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◆◇◆◇◆
アーバレスト領から溢れ出した化け物は各地へと広がりを見せ始めていた。後に大災害と呼ばれる大規模な領域侵攻は大陸を埋め尽くすことになる
そんな日の前日、リリアナとティナが話し合っていた時、リリアナがティナに対してひとつの便箋を手渡した
「はぁ…」
「『召集』です。ティナ様」
アーバレスト領からの『召集命令』───F級の黒龍が目覚めたことの何よりの証拠だった
「明け方にお迎えに上がるとのことです」
「はぁ〜面倒くさ」
「お逃げになられないのですか?」
「?」
静まり返る部屋の中でティナはため息と肩肘をついた
「そう言えばあんたはアーロンのモノであって
アーロンの者じゃないのよね
リリアナ・ローズ」
「そうですね」
「いい?家の者は家名を大事にするものなの
ここで逃げでもしたら
家名や家族に傷をつけることになるの」
「…」
「追放されていたり、死亡していたり
それ相応の理由がなければ命令には
従うものなのよ」
「それではアノス様は?」
「あれは特殊なのよ、追放されても
古いしきたりを守って家名を手放しても
家名に沿ってことを成す、言わば呪いよ」
「…」
「ま、そういうことだから
適当に話をつけててよ
帰ってくるからさ」
◆◇◆◇◆
ティナは自分の所属する領域へと急いで向かっていた。合流した馬車に乗り過ぎていく景色を肩肘をつきながら眺めていた
当然として死地への物資輸送なんてものをする余裕は再起を図るリバレー領にも他所にもないため非常に空いている道のりを辿っていた
「まるで奴隷の身分ね」
早馬の引く馬車の速いこと、ティナはアーロン領が見えてきたことにため息を吐きながら愚痴をこぼした
「今まで見逃していたんですぞ?
温情あってのことと自覚して頂き…」
「はいはい、分かったから
それはともかく、その耳どうしたのよ?」
「これは…その」
「それにアーロンからの支援は
どれくらいあるの?」
「アンデッドはアーロンが
対処しております」
「なら黒龍に注力できるわね
さて、どうしよう…」
その時、突如として馬車の上に大きな影がかかると馬車が大きく揺れ、牽引していた馬車を残し馬が姿を消した
◆◇◆◇◆
「…」
林を抜けた後、アーバレストに向かう道中に散見される化け物の死体。アノスはそのどれもが食い荒らされていること、食いちぎられているというよりは
『溶かされ啜られた様』を一瞥した
「不穏だ」
走り続けるアノスの足運びがより一層の速さを求めた矢先、辺りを覆い尽くす黒い糸によりその足を止めざるを得なくなった
四方八方から伸びてくる黒い糸が一斉に赤色に変わっていく瞬間、走りから『跳躍』に切り替えたアノスの目に飛び込んできたのは先ほどまで骸であった筈の死体共が自分のいた空間目掛け這って動く姿だった
「何だ?これ」
何故動けるのか分からない損傷と生気が全く感じ取れない足運び、存在感───跳び上がったアノスがやがて地面に向かって落下を始めると死体はそれに目掛けて口を開けた
まるで餌を今か今かと待ち侘びる雛鳥の様に
しかし、アノスはその1匹の頭部を踏みつけ様飛び退き、群れを回避すると両手に魔力を集中させ、着地と同時に地面に触れた
「『アースシェイカー』」
揺れ動く地面が死体の中の二足歩行を転ばせ地面に這わせる
「『アースシェイカー』」
続く片手で同様の魔法を放ち、揺れは酷くなり、異なる揺れにより地面は隆起し、所々にヒビ割れが生じ始めると地面は途端に『大きく口を開けた』
『クレバス』───地面に走る亀裂を作り出し、対象を起点とした周囲の地面を地中深くまで引き裂く魔法。現れた亀裂はアンデッドを飲み込んだ
「これがアンデッドか」
蔓延る諸共地面に叩き落とした後アノスが地面を元に戻すと地面から大量の光の粒子が噴き出したのを見届けながらアノスは再び走り出した
◆◇◆◇◆
「…ッ」
目、鼻、耳、肌、を刺す様に辺りに立ち込める冷気を受け、アノスの全身の血の気が引いた。いくら季節が寒さに傾倒していようとも刺すかのようなここまでの寒さが立ち込めることはないだろう
「まさか!」
走り出したアノスが目にしたのは脚が6本のクラウンスパイダーとティナの姿だった
「…」
◆◇◆◇◆
アノスは迷うことなく鞄の中から槍を取り出し、クラウンスパイダー目掛けて投げ放った。飛翔する槍がクラウンスパイダーに当たる寸出で衝突音と共に弾き飛ばされた
「…」
『牙◾️・翔』───アノスは投げた槍と同様の速さで走り弾かれた槍を空中で手に取ると続く投擲によりクラウンスパイダーを捉えて地面に繋ぎ止めた
「生きて帰れると思うなよ」
怒り心頭に発する、アノスの目は見開かれ、本人でさえ気が付かない程の膂力で取り出した斧の握りを絞り上げていた
一歩、また一歩とクラウンスパイダーに近づくアノスに立ち塞がる人影───ティナだった
「…」
