星
次は負けません」
「何と!?かの焃蛇を上回るとわ」
「是非引き入れたいところですね」
「ふむ、そのことなのですが」
◆◇◆◇◆
「ハーサバルですか?」
「はい、そう言ってました」
「何故ハーサバルなのでしょう
ヤナマ同様あそこも守るは易し
攻めるは難し、防御は完璧な筈」
「星詠みのスキルでも
あるのではないでしょうか?」
「ならその助言に従うことにしましょう」
◆◇◆◇◆
翌日、アーロン領域に呼び出されたアノス、速馬にて帰還後
「アノス前へ」
謁見の間でゴートンの前にいた
貴族の重鎮が数人並んでおり、緊張感がある中での謁見、追放された者が謁見を許されているこの事態は大変に喜ばしいことながら同時にある種の人間にとっては目の上のコブが戻って来たことを意味する
「此度の活躍、期待以上だった」
「はっ」
「その活躍に免じ
家名を名乗ることをここに是とする」
「はっ、謹んでお受けします」
「アーロンの名に
恥じない活躍を期待している」
拍手のなる中『拝名の儀』が行われた───名前を受ける公の儀式。追放された者や無名の者はこうして名を受け貴族に知られていくのである
◆◇◆◇◆
謁見を終え、ティナの眠る一室で彼女を見守る。未だ起きる気配のない彼女を前に今、僕ができることはなかった
ドアが叩かれ、ゴートンが入ってきた
「おかえり兄さん」
「これはアーロン領主様」
「むず痒いからそれは辞めて欲しい」
「…善処するよ」
アーロン家の追放騒動は一先ずの落ち着きを見せていた
「なぁ兄さん、今回の大規模侵攻は
どうやって分かったんだ?」
「リリアナが」
「…」
「って言って信じてもらえるほど
甘くはないか」
「書類上の人事なら
俺に軍配が上がるからな」
◆◇◆◇◆
「リリアナでは察知できない事態を
事前に知っていた人物か」
「変なやつだったよ」
『スーツ野郎』について話した。今回の大規模侵攻を僕に教えて来た張本人だったので
「黒龍は迷宮を外側から破壊して
淀みを吐き出させていたんだ」
「解せないな、迷宮…宝物庫?は淀みであり
不吉なものであるだなんてね」
ゴートンは外套を眺めながらそう呟いた
「俄には信じられないけど
こんなものを見せられたら信じる他ないな」
「…」
「でも、これは利用できそうだな」
「というと?」
「迷宮をわざと放置して、その『作品』って
奴らの発生をこっちで制御するんだよ」
「危険じゃないかな」
「でも、それをするだけの価値はある」
ゴートンはそう言って悪巧みをする顔をした
「そうだ兄さん、ハーサバルの件
こっちで連絡が取れたよ
明日にでも向かってくれて構わない」
「流石だね」
僕は『アーバレストの家紋入りの指輪』を外そうとする
「兄さん、それはつけとけ
アーバレスト現領主からだ」
「うん、分かった」
「その代わり」
ゴートンは『アーロンの家紋入りの指輪』を僕に差し出して来た
「ティナ・アーバレストにはこの指輪を
つけてもらう、放浪者が
勝手に敷地内に入って眠り続けてるなんて
噂が立ったら大問題だから」
「でも…」
「もし起きて拒否されたら
その時は返して貰えばいいさ」
「そういうものなの?」
「そういうもんなんだよ兄さん」
◇◆◇◆◇
アノス・アーロンはアーロン家への
回帰を果たした
便宜上、ティナ・アーバレストとの
婚姻関係は復帰、アーロン家で療養中となった
【迷宮殺し】【龍族殺し】の称号
『星の夢』より『付与』
【神域】『覚醒』───3.6%
『小規模』で『迷宮殺し』『龍族殺し』の名が
『英雄』を含む『凡百』から
『認知』されています