いつもの優しく、活発で、寄り添ってくれる彼女ではない。血色は悪く、目は虚で、動きもぎこちなかった
◆◇◆◇◆
「…」
大丈夫、きっと大丈夫だ。これは操られているだけ、クラウンスパイダーを殺せば元に戻る。僕は心の内に生じた迷いと『不安』を拭い去りティナの放った『力任せ』の一撃を否す
彼女本来の力を引き出せるなら苦戦はしただろう。しかし、そんなことはなく楽々と弾くことができた
どうやら、クラウンスパイダーは対象を操る力はあるものの『素体の能力』は引き出すには何かしらの制約があるようだ
「化け物風情が」
この身を内側から焦がす熱は何だ。リリアナの時にも感じたこの、不快感は何だ
「調子に乗るなよお前」
僕はティナを『糸縄』で拘束し、逃げようとするクラウンスパイダー目掛けて斧を投げつけた。悲痛な鳴き声を上げつつ、逃げようともがくクラウンスパイダー
しかし、その度に僕は鞄から得物を取り出し、クラウンスパイダー目掛けて投げる、撃つを繰り返した
「それだけか、化け物」
飛んでくる攻撃は赤い糸が予備動作や敵意は黒い糸で事前に分かる。その度に避ける、否す、弾く、焼く、斬る、飛ばす、殴る、蹴る、折る、潰す、千切る、痛めつける、痛めつける、痛めつける
「それだけか」
早くトドメを刺せばいいものを目の前でバラバラになったクラウンスパイダーを前に僕は不快感が和らぐことを発見し、発散に勤しんだ
冷静になればこんなことをしている暇なんてものはないに等しいのにも関わらず、それでも僕はやめられなかった
「…」
ひとしきり、痛めつけた後に瀕死のクラウンスパイダーに短剣を突き立てると光の粒子になって消えた。僅かに感じた意識の様なものもただの思い過ごしだったのだと理解する
「ティナ」
僕は振り返り座り込むティナに駆け寄った。伸びた糸の色は『黒』だった
「…」
◆◇◆◇◆
後悔、懺悔、焦燥、理解───短い間隔でアノスの脳内を駆け巡った思考にアノス自身も困惑を隠せなかった
「何で、どうして」
アノスが震える声で絞り出した言葉がそれだった
『死亡している』
無慈悲に【スキル】が教えてくる現実を前にアノスは拳を握り込み腰に据えた斧や背中に背負った槍、胸ベルトに仕込んだ短剣、鞄のありとあらゆる武装の装着を拒んだ
ティナが立ち上がる───力のない動き方、数刻前に見た『あれ』と同じ動き方だ
「… … …」
どうすればよかったのだろうと、自問自答を繰り返す。八つ当たり、報復、仇討ち、拷問をしなければ助かったのか
首に巻きつく糸を切っていれば或いは
『答えは否、既に死亡していた』
「分かってんだよ!」
【スキル】の情報に声を張り上げ反抗する。分かっていた、分かっていたんだと何度も反芻するアノスもその事実を知った尚『助かる』と希望を持っていた
しかし、目の前に立っている『結果』を前に『どうすればよかった』が無限に頭の奥から引っ張り出されては否定されていく
『速やかなる討伐』
「うるさい」
『速やかなる排除』
「うるさい」
『速やかなる処分』
「いい加減黙れや、この役立たず!!」
◆◇◆◇◆
「…」
糸縄により、ティナは僕に攻撃はできない。そういう縛り方をした。分かっていた。あの肌の色からティナが生きていないことは僕が一番よく分かっていた
「ねぇティナ、初めて会った時を覚えてる?」
骸を前に思い出話を始める。初めて顔合わせをした時、僕に見向きもしなかった彼女、社交会をきっかけに仲良くなって気がつけば一緒に旅をしていた
「僕の知らないことを
もっと教えてよ」
『唸り声』
「お願いだから」
糸縄の内で身動ぐ『それ』を前に僕は涙を啜り上げた。泣くことなんて久しぶりで涙が上手く出てこなかった
◆◇◆◇◆
「もう、おやすみ」
短い動揺を押し込み、短剣を上げた瞬間。鞄から何かが鈍い音を立てて地面に転がった。激昂に身を任せた乱撃により、中身が溢れていた
「…あ」
アノスは眼前に現れた『賢者の嘲笑』を拾い上げた。藁にもすがる思いでアノスそれをティナに使った
ひと握りのそれが発光を始めると細かい粒子となってティナの中へと入り込んでいく、手のひらから生じた光の道はやがて収まりを見せ『賢者の石』は使い果たされた
「…」
恐る恐る糸縄を解く、ティナに動きはなく、目を閉じたまま動かなくなっていた。成功かに思えたそれは結果だけを見れば彼女に安らかなる眠りを与えただけに見えた
しかし、ふと感じた違和感にあの言葉を呟いた
「【Optimize】」
◇◆◇◆◇
繰り返し、眺めたことである程度の規則性を元に目の前に広がる無数の文字列の中から、違和感のあるその文言を見つけ【不死】の文言を口にした
───【不死】
『報告』
『生者』に【不死】の『付与』による
【バグ】を『確認』しました
『当該プロセス』への『影響』を
【デバッグ】により『解決』しました
◆◇◆◇◆
「…ッ」
激しい脱力感と倦怠感に両手をつき、必死に耐えるも続く睡魔により僕は意識を手放した。しかし、ほんの僅かに感じた体温と心臓の鼓動が僕の片耳の鼓膜を強く刺激したことだけは分かった




